これからの季節を、ずっと

 町にクリスマスソングが流れ出す。商店街ではイルミネーションの飾りつけが始まる。

 そして私は今年も、それを弁当屋のカウンター越しに眺めていた。

「ようっ、琴音」

「あ、雄大……いらっしゃいませ」

 ポケットから小銭を出して、カウンターの上に置いた雄大に言う。

 雄大が配達以外でこの店に来るのは久しぶりだった。


「いつものちょうだい。って覚えてる?」

「覚えてるに決まってるでしょ?」

 雄大が私の前でふっと笑う。

「悪いな。最近昼飯、家で食ってるからさぁ。なかなか弁当買いに来れなくて」

「咲田さんが寂しがってるよ? 雄大が来てくれないって」

「琴音は?」

 私は顔を上げて雄大を見る。

「琴音も俺が来なくて寂しい?」

 カウンター越しに私を見つめる雄大に言う。

「うん。売上に貢献してくれてたお得意様が来なくなって寂しい」

「そっちかよ」

 ははっとおかしそうに笑う雄大は、元の奥さんと娘さんと、実家のお米屋さんで一緒に暮らし始めたそうだ。

 きっと毎日、元奥さんがお昼ご飯を作ってくれているのだろう。


「琴音」

「ん?」

 レジを打ち込んでいる私に雄大が言う。

「お前は、最近どう?」

「どうって、別に普通だよ?」

「いつまでこんな弁当屋で働いてんだよ? まだあいつ迎えに来てくれねぇの?」

「ちょっと、こんな弁当屋って、失礼じゃない?」

 取り出したレシートを雄大に差し出しながら答える。

「でも私のこと、心配してくれてるんだ」

「まあね。なんか俺だけ幸せになるのも、申し訳ないなぁなんて思って」

 どこまで人がいいんだろう。この人は。

「ご心配なく。私、蒼太のこと信じてるから。だから離れてたって大丈夫」

「ほんとかぁ? 実は家に帰って、ひとりでしくしく泣いたりしてるんじゃないのかぁ?」

「そんなことしてません」

 私はもう、想いを伝えられなくて、心の中で泣いていたあの頃の私じゃない。

「だから雄大は、何も心配しないで自分のことだけ考えて」

 雄大が少し真面目な顔で私を見る。私はそんな雄大に向かってつぶやく。

「幸せに……なって?」

 今、心からそう思える。

「……うん」

 雄大が私から目をそらし、照れくさそうに頭をかく。そんな雄大の左手の薬指には、銀色のリングが輝いていた。


「はいっ、おまたせ! スタミナ焼肉弁当ね。おまけにコロッケつけといたから。ご家族分」

 奥から出てきた咲田さんが、雄大に出来たての弁当を渡す。

「おおっ、おばちゃん太っ腹!」

「雄大くん、久しぶりに買いに来てくれたからサービスよ。またいつでも寄ってちょうだい」

 咲田さんの声に、雄大が小さく笑う。

「うん。そうする。じゃあ、また」

 そして咲田さんと私に手を振って、背中を向けて去って行く。

 クリスマスの飾りつけの始まった、見慣れた商店街の中へ。


「再婚、するみたいね。元の奥さんと」

 顔を上げた私に、咲田さんが笑いかける。

「幸せになって欲しいよ。雄大くんにも、琴音ちゃんにも」

「咲田さん……」

 咲田さんはもう一度私に微笑みかけて、そしてまた奥の厨房へ入っていく。

 私はそんな咲田さんを見送ると、カウンター越しに空を見上げた。

 ひしめき合った建物の隙間に、十二月の狭い空が見えた。

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