もしもモモンの相棒がルプスレギナだったら

M.M.M

第1話最初の宿屋

「おいおい、痛いじゃねえか」

足を蹴られた男はドスの利いた声でアインズににじり寄る。

(ほほう、頭の悪そうな男だ。よし、この馬鹿を使ってさっそく俺の知名度を上げるとするか)

アインズはそう考えたが、彼の前にさっと女が立った。その女を見て、アインズに因縁をつけた男は思わず息をするのも忘れた。女は黒で統一したクレリックローブと修道帽クロブークを身にまとい、手には木の杖を持っている。だが、男が呼吸を忘れたのはそのせいではない。その美貌のためだった。ぱちぱちとしばたたく大きな黄金の瞳。すらりとした鼻梁。瑞々しい果実のような唇。燃えるような赤髪がその美貌を縁取っている。口さがない男達が「口説く前に引っ攫いたくなるような」と表現する美女がそこにいた。


彼女の名前はルプスレギナ・ベータ。アインズが人間の偽装身分を作るためにつれていった部下である。本来、その候補として彼女の姉妹であるナーベラル・ガンマもいた。片方は神官。片方は魔術師。アインズは考えた。

「俺に治癒魔法かけても無意味どころかダメージ受けるし、魔術師の方が有用性は高いかなー」

しかし、アインズは考え直した。

「いやいや、俺も戦士の振りをするだけで本当は魔法詠唱者だし、職業ダブってね?聴覚や身体能力の優れた神官の方が役に立つ場面あるんじゃね?」

その結果、ルプスレギナが神官ルプーとしてモモンの同伴者に選ばれたのだった。


「い、今のはモモンさんのせいではないですよ」

ルプスレギナは怯えた声と表情をしながら男と対峙する。周囲の者たちは狼と対峙した子ヤギを思い浮かべた。

(内心はノリノリなんだろうな)

アインズは思う。人間の世界で名声を得るため、そして強者に警戒するため、人々から恨まれるような行動をとらないようにと説明した時、ルプスレギナは自信満々に「お任せください。演技にはかなり自信があります」と言っていた。確かに彼女が今演じている「キャラ」は恨まれたり嫌われたりするものではないだろうが、なんか方向性が違ってないか、とも思った。というか、マーレとキャラがかぶっている。

「おいおい、美人の姉ちゃんじゃねーか。どうだ。俺と一晩付き合ってくれるならチャラにしてやってもいいぞ」

男は劣情を隠さず、ルプスレギナの体を上から下へ舐めるように見ながら言った。

「わ、私、そんなことできません」

ルプスレギナは頬を染め、神に救いを求めるように自分の持つ杖を強く握った。腕力でどうにでもできそうな弱々しさと穢れを知らぬであろう服装、そしてその美貌は周囲の男達にも劣情を抱かせ、何人かが唾を飲み込む音がした。

(やりすぎだ、ルプスレギナ)

アインズは注意したかった。人間から敵意や反感を買うなといっても今の演技は明らかに過剰だ。

「へっへっへ、ますます相手をしてほしくなったな」

男が下品に笑った。

「ルプー、こういうのを相手にするときは行儀良くしなくていいぞ」

アインズはこれからのことも考えて、ルプスレギナに忠告する。

「え?そうなんですか?」

ルプスレギナはきょとんとしてアインズのほうを見る。

「ルプー?変な名前だな」

男は特に理由もなく思ったことを言っただけなのだろう。しかし、それは地雷だった。

「あ?」

ルプスレギナの顔が見える者たちは思わず「ひい」と悲鳴を上げ、彼女と相対している男は最初とは別の理由で息をするのを忘れた。彼女の体から出た殺気をまともに浴びたからだ。

「ルプー!」

アインズは注意しようとしたが、ルプスレギナの手は男の首を掴み、高々と持ち上げた。細い片腕で宙に浮かぶ男に周囲の者は驚愕する。

「よせ、ルプー!」

アインズはそう言うも止められるか自信はなかった。ナザリックにいる者は誰でも創造主から愛情をこめてつけられた名前と愛称に誇りを持っている。どんなに仲が悪かろうとそれらに対する侮辱はありえない。

「きうううううう」

ルプスレギナの手が喉にめり込み、男の口から絞め殺されるときの鳥のような声が出た。

「よせ、ルプー!命令だ!」

アインズはルプスレギナの肩を掴み、強く命じたが、内心は懇願していた。

(ルプーさん!お願いします!冒険者になった初日にお尋ね者になるとか勘弁してください!)

「殺人犯ルプーとその相棒モモン」という手配書が王国中に出回る光景がアインズの脳内に浮かんだ。最悪、殴り飛ばそうかとも考える。

しかし、命令という言葉に我に返ったのか、ルプスレギナは持っている男を放り投げた。遠くのテーブルに直撃し、何かが割れる音が響く。

「やーん、モモンさーん、私怖かったですー!」

ルプスレギナは演技を再開し、アインズに抱きついた。目には涙まで浮かべている。

「そ、そうか」

男が死んでいないことにアインズは安堵した。周囲にいる冒険者達から先ほどの劣情の視線が消え、驚きと畏怖の視線をルプスレギナに送っている。

(おいおい、俺の強さを印象付けようとしたのにルプスレギナの知名度が上がっちゃったぞ。漆黒の戦士モモンじゃなく、漆黒の神官ルプーの伝説が今始まろうとしているのか?相棒だから結果オーライかもしれないが……)

アインズがそんなことを考えていると女の奇怪な叫びが部屋に響いた。そちらを見ると先ほどの男が突っ込んだテーブルにいた女が床にある何かの欠片を手に持ちながら、信じられないという表情をしていた。その女がぎぎぎと首を曲げ、アインズ達の方を向く。アインズは嫌な予感がした。

「ちょっと!ちょっと!ちょっと!」

やってきた女は赤い髪と日焼けした肌という点ではルプスレギナに似ているが、その容姿は黒炭と金剛石ほどの差があった。体つきや剣だこを見るに戦士らしい。女はテーブルにあった自分のポーションが割れ、それを買うためにどれだけ苦労して金を貯めたかを切々と語った。

「すみません!それじゃあ、怪我したときに私が回復するので、それで許してもらえませんか?」

ルプスレギナは深々と頭を下げ、目をうるうるさせながら言った。周囲の男たちは誰もが彼女を擁護したくなった。目の前に立つ女も決して醜女というわけではない。しかし、美の極致を体現したような女性が目の前にいると「女神を脅す山賊」のような光景ができあがってしまっていた。

「ポーション一つでケチ臭いぜ、ブリタ!」

「そうだ!懐の深さを見せろ!」

「よし!俺がカンパするぜ!」

「俺も払う!」

「あんたらは話に入ってくるんじゃないよ!」

男達の下心丸出しな援護射撃を一喝し、ブリタと呼ばれた女は目の前の美貌を睨んだ。

「その格好だから当然だけど、神官なのね。でも、そんな約束じゃ駄目よ。戦闘中にあんたが傍にいるわけじゃないでしょう?その場で怪我を治せないと意味がないの。こっちも命がかかってるんだから」

「じゃあ、死んだときに復活させるので、それで許してください」

またも目をうるうる。

「え?」

ブリタはぽかんとした。この女は何を言っているのかという表情だ。

(おいいいいいいいいい!)

アインズは目の前の駄犬を殴りたかった。復活魔法などこの世界では珍しいどころではない。優秀な冒険者として自分達の名前を広めたいが、過剰な能力や装備を知られたくはないのだ。このままだと「漆黒の神官ルプー」どころか「現人神ルプー」が誕生してしまう。

「ああ、すまない!もちろんこいつの言ったことは冗談だ!回復用のポーションだな!これでいいだろう!」

アインズは自分が持っているポーションを女に渡して、というより押し付けてルプスレギナを二階に引っ張っていった。

(こんなことならナーベラルを連れてくればよかった。あいつはけっこう優秀そうなオーラがあったからな。どうしてルプスレギナを選んでしまったんだろう……)

ナーベラルが仕事を完璧にこなし、自分を補佐してくれる光景を想像しながらアインズはひたすら後悔した。

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