第5話

 俺達3人は釣りをしたり、絵を描いたり、色んな話をしたりした。


ウグイは大小4匹に増えていて、なかなかの成果だ。絵も描き終わり瞳ちゃんと類が簡単な感想を言ってくれた。二人共悪くない感触だったようだ。

「なんか腹減ったー。ウグイ食べるか?」

類が冗談なのか本気なのかはわからないが、そんな提案をしてきた。

瞳ちゃんは首がちぎれるんじゃないかと思うほど振って否定する。

肩よりも少し長い髪が激しく揺れる。

「ダメダメダメダメ!」


俺達にとっては魚は貴重な食材だ。

釣って川岸で塩焼きにすることもある。だけど彼女にとっては自然の中の生き物という認識なのだろう。

まぁ、気持ちはわからなくもないかな。


「でも腹へったぜ。」

類は足を投げ出して、近くの駄菓子屋にでも行こうぜ、みたいな雰囲気を出している。それを見た瞳ちゃんは買い物カゴからランチボックスを取り出した。

「お弁当作ってきたの。」

ちょっと照れ隠ししながら3人の真ん中に置く。

そっと蓋をあけると、おにぎりが5個と唐揚げやタコさんウィンナー、そして卵焼きやミートボールなんかが入っていた。

「ひょー、マジ?美味うまそう!」


3人とも川で手を洗い「頂きます」と言っておにぎりに手を伸ばし食べる。

海苔が巻かれたおにぎりの中身は鮭だ。類のは梅干しだったみたいだ。酸っぱそうな顔をしていた。

ちょっと長めの細い串でおかずを取り口に運ぶ。母さんの味付けとは違うけどとても美味しかった。

「凄く美味しいよ。」

素直に感想を言う。


もしかしたら梅婆さんが作ったのかな?とも思ったけど、彼女が顔を真っ赤にしているところを見ると本人が作ったようだ。

俺と類はおにぎりを2個ずつ、瞳ちゃんは1個で良いらしい。

食べていると水筒から紙コップへお茶を入れて配ってくれた。

あっという間に食べきってしまった。

「いやー、マジで美味しかったぜー。」

類の満足そうな感想を聞いたところで食休みとなった。


 お茶を飲みながらちょっと一息付いたところで、類君は変なことを聞いてきた。

「瞳ちゃん、もしかしてこーちゃんから絵を貰った?」

「なっ!?」

光司君は動揺しているように見えた。

「うん、貰ったよ。とても素敵なメッセージ付きで。」

私は素直に答えた。

「!?」

私の回答に光司君は動揺した。物凄く動揺していた。

「ははーん、やっぱりな。」


類君の質問の意図が読めない。だけど、絵をプレゼントしてくれることには意味があることは分かった。なんだろう?

「類!言うな!」

彼は動揺どころか狼狽し始めた。ちょっと可笑しいぐらいだよ。

「こーちゃんはさ…。」

「類!」

「最初に絵をプレゼントする人は、好きになった人って決めてたんだ。」


今度は私が動揺しちゃった。超々動揺した。

顔が火照っているのがわかって、それに気付くともっと恥ずかしくなった。

だけど、彼の想いに応えたいとも思った。

「うん、なんとなく伝わってたよ。私も光司君のこと好きだもん。」

「!!」

彼も顔を真赤にしている。

「いいじゃねーか、両思いでさ。俺なんか6連敗中だぜ?」


類君は私と光司君に両思いなことにはあまり関心はなさそうでした。

むしろ知っていたかのようだった。

「こーちゃんから電話で、瞳ちゃんの話を聞いた時にさ、あぁ、そういうことなんだろうなって思ったよ。瞳ちゃんの病気のことも軽く聞いたけどさ、いいじゃん。好きなんだからさ。堂々してればいいんだよ。」


彼の言葉はぶっきらぼうで、荒っぽくて何も考えてないように聞こえるけど、核心をついているような気がした。

モヤモヤした気持ちが少しだけ晴れたような気がした。

でも、ニカーッと笑う彼の笑顔の裏には、何かあるんじゃないかと疑ってしまってもいた。


 俺は類のとんでもない告発に動揺したし、瞳ちゃんの言葉にも動揺して頭が真っ白になってしまっている。

確かに、最初に絵をプレゼントするのは好きになった人と決めていたし、そのことを類に言ったこともある。

だけどそんなことを気にするような奴じゃないし、そもそも、すっかり忘れているものとも思っていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。

こういうのは、バレるとやっぱり恥ずかしいしね。


こんな親友だけど、奴は何故だか憎めない。

きっと俺らのことを想って言ってくれたのだろう。

いや、違うかもしれない。

いやいや今はそうしておこう。


心の整理をつける。

「類には隠し事できないな。」

なんて照れ隠しした。俺の言葉で瞳ちゃんも確信してくれたみたいだった。

あの絵はラブレターだったんだって。

目が合って、彼女のはにかんだ笑顔が眩しかった。


何だかんだとあったけども、その後は少しずつ午前中のような雰囲気に戻り、再び釣りをしたり俺と類の昔話、主にバカ話しなのだけども、そんな話で盛り上がったりしていた。

時間は2時頃なのだろう。日差しは一番強くなり日陰でも蒸し暑く感じる。


「少しだけ泳いでみる?」

俺は瞳ちゃんに尋ねた。もちろん体の心配も含めた質問だ。

それは彼女にも伝わっていた。

「水泳は禁止なの…。」

俺は少し考えた。


「じゃぁ、俺にしがみついててよ。」

そう言って彼女を誘い、登ってきた場所から再び川に入る。

水は相変わらず冷たい。暑さで火照った身体が急速に冷えていく。

手で体に水をかけて冷たさに慣れるよう彼女に伝える。

バシャバシャと水を掛け合ったりしながら深い方のエリアに少し進む。


「どりゃー!」

類は平らな岩の上から走ってジャンプし、ドッボーンと川に飛び込んだ。

そんな光景を横目に、俺達は肩ぐらいの深さまで進んだ。

「俺の首に腕をまくようにして。あ、締め過ぎないようにね。」

締め過ぎたら俺は単純に首を締められることになる。そんなことは彼女はわかっている。腕がゆっくりと首を包むと、背中に彼女の体温を感じた。


「ゆっくり泳ぐから、捕まってるだけであまり動かないでね。」

「うん。」

そして優しく、足の届かないところへと泳ぎだす。

ゆっくりと、ふわーっと、それでいて大きく力強く平泳ぎをする。

スイッーっと水の上辺を滑るように進んだ。


泳ぎが出来ない小学生なんかを、こうして怖くないよと教えたりする時に、同じようにやっている。

だけど、さすがに同年代だと勝手が違った。

顔が半分近く水中に潜ってしまうため、息継ぎの為に時々顔を大きく上げないといけなかった。

少々不恰好だったけども、再び足の届くところに戻ってきた時には、瞳ちゃんは興奮を隠せないでいた。


「凄い凄い!怖いかなって思ったけど、ワクワクしちゃった。」

俺にしがみついたままはしゃいでいる。顔が近くてドキドキする。その時、ハッと気付いてしまった。

背中に感じる柔らかい感触に。小声で伝えることにする。


「あのね、ちょっとだけ離れて欲しいな。」

言葉を選ぶつもりが、彼女にも気づかせる結果となってしまう。

後で謝っておこうかな…。それよりも類に気付かれる方が後々も含めてやっかいだ。そう思った矢先。


「なぁ、こーちゃん。やっぱり柔らかいのか?」

やってしまったと後悔した。瞳ちゃんを浅瀬に誘導し岩に登る。

そしてジャンプして川の中にいる類の上から覆いかぶさるように飛び込んだ。

バシャーンっ

「やめろ!沈む!」

などと類に叫ばせて、必死にごまかした。

そして耳元で、後でアイスを奢るからこれ以上言うなと取引する。

いいだろう、と偉そうに上から目線の返事が帰ってきた。


岩の上に戻り、ごめんとだけ誤った。

そして泳げない小さい子供たちにああして教えていることを伝えた。

だから擬似的に泳ぎが体験できるんじゃないかなって。

彼女は「わかってるよ」とだけ答えてくれた。

その代わり、また今度絵をプレゼントしてねと釘を刺された。

どうやら俺の立場は3人の中で一番低いようだ。


3時頃を過ぎただろうか。

日差しが弱まり、徐々に涼しさが増してきた。

これ以上川に入っていると、体が冷えすぎて体調を崩すこともある。そう説明して陸に上がることにした。


彼女の体調も考えて、今日は解散することとなった。

類は家が少し遠く、ここから高賀神社へ向かう途中にある。

その為自転車で来ていたが、押しながら歩いて付いてきてくれた。

瞳ちゃんの家に行く途中、谷戸橋を渡り左折し、行き止まりの道路を少し進んだ時に事件は起きてしまった。


彼女はよろめくと、急にうずくまり動けなくなってしまったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る