第31話 罠

 装備を終えた俺は慌ただしくなった巣の中を駆け抜け入り口まで行った。すると片目が槍を片手に、弓を肩に担ぎ、矢筒と剣を腰に携え待っていた。


 近づくと『行くよ』と言い静かに歩き始めた。俺も後に続くが何故走らないのかと疑問浮かび、娘のことを考えると進行の遅さに焦りが心に募る。


 片目に聞くと前を向いたまま疑問に答えてくれた。


『あんたの娘から聞いてると思うけど、人間達は夜になると野営で動かないことは聞いてるね?』


『ああ』


 だから安全なはずの夕方の見回りに行ったんだ。


『普通の傭兵達は見張りを立てるだけだけど、人外専門の傭兵はそれだけじゃないんだよ。野営に入る前に周辺に罠を仕掛けてから寝静まるのさ。一応妹に傭兵と遭遇した場所を大まかには聞いたけど、罠がその場所から後にあるとは限らないからねぇ』


 罠を警戒してるから、走らずゆっくりと行ってるのか。


『あたいが何で走らないのか意味わかったね?巣を出たばかりだからこうやって喋ってるけど、罠を見つけたらそっから先はお喋りはなしだよ』


『わかった』


 罠があるなら野営地は近いってことだろう。


 それからしばらくは無言で歩いてると、ふと片目が止まった。

 罠でも見つけたのか?


『罠を見つける前に、言っておくことがある』


 片目は振り返って、俺の目を見つめながら言い始める。


『傭兵もそうだが人外専門も捕まえた相手が女性なら陵辱をする』


 片目の話を聞いた瞬間頭が沸騰し、娘の元に駆け出そうとしたが片目に腕を捕まれた。腕を振り切ろうとするもびくともしない。


『最後まで聞きな。前に同じようなことが何度かあってね、普通の傭兵相手は軽い切り傷程度で済んだんだけどねぇ。一度だけ、人外専門を相手にしたことがあるんだよ。戦法が明らかに普通の傭兵とは違ってね……その時の傷がこれさ』


 そう言って指さしたのは傷を負った目だった。片目の原因は人外専門の傭兵だったのか。あの片目に大きな傷を喰らわせた相手……


『あいつらはわざと陵辱して、あたい達を誘き出して罠にかけるのさ。しかも、仲間まで餌にしてだよ。妹を犯してた奴等を殲滅したと安心した瞬間に、後ろの茂みから襲いかかってきて、ズバッさ』


 仲間を見捨てて息を殺して忍び寄る。確かに普通じゃない。そんなことを使うのは軍隊であって、一介の傭兵が使わない。いや、使うことを考えない。


『もちろん同じ奴等かは行ってみないとわかんないけどねぇ。いいかい、何が起こっていても飛び出すんじゃないよ』


『約束、出来ない』


 娘が陵辱されてる場面に出くわして、どのような行動に出るかなんて、俺自身わからないからだ。


 さっきの行動を考えればわかるか。


『頭の考えと身体の反応は別物。わかったよ、あんたの行動に合わせるけど、妹優先で助けるから自分のことは自分で守んな』


 片目は大きな溜め息を吐き出してから先に進み始め、俺は焦る気持ちを抑えつけ片目の後を付いて行った。




 しばらく何事もなく進んでいたが、突如片目が立ち止まりぶつかりそうになった。


 とうとう罠を見つけたか?


 片目はしゃがみ込んで慎重に落ち葉を手で払いのけていく。すると、落ち葉の中から細い縄が現れた。

 縄の出所を辿ると茂みの中に続いており、一本の枝に引っかけられ巧妙に隠されていた。枝は太股辺りの高さにあり、幾重にも分かれた細い枝に付いた葉を取り除き先端を削り鋭くしてあった。


 もしこれに気付かず縄を踏んだり蹴ったりしたら、引っかかっていた縄が外れ、縄の力でしなっていた枝が太股の位置に当たり鋭い枝がいくつも刺さって怪我をしていただろう。


 片目は枝を手で持ち引っかけてあった縄を慎重に外し罠を解除し終え、またゆっくりと歩き始めた。


 その罠を切っ掛けに次々と罠が見つかりだした。最初の方に縄を使った罠もあったが、一番多く見つかったのが落とし穴だった。


 落とし穴といっても足首が入るくらいの穴だ。只の落とし穴なら全く脅威ではないのだが、穴を隠すように板が二枚置かれ上から枯れ葉が敷かれていた。

 その板は穴の外側の方にそれぞれ釘が五本打たれており、落とし穴に気付かず踏み抜いてしまった場合、釘が打たれた方がテコの原理で勢いに乗った板がふくらはぎに突き刺さる構造になっていた。


 奥に進むにつれて罠は巧妙に隠されていく。一番狡猾だったのは縄と穴の二つ使った罠だった。

 縄の罠を解除しようと縄を跨いだ先に落とし穴が設置されていた。先に見つけた縄の罠に気を取られてたら、縄の前にある落とし穴を踏み抜いてしまう狡猾な仕組みになっていた。


 片目はそれらの罠を見つけては解除して、近くの木に槍で傷を付け目印をしていた。


 それを続けていくと微かに声が聞こえ始め、奥の方でほのかに火の明かりが見える。


 近い。


 逸る気持ちが身体に出て、片目を追い抜いたところで襟(えり)を捕まれ進むことが出来ず、俺は渋々片目の後ろを付いていく。



 明かりに近付くにつれて、声も徐々に大きくなってゆき、笑い声まで聞こえてくる。あと少しと言うところで上から振られた槍が眼前に現れ足を止めざるを得なかった。


 槍を振り下ろした片目は俺には目もくれず、何もないはずの茂みをじっと見つめた後に周りを見回し始める。


 何だ?何かあるのか?


 周りを見回し終えた片目が腰を低くして、何かに注意を払いながら潜り抜けた後振り返り何かを指差す。


 俺は片目が指差す指に近付くと、月明かりにきらきらと反射する何かがあった。目を凝らして見ると一本の線が胸の高さにあるのが見える。その線をよく見ると金色をしていてそれが月明かりに反射していた。


 これは糸じゃない。糸ならば所々でほつれが出ているもんだが、これにはそれがない。しかも糸ならば太いはずだがこれは細い……もしかして髪の毛か?……それならほつれがないのも細い理由も納得がいく。


 よく見つけたなと片目を感心しながら髪の罠を潜り抜ける。片目を見ると先に茂みから顔を出して偵察をしており、その片目の背からぴりぴりと肌がひりつくような空気が溢れ出していた。


 この空気を俺は知っている。ここに来た頃にアルラウネが人間を殺す時に感じた空気……つまり、殺気だ。


 茂みの向こうに何が見えてるんだ。


 娘を助けたいと思う反面、何が起こってるのか知りたくないと身体が重く感じる。


 俺は意を決して茂みから顔を出すと、凄惨な光景が広がっていた。

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