第16話 願望とやきもち

 桶の中に入っていた水をこぼしながらも、片腕を娘に抱かれながも進み腕が棒になる前にアルラウネのとこに到着した。


 見慣れた大きな蕾が見えてくる。


「お~い!来たぞぉ!」


 茂みを出る前に大きな声を出して俺の存在を教える。


 娘が片目から聞いて教えてもらったのだが、どうやらアルラウネは地面の振動や匂いで判断して、地中にある触手が獲物を捕らえる仕組みになっているんだそうだ。


 初めて来たときにはマンドレイクが先にアルラウネに教えたから、俺は触手に襲われずに済んだそうだ。


 マンドレイクがいなかったら俺は今頃どうなってたことやら。


 そんな考えをしてると桶の重みがなくなった。見ると桶の底を触手が押し上げてくれている。

 ついでに別の触手が伸びて桶の取っ手に絡まり受け取ってくれた。


 至れり尽くせりだ。アルラウネは蕾が開ききり俺と娘を交互に見ている。娘の様子が変なのを感じたのだろう。

 俺は肩を竦めてみせると、アルラウネはウィンクをしたあと、娘のほうを見て手を振っている。


 なにかするきだな。


 娘も手を振り返してると、娘の背後から静かに近寄った触手が、娘の脇をくすぐり始めた。

 娘は俺の腕を離して腹を捩らせキャッキャッと笑う。それを見逃さずアルラウネは触手を走らせ娘の身体に巻き付けると、アルラウネは何か言いながら娘を真上に放り投げた。三、四メートルは飛んでるな。


 アルラウネが遊び相手をしている間に日課になってるマンドレイクの水やりをしておくか。


 マンドレイクを埋めた場所に向かうと、俺が持ってきた桶が一つ置かれてる。何も言わなくても察してくれてるのを見ると、人生経験の差を感じるな。


 さて、今日も水を与える……地面が少し盛り上がってるような……


「まさか……」


 俺は慌てて地面に膝を付いて目を凝らして見ると。少し、ほんの少しだが地面を押し上げてひび割れた部分から薄緑色の芽が窺える。


「……生えてる。生えてる!」


 もしかしたらマンドレイクは生き返るかもしれない!


 そんな思いが頭の中を走り、アルラウネに確認するために駆けようとしたが、別の考えが頭を過ぎる。


 俺の勘違いってことはないだろうか……普通生き返ることなんてない。マンドレイクは皆死ぬと埋められ、芽が出て木になるってことはないのだろうか。


 確認しようとした足は止まり、周りの木々を見る。


 もし俺の考え通りなら、これらは全部マンドレイクの墓……いやいや、違う可能性だってある。最初の考え通り生き返るかもしれないんだ。


 アルラウネのほうを見るが今も娘を上に放り投げては掴まえてと遊んでいる。


 生き返らないと言われたら、傷つくのは俺だけじゃなくアルラウネだってそうだ。傷つくなら俺一人だけのほうが良い。

 俺は生き返ると一人で期待して、予想が外れ一人で傷つく。これならアルラウネを傷つけることはない。


 俺の中で考えはまとまると、マンドレイクの桶を手に取り少しずつ、少しずつ芽の出てる場所に水を滴らせていく。


 生き返らないにしてもやることは変わらない。この行為だって俺にとっては恩返しの一種なのだから。


 水が地面を濡らし黒く変わって広がっていく。まるで、俺の不安を表すかのように……





 水やりが終わると娘が背中に抱きついてきて「パパ。おわり?」と言ってきた。どうやら構って欲しいみたいだ。


「水やりは終わったよ。あとはアルラウネに貰った魚を分けたら終わりだよ」


 それを聞いた娘は頬を膨らまして不満を露わにしてる。


 なんとも愛らしい子だろうか。でも、ここは心を鬼にして伝えなければいけない。


「いいかい。ついさっき遊んでもらっただろう?なら、お礼をアルラウネにちゃんと言った?」


 俺は少し腰を下げて目線を合わせて言う。見た目は他の子と変わらなくても、まだ子供なのだから頭ごなしに言っても意味がない。

 ちゃんと理解するまで伝える。


「……言ってない」


「じゃあお礼はきちんと言わないとね。パパも娘と遊んで貰ったお礼に魚をあげないといけないんだ」


 悪いことをしたと思ったのか娘は「……うん」と俯きながらしおらしく言う。


 素直な子だ。世界中でも俺の子達が一番愛らしくて賢く素直な子ではないだろうかといつも思ってしまう。

 まあ残念ながらお父さんっ子はこの子だけで、他はお母さんっ子なんだが……


「それじゃあ、パパと一緒にお礼をしに行こうか」


 俺は微笑みながら娘の手を握って言うと、娘は俯いてた顔を上げる。


 その顔にはさっきまでの罪悪感はなくなり、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ「うん!」と力強く言う。


 気持ちの切り替えもこんなに早いとは……うちの子達は天才だな!


 スキップしてる娘を連れてアルラウネのそばに行くと桶が三つともあった。ほんと察しが良い。

 魚の入った桶を手に取りアルラウネに伝える。


「娘と遊んでくれてありがとう。よかったらお礼に魚を半分ほど受け取ってくれないだろうか?通訳をお願い」


「うん」


 娘の通訳を聞いたアルラウネは俺に手招きをしてきた。

 いつものお礼かなと思いながら、近寄っていくと予想通り俺はアルラウネに抱き寄せられ、唇と唇を合わせ口内に舌が踊り込んできた。


 桶を手放さないようにしながら、アルラウネの舌に応えることに慣れてきたというより技術が上がった?いや、耐性が付いたってことだろうか。


 そのことに気付いてか、この頃アルラウネはキスの最中に俺の身体をまさぐって息子を元気にさせようとしてくる。


 娘と来たときはそこまでしないんだが、一人で来たときには性欲に負けてしまい美味しい思いをしてたりする。

 いつか俺が勝ってみせる!それまではヒイヒイ言わされ続けことになるが……


 いつもの果汁唾液を飲ませてもらい喉を潤し離れるさいに、アルラウネが耳元で「ありがとう」と言って頬に軽く口づけをしてくれた。


「どういたしまして」


 俺もアルラウネの頬にキスをお返しすると、背中の裾を引っ張られたので振り返ると、娘がまた頬を膨らましていた。


「わたしも!」


 娘は目を閉じて口を窄めて顎を上げている。

 今に始まったことではないが、この子の他にも前からいる娘達や、お母さんっ子の子達まで同じように言ってきたりする。

 あっ、片目はさすがになかったが。


 なんだろう。俺の子供達はまだ幼いから真似したい気持ちなどわかるんだが、前からいる娘達はもしかしたら本能か、発情期の類かもしれない。


 まだ小さな子供なら抵抗はないんだが、実の娘は身体は成熟していて口付けはできないので、額にチュッとキスをしたら、まだ納得できないのか不満を露わにしていた。


「もっと大人になったらね」


 娘はしぶしぶ頷いたので、とりあえずは帰るまでの道のりで話し合って納得させよう。


 その光景をアルラウネは楽しそうに笑みを浮かべて見ていた。


 俺は約束のお礼をいつも通りアルラウネの足下の葉を上げて、中に何匹かの魚を放り入れ、別れを言いその場を離れた。



 帰り道、キスの件で娘を納得させようとしたが、納得してもらえず。

 女王に口添えをしてもらおうとしたら、娘の意志を尊重して目の前でキスをさせられた。


 さらに娘が火種になり実の娘以外からも、キスをねだられてしまう騒動に発展してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る