第4話『復讐宣言』

 4月22日、火曜日。

 午後十二時半、俺はエリュと一緒に私立赤峰高等学校に向かっている。学校は俺の住んでいるマンションから徒歩十分ほどのところにある。

 予報通り晴れたため、エリュは日差し対策でつばの大きな麦わら帽子を被っている。これだけでも相当違うらしい。最初、エリュはシルクハットを被るつもりだったけど、それでは変に目立ってしまうのでさすがに止めた。

「すみません、私が血を補給したから……」

「気にするなよ」

 本当は朝礼前に行く予定だったけれど、エリュの血の補給するタイミングと重なってしまったため、昼休みに行くことにした。学校でどうするかはあまり決めていないけれど、どうせなら教室に生徒が集まっている時間に行きたい。

「あと、昨日はありがとうございました。一緒に寝てくださって……」

「不思議とエリュと一緒の方がすぐに眠れたよ」

「そう、ですか……」

 エリュは頬を赤くしながらにっこりと笑った。

 能力の影響で昼と夜で雰囲気が違うそうだけど、俺にはまるで二人の人格がエリュの中に入っているように見える。今のエリュはお淑やかなお姉さんで、夜のエリュは気が強いけどたまに弱いところを見せる妹のような感じだ。二重人格ではなくて、本当に別々の二人の人格がエリュに宿っているような。

 まあ、実際はどうであれ、俺の隣に歩いている少女がエリュということに変わりない。そこら辺はあまり深く考えないようにしよう。

「そういえば、時間稼ぎはどのようにして行うんですか?」

「まあ、それは行ってから考えるよ。ていうか、エリュが学校に行ったら明らかに目立つんじゃないか?」

「その心配はありません。結弦さん以外には見えなくすることができるので」

「……なるほど」

 姿を見えなくさせることができるなら心配は無いか。

 エリュの言った時間稼ぎとは、俺の所属する一年三組の生徒に魔女が入り込んでいるかどうか調べるための時間のことだ。

「生徒を見るだけで魔女がいるかどうか分かるのか?」

「ええ。魔女が入り込んでいて、入り込まれた人間の悪心を利用していると、どうしても魔女から放たれるオーラが滲み出てしまうんです」

「それって、俺にも見えるのか?」

「いいえ、人間には見えません。ただ、性格や態度が変わったと疑われることはありますけど」

「じゃあ、普通の人間には魔女が潜んでいるなんて分からないんだな」

「そうですね。また、潜んでいる魔女によっては、姿を消した私を見ることもできますから、私の方を見ている人がいれば、その人に魔女が潜んでいることになります」

「そういう判断の仕方もあるのか」

 吸血鬼がいると分かるってことは、場合によっては魔女と接触したり、戦ったりする可能性もあるのか。俺も細心の注意を払わないと。

 そんなことを話しているうちに、赤峰高校の校舎が見えてきた。

「そろそろ姿を消さないといけませんね」

 そう言ってエリュは目を瞑るけど、何の変化も見られない。

「これで姿を消しました。結弦さん以外の人間には見えません」

「そうか。じゃあ、一緒に教室へ行こう」

 昼休みなので、看守のおじさんに頼んで校門を開けてもらった。おじさんには制服姿の俺しか見えないらしく、何も怪しまれずに敷地内に入ることができた。

「本当にエリュの姿は見えないんだな。怪しむ気配すら無かったぞ」

「もちろんですよ。でも、私と話しているところは、他の人から見れば結弦さんが独り言を発しているようにしか見えないので、そこは気をつけてください」

「変な奴に思われるんだな。分かった」

 まあ、虐められている人間として結構知られているから、独り言ぐらいではそこまで影響はないだろうけど。

 校舎内に入ると、昼休みということもあって廊下で談笑する生徒がいる。だが、俺がそんな彼等の前を通ろうとすると、俺のことを見て低い声でひそひそ話をする。おそらく、俺の陰口を叩いているのだろう。

 俺が視界に入ることで、それまでの雰囲気が変わっていくのが分かった。それほどに俺は印象の悪い方で有名になってしまっているのだ。この重苦しい空気に耐えられなくなってしまったことも、引き籠もりになってしまった原因の一つだ。

「皆さん、結弦さんのことを軽蔑する目で見ていますね……」

「これが学校での俺の扱いなんだよ」

 他の生徒に気付かれないように、俺は小さな声でエリュに言った。

 そして、俺の所属する一年三組の教室の前まで来た。遠くから中の様子を見てみるが、クラスメイトの大半は教室内にいた。

「結弦さん。もしかして、あそこが結弦さんの席ですか?」

 エリュの指さした先には、白い百合の花が生けてある花瓶が置いてある俺の席だった。

「そうだ、あそこが俺の席だ」

「花瓶に生けてある花って百合の花ですよね?」

「ああ、そうだ。葬式に使われる花だ。どうやら、俺を死人扱いしているらしい」

 代表的ないじめのやり方の一つだ。いじめられている人間の席に百合や菊の花を飾っておくことで、そいつを死人扱いする。

 ああ、もう悲しみを通り越して怒りしか感じない。お前らが俺にやっていることよりもよっぽど恐ろしいことしか俺には考えることが出来ない。

「……なあ、エリュ」

「なんですか?」

「これから俺はエリュさえも驚くような酷いことをしてしまうかもしれない。そんな俺が嫌だったら、俺から離れていいからな」

 魔女が絡んでいるならともかく、俺のことでエリュを巻き込みたくない。

 俺がそんな忠告をすると、エリュは穏やかに笑った。

「……何を言っているんですか。私は約束しました。私は結弦さんと一緒に立ち向かいたいって。だから、結弦さんの側から離れません。結弦さん、思い切りやってください。私は結弦さんの味方ですから」

 そんなエリュの言葉は俺の背中を強く押してくれるようだった。

 そうだよ、今更何を恐れているんだか。

 あいつらは集団で俺のことを散々傷つけて、椎原結弦という存在を消そうとしているんだ。そうはさせない。ここからは俺のターンだ。やられた分、色々な形できっちりと返させてもらうぞ。

「ここは一つ、暴れまくるとしましょうか」

 今までやってきたことを後悔してしまうほどに。すぐには消えないように、恐怖の種を植え付けてやる。

 エリュの顔を見て、一回頷き合い、俺は一年三組の教室に入る。それまで賑やかだった教室の空気が一変して、冷たいものへと変わっていく。

 俺は百合の花が生けられている花瓶を持ち、教室内を見渡す。

 辛かったけれど、今朝はこれまでのことを必死に思い出していた。誰が虐めに関わっており、どんな虐めをされてきたのか。それはまるで傷口に塩を塗るように辛くて、苦しいことだったけれど、この時のために思い出す作業をしていた。

 虐める側の人間には主犯格の人間と、その人間を取り巻く人間の二種類がいる。そして、虐めには関与していないが、見て見ぬ振りをする人間。俺は誰がどこに属するのかも把握している。

 俺が花瓶を見ていると、笑みを浮かべる生徒が増えてくる。それはエリュのような優しさは全くなく、俺の反応を見て面白がる黒い笑みだ。そして、俺への悪口が俺に聞こえるように話す生徒もいる。

 さてと、そろそろ始めようか。

 さっき言った主犯格の生徒の中でも、明らかに俺の方を見て笑っている奴がいた。その表情からして、この花瓶を置いた張本人であることは間違いない。

 俺は花瓶を持ってそいつの前まで歩いて行く。

「……何だよ」

 そいつ……松崎亮太まつざきりょうたという金髪の男子生徒は、俺が立ち止まるや否や声を出して笑い始めた。それにつられて、彼の取り巻きらしい複数の男子生徒も一緒に笑う。

「もう来ないかと思ったぜ。だから、それをお前の机に置いといたんだけどな」

 やっぱり、そういうことか。俺のことを死人扱いしている。それなら、俺のすることは決まっている。

 俺は百合の花を花瓶から取り出し、松崎のブレザーのポケットに無理矢理入れ、花瓶に入っていた水を全て松崎の頭にかける。

「何するんだよ!」

 松崎が俺に罵声を浴びせるが、俺は何にも反応しない。ただ、松崎のことを鋭い目つきで見るだけだ。

「何か喋ったらどうなんだよ! 俺に謝れよ!」

 そう言って松崎が席から立ち上がると、取り巻きの男子達も彼の後ろに立つ。中には手をポキポキと鳴らす奴もいて、臨戦態勢という感じだ。

 前振りはここまでにしておくか。黙っていても始まらないし。

「……死人に口なしって言葉を知らないのか? 俺はお前らに死人扱いされたから黙っていただけなんだけどな。謝る? それはこっちの台詞だ!」

 そう言って、俺は花瓶を松崎の足元に向けて叩き落とした。

 花瓶の割れる音が響き渡り、それに驚いたのか女子達から悲鳴が上がる。

「本当は頭を叩いてお前を死人にしてやるつもりだったけど、今日は止めといてやるよ。感謝しておけ」

 そして、俺は教卓の所まで行き、一段上の場所から教室内にいる生徒を見る。隣ではエリュが、魔女がいるかどうか必死に見ている。

「まずは……もし、俺が告白を断ったことで心が傷ついたなら、それは謝りたい。本当に申し訳なかった」

 俺は深々と頭を下げる。俺に告白したけれど断られてしまい、そのことで虐めに加わった人も少なからずいると思うから。エリュはそれでも俺は一切悪くないと言ってくれたが、どうしてもそのことについては謝りたかった。

 だが、それ以外の人間については別だ。

「さてと、ここからが本題だ。本当にたちが悪い人間って誰なんだろうな。何人ものの女子に告白されても全て振ってしまう人間か。図らずとも実力試験で一番を取ってしまう人間か。いや、違う。本当にたちが悪い人間っていうのは、自己の不満から間違った正義を生み出し、それが正しいと押しつけるお前らみたいな人間のことを言うんだよ!」

 バシン! と、俺は両手で教卓を叩いた。そんな俺の態度に、殆どの生徒が強張る表情を見せるか、恐ろしさのあまり泣いてしまうかのどちらかであった。

 しかし、冷静にしている生徒もいた。黒髪の男子生徒、池上大輝いけがみだいきだ。一見すると何にも関与しないように見えそうな爽やか男子だが、こいつも歴とした虐めを行った主犯格の一人である。

「何か言いたそうだな、池上」

「……あまりにも滑稽に見えたからね。椎原は自分のされてきたことが、その間違った正義の所為だと言いたいんだな?」

「その通りだ」

 松崎は感情的で、身体的な攻撃をすることが多かった。

 その反面、池上は知能的な人間なので、言葉による精神的な攻撃が多い。殴る蹴るなどの目に見える攻撃であれば非難を浴びることもあるが、言葉による攻撃は思ったよりも非難されず、むしろ賛同される空気になる。その結果、彼の取り巻きが一番多く、その中には女子も含まれる。そんな彼はクラスの司令塔とも言える存在だ。

 今も、池上は言葉巧みに俺を叩き潰そうとしているのだ。

「椎原の考えは間違っている。俺達は正しいことをしているんだ。成績の話はともかく、椎原は告白を断り続けて、多くの女子の心を傷つけている。そんな奴は最低だろう? そんな人間を排除しようとして何が悪い? 俺達は当然のことをやったまでさ」

 池上のそんな言葉に、賛同する多くの声が上がる。池上がこのクラスの司令塔であることを象徴する光景だ。

 この優勢とも考えられる状況に池上はドヤ顔を見せるが、それはとんだ勘違いだ。

「告白を断られた女子ならまだしも、お前を含むそれ以外の人間は……自分が正義のヒーローだと勘違いしているんじゃないのか?」

「何を言うかと思えば。悪いことをすれば報いを受ける。それを俺達が椎原に教えてあげようとしただけさ。それは当然のことだろう? 椎原のような人間はここからいなくなるべきだ。それが皆のためになるんだよ」

「当然のこと、か。だから、お前達は俺のことをこのクラスから排除しようとした……」

「その通りだ」

「だったら、俺がそのことに対して反撃することも当然のことだよな? だって、お前らは人の心を傷つけるっていう最低の行為を平気でやったんだからな! お前らのひん曲がった精神から生まれた邪道な正義でな!」

 俺の反論で立場が逆転したと分かったのか、池上は初めて焦りの表情を見せる。

 クラスの司令塔が押されている今こそ、こいつらをたたみ掛ける最大のチャンスだ!

「この際だから言っておく! 俺は自分を虐めた人間に対して復讐を行う! 俺は誰がどの程度俺に攻撃したのかは全て把握してある。復讐の度合いは、お前らの大好きな独断と偏見で決めてやるよ」

「そんなことはさせないぞ! 本気ならこのことを先生達に……」

「言いたければ言って結構だ! だけど、その時は俺もお前らがやってきたことを余すところなく暴露してやる! そうすればどうなるだろうな? 冷静で頭の回転が良い池上君なら分かると思うけど?」

「くっ……」

 池上は敵意をむき出しにして俺のことを睨んでいた。それは松崎を含む他の主犯格のメンバーも一緒だった。

 復讐、と言っても実際に報復するわけではない。誰かに魔女が潜んでいれば、その魔女を倒す意味も含んでいる。それに、宣戦布告のようなことを言えば、俺に対する敵意が生まれ、それによって魔女のオーラも滲み出るのではないのかと思った。

「結弦さん! 魔女のオーラが見えました! あの青い髪の女子生徒から発せられています! 彼女に魔女が入り込んでいます!」

 エリュの指さした先にはワンサイドアップの髪型が特徴的な女子生徒、藍川結衣あいかわゆいがいた。彼女は俺に告白してきた女子の一人だ。彼女も虐めの主犯格で、女子からは一番攻撃されていた気がする。彼女の場合、強い口調で言ってくるので彼女の放つ言葉に結構な威圧感を感じた。彼女には確か何人かの女子生徒が取り巻きにいた気がする。

 藍川はエリュのことを見ず、俺のことを鋭い目つきで見ていた。エリュのことは気付いていないのか?

「他には魔女が入り込んでいそうか?」

「いえ、彼女以外に入り込んだようには見えません。ですが、彼女に入り込んだ魔女によって洗脳された人が二、三人ほどいますね。彼女の周りにいる人です」

「……分かった」

 その二、三人っていうのはきっと、藍川の取り巻き達だろうな。

 さてと、そろそろ終わらせるか。こんな所に居続けるのが嫌になってきたし。

「誰から復讐するかは俺が考える。予告はなしだ。もし、復讐されるのが怖かったら俺に泣いて謝ることだな。土下座もしてもらおうかな。まあ、許すかどうかは俺次第だけど……謝るくらいじゃ済まされないくらいの奴はもう自分で分かってるだろ?」

 池上や松崎、魔女に入り込まれた藍川達が反論できないように、俺はあえて尖った言葉を使い続ける。

「自分の持っている正義が正しいかどうか、人の心を持ってるなら分かるはずだ。一度、自分に問いかけてみるんだな……」

 何か外が騒がしいと思い扉の方を見ると、廊下から今の一部始終を見る生徒がたくさんいた。これはクラス内の問題なのだが、これでは学校中に知れ渡ってしまいそうだ。

 俺は多大な爪痕を残して、エリュと一緒に一年三組の教室から立ち去った。

 誰がどうしようと、そんなことはどうでもいい。その時に考えればいい話のことだ。今の俺はそんなことでビクビクするような柔な人間じゃない。

 今後のことを考えるためにも、俺とエリュは一度家に帰るのであった。

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