第19話 手本


「パパ、だいじょうぶ?」


 寝ころんでると娘が心配して声をかけてくれた。


「大丈夫だよ。心地良いから寝ころんでるんだよ」


「ここちいい?」


 娘は首をかしげて分からない様子だ。


「まだこの言葉は教えてなかったか?心地良いは簡単に言えば気持ち良いってことだ」


「うーん?」


 娘はまだわからないみたいで首を傾げていたんだが、いきなり俺の腕を枕にして横に寝ころんだ。


 外見はもう大人なんだが、まだ精神が幼い甘えんぼな娘。なんともアンバランスだが、そこが良い!


 しばらく目を瞑って横になってた娘が「ここちいい」と静かに呟いた。


「ああ、心地良いな」


「うん。パパ、となり、ここちいい」


 いきなりの言葉にドキッとした。

 親心をくすぐることを言ってきた娘の頭を撫でてやると、目を細め気持ちよさそうにしている。


 全く俺の娘は可愛いなぁ。


 腕枕をしてるのを見た他の娘達が羨ましかったのか、次々と俺の身体に群がり身体の至る所に頭を乗せられた。


 娘達よ、パパと戯れてくれるのは嬉しいんだが、こうなるとパパの身体は重く、暑くなっちゃうんだぞ。


 暑苦しそうな俺を見兼ねた片目が手を叩き注目を集め、練習に戻るようなことを言っている。


 未練がましくしている娘達が多かったので、一人一人の頭を撫でてやると嬉しそうな顔して練習に戻っていった。


 まだまだ甘えたがりな子供達だな。……その内親離れしたりするんだろうか?そうなったら俺どんな精神状態になるだろう……今好かれてるだけに全く想像出来ないし、構われなくなったと想像するだけで悲しくなる。


 最後に一番最初に生まれたお父さんっ子で通訳の娘が残り、片目の言葉を翻訳してくれてる。

 父親として情けなく感じるのは俺だけだろうか。……今後も頑張って覚えよう。


「パパ。おねえちゃん、さいご、わざ、なんで?」


「最後の大技なんで出したかってことかな?……あのまま転がって避けても勝ち目がないからだよ。あと、お姉ちゃんに効くか試したかった」


 どんな反応が返ってくるだろう。


 俺の言葉を聞いた片目は目を瞑り少し考えるようにしていたが、目を開いたら何も喋らず武器を置いてる方に歩いていった。


 まさか俺に拳ではなく剣を使わせようとしてるのか? 片目ほどの使い手なら一朝一夕で剣を使えないのはわかるはずだが。


 目当ての物を見つけたのか、片目は片手にある物を持って帰ってきた。


 それは俺の想像していた物とは違い、皮ベルトにいくつも刺してある。


「投げナイフか」


 確かにこれなら狙って投げるだけでそんなに難しくない。


 片目は皮ベルトを俺に放り渡しながら何か言ってきた。その言葉を娘が通訳してくれる。

 

「これ、ころがる、なげれる」


 これなら転がりながら投げれるか。投げナイフならかさばらないし武器のチョイスが良いな。さすが片目だ。


 俺は手渡された皮ベルトを腰に巻き具合を確かめる。うん。身体を動かすにも邪魔にならないな。ただ、防具などで身体が重くなってるのにさらに身体重くなるな。


「ナイフ、それだけ、なくす、おわり」


「……これだけか。わかった。無くさないように大切に使う」


 投げナイフを使う人物は少ないんだろう。現に周りの娘達は槍、剣、弓、鈍器を使っている者しかいない。


「あっ、そういえば俺の戦い方はどうだった?」


 聞くのを忘れてた。片目に聞いてみると「あっ」と声を出している。これ完全に忘れてたな。

 俺の質問を聞いてた娘が目をきらきらさせながら透かさず「かっこいい!」と答えてくれた。


 うん、嬉しいんが娘には聞いてないんだが、娘に褒められて嬉しくない親はいない。お礼に頭を撫でてやろう。


 娘は目を細め口元をふにゃふにゃとさせていて可愛らしかった。

 親子のスキンシップを堪能していたんだが、片目が喋りだしたので中断になった。


「とちゅう、よかった。ふつう、あいて、やられる。ただ、さいご、わるい。なぜ、あ~~、いきない?」


 生きない?悪足掻き(わるあがき)のことだろうか?

 しかし俺の質問を忘れてるとは、もしや片目も年なのかもなぁ。


「あの時勝てるイメージ……あー、イメージは教えてなかったな。勝てる場面が想像出来なかったから、一か八かで最後の技を出していた。あとお姉ちゃんに効くかどうか試したかった」


 片目は「おお、そうだった」という風に手をぽんっと叩いていた。

 いつもの凛々しい姿からは想像出来ないギャップで可愛らしく見える。


「あのとき、あがける。さいご、ちがう。あと、わざ、きかない。さいご、かいてん、あてれた」


 つまり「あの時は足掻けたから最後ではない。私にあの技は効かない。最後回転中に攻撃出来た」ってことだろう。


 この年で面と向かってここまで教えられるとは思いもしなかった。


「パパ、さっき、さいげん。やり、もって」


「うぇっ!?」


 片目が俺の再現するのか!? と、とりあえず槍取って片目がしてた構えをするか。


 俺が慣れない構えをしてると、片目は地面に仰向けになり俺に向かって嘲るような笑みを浮かべ手招きしてきた。


 ジェスチャーとしては分かりやすいんだが、挑発までここまでわかりやすいとイラッとするな。


「怪我するなよ」


 片目の胴体を狙って槍を思いっきり突き出す。片目は転がりそれを避けるのを見てすぐに突きを繰り出す。また転がり避ける。


 俺は逃げてく片目を追いかけながら突いていくが、このままでは埒があかない。次は先を読んで突く。

 そして槍を引き寄せ、次に片目が転ぶ位置を予想して穂先を動かして突く瞬間、突然片目は転がるのを止めた。


 いきなり動きを止めやがった!? もう狙いは見当違いのところだ。突いたって意味がない。早く片目に穂先を合わさないと……


 片目のいきなりの行動に俺は動揺してどうするべきか迷ってしまった。


 その迷いを誘った片目は立ち上がらず、上半身を起こして自分の両足の横に4つ手を着いた。


 間違いなくなにかする気だ。迷わず突け!


 俺は片目の上半身に向かって突こうとするが遅かった。

 片目は手を置いた状態から足を両手の間からするりと後ろに引き抜き、手を支点に身体を前に回転させ足裏が見えた時、俺の顔面目がけ勢いよく伸びてきた。


 寝ころんだ状態から倒立で攻撃なんて読めねえよ!? 槍ぐらいじゃ防げない!


 俺は慌てて槍を手放し、顔に向かってくる両足を両手を交差さして籠手で防御した。

 防ぐことには防げたんだが、予期していない攻撃で衝撃を受けきれず後ろに倒れそうになる。

 後ろに二、三歩下がって倒れずに済んだんだが……


「あきらめ、だめ。わかった?」


 娘の言葉が耳に聞こえ交差させてた腕を開くと、目の前には落ちてた槍を俺の眼前に突きつけた片目がいた。

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