3話 弱点がわかったからには 3

「こっちだ!」


 きゅーちゃんはそう言って悲鳴のした方角へ駆け出します。 あぁコラ! そんなに全力で走ったらすぐにばバテるでしょうに!


「もう! バカッ!」


 私は悪態つきならその後を追います。 ……いや、追いつけない! 速ッ! きゅーちゃんはっや!? カエルの時もそうでしたが、きゅーちゃんって凄く足が速いみたいです。 剣のおかげかと思ってましたが、冷静に考えると攻撃力は関係ないし、アレは恐らくきゅーちゃんの地力でしょう。

 全力で走る事で何とか見失わないでついて行くとこと数十秒。 立ち止まったきゅーちゃんの目線の先には、ジャイアントトードがとても綺麗な金色の髪をした女の子を襲っていました。 巨大カエルは大口を空けて前かがみになり、今にも丸呑みしそうな体勢です。


「く……くるな! 来るなぁ!!」


 金髪の女の子は、服装から見てプリーストでしょうか。 手に持ったメイスを振り回しながら懸命に威嚇していますが、カエルは気にも留めずにそのまま女の子にさらに迫ります。

 ヤバイここからじゃもう間に合わない! いや、でもきゅーちゃんの魔法なら!

 そう思ってきゅーちゃんを見ようとした、その瞬間――――ドッ! というおおよそ地面を蹴ったとは思えない音と共に、きゅーちゃんは女の子目掛けて駆け出しました。


「ッ!? ちょ、きゅーちゃっぷっ!?」


 何今のスタートダッシュ!?

 きゅーちゃんの脚力で舞い上がった爆風と粉塵に反射的に腕で顔を覆います。

 風は5秒もなかったでしょう。 私が腕を下ろすと、そこには頭を失ったカエルと、その惨状に腰を抜かしたままの金髪の女の子。 そして、


「あぁ、やっぱり…………」


 まるで後ろから撲殺された死体みたいに格好悪く倒れている、仮面(未装備)の英雄様がおりました。

 ホントカッコつかない子だなぁ……

 私は苦笑しながら、英雄様を運ぶ為に近くに寄って顔色を伺います。

 ……うん。 やっぱり目を回りしてる。 まぁこの子はしばらく休ませればいいとして……


「あの、大丈夫? 怪我は無い?」


 私はへたり込んでいる女の子に大事はないかと声を掛けます。

 改めて見ると、年は私ときゅーちゃんの間くらいでしょうか。 とても綺麗な金色の髪をアップのツインテールにし、長い後ろの髪を一本に結った、スリーテールとでも言いましょうか、特徴的な髪型をしています。 服装は一見修道服に見えましたが、スカートはスリットの多いかなり動き安そうなデザインで、剣を持っていても違和感が無さそうです。 やや釣り上がった碧眼は、勝気な雰囲気がありなますが、それはむしろ何処かお姫様のような気品なものすら感じます。

 総じて、何処かの貴族のお嬢様に見えました。

 そして、そのお嬢様(仮)は私の声掛けで放心状態からハッと回復し、私の顔を見るやいなや、何故か恨めしそうな顔をして、


「……………………たのよ」


 何かをポツリとつぶやきました。


「え?」

「なんで……」


 お嬢様(仮)は立ち上がって、




「なんで邪魔したのよ!! 私がこれから倒すところだったのに!!!」




 私に向かっていきなり怒鳴りました。

 ええぇ何この娘…………助けたのに(私じゃないけど)何で怒ってるの。


「え、いや、でも明らかに食べられそうだったよね?」

「は、はぁ!? 誰がよ! 私が果敢にカエルに対峙しているところを見ていなかったわけ!?」


 果敢にって言う言葉を辞書で調べて来いと言いたくなりましたが、年下(おそらく)相手にそれは大人気ないのでぐっと言葉を飲み込みます。

 あれは誰がどう見ても追い回してくる犬を棒で牽制する子供っぽく見えたけど……まぁ当人がそう言うならそうなんでしょう。 その人の中では。

 というか、この娘はソロでやっているんでしょうか。 動きやすそうとは言え、格好からして明らかにプリースト系の後衛職。 さらにジャイアントトードにあれだけ恐れていたという事は、間違いなく駆け出し。 ……自殺志願者と思われても仕方がないレベルです。

 うーん、ソロでやってるなら、回復役は欲しいところですし、パーティーにお誘いしたいんですけど、どうやら相手は虫の居所が悪いみたいですし、今回のところはさっさときゅーちゃん連れて帰りましょうかね。 この状態じゃ今日はもう特訓は無理でしょうし。


「わかりました。 ごめんなさい、余計な真似をして。 それじゃあ、私たちはこれで失礼しますね」

「え……?」

「えっ?」


 機嫌を損ねないように私がきゅーちゃんの状態を起こしながら敬語でそう軽く謝ると、何故か凄く驚いたような顔をするお嬢様。 その後で気まずそうに顔を逸らし、しかしすぐに腕を偉そうに組んで胸を張りました。


「……ふ、ふん! それでいいのよ! そうよ、私一人でもカエルなんて楽に片付けられるんだから……! 今後、私の邪魔はしない事! いいわね!!」

「は、はぁ……解りました。 じゃ、私たちはこれで……」


 怪訝に思いながらも、きゅーちゃんをおんぶし(メッチャ軽いです)、そのお嬢様の横を一瞥しながら通り過ぎます。

 ……どうでもいいけど、身長と胸の大きさあって無さ過ぎでしょ。 何食べてるんだろあのお嬢様。

 胸の大きさには別段コンプレックスを持っていない私ですが、それにしてもあの大きさはいただけません。 私より年下で小さいのに巨乳など! ぐぬぬ……!

 と、悔しさで心の中で歯噛みしていると、


「ちょ、ちょっと待ちなさい!」


 お嬢様に背後から声を掛けられました。 なんでしょう。 早く帰りたいのに……。 しかし、無視をしてまた喚かれるのも嫌なので、振り返って話を聞く事にします。


「どうしました?」

「え……えっと…………」


 聞き返すと、お嬢様は顔を赤らめ、メイスを抱えてもじもじしながら、


「その……その子、大丈夫なの?」


 お嬢様は私の背中――つまり、きゅーちゃんを見て言いました。 どうやら倒れたきゅーちゃんの事を心配してくれているみたいです。

 ほう、これは…………ほほーん。 ちょっと試してみますか。


「大丈夫ですよ。 ちょっと無理してぐったりしてますけど、基本的には疲れただけです」

「そ、そう……そっか…………」

「はい。 ではこれで」

「あ、うん…………って、ちょっとコラ待ちなさいよ!!」

「もーなんですか。 早く帰りたいんですよ。 ……あなたを助けたこの子を休ませるために」

「う」

「本当はさっきまで特訓してたから体力の限界だったのに、それでもあなたの悲鳴を聞いて助けねばと、絞りカスの体力を使って倒れたこの子をね」

「うぐ……」

「……おい、誰の何が絞りカしゅぐっ!?」


 段々とお嬢様が揺らいで来ている中、私の後ろで何か余計な事を喋ろうとする声が聞こえたので、声の主のお尻を踵で蹴り上げて黙らせます。


「というわけで、私は早く帰ってこの子を診てあげなければならないので……失礼します」


 私はダメージを受けてオドオドしているお嬢様に一礼して踵を返し、歩を歩めます。

 さーて……


「ま、待ちなさ…………待って!!」


 おっと、後ろから聞こえる声にちょっと必死さが出てきましたね。

 止めとばかりに、私はちょっと強気に言います。


「もう! なんですか! 急がないとこの子がどんどん衰弱して言っちゃうじゃないですか! 今は一分一秒を争うんですよ! この子にもしものことがあったらあなた責任取れるんですか!?」

「えぇっ!? あ、その……ううぅ……あ、あれ? ねぇアンタさっき疲れただけ言ってたわよね? なんか勝手に様態を悪化させてない?」

「そんな事はどうでもいいんです! 用件があるなら早く! ほら! ライトナウ!」

「う……ううぅ……ぅううううううううううううううう!!」


 私が煽りに煽ると、お嬢様は何かと葛藤しているのか羞恥心からなのか顔を真っ赤にして唸り、そして口を開きました。


「わ……私にその子の治療をさせて!」

「はいどうぞ」

「えっ!?」


 私があっさり承諾してきゅーちゃんを降ろすと、驚いた声を上げるお嬢様。 ……ふっ。 思惑通り。

 当人にとって面白くないものではあったものの、私はともかく直接的に助けられたきゅーちゃんには恩義を感じていたのか、すごく心配そうでしたし、プリースト系という職業柄、助けてあげたそうな気持ちが見え見えでした。 でも素直になれない子なのか、煮え切らない態度を取っていたので発破をかけてあげたわけです。

 このお嬢様。 金髪でやや釣り眼な辺りからなんとなく読んでいましたが、相当なツンデレっ娘なようです。 かーわいー♪

 さて、当のお嬢様は何か言いたげに私を睨みながらも、きゅーちゃんの傍まで寄ると、彼の首筋辺りに手を添えます。 ふと、お嬢様の手に温かな光が灯りました。 そして、


「ヒール」


 そう唱えると、その優しい光がきゅーちゃんを包み込みました。

 するとどうでしょう。 きゅーちゃんはまるで悪夢から解放されたかのように顔の緊張がほぐれ、みるみる顔色がよくなっていきます。

 ほわぁ……すごい! 治癒魔法だ治癒魔法! というか私この世界にきて初めて魔法見た! わぁ~!

 きゅーちゃんは魔法を未だに見せてくれたことがないので、初めて見た魔法に体が震えるくらいに興奮します! やっぱりファンタジーな物を間近で見ると、なんて言うかこう、ワクワクしますね!

 そして、きゅーちゃんの治療が終わったのか、お嬢様はきゅーちゃんから手を離しました。 同時に、きゅーちゃんがむくりと身体を起こします。 自分身体の調子を確かめるように、胸元に手を置き、


「……すごい。 疲れも取れたし、なんかいつもより体が軽い」

「ホント!? あ、確かに今までの中で一番顔色がいいかも! 生きてる感じがするよ!」

「つまりいつもは死んでるような顔をしているってことだね。 おいちょっとその辺詳しく聞かせてもらおうか」

「そんなことより、回復してもらったんだからお礼言いなさいな、ホラ」

「この……ッ! ……ん……えっと、その…………ありがと」

「べ、別に、お礼言われるような事じゃないわよ……もともとは、不本意ながらも? 助けてもらったわけだし、こちらこそ…………ありがと」.


 お互いに顔を逸らしながら、気まずいというよりは気恥ずかしそうにそう言い合うきゅーちゃんとお嬢様。

 うーわ、なにこれあまずっぱぁーい……まるで小中学生の恋愛物語を見ている気分になってくる。 まぁ、きゅーちゃんは元々恥かしがり屋っぽいし、お嬢様はもう語るに及ばずって所だろうけど。

 ともあれ、これはチャンスです。 お互いに悪い気を抱いていないという事は仲間に誘っても問題ないはず!


「ねぇ……あなたってソロだよね? もし良かったら、私たちのパーティーに入らない?」

「えっ!?」


 私のお誘いに、目をまん丸にして驚くお嬢様。 さっきから驚いてばかりですねこの娘。

 その怯んだ隙に私は畳み掛けます!


「あのね、もう気付いてると思うんだけど、うちの子――きゅーかっぱって言うんだけど」

「え、きゅー……何?」

「名前の事は置いておいて! この子、すっごく強い代わりにすっごく体が弱いもやし体質なの。 だからね、一回の戦闘でもすぐにスタミナ切れですぐに倒れちゃうんだ」

「おい、スタミナに関しては認めるが、名前のスルーともやし体質とか言うのはやめてもらおうか」


 きゅーちゃんの抗議は無視して続けます。


「で、さっきの回復魔法! きゅーちゃんがこんなにも元気になるなんて、相当な実力だよね! きゅーちゃんの攻撃力を持続させるために、あなたの力が必要なの! お願い! 是非とも私たちのパーティーに入って!!」

「え、あ……う、ううううううううぅぅ………」


 私は手を差し伸べながら頭を下げ、お嬢様は唸りながら悩みます。 いろんなものが葛藤して悩んでいるようですが……


「い…………」

「い?」


 顔を上げると、そこには恥ずかしそうに顔を赤らめながら私の手を取ろうとするお嬢様がいました。

 私は微笑んでその手をこちらから握ろうとすると………………お嬢様は即座に手を引っ込め、



「嫌よ! 誰がアンタみたいな性悪女や、そんな名前が変でチビでガリで男か女か分からないくらい可愛いけど私を助ける時はすっごく格好良かった奴なんかがいるパーティーなんかに入るもんですか!! フンッ!」


 そう、怒鳴り散らし、そのまま肩とおっぱいを揺らしながら立ち去って行きました。


 あ、あれー……?


 予想外の出来事に立ち尽くす私に、きゅーちゃんの冷ややかな視線が突き刺さります。


「虐め過ぎ」


 ちょっと反省した今日この頃。

 というか…………


「私名前すら聞いてない!」


 反省点が増えました。

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