第12話 人との違い

 片目との関係が一歩進んで嬉しい俺はウキウキ気分で、自分が落とした桶やら水筒を取りに行った。


 桶の中身が飛び出してやがる。まあ投げ落としたんだから、そりゃあ飛び出るか。


 肉に近寄り手で鷲掴みにして桶に入れ終えたら、水筒を拾いアルラウネ達に近寄る。二人は何やら楽しそうに笑っていて、俺が近寄るとニヤニヤとした表情を浮かべてた。


 この表情。間違いなく、いんまさっきのこと話てたな。


 俺は片目に恨みを乗せた視線を投げつつ、持っていた桶と水筒を片目に渡す。

 桶と水筒を受け取った片目はアルラウネに水筒を渡して、桶をアルラウネの足下の花びらを持ち上げて、桶の中身を入れている。


 やっぱり食事は足下から取るのか。


 アルラウネは水筒を手に取ると口をつけてあおらず、水筒を下げたままの状態だ。もしかして、飲んでるんじゃなくて注いでるのか?


 あの味は果物のようにさっぱりとして飲みやすかったからな。アルラウネの唾液には栄養分も含まれてるのかもしれないな。


 俺はやることがなく周りを見てると、マンドレイクを埋めた場所から若葉が生えていた。

 もしやマンドレイク生き返るのか!?


 片目達にマンドレイクのことを聞こうとしてはっとあることに気がつく。


 言葉がわからない。


 改めて言葉の壁を実感したが、聞きたくても聞けないのがこんなに歯痒いと思わなかった。

 もやもやとした気持ちが胸に生まれるが、その気持ちとは違う光にも似た希望を確かに感じた。


 マンドレイクが生き返るなら今度こそは、今度こそは絶対に守ってみせる。そして、恩返しをしよう。


 俺はそう強く心に誓い、アルラウネ達の下に行く。


 アルラウネは全ての水筒に注ぎ終えたのか片目と話をしている。どの国でも女性はよく喋るな。


 俺が近づいて行くと二人は話を止めアルラウネから片目は離れた。なんで離れたんだ? と思ってると、微かに甘い匂いが漂ってくる。その甘い匂いを嗅いでると頭がぼーっとしてきて何も考えられない。アルラウネが妖艶な笑みを浮かべ両手を広げて俺を誘ってる。


 俺は花に誘われる虫のようにフラフラと近寄り、アルラウネを抱きしめた。


 アルラウネが口を開いて俺の顔に息を吹きかけ、肺の中まで甘い匂いに満たされると胸一杯に恍惚感が広がる。


 もっと吸いたい…… 直接吸えばこの匂いはもっと濃くなるんじゃ……


 俺は匂いを嗅ぎたい一心でアルラウネの唇にむしゃぶりついた。


 口の中に甘い匂いと共に、アルラウネの唾液と舌が俺の口内に入ってくる。

 唾液が喉を潤し、肺には恍惚になる匂い、口内では舌と舌が絡み。俺の脳は匂いと欲情で支配されていた。


 唾液と舌を啜ってると花びらが閉じてアルラウネの姿がぼんやりとわからるぐらいの暗さになり、その暗闇の中でアルラウネの目が妖しく笑っていた。




 いつの間にか甘い匂いはしなくなっていて、代わりに交尾をしたあとの独特の匂いが花びらの中を充満していた。


 俺達はお互いの身体を支え合うようにして抱き合っていた。

 アルラウネは俺の肩に顔を置いて、もたれ掛かり荒い息をしている。俺も五発ほど発射しているせいで、身体が非常~に怠い。


 多分だが、あの匂いには媚薬効果に精力増強効果もあったんだろう。じゃなきゃ、連発で五発も出ないもんな。


 行為が終わったからか、閉じていた花びらが徐々に開いた。イカ臭い匂いは風に運ばれ消えていき、火照った身体に心地良い風が当たる。

 閉じる前は真上にあった太陽が、山々の間に姿を消そうとしていた。片目は近くの木の根本に槍を抱えて座って待っていて、俺達が。


 俺はもたれ掛かっているアルラウネの肩を叩いて離れることを教えると、アルラウネは顔を起こしキスをしてきた。舌が口内に進入してくると同時に、柑橘系特有の甘酸っぱい唾液も一緒に入ってきたので喜んで飲み込む。


 アルラウネの唾液はさっぱりと甘いので、何度飲んでも飽きない、病み付きになるほどだ。もしかして依存症になりかけてる? こっちに来てから飲んだ物は川の水くらいなもんだから、味のある飲み物はアルアウネの唾液くらいだ。

 ああ、だから水筒に唾液を入れてたのか。


 長い長いキスが終わる頃には俺の腹は唾液でたぷんたぷんになっていた。


 アルラウネが身体を離してくれると、情けないことに交尾の疲労からか俺は地面にへたり込んでしまった。


 顔を上げると森の隙間から茜色に染まる綺麗な空が見える。

 会社勤めの頃には書類などを書いてた時間帯か。向こうだと空を見るんじゃなく、早く仕事終わらないかと時計ばかり見てたからなあ。

 空を見る時はいつも夜の街で、排気ガスに汚れて街の明かりであまり心細いと感じる星を眺めたもんだが、こっちではどんな風に見えるんだろう。


 座り込んで新たな楽しみを見つけた時、俺の身体に触手が巻き付いて立たせてくれた。


 お別れの時間か。


 触手が解かれたあとアルラウネの方に振り返ると晴れ晴れとした笑顔で俺を見つめている。お互いにスッキリしたからな。


 確か海外では別れる時は頬にキスをするんだっけ?


 俺はアルラウネの肩に手を置くと、アルラウネは目を閉じて少し顎を上に向けて唇へのキスを待っている。


 頬と唇どっちにするか迷ってしまうな。両方すればいいか。

 唇に軽くキスしたあとに、アルラウネの両頬にちゅっ、ちゅっとキスした。


 アルラウネは狐につままれたような顔できょとんとしている。

 あれ? 俺不自然なことしちゃった?


 不安が顔に出てたのか、俺を安心させるかのようにアルラウネは微笑みを浮かべ、俺の両頬にキスをしてくれた。


 これは間違ってなかったってことかな? 俺は心の中でほっと安堵した。


 背後から呼びかける声が聞こえる。振り返ると片目が水筒や桶を手にして立っていた。声をかけたのはそろそろ帰るってことだろう。


 名残惜しいがアルラウネから離れ、にやにやしてる片目の所に行くと水筒や桶を手渡された。


 なんだろう。片目のキャラがどんどん変わってるんだが、これが素なんだろうか。


 片目はアルラウネに何か言ってから巣があるであろう方向に歩き始め、俺も片目の後ろを追いかけ巣に帰った。





 巣に帰った俺達はそのまま女王の部屋に通された。部屋の中では女王と側近達がある一点を見つめている。

 俺も釣られて視線を向けると、ある光景が目に入り俺は驚かずにはいられなかった。


 昨日の言葉を口に出したのも驚いたのが、今日は赤ちゃんが弱々しくも立って歩いていたんだ! 生後一日の赤ちゃんが立つなんてありえない。

 ほんとに人間の身体と同じだと思ってはダメだな。驚きの連続で精神的に疲れる。


 俺を見つけた赤ちゃんが「だぁーだ」と言いながら、よたよたと一生懸命に近づいてきた。


 危なっかしいが、止めることは出来ない。自分の娘だから守りたい気持ちから止めたいが、娘の表情が止めさせる。その顔は幼くても真剣な表情で地面を見つめ、足に意識を集中させてるのがわかったからだ。


 真剣に取り組んでる人の邪魔をするなんてことが出来るのは、自己中心的な人か空気が読めない人くらいなもんだ。


 だから、止められない。例えそれが幼い赤ちゃんで、自分の娘だったとしても。

 まあ、さすがにいけないことをしていたら教える意味もこめて止めるが。


 そんなことを考えてる間にも娘は少しずつ、だけど確実に近寄ってくる。

 俺は娘を抱き止めれるように腰を下げて「こっちだよ。こっち」と言って、娘を呼び寄せてたどり着くのを待った。女王や片目達も俺と同じように娘を温かく見守っている。


 一歩、一歩、身体をふらふらと揺らしながらも娘は歩き、とうとう俺の目の前までたどり着いた。

 目前まで来て気をゆるめたのか、娘はつまずいて前のめりに倒れ始める。


「おっと! 危なかった」


 俺がとっさに娘を胸に抱き寄せたので転ぶことはなかった。

 ほっと安堵のため息をついた俺は、ふと突然抱き寄せられて娘が怯えてないかと思い娘の顔を見ると。そこには嬉しそうな笑顔を浮かべた娘の顔があった。


「だぁーだ! だぁーだ!」


「よくがんばったね」


 俺は娘の頭を撫でて褒めると、娘は嬉しそうに顔をほころばせて俺の胸に頭をごしごしと擦り付けてきた。その姿を見て口元が緩んでいくのがわかった。

 これがこの子の愛情表現なんだろうか? 可愛らしいもんだ。さて、母親である女王の所に連れてくか。


 俺は娘を抱き抱えると腕にずっしりとした重みがくる。昨日よりも確実に成長しいてるな。そういえば身体も心なしか一回り大きくなってる。

 娘を抱えて女王の元に歩いてくんだが、娘はまだ頭を胸に擦り付けている。


 女王寝ている藁に着くと、女王は両手を伸ばしてきた。俺は娘を渡そうとしたが、娘が俺の服を掴んで離さなかった。無理に離そうとすると、娘は俺を見て両目に涙を浮かべ「ひっく、ひっく」と泣く前兆が口から出始める。


 慌てて娘を胸に抱き直すと嗚咽は止まった。こりゃあどうしたもんかな。俺が困ってるのを見てか、周りの者がくすくすと笑っている。

 女王や片目までもが一緒に笑ってるし。


 どうしたもんかと困ってると、女王が寝ている藁をぽんぽんと手で叩いて、こっちに来いと言っている。


 指示された通り女王の横に座ると、俺が座るのを見計らったかのように出入り口からジャイアントアントが食事を持ってきた。


 まあわかったが今日も果物だ。俺はリンゴを手に取ってかぶりついてると、娘が「だぁーだ」と言ってきたので見ると俺が食ってるリンゴを物欲しそうに見ていた。

 これ食べさしてもいいもんかな? などと俺が思い悩んでると、隣に寝てた女王から声をかけられ、女王に向くと首を横に振っている。これはたぶん、食べさしたらダメってことか。


「お母さんが、まだ固形物は食べたらダメだって言ってから、これはあげられないよ」


 娘は雰囲気で食べさしてくれないとわかったのか、今度は女王に手を伸ばし始めた。

 女王も娘の行動に気が付くと、俺の腕から娘を取って胸に抱き抱えた。すると娘は女王の乳房に口を持って行き吸い始める。


 おお! やはり魔物でも赤ちゃんの頃は母乳で食事をするのか。しかしこうやって見てると、容姿が違うだけで人間と変わりない。


 俺はリンゴをかじりながら二人を温かく見守っていた。




 食事も終わると娘は女王の腕の中で頭をこっくりこっくりとさして、夢の中へ旅立とうとしている。


 女王が片目を見ると何も言ってないのに近づいて娘を抱き抱えた。何も言わず察するとは。やはり女王と片目は長い付き合いだから、何かにかけてしたいことがわかるのかもな。


 そのまま片目は娘を抱いて部屋を出て行くのを見送った。部屋に残ったのは俺と女王と近衛兵が二人。


 女王は娘が出て行ったのを見計らって、俺の手に指を絡めてきた。

 いきなりのことに驚き思わず女王を見ると目と目が合う。いつからなのか、女王の目は情欲の炎に燃えていた。


 女王やる気満々じゃないですか!? 娘を産んで二日しか経ってないのに身体は大丈夫なんだろうか? いや、自分の身体は自分がよく知ってるだろうし、大丈夫だから誘ってるんだろう。

 俺の方はアルラウネに五発も出したから、息子が元気になるのか怪しいもんんだが…… あっ、元気ビンビンだ。

 もしかしたら、アルラウネの唾液を腹がたぷんたぷんになるほど飲んだが、あの唾液には滋養強壮効果もあるのかもな。


 女王は俺の息子が元気になってるとわかると、淫靡に微笑み俺の上に覆い被さってきた。


 そして、俺の腰の上で女王は自らの唇を妖美に舐め、頬を紅潮させ、力尽きるまで、俺の上から離れず踊り狂っていた。

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