005.動因-Motive-

1991年5月22日(水)PM:21:12 中央区桐原邸一階


 近藤さんは既に外回りから戻って来ている。

 その後、僕達三人はだらだらとしていた。

 特にする事もなく、取り留めもない会話を続けている。


 由香さんも近藤さんも、知り合ったばかりだ。

 その割には不思議と会話が弾む。

 会話の中で、由香さんは何度かいじられていた。

 近藤さんは彼女をいじり馴れているのかもしれない。

 そんな中、珍しく電話の呼び出し音が鳴る。


「はい、桐原です」


『もしもし、桐原くん? 古川です』


「所長さん? こんばんわ」


『こんばんわ、突然電話なんかしてごめんね。近藤か由香はいる? かわってくれるかな』


「はい、わかりました」


 僕は後ろを振り向き、二人を呼んだ。

 怪訝な表情の二人。

 由香さんを手で制して、近藤さんが立ち上がる。

 受話器を近藤さんに渡す。

 僕は座っていた位置に戻った。


「所長、近藤です」


『近藤、羽場の方は片付いた。ただその時に三井君と銀斉君が変な奴らに襲撃されたそうだ。襲撃者は倒したが、どうやら戦闘用の人形のようだ』


 所長の声が漏れて聞こえてくる。

 近藤さんが、受話器を耳にちゃんと当ててないようだ。


「戦闘用の人形って何だ? 人形が勝手に動くとでも言うのかよ」


 戦闘用の人形?

 そんなものがあるのか?


『その通りとしか』


「まじかよ」


『こちらで調査はしてみる。個々の戦闘力はそんなに高くはない。集団で戦う事を前提にしているようだ』


「まったく」


 近藤さんの表情はわからない。

 だけど、その声は面倒臭そうな雰囲気を醸し出していた。


『そうぼやくな、相模弟を今そっちに向かわせている』


「はいよ。とりあえずこちらは今の所何も無しだ」


『わかった。何か情報が入ったら連絡する』


 受話器を置いて戻ってきた近藤さん。

 ほぼ丸聞こえだったのに気付いてないのだろう。

 一息ついてから電話の内容を話しはじめる。


「羽場の方は片付いたってよ。そんで健二をこっちによこすってさ」


「そうなんですね。良かった」


「近藤さん、ところで戦闘用の人形って何ですか?」


「言葉そのままだろ? 良くは俺にもわからん。そんなもん聞いた事もないわ。まっ考えてもしょうがないだろ」


「確かにそうですけど」


 由香さんは聞こえていた事は教えるつもりはなさそうだ。

 なので、僕も従う事にした。

 もっとも、人形について聞いてしまった後だ。

 近藤さんが疑問に思うかもしれない。


「健二が来たらこの後どうするか決めるか」


「そうですね」


「お手数おかけします」


「桐原が気にする事じゃないだろ。長谷部を逃がしたどっかの阿呆が悪い。どこの阿呆か知らないけどな」


「誰なんでしょうかね?」


「さあな。今日はもう考えるのはやめようぜ。それより桐原、何かテレビゲームないか?」


「テレビゲームですか? これならならありますけど」


 僕は、テレビの下にある戸棚を空けた。

 その上で、近藤さんに見えるように体の位置を横に移動させる。

 欲しい玩具を見つけたような顔の近藤さん。


「おお! それがいいわ」


 近藤さんが指差したゲームの本体。

 手馴れた動作で僕はテレビに接続する。

 その上で、適当なゲームを選んでスタートさせた。


「へー!? 手馴れてるな?」


「本当。簡単に迷う事もなく接続しちゃったね」


 変な所で簡単している近藤さんと由香さん。

 あまりテレビゲームとかやらないのだろうか?

 近藤さんは好きそうな感じするけど。


 結局、僕と近藤さんは、健二さんが来るまでゲームに興じる事になった。

 その間、由香さんはひたすら画面に魅入ってる。

 彼女はテレビゲームとかやった事がないらしい。

 画面が移り変わる度に、僕と近藤さんにいろいろと説明を求めてくる。

 そんな感じで、健二さんが来るまで何だかんだで、楽しく過ごしていた。


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1991年5月22日(水)PM:21:44 中央区桐原邸一階


「また電話か。出てきますね」


 僕は受話器を取り電話にでた。


「はい、桐原です」


『桐原君、こんばんわ』


「所長さんですか?」


 また何か連絡事項でもあるのかな?

 そう考えていた僕だった。


『そうだ、さっき掛けたばかりなのにすまんな』


「いいえ、それで近藤さんか由香さんですか?」


『いや・・桐原君状況が変わってしまった』


「どうしたんですか?」


 心なしか声のトーンが低い気がする。


『こんな事を頼むのは、正直気が引けるのだが・・・』


「何かあったんですか?」


 明らかに所長さんの声が変わった。


『長谷部がある民家に侵入、少女を人質に、三井君、桐原君、由香を目の前に連れてこいと要求してきた』


「えっ?」


『まさかこんな形で、無関係の人間を巻き込む事になるとは思わなかった』


 電話越しの所長さんの声は重い。


『頼む。君を巻き込む事になってしまうが、我々に協力してもらえないだろうか? 人質の少女を助けるために』


 正直その少女を助ける義理はない。

 だから僕は一瞬逡巡した。 


「わかりました」


 何故協力する気になったのだろう。

 この時の自分はよくわからなかった。

 その少女を助けたいと思ったのだろうか?


『桐原君・・・・・・本当にいいのだな』


「――はい」


『ありがとう。近藤に詳しい事は伝える。かわってもらえるか?』


「わかりました。近藤さん、所長さんから電話ですよ」


 きっとその時の僕の声は、震えていただろうな。

 しばらくは僕が電話で会話してた。

 なのに突然呼ばれた近藤さん。

 彼はきょとんとしていた。


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1991年5月22日(水)PM:22:22 中央区石山通


 僕達は石山通を車で移動中だ。

 長谷部が立て篭もっている民家に向かっている。

 右折した車が、途中で停止した。


「あそこのようだな」


 近藤さんの視線の先。

 一台の車が停車している。

 その側には、古川さんと三井さん。

 他にスーツ姿の男性がいた。


 何をどうしたのかはわからない。

 だけど、警察も協力している。

 民家周辺の住民は避難してもらった後だ。

 近藤さんが車中でそう僕に教えてくれた。


 少し離れた所に、複数台のパトカーが止まっている。

 長谷部を刺激しないようにサイレンはきってあるようだ。

 時折、制服の警察官が周囲を走り回ったりもしていた。


 古川さんと合流した僕達。

 スーツ姿の男性は相模 健一(サガミ ケンイチ)と言うらしい。

 健一さんは短く切り揃えられた黒髪に、眼鏡のインテリな感じ。

 パリッとしたダークブルーのスーツ。

 真っ白のワイシャツに、橙色のネクタイをしている。

 彼を見て首を傾げた僕に、由香さんが教えてくれた。


 健一さんが長谷部を追跡。

 爆発の音に気付き玄関が壊された民家を発見。

 一人中に入った健一さん。

 長谷部は階段の所で、少女を人質に取っていたそうだ。


 近藤さんは既にいない。

 僕達とは別行動だ。

 不足の事態に備えて、別の場所でで待機するらしい。


 僕は協力する事に関して、近藤さんに何度も念押しされた。

 本当にいいのか、と。

 でも僕は、必ず少女を助けますと、思わず啖呵をきってしまった。


「俺に考えがある。合図したら援護するから、桐原と由香は突っ込んで少女を助けろ」


「はっ? 大丈夫なんですか?」


「大丈夫だ」


「・・・わかりましたよ」


 唐突な三井さんの提案。

 その声は自信たっぷりだ。


「本当に大丈夫なのか、三井君!?」


 健一さんは無表情だ。

 だけど、探るように三井さんを凝視している。


「健一、三井君を信じよう。責任は私が取る」


 古川所長の一言。

 無表情が一瞬諦めたような顔になった健一さん。

 だけど、直ぐに元の無表情に戻ってしまった。


「了解」


「所長、それじゃ行ってくる」


 三井さんは、用意してあった拡声器を手に取る。

 大きく息を吸い込むと、大声で叫んだ。


「長谷部、三井だ。これからおまえが指名した三人で、玄関から中に入る」


 僕達三人は、これから民家に足を踏み入れる。

 三井さんの援護の意味はわからない。

 だけど、僕は長谷部を捕まえて、少女を助けるつもりだ。


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1991年5月22日(水)PM:22:29 中央区石山通


 僕は今、石山通を西に進んだ場所にいる。

 路地に入って、奥に進んだ所。

 そこにある一軒家の中だ。

 家の一階の廊下で、長谷部の前に立っている。


 両隣には三井さんと由香さんの二人。

 距離としては五メートルぐらいだろうか。

 そこで止まれと言ったのは長谷部だ。


 目にかかるぐらい伸びた黒髪はボサボサ。

 その瞳は何とも表現し難い様々な感情を宿しているようだ。

 おそらく言いたい事があるのだろうが、何もしゃべらない。


 ここの住人の一人娘を人質した長谷部。

 ぎらついた眼差し。

 二階へ上がる階段の所に座っていた。


 人質になっている少女も側にいる。

 彼女の名前は口川 優菜(クチカワ ユウナ)。

 耳にかかるぐらいの緩いウェーブのかかった茶髪。


 優菜さんは呼吸はしているようだ。

 おそらく気絶しているか眠っているかだろう。

 階段の二段目に寝かされている彼女。

 その頭のすぐ側に、長谷部の左手が添えられている。


 この距離なら長谷部を倒す事はおそらく可能だ。

 でも、同時に少女を助けるのは無理だろうな。

 手と頭の距離が近すぎて、すぐに爆発すると思う。

 少女を助けてあげたいとは思ってる。

 だけど、三井さんの作戦は果たしてうまく行くのだろうか?

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