7話 秘密の屋根裏部屋

「すごい、隠し部屋!」


 フユが感激したように叫んだ。フユが一日でこんなに叫ぶのをあたしは見たことなかった。

 だけど、屋根裏部屋ってだけでワクワクしてしまう。きっと全員が同じだ。


「すっげぇ! 俺はじめて見た!!」


 ナツキ君が、興奮して屋根裏の床を跳ねていく。ホコリがぶわっと立ちあがった。後ろにいたあたしはたまったものじゃない。


「ちょっとぉ、ホコリ立てないでよおっ」


 あたしは咳き込みながら屋根裏部屋に入った。

 小さな窓からは外からの日差しが入ってきていて、照らされたホコリがきらきらときらめいている。足元は 古いのかキィキィいっている。ナツキ君が歩いたところのホコリがとれて、茶色く目だっている。天井はやや低めで、梁が見えている。背が伸びたみたいに感じて、まるで秘密基地だ。

 部屋の一角に作業机のようなものが設置されていた。角ばったところは、三面鏡のようになっている。といっても鏡ではなくて、中央には古い黒板があって、両側は窓になっている。そしてその空間にぴったりはめこまれるように木製のテーブルが置いてあった。変わってデザインだ。

 そのテーブルには古びたブックスタンドやチョーク入れ、それからロウソク立てや古い紙が散らばっていた。なかなか年季が入っているけど、置くものがオシャレだ。


「まるで研究室だな」


 ナツキ君が嬉しそうに言った。こういう時は楽しそうだ。アキト君も興味深そうにあたりを見回している。


「こんな空間があるなんて、こっちを自分の部屋にすればよかった」

「いやあ、これ、大発見ですよ!」


 シュンスケ君も興奮した様子で、しきりにデジカメのシャッターをきる。


 あたしも探索を開始するように周囲を見回した。とりあえず、さっき見つけたテーブルの上を眺めてみる。

 黒板には、少し上の方に、消し忘れたようなアルファベットが描かれていた。


「いー…えー…えー…いー?」


 読んでみたけれど、さっぱり意味がわからない。ローマ字読みでなんとか読もうとしても、母音がないから余計に意味不明だ。「e.a.a..e..」という文字がうっすら浮かんでいる以外には、他はなにもない。

 あたしは諦めて、他に置いてあるものに目をやった。


 とはいえ、あと他にあるものといえば、奥の右手側の壁際に小汚い毛布があるくらいだ。毛布といっても、ホコリ除けに何か荷物の上にかけてあるようで、下には何があるのかわからない。

 写真を撮っていたシュンスケ君が唸る。


「何の荷物ですかね?」

「死体かもしれないぜ?」


 ナツキ君が悪戯っぽく言う。


「えええっ……、ま、まさかあ」


 本気にしたのか、シュンスケ君が顔を青くした。


「……人の家になんてものがあると思ってるんだ、二人とも」

「そうだよ、ここアキト君の家なんだから!」


 あたしたちが抗議すると、二人は笑いながらこっちを向いた。シュンスケ君は安心したような顔だったけど。


「でも、ここは初めて発見したんだろ?」


 ナツキ君が脅すように言うと、シュンスケ君が再び戦慄したように固まった。


「や、やめてくださいよ」

「いくら幽霊屋敷だって言ったって……」


 フユが青ざめてきたので、そろそろ真実を知りたいところ。


「まぁいいや。毛布をどけてみるよ」


 アキト君がそろそろと手を伸ばした。

 みんな、一瞬緊張したようにびくっとする。

 やっぱり死体があったらどうしよう、と思っていたようだ。そんなものがあるなんて信じたくはないけど、毛布が取り払われた瞬間、目をつぶってしまった。


「……なんだ、これ?」


 ナツキ君の声でゆっくりと目を開ける。

 細く開いた目の向こう側にあった景色は、古びた箱や古いミシン台だった。使わなくなったものをここに置いたままにしていたらしい。木の板が何枚か転がっていて、道具入れらしき箱もある。

 ナツキ君が安心したように、道具入れに手を伸ばした。


「これ、大工道具か? 木の板もあるし」

「ノコギリなんかは触らない方がいいかもしれないな。錆びてると厄介だ」

「そうなのか? んじゃあ、こっちは……」


 ナツキ君が隣の箱を開ける。あたしたちもそれぞれ近づいて、何があるのかを眺めた。


「こっちは壁飾りってやつか?」


 ナツキ君が壁掛け飾りとおぼしき小さな額縁を拾いあげて、横におく。

 四角い額縁のなかには、ハートの7がおさめられていた。こういうのってたいてい、エースのカードが並べられてるイメージだから、ちょっと意外だ。

 覗き込んできたアキト君が、手を差し出した。


「ちょっと見せてくれ」

「うん」


 額縁をアキト君に手渡して、その間に他のガラクタらしき代物に目を移す。他にも、ハートのキングが入った額縁もあった。

 それから、ウッドアート的な物に凝ってたのか、木の板にAやBの文字を彫り込んであったり、その形に切りこんだものもある。ただ、どれも字が崩れていたり、変なところまで切り込んでしまっている。


「どれもこれも、練習中って感じだな」


 そう言いながら、ナツキ君はアルファベットがつけられた木の板を手に取った。


「こういう物に凝ってた人なんですかね?」

「今ってこういうの、普通にどっかに売ってるんじゃねえのか? わざわざ作る必要とかわかんねえな。ほら、これなんて取付けがなってねーし、文字がくるくる回っちまう」


 手に持った板のアルファベットを回しながら、ナツキ君が首をかしげた。


「動かして大丈夫なの、それ?」

「いいんじゃないか? ほとんどゴミだろ、ゴミ」

「うわああっ!」


 唐突なシュンスケ君の叫び声に、全員がそっちを見た。

 叫び声に驚いたフユがキャッと悲鳴をあげる。


「どうした!?」

「か、か、髪の毛が!」


 シュンスケ君が古い木箱の中を指さしている。

 ごくりと息をのむ。

 アキト君が近寄って、木箱の中に手を突っ込んだ。


「……これ、カツラじゃないか?」


 しばらく探っていると、裏側の頭に装着する部品があらわれた。


「金髪のカツラ?」

「長いカツラだな。女用かもな」


 アキト君が軽く金髪を整える。ずっとこんな所にしまわれていたせいで、絡まってしまっている。


「もうっ……おどかさないで!」


 フユが抗議の声をあげる。


「まったくだよ。その程度で騒ぐなよ、シュンスケ!」

「驚いたんですよ!」


 ぎゃあぎゃあ言ってる二人を横目に、あたしは金髪のカツラに視線を戻す。


「でも、どうして金髪のカツラなんか必要だったのかしら?」

「さあ……、ここにあるのはほとんどが小物みたいだし。これとか、ほら」


 アキト君が大きな箱を取り出す。

 中には、すり切れた小さな棒や布きれなんかが入っていた。今までののはかろうじて形になっていたけど、あたしには割ばしぐらいにしか見えない。


「……なにこれ?」


 あたしは眉を寄せた。さっぱりわからない。


「これは……、ひょっとすると、食堂にあった船の模型の材料かもしれないな。ひょっとすると前の住人は、こういう手作業が好きだったのかもしれないね」

「えっ、あの船の模型って作れるの?」

「あ、……聞いた事あるかも。おじいちゃんが一時期作ってたみたい」


 フユが思い出したように言った。


「ピンセットで少しずつ中に入れて作るんだって」

「へえー!」


 地道な作業だ。感心してしまう。


「昔は趣味の一つにしていた人も多かったみたいだな」

「じゃあ、ここにあるのは趣味の物なのかもね。でも、なんで金髪のカツラが一緒に入ってたんだろ?」

「何かの素材として使うとか……?」


 フユが言ったけど、どうにもしっくりこない。まさか、女装が趣味だったなんて言わないでしょうね?


「さぁな。フランス館なんだし、住人も外人みたいにしたかったんじゃねぇの」


 ナツキ君が箱のひとつを乱暴に閉めながら言った。


「ほんとガラクタ置き場って感じだなぁ。もっといいモン、見つかると思ったんだけど」


 アキト君も辺りを見回しているけど、これといったものはなさそうだ。


「一度下に降りようか。荷物も部屋に運んだ方がいいだろ?」


 あたしたちはアキト君の言葉に頷いた。

 屋根裏部屋から降りると、あたしたちは今日泊まらせてもらう部屋を選んだ。といっても、四つあるうちの二つはアキト君とそのご両親が使ってるから、残った二つをあたしとフユ、ナツキ君とシュンスケ君で分け合う感じになったけれど。

 そういえば、シュンスケ君のご両親はお仕事なのかな?


 何となく聞く事もできないまま、一階に降りる。

 あとは見回るべきものはないかと階段付近をうろついていると、ふと、一階のつきあたりから右手に伸びる廊下の先に、時計があるのが目についた。とても大きくて、大人の身長か、それ以上はある。

 ついでに時間を見ようと思って、違和感に気付く。


「ねえアキト君、あの時計、壊れてない?」


 訝しむような声に、アキト君はあたしの横までやってきた。


「ああ、あれもここにあった家具なんだけどね」


 時計は、八時五分十五秒でとまってしまっている。

 あたしの声を聞いて、みんなやってきた。全員で時計の前まで移動して、まじまじと見つめる。


「なーんか中途半端な時間だなー。これ直せねぇの?」

「扉が開かないんだよ、あれ」

「そこからかよ。なんかそういう歌があった気がするな」

「おじいさんの時計って事ですか? ……せめて十二時とかならわかるんですけどね」

「朝に見たらびっくりしそう……」


 あたしはじっと大きな時計を眺めてみたけど、止まってしまっている以外には何にもなかった。古めかしい作りで、濃い茶色をしている。文字盤はローマ数字で描かれていて、中央の少し下には、「Apo」と、一マス開いて「on」の字が刻まれていた。


 ――エーピーオー・オーエヌ?


 多分、アポ・オンというメーカーか何かの名前なんだろうけど、有名な時計メーカーかどうかまではわからなかった。


「今の所は関係なさそうですねえ」


 シュンスケ君が写真だけ撮って、踵を返す。


「一旦、居間に帰ろうぜ」


 ナツキ君やフユもそれに続いた。

 あたしもそれにならって踵を返したけど、アキト君だけはまじまじと時計を見始めていた。今までにない熱心さだ。何か気付いた事でもあるのかと思って、あたしは覗き込むように彼の顔を見た。

 アキト君はしばらく時計を見ていたあとに、急に楽しそうな笑みを浮かべた。


「ねえ、どうしたの?」

「いいや、なんでも。さあ、みんなのとこに行こうよ」

「……本当になんでもないの?」


 アキト君の顔は、何か思いついたような、どこか悪戯っぽいような、そんな顔だと思ったのだ。あたしがもう一度アキト君を見たときには、もうその表情は消えてしまったいたけど。

 けど、あたしの考えが間違ってないってことを証明するように、アキト君は口を開いた。


「この屋敷がどうして〈フランス館〉なのかはわかったよ」


 それだけ言うと、アキト君はきびすを返して歩き出してしまった。

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