唐揚げそば 2/2

「ま、魔女?」

「うん。だってその子、使とかじゃないの?」


 うん。なんだこの唐突なファンタジー感。

 確かにちょっと前、風邪でぼんやりした頭でそんな冗談思いついたけどさ。


「知らないですよ。この子たちが勝手に寄ってきているだけで」

「ふーん、そうなんだ。変なの!」


 それ、私が一番言いたいよ。


「……それより。あなたはなんなんですか。なんでこの子たちが見えているんですか」

「ぼくはねこだよ。ねこってそういうものらしいから」


 またさらっと常識っぽく言わないでよねー。


「でも人の姿してるじゃないですか」

「んー、そうだねえ……。長く生きているうちに、いつの間にかいろいろできるようになっていた、かなあ。人の姿になれるのもその一つだね」


 聞いたことがある。長生きをしたねこはになることもあるって。

 まあ、こんな妖精さんがいるくらいだから、猫又だっているよね……と、納得してみる。


「それでちょっと地元を散歩していたときに、その、妖精さん? と話している面白そうなおねーさんを見かけたんで、ちょっと遊びに来てみたんだー」

「地元? もしかして……」

「そう、秋穂」


 ……思い出した。確かにいた。連休中に地元に帰ったとき、こっちをじっと見ていた白黒ハチワレねこが。


「って、なんで私がこのあたりに住んでいるって知ってるんですか!?」

「んーと、なんか妹の知り合いがおねーさんの友達らしくて、妹から話を聞いているうちになんかいろいろつながった気がしたんだよね」


 そんな適当な推測で!? いや、野生のカンとかなんだろうか……恐るべし、ねこ。

 というか、その妹さん――こっちも猫又なのかな――の知り合いってたぶん、あの子千秋だよなあ。地元で交流続いてる友達、ほとんどいないもの。


「それよりほら、おそば冷めちゃうよ。食べちゃいなよ」

「あ、そっか」


 話しているうちに、唐揚げの衣がつゆを吸いすぎてべしゃべしゃになっていた。口を大きく開けてかぶりつく。

 べしゃべしゃでも、味はおいしい。

 残ったおそばと唐揚げを一気にかきこみ、丼をコトンとカウンターにおろす。


「ふー、ごちそうさまでした」

「♪旅の~醍醐味~」

「はいはいそこまで! 車内では歌わないでくださいね!」


 むぎゅっとインベーダー柄リュックにスナクロウ――名前はとっさに考えた。スナフキンぽいし、カラスだし――を押し込む。

 実はねこと話している最中もずっと歌っていたのだが、ちょっとそれどころではなくて放置しっぱなしだった。最後のほうは、心なしか悲しげな歌声だったな。


「うわー、扱い雑だね」

「そうですか?」

「うん。そんなところも魔女っぽい」


 なんか、悪い魔女ってイメージついちゃってない?


「ほんとに私、魔法とか使えるわけじゃないですし」

「でも妖精さんが寄ってきてるでしょ。少なくとも普通の人ではないんじゃない?」

「うーん……」


 謎だよね、ほんと。考えてもわからないからそのまま受け入れているだけなんだよね。


「まあいいや。また遊びに行くよ。まさかおねーさんがここに来るとは思ってもいなかったからね」

「たまたまですよ、たまたま。じゃあ、またそのうち」


 ドアを開けて出ようとしたときに、ふと思いついて、一言残していくことにした。


「今日は話してくれて、ありがとうでした」




 そういえば、名前くらい聞いておくんだったな……まあいいか、どうせまた気まぐれに現れるんだろう。

 なんてことを考えながらホームの端で電車を待っていると、妖精さんがこっそり話しかけてきた。


「旅に出るのかい?」

「いいえ。仕事に行くんですよ」


 面倒だけどね。ものすごく。

 でも、ちょっと、気が晴れた、気がする。

 今まで妖精さんのことを話せる人なんて、いなかったんだもの。

 ――まあ、人じゃなくて、ねこらしいけど。


《♪~》


 スナクロウがリュックの中に戻って、小さな音でハーモニカを吹いている。

 このメロディー、あれか。

 私はヘッドホンを乗せなおし、スマホの音楽プレイヤーから、さっきと同じロックバンドの三十八枚目のシングル曲を再生する。


 あのねこの少年のように、気軽に旅に出られたら、どんなにいいことか。

 でも、きっとそのうち、旅に出よう。

 仕事やらなにやらで、難しいけど。

 こういうちょっとした日々の楽しみを糧にして、旅の風景を想像して生活して。

 いつかきっと、旅に出よう。


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