一章―1 二〇一〇年〇八月〇三日?_question



  1



 ビーッ、ビーッという不快な機械音。

 目覚ましにしては最悪でとても気持ちの悪い目覚めだ。

 起き上がる気がなくなったが仕方がない。

 枕から一旦頭を上げることにする。


「痛……っつ!」


 体が痛い。主に背中と首。

 とはいえ歩けない程でもなかったので、無理やりにでも起き上がる。

 だって、今日は学校が……


「……待て、夏休みだろ確か」


 そう、夏休み。

 それで力也たちとレストランで夏休みの予定決めて。

 でもって、雪菜に告白を受けて……。


「ッ!?」


 思い出した。

 確か、あのクソ野朗に無理やりここに連れてこられて、実験台にされて眠らされて。

 だが、これはもしかして夢の中の話なのではないだろうか。

 樹はさらに記憶を探るため、周囲を確認する。

 無機質で寂しさを感じさせる白の壁。

 やはり、自分の記憶に間違いはなかった。


「丁度今、あの実験が終わったってことなのか……?」


 まず出たのは安堵の息。

 だって自分は今こうして生きている。

 それだけでも本当に喜ばしいことだ。

 だが、それと同時に怒りの感情も湧いて出てくる。

 人をどれほどのリスクがあるか分からない実験に無理やり巻き込んだことに対してだ。

 外に出たらこのことは絶対に世間に公表する。

 それが例え、世界の技術の成長を鈍くすることになったとしても、樹はためらわない。

 だがそれをするにもまず、ここから出ないことには意味がない。

 おそらく、外に誰かしらいるはずだ。

 

「おい! 終わったのか? さっさと開けてくれ!」


 ………………………………。

 ………………………………………………………………。

 

 強化ガラス製の扉にベッドの上から大声で呼んでみたものの返事はない。

 どうしたんだろうか。


(実験の終了予定日を間違えた?)

 

 それはありえない。万一そうだったとしてもバイタルチェックをする医療従事者を最低でも誰か一人はつけているはずだ。

 その人が、彼が睡眠から覚醒していることに気づかないはずがない。


「そうだ、パソコン!」


 そういえば体の拘束具が外されていることに樹は気づく。

 そこに疑問は感じたのだが、とりあえず今は外部への連絡だ。

 頭、体に貼り付けられた電極の類を鬱陶しそうに外し、ベッドの横に設置されているノートパソコンを立ち上げる。

 デスクトップ画面が開いたところで今度は無料の通話ソフトを起動させようと、カーソルを動かす。

 しかし、樹はここでおかしなものに気づく。


(……なんだこの画面の右下の新しい窓枠は)


 画面の六分の一位の大きさのウィンドウがPCの右下辺りを埋めていた。

 その窓内の画面は真っ白。真ん中には起動中の文字。

 もしかして新種のウィルスだろうか。


(パソコン起動と同時に動き出してる!? ウィルス対策ソフトの起動前を狙ってるのか!?)


 だとしたら通話ソフト自体に影響は出ないかも知れないが、このノートパソコンは樹の今いる研究施設全てにつながっている。

 言うまでもなく、重要な情報なんてその辺に散らばりまくっている。

 


「…………、」


 放っておくか。

 それとも、何とかするべきか。

 樹は今回の実験に否定的な立場となった。

 それでも、今回の件とは全く関係ない人たちが、汗水流して努力を続けている。

 旭だけが損をするのなら、別にどうだっていい。

 だが、アイツのために他の人間が迷惑を被るのはおかしな話ではないか。

 それなら、助けることに対して抵抗など感じている場合じゃない。


(やるしかない。でもどうすればいいんだ……。とりあえず、タスクマネージャーで)


 そんな初歩的な操作で消せるのか。

 だが、やらないよりはマシだ。

 そう決心し、タスクマネージャーを起動させる。

 実行中になっているものを消せばこれで。

 そこで、樹の手は止まった。


(Yukina? ……雪菜? なんであいつの名前が?)


 Yukina。

 起動中になっているアプリケーションはこれ一つだけ。

 樹はまだ通話ソフトを起動させていない。

 つまり、今起動中と表示されているコレがそういう名前なのだ。


「な……なんで」


 逡巡し、手が動かない。

 その間に起動準備を終えた、Yukinaが窓枠のなかで点滅を始める。

 樹はもう手遅れかと、それをただ見ていた。

 まず解像度の低い、人の絵が現れる。そして少しずつ、それは鮮明に人の形を成していった。

 遠目でもわかるこの絵は……いや、人は、


「ゆ……」


 まるで、


「雪菜……っ!?」


 雪菜のような顔をしていた。

 と、いうよりは彼女の顔そのものであった。



  2



『おはようございます』


 Yukinaが起動を終え、話始めた。なぜか声までそっくりである。

 

「なに……これ……?」


 人型のアプリケーションソフトなど見たことがないし、聞いたこともない。

 ましてや、ここまで精巧に人の体を再現し、しかも声まで似せたものなど。


『……? おはようございます、と言っているのですが』

「へ?」


 どうやら、樹に話しかけているらしい。

 凝っているな、と樹は思った。

 とりあえず、どんな反応を返すのかを試してみることにした。


「お、おはよう……」

『はい、おはようございます。樹様』


 なぜ、樹の名前を知っているのだろう。

 まあ、PC自体に、樹の名前が登録されている可能性もあったため、驚きはしたものの考えてみると大したことでもなかった。

 

「はぁ……、全く。趣味の良いおっさんだ」


 このパソコンはこの冷凍保存装置に初めから備え付けられていたものだ。

 だとしたら、あの旭という人物が関わっている可能性はある。

 姪の姿をそのまま、3Dのプログラムにするなんてセンスのいいことだ。


『おっさんとは、どの方でしょうか』


 わりと人の言葉に反応してくる。

 もしかして、AI……なのでは。まさかな、と思った樹は彼女(?)と話をつづける。


「五十嵐、旭。お前を、作った、人、だろう?」


 AIが認識しやすいように、一単語一単語をあえて区切りながら、話を進める。


『いいえ。私を作ったのは、彼ではありません。樹様、アナタのお父様です』


 ………………は?

 

「そんなバカな。何で父さんがこんなものを作る必要が……!」


 これは独り言のつもりだった。

 しかし、こいつは樹のその言葉すらも拾う。


『必要だったからです。アナタを助けるために』

「俺を……?」

『はい』


 樹を助ける。

 どういうことだ。

 理解の追いつかない、樹をよそにAIは話を始める。


『樹様はどこまで、覚えていますか?』

「どこまで、ってそれは……誘拐されて、この装置に放り込まれて……」

『やはり、そこまでですね。それでは、今、何月何日だか分かりますか?』

「え?」


 何月何日か?

 それは、簡単な計算だ。誘拐されたその日に、彼は冷凍保存装置に入れられた。

 だとしたら、七月二十日。そこから、旭は二週間実験すると言っていたのだから単純に考えて、


「八月三日だろ?」

『はい、おっしゃる通りです』


 まあ、そうだ。

 実は失敗していて次の日に起こされた、とかだったら笑ってけなしてやるところだ。

 それにしても、と樹は思う。

 こいつは妙に人間のような喋り方をする。

 AIにしては言葉への反応、回答、中身が人間くさいのだ。


『それでは、樹様。もう一つ質問があるのですが』


 もったいぶったように、彼女は続けた。


『今は何年でしょうか』

「何年って……」


 そんなの簡単だ。小学生にだって答えられる。


「二〇一〇年でしょ」

『………………、』


 まるで人がやるような沈黙。

 彼女の動きから何かを決心したようなものを感じ取った。


『樹様。落ち着いて聞いてください』

「な、なんだよ」

『今は二〇一〇年ではないんです』

「……どういうこと?」

『今、私たちが過ごしているのは』


 目を瞑りながら、話していた彼女が目を開き、そして言った。



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