第7話 運命の出会いを果たせたという一大事を

レジャーシートに広げられた昼食に舌鼓を打ちながら、桐吾と歌誉、虹子は簡単に自己紹介を終えた。


虹子自らが作ったという昼食は大変な御馳走だった。

歌誉は臆面もなく垂涎しながら、


「たたた食べていい? 食べていいよね? 食べたたったた食べべべ」


等と壊れたレコードのごとく自我崩壊しかけた。


「周防さんは――」

「虹子でいいですよう」

「えっと、虹子――は、生徒会では最年少なんだよね」

「はいです。私、一年生ですから」

「なのに、会長?」

「ああ、それはですね」


虹子は、首から提げた一眼レフカメラを自慢するように持ち上げた。


「このカメラのおかげで、こんな私でも生徒会選挙を勝ち上がれたんですよ」

「カメラ……?」


厳めしく重量のある筐体を、桐吾は観察する。それは、ただ撮影という行為そのものを至上目的としない。より鮮明に、より遠くを、より多くの時間――貪欲に機能を集約した結果、その体積を膨張させていったような代物だ。


「少し、昔話をするとですね」


虹子が笑顔で切り出す。


「半年前まで、生徒会は周防破鐘はがねさんが会長を務めてたんです」

「周防? それって……」

「そうです。お察しの通り私の肉親で、兄にあたります」


満足そうに頷く虹子は、兄を『破鐘君』と呼んだ。それだけで、兄妹仲の良さが窺えた。


「破鐘君はとても優秀でした。大人顔負けっていうか、凄く理知的っていうんですかね、何事につけても冷静沈着だったんです。どんな難しい問題も涼しい顔でいつの間にか解決しちゃってるような。先生よりも先見の明に長けてて、知識も行動力も、そりゃもう半端ねえ人だったんです」


子供の頃に何となく描いてた大人像ってありません?

虹子はそう訊ねてくる。


「何かこうとにかく立派で、色んな事が出来て、誰をも守れる存在――破鐘君は本当それそのまんまっていうか、そんな、自慢の兄だったんです。破鐘君が会長を務める生徒会は、皆の希望だったんです。龍魔との交渉も積極的に進めて、時にはこっちに有利な条約を結びつけたりもしたんですよ? 信じられます? ――もしかしたら、もしかしたら十五年前の精算が出来るんじゃないか。皆が本気で、そう思ったんです」


そう語る虹子は本当に誇らしげだった。その視線の先に、憧憬する兄を見ながら。

しかし、桐吾は気づいている。兄の雄姿が全て過去形で語られている事に。


「でも半年前、不思議な事件が起きました。研究家でもあった破鐘君が、ラボに籠もったきり帰ってこなかったんです。そんな事、今まで一度もなかったのに。心配になって駆け付けた時にはもう姿はなくて、代わりにこのカメラが机に置かれてました」

「――それで、お兄さんは?」

「それが――」


虹子は困ったように眉をへの字にして、苦笑いを見せた。


「こんなところに入ってしまいまして」

「……はい?」


眼を丸くする桐吾の視線の先、虹子が指差したのは――首から提げたカメラだった。


「破鐘君は、このカメラに魂を閉じ込められちゃったんです」

「いやそんな馬鹿な。あ、馬鹿にしてる?」

「そんなわけないですよう」


虹子が言うには、つまりこういう事だった。破鐘の捜索をする過程で、彼が遺したであろうカメラが重要な手がかりであるとの見解が立った。それを虹子が持ち上げた瞬間、カメラから声が聞こえた。口調や声質ともに、周防破鐘その人の声で。


「でも他の人が持ち上げても、破鐘君の声は聞こえなかったんです。私が持ち上げた時に、私にだけ、破鐘君の声が届くみたいで」

「幻聴じゃ……」

「その議論は散々しましたようっ!」


彼個人に関わる質問や今後のアシハラの方針について等、破鐘にしか返答出来得ない質問を繰り返す事で、論争は一つの結論に至る他なかった。


――周防破鐘は肉体を捨ててその魂を一眼レフカメラに宿した。


「他の人が破鐘君と話す方法もあるにはあるんですけど、凄く充電を喰うもんで……」


聞けば、破鐘カメラには非常に制限が多かった。

破鐘が記憶出来るのは、カメラで写した静止画あるいは動画のみだという。それもメモリーカードの容量一杯まで。メモリーカードを交換すれば新たに記憶を増やす事は可能になるが、引き抜かれたカードに記録された記憶は失ってしまうという。つまり、どれだけカードを増やしても、交換しても、その時筐体に挿入されているカードの記憶しか読み込む事が出来ない。

メモリーカードに記録出来る動画は最大二十四時間というから、その制限の大きさは計り知れない。


「そんな事、聞いた事ない……」

「まあ、不幸な事故ってとこですかねー」

「事故? 事故っていうのか」

「実際ちょくちょくあるんですよ。『あのラボ』には」

「それって、どういう――」


カシャッというシャッター音が、桐吾の問いを遮る。

立ち上がった虹子が、桐吾と歌誉を被写体に収めていた。


「非常に面白そうな人財だ――だそうですよー」

「今のが、お兄さん?」

「はいです。とっても喜んでますよ、珍しく」


そうして、虹子は話を帰結させるのだった。


「破鐘君の意志を汲める存在が私だけだから、当選は当然だったんですよ」

「あ……」


理解する。選挙で支持されたのは、虹子ではなくその向こうに存在する生徒会長・周防破鐘だったのだと。

虹子はただの傀儡でしかない。だから年齢も適性も無関係に、破鐘の声を聴けるというその一点において、彼女は全幅の信頼を寄せられたのだ。

神託を受ける巫女のごとく。そして民衆は、巫女そのものに存在価値を見出さない。


「話、終わった?」


と、昼食に夢中だった歌誉が声を向けてきた。気づけば、ほとんどが食べ尽くされている。この華奢な身体のどこに入ったというのだろう。


「歌誉、ちなみに訊くけど、話聞いてた?」

「うん。破鐘がカメラ」

「まあ、いっか……」


「さてそれでは、ややこしい破鐘君の他己紹介が終わったところで!」


虹子がフェンスにもたれながら、閑話休題とばかりに声を上げる。


「私たちは、全然違う環境で育ってきましたよね。だから、歴史の認識にズレがないかどうか確認していかないといけません。その辺揃えていきながら、お話しましょっか」


虹子は天空を、都市全体を指差す。


「第五防衛都市アシハラの成り立ちと、その歴史について」



「世界共同開発計画、通称WCDPについては知ってますか?」


その問いを皮切りとして、虹子は説明を始めた。


世界共同開発計画。二〇二〇年に発足し、米国と欧州各国、一部のアジア圏が加盟した。世界各国に大規模な科学研究開発都市を設ける事で、技術の発展と飛躍を狙った計画だ。

最先端の技術と費用とが惜しみなく投資されたこの計画において特筆すべきは、加盟した国家間では、研究内容とその成果の開示、及び共有が義務付けられた事だ。

同様の研究施設は日本国内で合計五つ、世界規模では四十もの都市が造られた。多額の給金とバイオスフィアという安定した環境を売り文句に、多くの科学者がこの計画への参画を決めた。

しかし世界的な発展計画は、世界規模の大災害を招く事となる。


「一定の成果を出し続けたWCDPから三年後、ここ――アシハラのラボで、ある発明が為されました。その特性からそれは、『全てを語る者』の名を冠されました」

「え……?」

「それが何もかもの発端だったんです」


唐突に語られたその名前を、桐吾は知っていた。


「対話型超高々度先見処理装置――オール・テラー。通称、オルテラ」


「ここで――ここで生まれたっていうのか? オルテラは」

「はいです。完全な未来予知を可能とした装置、オルテラは、ここ、アシハラで生まれました。その様子だと、あとはもう知ってるみたいですね?」


桐吾は静かに頷く。

オルテラの開発後、アシハラはその隠蔽・独占を試みた。しかしその事実は些細な事で露見してしまい、同都市は世界中から糾弾される。


その多くは世界貢献のため技術を開示せよという正義感溢れる声で満たされていたが、その実、誰もが自国での独占を目論んでいた。


「そりゃそうですよね。未来予知がもたらすアドバンテージを考えれば、誰だって欲しくなります。あらゆる富を、あらゆる技術を、あらゆる行末を制御して意のままに操る――もうそんなの世界征服みたいなもんですよ」


世界征服――それはちゃちな妄想、あるいは安易かつ究極の悪事だ。そんな子供の悪ふざけのような発想でさえ、その装置は実現しかねないポテンシャルを秘めていた。

そして世界の醜悪な叫喚は暴力と成り、戦争が勃発した。

現代兵器を湯水のごとく投下していった戦争は史上最大の規模に発展し――全人類の七割を失わせて、ようやく失速する。


「そうして終極の日――二〇二五年二月二三日。それまで従順だったオルテラは、人間の言う事を聞かなくなりました」


泥沼の戦争で人類が疲弊を極めた頃、唐突に、オルテラがある宣言を行った。


――覚悟せよ、人の子よ。今日を境に人の歴史は、繁栄から衰微へと逆途を辿る。


宣言は未知の脅威を顕現した。龍族、魔族、エルフ族、巨人族、ドワーフ族、ゴブリン族、不死族、生体機械族、吸血鬼族――異なる九の異界より召喚された者達。

オルテラがそうした目的も、それを可能とした技術も一切が不明のままである。


「オルテラは以前から技術を隠蔽して来たっていうのが、私たちの見解です。完全な未来予知って、つまり未知も既知も同じって事ですよね。つまり数十年、数百年先の技術を駆使して、オルテラは異界の人達を召喚した。歴史上本来あったはずの、異界の発見や接近、住人との遭遇や交渉なんかの過程を全て省略して――」


かくして争いは収束し、異族は自然と各大陸に散らばり、建国に至った。そして彼らは劣等種の烙印を押された人族を、それぞれ支配下に置いた。


生体機械族と吸血鬼族は欧州を、

エルフ族と東の巨人族はオーストラリア大陸を。

不死族と西の巨人族はアフリカ大陸を、

ドワーフ族とゴブリン族は北アメリカ大陸及び南アメリカ大陸を支配した。

そして、最大最強の名を欲しいままにした龍族は魔族と同盟を組み、日本を含むユーラシア大陸に君臨したのだった。


全ての発端となったオルテラはといえば、戦火に紛れ、その姿を消した。

その際に各種族へ向けて、三つの契約を課して。


一つ、異族との交配を認めない。

一つ、二種族以上の同盟をもってのみ、交戦権を有する。

一つ、オルテラを探してはならない。


後に人族は語った。人同士での戦争がなかったならば、支配に甘んじる事もなかったかもしれない。その悔恨から一連の戦争は、自虐戦争と呼ばれるようになった。

特にオルテラの宣言の日を、怨恨と畏怖をもって終極の日と銘打った。


「あの日、オルテラは神として世界に君臨しました。そしていまも世界中を管理して、契約違反した個体を裁いてます」


虹子は吐き捨てるように言う。「――ふざけた話ですよね」と。


「歌誉さんの知ってる事も、だいたい同じですか?」

「何年とか何割とか、よく分からない」

「思ったより、全然認識のズレなんてなかったですね」


そう安堵する虹子の向かいで、桐吾は思案していた。

オルテラという発明について、桐吾はこれまで真剣に考えた事がなかった。神格化された存在について思考を巡らせても、徒労に終わるだけだからだ。

例を挙げれば枚挙に暇がない。そう、例えば、


「いったいどうやって監視してるんだろうね。あれからずっと姿を消したままだっていうのに。誰にも見られる事無く誰をも裁くなんて、それこそ神がかってる……」


裁くには罪の証明が必要だ。しかし、オルテラは終極の日以降行方を眩ませている。契約内容に探してはならないと、冗多に付記して。

桐吾の問いかけに、しかし答えたのは沈黙のみだった。

怪訝に思うと、虹子もまた同じような表情を浮かべていた。


「……ありましたねー」

「え?」

「認識のズレってやつ」

「どこに?」

「だって、オルテラならいますよ」


あっさりと告げる虹子の眼差しには、剣呑の色が濃い。


「……ぇ?」


虹子は半眼で周囲を見渡して、給水塔の影に視線を固定した。


「だから、オルテラはいるですよ。いまもその辺で、登場シーンをどう演出しようかとか、糞くっだらねー事考えてんじゃねーですか? ねえオルテラちゃん?」


桐吾には、彼女の態度の豹変と毒舌に驚く暇もなかった。

虹子に倣って給水塔に視線を転ずる時間もなかった。

どういう事か、と疑問を差し挟む余地もなかった。

あらゆる間隙という間隙を縫って、まるで不連続的なフィルムのコマを付け足すような唐突さで、どんな自然現象よりも自然に――

彼女はそこに、立っていた。


「ああ、嫌だわ虹子さんったら。せっかく派手な登場シーンを練っておりましたのに、前置きされてはどんな演出も魅力半減ではありませんの」


不貞腐れたような口調で、彼女は慨嘆した。

桐吾の、目の前で。


「な」


反射的に、一歩を退いていた。


「うわっ!」

「まあ、まあまあまあ、お兄様ったらそれは酷いのではないかしら。乙女に向かってうわああ等と下品な声を上げて。私、こう見えて傷つきやすいのですよ?」

「き、君は……ッ?」


桐吾が誰何を問う先、少女は傷ついた様子もなく妖艶に微笑み、細く長い、白磁のような小指を噛む。小さく出した舌が小指に唾液を落とし、つつ、と糸を引いていた。


「誰とはまた白々しくはありませんか? だって、いま話題に上っていたでしょう?」


少女、だった。誰の眼から見ても、それは年端もいかぬ少女であった。

年のころ十代半ば。腰まで伸ばした黒髪は絹のように滑らかに陽光を反射し、前髪は定規を当てたようにぴしりと切り揃えられている。コントラストを強調するかのように、肌は透けるように白く無機的だ。


顔は小さく、首は細く、すらりと伸びた四肢もまた薄絹のように儚い。その身体は、黒を基調とした制服に包まれていた。


それは人を精巧に模倣し、生き物らしさの代わりに幽玄の美を体現したかのような、そんな危うさと美しさを併せ持つ存在だった。


少女は人差し指を、色を失った唇に当てて「きゅふふ」と音を転がすように笑む。


「はじめまして、お兄様。対話型超高々度先見処理装装置・オルテラと申します」

「な、何だって……? でも、オルテラは探しちゃいけないって」

「ええ、もちろん本体は別の場所に隠れていますし、そちらは探されては困ります。とどのつまり、ここにいる私は本体が操る会話型インターフェースなのです」

「本当? オルテラ……?」


歌誉もまた、美しき少女に懐疑的な眼差しを注ぐ。


「あら、まだ疑っておいでなの? せっかく瞬間移動で登場したというのに、意外と驚きには耐性があるという事なのかしら?」

「そんなわけ……驚きすぎて、何が何だか」

「ではもう少し色々とやってみせて御覧に入れましょう」


オルテラの宣言がなされたと同時、桐吾と歌誉、そして虹子は月面に立っていた。

深淵の闇を頭上に、広漠な砂地を足元に、彼らは遥か遠くに地球を見る。


「……え?」

「きゅふふ、ほーらどうですお兄様方。人生初の月面旅行の御気分は? 呼吸も出来て発声も出来る、初めての方にも安心の豪華オプション付きでしてよ?」


少女は両手を広げて月に踊る。

驚愕のあまり目を瞬かせると、次に開眼した時にはアシハラの屋上に戻ってきていた。


「このような催しはいかが?」


息つく間もなく、少女が指を鳴らす。

次の瞬間、桐吾と歌誉の精神が、各々の身体へと入れ替わっていた。


「な……っ!」

「私、桐吾になってる……?」


脳を交換したのか。それとも魂と呼べるものがあって、それを入れ替えたのか。いずれにしても、何の拒否反応もなく、瞬時に行えるような所業ではない。

理解を超えた現象に混乱するうちに、身体は元に戻っていた。


「ねえねえ、面白いでしょう? 初めての体験でしょう? もっともっと色々出来ましてよ? そうだわ、あのお嬢様をご招待してさし上げましょう」


戦慄する桐吾と歌誉をよそに、得意気に、少女は指揮者のように指を振る。

滑らかな旋律を奏でる指先に応じるようにして、今度はなずなが現れた。


「あ、網代さんっ?」

「――え、桐吾君!? 歌誉ちゃんに虹子、それに――」


当たり前だが、なずなが一番目を白黒させている。相変わらずの扇情的な格好で、右手にはフォークを持っている。昼食の途中だったのだろうか。


「それに――ああ、そういう事……」


急な展開に視線を泳がせるなずなだが、黒絹の少女を目端に捉えると、全てを察したらしい――胡乱な眼差しで彼女から距離を取った。


「こんにちは、なずなさん。ご機嫌はいかがかしら?」

「悪くなかったわよ、さっきまではね」

「あら釣れない態度ですこと。私、今夜は涙で枕を濡らしてしまいそう」

「へえ、それは良い事を聞いたわね」


挑戦的に言って、なずなは不敵な笑みを返す。


「ついでにこのふざけた服も何とかしてくれると嬉しいんだけど?」

「あら、そういうわけにはいきません。だってそれは罰則なのですから」


火花散る二人の会話に、桐吾が疑問を挟む。


「罰則?」

「あの格好、オルテラちゃんがなずなさんに出した罰なんですよ。昨日の夜、龍族と戦いましたよね、なずなさん。人族には交戦権がないから、オルテラちゃんから罰則が出されたんです」

「ああ、そういう――」


桐吾は得心する。ようやく、珍妙な格好の理由が判明した。

支配を余儀なくされた人族は孤立しており、故に交戦権を持たない。つまり、昨夜なずなは、オルテラからの罰則をも覚悟で桐吾を救ったのだ。

とはいえ、


「罰則って、その程度でいいんですね」

「その程度!?」


桐吾の感想を聞き咎め、なずなが食って掛かる。


「その程度って何よ! この屈辱がアンタにわかる!? それとも着てみる!?」

「いや、それはちょっと……」

「気まずそうに目を逸らすなー!」

「じー……」

「凝視するなあ!」

「なずなさん、それどうしろと?」


桐吾は目を逸らし、歌誉は凝視し、暴れるなずなに虹子が苦笑する。

黒絹の少女はくすくすと笑う。


「罰則というのも、私の匙加減ひとつですから。かといって、ゆめゆめ下手な気は起こさないでいただきたいものですね。今回はたまたまコスプレの刑に処した程度でしたけれど、次は死刑かもしれないのですから」

「アンタまでその程度って言ったわね!?」

「あら嫌だ。まさかお気に召しませんでしたの?」

「当ッ然でしょッ!?」

「そう仰いますけど、なずなさんの好きなマジ狩るガール・プリメラの二期コスチュームではありませんか。朝だって姿見の前で散々ポーズを決めて遅刻しそうに――」

「わーわーわーわーっ!」

「マジ狩る……?」


知らない単語を不思議そうに呟くと、虹子がそれを拾う。


「あ、なずなさんの好きなアニメです」

「……へえ」

「だいたい何で私を転送したのよ! やっと人目につかない場所で落ち着けてたのに!」

「ああ、それはお兄様と歌誉さんに、私を認めてもらうための余興でして」

少女はくるりと身を転じて、桐吾と歌誉へと小首を傾げる。

「どうでしょう、お二方様。私がオルテラであるとの納得は得られましたか?」

「……ああ、もちろん」


頷くしかなかった、少女――オルテラの見せた超常現象の数々を前に。


「でも、どうして君は、こんなところに――」

「あら、どうでも良いではありませんか、そのような無粋な事。強いて言えば、ここが私の生まれ故郷だから、とでもしておきましょうか。まあそのような事よりも、もっと喜びましょうよ。私とお兄様が、まさにこの地で、運命の出会いを果たせたという一大事を」

「一大事って、それ用法違うんじゃ……」

「まあ意地悪」


口を尖らせるが、むしろ満足そうに、オルテラは浅く目を細める。

そして思い出したように、こう付け加えた。


「ああそうそう。なずなさんをお呼びした理由がもう一つありました」

「……何よ」

「教えて差し上げるためにですよ。あと数秒で、サイレンが鳴るという事を」

「サイレン?」


一同が疑問に表情を曇らせた、その中心で、オルテラは三本の指を立てた。

細く嫋やかな指が一つずつ折れていき、ゼロとなった瞬間、


ビービービーッ!


と、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

臓腑を沸かせるその音に、全身が総毛立つ。腕からは、歌誉の強張りが伝わってきた。

なずなと虹子は、桐吾と歌誉をかばうように立ち、オルテラと正対する。


「アンタ、何をしたのよ!」

「事と次第によっちゃあ容赦しねーですよ!」

「そう邪険にしないでくださいな。私はただ、教えて差し上げただけではありませんの」

「だから、何を!」


アシハラ中に響き渡るサイレンに負けじと、なずなが叫びを返す。

オルテラは二本指を立て、愛おしそうに、ちろりと舌で舐め上げた。


「貴方がたに客人だと、そういう事です。魔族と龍族が、お一人ずつ」


一同の驚愕と戦慄を置いてきぼりに、オルテラはあっさりと告げる。


「お一人は四愚会代表・ファアファル・ラオベン。そしてもう御一方は、――宮廷闘士団団長・ドラコベネ・ゼゼブ・ベネ・レゼ」


龍魔の侵攻。絶望を意味するその言葉に酔うように、彼女は楚々と笑む。

対する人族の少年少女は、表情を失い、愕然としていた。


「きゅふふふふふ」

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