第九夜 懐中電灯型武器

目を開けたらそこは研究室らしき部屋の上にある空気ダクトの中だった。 そばにあった金網から下を覗くと壁も、床も天井も、ちらほらいる研究員の服も全て真っ白な部屋が見えた。奥には長いアームのついた機械が入っているガラス張りのルームが見える。

そのルームを見た途端、私の頭の中に「中にある懐中電灯を略奪せよ」との声が鳴り響いた。 そして気がついたら私はガラス張りルームの中にいつの間にかワープしていた。


気配を察したのかガラス張りルームに目を向ける2人の研究員。私はとっさに床に腹ばいになる。どうやら研究員たちの目は欺けたようだった。

私は 腹ばいになりながらガラス張りルームを見回したが、そこには何もなかった。ダクトから見たときはあったはずの長いアームのついた機械も消えていた。

しかし、ふと右を向いたら目の前に小さな白いボタンがあるのに気がついた私はそれを軽く押してみた。するとなんとルーム中央に黒くてこぶしほどのサイズの何かが現れたではないか。

それは、懐中電灯であった。

見た目はそこらへんのホームセンターで売っているのと変わらない、黒い懐中電灯だった。 私は研究員が見ていないのを確認し、腹ばいのまま懐中電灯に手を伸ばす。 手に掴んだ、と思うや否や懐中電灯は私の左腕にめり込んだ。血は出なかったが物凄く痛い。無音で懐中電灯は私の腕に吸い込まれていった。


パニックになった私は叫ぶ。 すると研究員たちが一斉にこちらを向き、怒りと焦りが混ざった表情で何かを叫びながら向かってきた。ガラス越しなので声は聞こえなかったがその表情は私を恐怖に染めるのには十分なものであった。 私は喚いた。 すると懐中電灯が吸い込まれた左腕が勝手に動き、私の左腕は素手で分厚いガラスを叩き割った。


その後はよく覚えていない。意識が遠のいたのは覚えている。


意識がはっきりとした後、自分の様子を確認すると私は椅子に縛り付けられていた。 黒いスーツを着た四角い顔の男が私に言う。

「君は何故あのルームにいたんだい?」

「私は研究員の1人だ。研究員がルームにて何が悪い」

私は嘘を必死に吐き出す。

「では、あの惨事がどうして起きたのかわかるかな?」

男は後ろを指した。男の後ろには粉々になったガラスが、元研究員たちだったと思われる人たちの一部が沢山転がっていた。 私が殺してしまったのだろうか。

「何黙っているんだ。お前は敵国のスパイで我が国の秘密兵器・懐中電灯を盗み、その懐中電灯を使って研究員を殺した。あってるだろ?さぁ、懐中電灯を返せ!」

男は声を荒あげ、そして私を殴った。縛られている私は殴られるまま殴られるしかなかった。


何発も、何発も拳が私を襲う。もうこれ以上 殴られるまいと必死に身をよじると、私を縛っていたロープがはらりと解けてしまった。私は立ち上がり、男を殴り返した。左手で。

すると男は左腕に吸い込まれていくではないか。彼は頭から足まで急速にねじれて行き、私の左腕に上から吸い込まれていった。その途端、けたたましいサイレンが室内に鳴り響く。 何が起きたか私は分からなかったが、取り敢えず逃げなければならないのは理解できた。 私は館内を走り抜け、外に出た。


外に一台の車があったので私は飛び乗り、車を走らせた。 どのくらい走ったのかはわからないが追手は来なかった。 周りは田んぼや畑が連なるよくある田舎風景である。

その中にぽつねんとコンビニが建っているのに私は気が付いた。 私は車を降り、コンビニに入る。 中は狭く、1人の若い男がレジに立っているだけであった。私は店員に会釈をし、飲み物コーナーへ歩を進める。しかしレジの男の前を通ったとき…左腕がその店員までも吸い込んでしまった。


なんなんだ、この懐中電灯は。私は慌ててコンビニを出る。 車には乗らず、あてもなく走った。どこまでも、どこかへ。

しかしふと思い直し、コンビニへ戻ることにした。懐中電灯をコントロールして左腕から店員を出してやれないかなと思ったのだ。


コンビニに入るとヨボヨボのお婆さんがレジに立っていた。

「ほれ、そこの君。このオニギリを食べなさい」

私を見るなりお婆さんはそう言うと私にオニギリを差し出した。チャーハンの味がした。それは

美味しかった。何故か涙が出た。 涙と共に自分の意思とは反して言葉も流れ出てきた。

「すいません、すいません。私がやったんです。私が懐中電灯を持ち出し、研究員たちも、店員さんも殺しました。許してください」

その言葉を聞いた瞬間、お婆さんは鬼の形相になり私の襟首を年寄りらしかぬ力で掴み微笑み言った。

「その懐中電灯をよこせ。お前の国に懐中電灯は勿体無い。我が国、中国が懐中電灯を得るべきだ」

私はお婆さんの手から逃れようとしたが、不思議と力が入らずなすがままにまたもや椅子に縛り付けられてしまった。


そして私の目は覚めた。

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