第6話『桜の提案』

「では休憩にしましょう!」

私の声で皆がコート外の芝生に座る。

「桜!もっと俺にパスをよこせ!」

天龍ちゃんは自分へのパスがぬるいと思っているみたい。それには理由があるんだけどね…。

「あのね天龍ちゃん…。」

私がその理由を答えようとした時、部長がそれを遮った。


「天龍よ、それは桜に対して酷というものだ。」

「あ?何でだ?」

「おまえの動きが悪いから、あれ以上厳しいパスは出せないのだ。」

「どういうことだ?」

「天龍はパスが受けるのが下手だと言っている。」

「なんだと!?」

天龍ちゃんが逆上している…。まずい…。


「天龍先輩!」

それを福ちゃんが冷静に止めようとした。

「先輩は完全に待ち状態なので、DFの隙を縫って桜先輩がパスを出しているのです。もちろん先輩が動いて隙を作ろうとしているのは分かりますが、もっとバリエーションを増やさないと敵に動きのパターンをよまれたら完全に封じ込まれてしまいます。」

「なん…だと…。」

「でも先輩は現状よくやっていると思っています。まったく経験が無いなんて嘘だと思いました。だから練習すればもっともっと良くなるはずです。」

「そんなんじゃ駄目なんだよ。」

「え?」


福ちゃんのフォローに天龍ちゃんは満足しなかった。

「桜が優勝したいって言ってんだ。そんな呑気な事言ってられねぇーんだよ。」

天龍ちゃんは私の方をキリッと睨んだ。

「俺に遠慮はいらねぇ。もっとハッキリ言いやがれ。」

「わかったよ、天龍ちゃん。」

「で?どうしたらいい?」

「うーん、上手い人のプレーを見て研究するのもいいかもね。」

「それだ!今週末空けておけ。その上手いプレーってのを俺に見せろ。それと俺の方も野暮用があるから付き合えよ。」

「うん、いいよ。」


「ちょっと待ったーーーー!!!」

何故か部長が待ったをかけてきた。

「私も行く。異論は認めない。」

「別に構わないけど…?」

「本当か?」

部長の顔が何だか怪しい…。やけにニヤけているのが気になるよ。

「桜ちゃん…。部長の性癖忘れたの?」

いおりんの言葉で、重要な事を忘れていたことに気がついた。

「あっ…。」


私は察してしまった。部長を部屋に入れたらどんなことになるかわからないよね。

「やっぱりダメー!」

「そんなぁ…。」

部長は大きな身体を小さく丸めてションボリしていた。こういう姿を見せられると何だか私が悪いことしたみたい…。

「わ…、わかりました!」

「本当か!?私は嬉しいぞ!」

あぁ…。やってしまった…。

「わかったよ、私も行く。つか、皆で行けばいいでしょ。」

いおりんナイスフォローです。フォローの巧さはサッカーだけじゃないですね。

「はい!構いませんよ。リクちゃんもウミちゃんもソラちゃんも、それに福ちゃんも来てね。勉強会しましょ。」

「先輩!わかりました!楽しみです!」

福ちゃんは相変わらず真っ直ぐでいい子だなぁ。


「いいのかい?」

「うちらが行くだけで。」

「一気に3人増えるよ?」

渡辺三姉妹も相変わらずだよ…。普段は大人しくて物静かだけど、プレーは力強いところがある。もうちょっと自信が付けばいいかも。

「大丈夫。うちはお父さんと二人暮らしだから遠慮することないよ。」

「あぁ…。」

「気にしないで。もう慣れっこだから。」

小さい頃は寂しかったし、友達のお母さんにとても憧れていた。

でも今は平気。お父さんは無口だけど、ちゃんと私の事を理解してくれている。今回の引越しだって…。


「じゃぁ、明日の金曜の夜は俺に付き合え。土曜の部活の後は桜の家で勉強会だ。いいな?」

天龍ちゃんが仕切ってくれた。

「じゃぁ、決まりね。」

そう言ってリフティングを始める。

小技をはさみつつ少し続けている。皆は「すげー」とか言いながら応援してくれた。

だけど私は練習中に感じた視線を気にしている。

その先をチラッと見ると、いわゆる体操座りをしながら、その視線の主はこちらを見ていた。

突如ミスした振りをしてボールをその視線の元へと蹴る。

「あっ、取ってくるからちょっと待ってて。」

そう告げてその子の所にいった。ボールは彼女の前でピタリと止まる。


「あ、ごめんなさいね。邪魔しちゃいましたか?」

そう言うと彼女は寂しそうな表情をこちらに向けた。

「いえ…。休憩中でしたから…。」

「陸上部の方ですか?」

「え、えぇ…。」

陸上部は表グラウンドのはず。なんで裏グラウンドに…。それも一人で…。

「どうしてこんなところで?って顔してるね。」

「あっ…。ごめんなさい。そんなつもりじゃぁ…。」

「いいの…。」

「私も色々と悩んでまして…。皆が休憩していても練習したりしているんです。」

カマをかけてみた。


「でも、随分楽しそうだったじゃない?」

やっぱりよく観察している。と言うことは、色々と悩みがあるんだよね、きっと。そうじゃないんなら、黙々と練習するはずだもん。

「まぁ、表面上はね。」

嘘を付いた。

「そう…。私はね、レギュラーになれなくてね。後一歩だったけど後輩にまで抜かれてね。こうやって個人練習しているけど、やっぱダメみたい…。」

彼女の目が徐々に涙ぐんでいく。

「あっ、ごめんね…。愚痴るつもりじゃなかったのだけど…。」

「いいですよ。何かの縁ですし…。こんな私で良ければ聞かせてください。」

彼女は語ってくれた。


名前は神崎 藍子。2年生。「同じですね」と言うとびっくりしていた。やっぱり1年に見られるよね…。

走る事が好きで中学から陸上部で頑張っていた。それなりに成績を残して高校に入ったけれど、そこからは伸び悩み、ついには補欠へ。そしてさっきも言った通り1年生にまで記録を抜かれ、どうしようもなくなっているところみたい。


「きっと皆は、私の陰口も言ってる…。」

「だと思います。」

「ハッキリ言うんだね。」

「私も経験ありますから…。」

だから私は…、転校までして…。


「でも岬さんは私と違う。」

「どう違います?」

「好きなスポーツから逃げなかった。私は逃げたい。逃げ出そうと考えてる。こんなんだから記録も出ないんだよね。」

「個人的には、逃げてもいいと思います。」

「でもあなたは逃げてないじゃない。」

「いえ、逃げました。転校という形で。」

「!!」

「逃がしてもらったっていうのが正解かな。」

「そうだったの…。」

「だから別にいいと思います。苦しい練習をして記録をだす。それは望むところだと思うけど、精神的な苦しみで続けるのは、今となって思えばやっぱり違うと感じました。」

「ちょっと気が楽になったよ。ありがとう…。でもね、私は悔しいって思いもあるの。敵前逃亡みたいでさ…。いや、岬さんを貶しているわけじゃないのだけどね…。」

「はい、分かっています。私も悔しかったです。だから、新天地で頑張って、皆は間違っていたと伝えたいと思っています。」


「………。あなたは強いわね。」

「そうでしょうか?」

「強いよ。私には無理かも…。走る以外に取り柄がないし…。」

「じゃぁ、まったく新しい場所で走ってみませんか?」

私は立ち上がり右手を出した。

「一緒にサッカーやろ?」

彼女は一瞬だけ呆気に取られていたが、直ぐに我に返った。


「無理無理無理無理!」

「大丈夫です。サッカーはチームプレーです。自分が失敗しても、他の人がフォローすればいいし、誰かが失敗したら自分がフォローしてあげればいいのです。何も怖くはないです。一人で苦しむ必要もないです。」

「でも私、本当にド素人だよ?」

「実はほとんどの人がちゃんと練習とかしたことないですよ。でも、目標は全国優勝です。割りと真面目に。」

「全国優勝…。」

「望みは高くないとね。それに、足が速いっていうのはそれだけで武器になります。ボールを持っていなくても。」


「そうなの?」

「そんな人にボールが渡ったら相手チームは嫌がると思わない?」

「あぁ、そうかもね。」

「だから武器になる。サッカーにも藍ちゃんの居場所はあります。逃げる為じゃなくて、新しい挑戦をするために頑張りましょ!」

彼女は暫く私を見上げていた。

「ふふふ…。眩しい…。」

「ん?」

「岬さんは眩しいよ。」

「そう…かな?」

「その眩しさに、騙されてあげる。」

「本当!?」

「うん…。だけど、話しだけはつけてくるね。」

「分かりました。今週土曜日に、うちで勉強会をやるから是非来て。」

そう言って連絡先を交換した。


「じゃぁ、またね。」

私は小走りで走って戻る。

「随分長く話していたみてーだけど、何かあったのか?」

天龍ちゃんが心配してくれた。

「えっとね、サッカー同好会に入ってくれるって!」

「はぁ!?」

「本当か!?」

「どうしてそうなった…。」

いろんな感想があったけども、取り敢えず事情を説明する。

もちろん私の部分は伏せてね…。でも私のことも近いうちに話しておく必要があるかな…。

そう思いつつも言い出す機会を逃して、金曜日の夕方を迎えた。

部活が終わり、私は天龍ちゃんと一緒に中央公園へと向かう。

彼女のけじめを付けるために。

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