焼そばモッチッチ&MAX大盛り 太麺濃い旨スパイシー焼そば

 ああ……もうだめ。

 私は、たぶん、もうだめだ。


「はみさんっ! はみさんっ! しっかりしてくださいっ!!」


 朝起きて、スマホでとあるニュースを見てからずっと――もうお昼も近いころだろうか――ベッドに突っ伏したままの私の耳元で、やかましいの大盛りいか焼そばの妖精さんが呼びかけてくる。


「わかっている、でしょう? えすこちゃん。私が、こんなにも、ダメージを、受けているのは、あなたの……」

「うっ……まあ、ワタクシというか、ワタクシのメーカーの決定というか」


 いや、えすこを責めてもどうにもならないんだけどね。わかってる。わかってるんだけど。




 平成の時代も残りわずかとなった三月末。

 先日までの修羅場デスマーチをやっと乗り越え、私は代休を勝ち取ったのだった。

 貴重な平日休み。さて、今日はどうリフレッシュしてやろうかな、とベッドで優雅にごろごろしながらスマホのニュースアプリを流し見していると、「販売終了!」という気になる文字が視界の端に引っかかった。

 あーそう。販売終了。なにが?


『「大盛りいか焼そば」販売終了!』


 ……は?


『「大盛りいか焼そば」販売終了! 三〇年を超えて愛された定番商品が……』


 はあ。

 寝よう。


 …………。


 寝られない。

 寝られないよ!

 なに言ってるの? ちょっともっかい見せて? おねえさん怒らないから。


『「大盛りいか焼そば」販売終了! 三〇年を超えて愛された定番商品が……』


 ばふっ。

 スマホを枕に投げつけた。


 ばふっ。

 私も顔を枕にうずめた。




 そんな大変な事件が発生したというのに、当の本人(と言っていいのかよくわからないが)であるえすこはいつも通り元気大盛りのようだ。


「はみさん、大丈夫ですっ」

「大丈夫なことあるわけないじゃないですか、えすこちゃん」


 そうだよ、私がどれだけ『大盛りいか焼そば』が好きだと思ってるの。

 小さいころからうちには『焼そばバゴォーン』がケースで常備されていたというのに、わざわざ自分だけのために大盛りいか焼そば買いにいったりしてたんだから。

 ずうっと、この味で育ってきたんだから。……とまで言うのは少し過言かもしれないけれど。

 大盛りいか焼そばが食べられなくなるなんて、これから私はどうしたらいいの。


「こんなこともあろうかと、ちゃーんとワタクシの後輩たちを用意しておきましたよっ!」


 ……後輩?


「あれ、えすこちゃん。後輩なんていましたっけ……?」

「なにをおっしゃいますやらはみさんっ! ワタクシの実家からだって、意外とエース級の子たちも出てきていたんですよー? 知らなかったんですか?」


 知らない。そりゃまあ、カップ焼そば買うとなったら大盛りいか焼そばばっかりだもの。仕方ないよ……。


「まあ、エースの座は譲りませんけどねっ!」

「終売のくせに……」

「うぐっ……痛いところを……。い、いいんです。殿堂入りなんですっ! 終身名誉エースなんですうっ!!」


 ふふ、なにそれ。終身名誉監督じゃああるまいし。


「で? えすこちゃん。その後輩とやらは?」


 あたりを見渡しても、今は妖精さんはえすこしかいないようだ。


「まあまあ、そう焦らず。まずは本体からいってみましょうか、はみさん」

「本体?」

「もちろん、カップ焼そばですよっ」


 そりゃそうか。

 リビングに移動し、戸棚をのぞいてみる。


「うーん? でも私、そんなえすこちゃんの後輩なんて買ってきた覚えは――」


 あれ、なにか、いる。

 なんか、見覚えのないパッケージが、ふたつ。


「ふふん。だから、『こんなこともあろうかと用意しておきましたよっ!』って言ったじゃないですかっ!」

「えー。……どうやって?」

「はみさんがネットスーパーの注文している途中、離席したすきに、ちょちょいっと」

「おかしをこっそりカゴに忍ばせるこどもかああ!!」


 すかさずえすこを拾いあげ、シンクへスロー。ぺちっ。

 よしよし、今日もいい音。


「相変わらず扱いが雑すぎますよー……。後輩たちにも気をつけるよう……いや、その必要は……ふっふっふ」


 あ、そうだった。後輩後輩。なんかぶつぶつ言っているえすこは置いといて、戸棚から出してみよう。

 しかし、ネットスーパーの受け取りや戸棚への収納は私が自分でやったはずなのに覚えていないなんて、よほど疲れていたのかなあ。

 とりあえず適当な量の水を湯わかしポットに入れてスイッチオン。そしてふたつのパッケージを見比べる。

 ひとつは、『焼そばモッチッチ』。カップ焼そばにしては珍しい、縦長のカップ。しかも縦長にしては珍しい、四角いカップ。

 もうひとつは、『MAX大盛り 太麺濃い旨スパイシー焼そば』。こちらは大盛りいか焼そばと同じ、平らで四角い、よくあるカップ焼そばの形状。まあ、えすこと同じシリーズだものね。


「どうですどうですっ!? どっちの子からいただいちゃいます!?」

「言い方がいかがわしい……」


 そういえばなにも食べていなかったので、おなかはすいている。

 どっちかな?

 ……うん、この空腹状態にいきなりどぎつい・・・・やつは胃にもたれそう。

 だって、MAX(略)のほう、『MAX太麺×MAX量ソース』とか書かれているんだよ? そもそも麺の量もMAXだろうに。どっかのGIGAMAXほどではないだろうけど。


 よし、まずはモッチッチにしよう。

 透明フィルムをはがして、ふたを開ける。

 ぺりぺりぺり……。

 おっ、ふたの開封音が控えめ。大盛りいか焼そばだと「べりべりべり!」って感じだものね。お昼休みとかにあまり周りを気にしなくてすむのは何気にポイント高いよ。

 ソースとふりかけの小袋を取り出し、ちょうど沸いたお湯を注ぐ。

 待ち時間は四分。ちょっと長めなんだ。

 暇つぶしにえすこでもいじって……あれ、いない。どこいったんだろ。

 仕方ない、じゃあスマホでも……あ、いや、やめとこう。さっきあのニュースを見たばかりだ。なんとなく、いやだ。

 ぼんやり過ごすか。


 …………。


 何もしないで待つと、長いな、四分て。


 …………。


 さて、四分だ。

 えすこは結局戻ってこなかったけど、まあ、いいか。

 湯切りを……うわ、アッチッチ。

 縦型だからか持ち方が慣れないな。

 持っているところがやたらと熱くなってしまった。

 ぺりぺりっとふたを開け、ソース投入。

 お、なんだかやさしい香り。

 混ぜて混ぜて、最後にふりかけ投入。

 おおー。さらにかつおの香り上乗せって感じ。いいにおい。




 じゃあさっそくいただいちゃいましょう。いただきます!

 んっ……これは。

 ここまでやさしいお味のカップ焼そばは今までなかったのではないかな?

 ふりかけともよく合う、おだしの風味が効いた味。

 しかも麺ももちもちー。

 これがパッケージに書いてあった『真空仕立て麺』ってやつか。なにが真空なのかよくわからないけど。

 具はキャベツのみだけどわりとたっぷり入ってるし、シャキシャキでいい感じ。

 これは確かに、チルド焼そばみたいだ。おいしい……。

 縦型容器のおかげなのか、量が少なめだからなのか判断しがたいけど、最後まであつあつでいただきました。

 ごちそうさま。




「えすこちゃん、モッチッチ、おいしかったですよー」

「それはよかったですっ! 勝手にカートに入れた甲斐がありましたっ!」


 返事だけ返ってきた。どっかにいるんだ?


「じゃあどうぞ、次の子にもいってしまってくださいっ。ワタクシは今手を離せないものでっ」


 なにしてるんだか。

 というか、なんだ、二杯目にいけと?

 なぜわかった、これだけだとちょっと物足りなかったと。

 ……まあ、わかるか。いつもは大盛りいか焼そばだものね。

 ばれてるんじゃしょうがない。お湯を沸かしなおしながら、MAX(略)を開封しよう。

 ふた、開封。

 べりべりべり!

 うーん、さすがのふたの音。えすこの後輩だねえ。一緒一緒。

 ふたを開けた中には、こちらもモッチッチと同じく、ソースとふりかけの小袋入り。

 だけど、あれ?

 麺の上を見てみると……かやくがない! キャベツすらない!

 思い切ったな。麺とソースとふりかけだけで勝負なんだ。

 その勝負、受けて立つ!

 まあ、まずはお湯をかけないとねーっと。

 こっちのは待ち時間、五分。

 長っ! 長い!!

 MAXな太麺じゃあ仕方ないのか。


 …………。


 五分、経過。

 お湯捨ててー、ソースかけてー、混ぜてー、ふりかけかけてー、完成!

 すごいな、ソース量がほんとにMAXだ。麺にいくらからめても底にあまってる感じ。

 ふりかけは、見た目は天かすとあおさとねぎが目立っているかな。見えないけどここに100種類の素材……楽しみだ。




 では、いただきまーす。

 おっ……これはこれは。

 このMAX量ソースのスパイシーと、100種類MAXふりかけのスパイシー。

 相乗効果でとんでもなくスパイシースパイシー!

 具がいっさいないのに、食がススムススム。

 大盛りいか焼そばの『めちゃうま!ふりかけ』を超進化させるとこうなるということなのか。

 これだけのMAXスパイシーさを受け止めるMAX太麺もナイス。

 ああ、麦酒のみたーい。

 けどおはしが止まらなーい。

 ……これ、大盛りだよね?

 もうなくなっちゃったんだけど。

 あー、ごちそうさまでした。




「で、この子たちの妖精さんは? 出てこないの?」

「そのことなんですけど」


 えすこがいつの間にやらビジネススーツ姿でビシッと決めている……。と思ったら、内ポケットから何か取り出して私に両手で丁寧に差し出した。


「あ、頂戴いたします」


 ついつい丁寧に受け取ってしまった。

 ちっちゃくて読みづらいな! えーと、なになに、『カップ焼そば担当プロデューサー えすこ』と。名刺?


「この子たちはワタクシが引き続きプロデュースさせていただくことになりましたっ」

「え、でも、『カップ焼そば担当』ってことは、あなたの実家のカップ焼そば全部プロデュースするんですか?」

「だいじょうぶですよっ! はみさんだって何百人ものアイドルをプロデュースしているじゃないですかっ」


 あの某アイドルプロデュースゲームと同じ感覚なのかい。

 ちなみに私がやってるのは音ゲーのほうね。


「そうはさせないですわよっ、おねえさまっ!」


 バァン! と戸棚が勢いよく開いた。

 おねえさま?

 そこには、えすこによく似た――ぱっと見の違いといえば、魔女っぽい服がいかモチーフじゃないとか、髪が前髪ぱっつんのおかっぱだとか、な――妖精さんが。

 

「ちっ、ガッシリ3Dめんの拘束を外すとはっ……」

「ワタクシの真空仕立て麺を侮ってもらっては困りますわっ」


 なんの勝負だ。どっちもおいしいよ?

 あ、さっきえすこが姿を消していたのはこの子を捕まえるためだったのかな。


「こちらにはもうひとりいるんですから……ほらっ、ふっとん・・・・からもなにか言ってやるのよっ! このままおねえさまにやりたい放題させるわけにはいかないんですのっ」

「うーん……」


 あれ、よく見たら奥の方にまたえすこによく似た――こちらは足元まで届きそうな、しかしボッサボサのロングヘアーな――妖精さんがいた。

 ほぼ閉じたままの目をひたすらごしごししている。


「えー……もちこ・・・おねえちゃん適当にやっちゃって……ワタクシ……ねる……」


 どこからかひっぱりだしてきたオフトゥンに潜りこんでしまった。

 さすが末っ子、フリーダム。


「「ふっとんー!?」」


 あ、太麺だからふっとんだし、おふとん大好きってこと?

 掛けぶとんにはふりかけの小袋に書いてあった100種の素材の文字がそのままプリントされているみたいだ。あとで全部読んでみるか。暗号とかあったりして。



 うん、なんかもう、この子たち見てたらどうでもよくなってきたな。

 落ち込んでてもしょうがないし。

 なくなるものはなくなる。

 時代も令和になる。

 そのうち期間限定とかで復刻してくれるでしょ、きっと。

 ふわわ……私も寝よう。調子に乗ってついついふたつも食べたら腹十二分目だよ。オフトゥンへゴー。


「はみさんっ! まだ担当プロデューサーの決着がついてませんよっ!」

「そうでございますわっ! おねえさまにワタクシのモッチッチを渡すわけにはいかないんですのっ!」

「んー……どっちでもいいですよう……おいしければそれで……」

「「えーっ」」


 この子たちがいれば、さびしさも、忘れさせてくれるでしょう。

 じゃあ、また会える日まで。

 おやすみ、大盛りいか焼そば。

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