06.悪いヤツらは企む

「なるほどですねぇ」


 よくある話だ。甘めのトマトが絡んだホタテをもきゅもきゅと咀嚼しながら、フレッタはしみじみ思う。

 彼女の夜の仕事――すなわち【怪盗ウィンディア】。それは彼女自身が自主的に行うものと、依頼を受けて行うものとに大別される。今回はもちろん後者。街中に秘密の情報網を持つジュネロの紹介によるものだ。

 どうしたものかとフレッタは首をひねる。元が揉め事となると、あまり気乗りしない類のものも多い。臨時収入のためと割り切るべきか。頭の中の天秤が、右に左に揺れては戻る。

 そんな葛藤を見透かしたように、ジュネロはニヤリと笑った。


「先方の提示した報酬は、八十万リィブだ」

「はちじゅー!?」


 天秤の右がストーンと落ちた。そちらに乗るは臨時収入の四文字。未だ知る人ぞ知る認知度の盗賊にとって、破格の大報酬だった。


「それだけあれば、リストランテ・チェザロッティのディナーフルコース五回食べてもお釣りが来る! ああでも、予約しても一ヶ月待ちだもんなぁ。っていうかルチアの部屋のドアの立て付けも直さなきゃ。あたしの時計も新しいの欲しいし……」


 妄想するだけならタダ。指折り金額を数えて皮算用に興じるフレッタのニヤケ面からは、とても隠しきれない俗な欲望が滲み出ている。


「裏があるんじゃないかとか、思わないのか?」

「え、あるんですか? まさか踏み倒す気満々? 中抜き? インサイダー取引……これは違うか」

「いいや。俺が話聞いた限りじゃ、クライアントの金払いは信頼して良さそうだ。ただな、まだ盗賊シーフ始めて、一年くらいだったか? とにかくそんなお前みたいな駆け出しに八十万だぞ? 俺でなくとも警戒するだろうよ」


 さも当然の疑問とばかりに、彼は片眉を釣り上げた。 


「そりゃ、ジュネロさんの仲介、信じてますから。なんと言っても父さんの一番弟子ですからね!」

「中抜きとか聞こえた気がするんだが……」


 オイオイと何か言いたげなジュネロを前に、ニカッと笑うフレッタ。あるいは命に関わる剣呑な話題に対し、あきれるほど爛漫な笑みだ。本当に心の底から疑っていないのか、この人の仲介なら騙されても後悔しないと考えているのか。

 ジュネロにしてみれば、薄氷の上を慎重に歩く隣で猛ダッシュされた気分だろう。毒気を抜かれたような顔で、彼は薄い溜息をついた。


「ま、受けない手はないんじゃないか。最近の店の儲けも、とくべつ良いわけじゃないんだろ? フェデリカ姐さんからはそう聞いてる」

「うわ、母さん余計なことを。ジュネロさんも、マメに気にしてくれるのはありがたいんですけど……」

「そりゃな、お前らが怪盗やるならきっちり面倒見てやれってなぁ、姐さんにどれ~~~~だけキツく言われたかって話だ。あぁ、思い出すだけで恐ろしい。ましてやお前ら、べヘルツ師匠の忘れ形見であってだな――」

「はいはい、分かってますって。父さんまで持ち出されるとツライな。あたし達なりに、けっこう頑張ってるつもりなんですけど」


 乾いた笑いで場を濁す。

 このジュネロという男、ピアチェル姉妹の今は亡き父親のことになると、とかく冷静さを欠くのが玉にキズ。説教くさい会話も一度や二度ではなかった。


 往時は世界を股にかけ、宝を狙うハンターとして活動したという父。そんな好奇心が服を着て飛び回っているような父と、曰く世界が嫉妬するほど情熱的な大恋愛の末に結婚したという母。ジュネロが二人にどんな約束事や教えを受けたかを想像すると、フレッタはどこか奇妙な滑稽さと、一抹の寂しさを覚えるのだった。

 無意識の内に、右手首をキュッと押さえてうつむく自分がいた。


「分かってるぜ。まだまだ姐さんの助力ありきとはいえ、その歳で姉妹そろってきっかり続けてるんだからな。お前らが最終的にどんな進路を歩むか分からんが、見届けてやるよ」


 話が脱線しちまったな、と少し照れくさそうに頭を掻き、ジュネロは胡椒コーヒーをまた一口。いつの間にか、二切れのフィッシュサンドは彼の胃袋に全て収まってしまっていた。そこそこ良い体格してるのにコレだけで足りるのかと、健啖家のフレッタは不思議そうに空の皿を見つめた。

 まぁいいや、と彼女は背を伸ばし、一つ大きく頷いた。


「お気持ち、すごく嬉しいです。お店の方は、あたしとルチアできっちり舵取りしておくから大丈夫ですよ」

「大きく出たな。そんなこと言って、ルチアにおんぶに抱っこってんじゃないだろうな?」

「じ、冗談キツいなぁ、アハハハ……。あたしはその、実働部隊が性に合ってるっていうか、頭より身体が先に動くといいますか。ほら、さっそく『仕事』の詳しい段取りしましょうよ!」

「おいおい、ここでいきなりか。気が早いヤツだな」


 依頼は承諾されたということだ。それを依頼主に告げる間もなく、早くも段取りから入ろうとするあたりがポジティブなこの少女らしいと、ジュネロは小さく笑う。

 それくらい前向きでなければ、怪盗なんて悪党は務まらないのだ。

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