葛尾はみとめぐる日常

いか焼そば味ラーメン

「いらっしゃいませこんばんはー」


 客先からの帰社中、突然の雨に降られコンビニに駆け込む。

 うわあ、結構びしょびしょだなあ……。

 水も滴るいい女、なんてね。

 ……いやいや、実際にこれずぶ濡れなだけだし、そんな形容されるほどの大人の色気なんか持ち合わせていたらこんな生活送ってないっての。はあ。

 くだらないこと考えてないで、傘買ってとっとと自社戻ろう。今日も孤独な夜間の作業あるしね。

 えーとビニ傘ビニ傘……お、ワンタッチの折りたたみ傘か。昨日から梅雨入りしたってニュースで見た気がするし、こっちにしておいても損はないな。これにしとこっと。

 ついでだからお夜食でも見ていこうかな。やはりここは暖かいものを……を? ををお!?

 なんかいつも見慣れた赤と緑のラインが見え――




「――はっ!?」


 気がつけば、私は会社のデスクに座っていた。

 濡れていたはずの服も、すでに夜間作業用のジャージに着替えてある。

 そして目の前には、お湯の注がれたカップラーメン。

 あたりに漂うは、ほのかなソースの香り。

 ……そう、だ。

 あのときコンビニで目に入った、『』だ。


 あまりの衝撃に動転していたのか、ここまでの記憶があまりない。そんなに必死だったか、私。

 まあねえ。いか焼そばマニア(自称)の私ですから。私が食べずに誰が食べるって感じなわけですよ。

 しかし、ラーメンか。思い切ったことをしたなあ。

 楽しみ半分、怖いもの見たさ半分、ってとこだけど――


「んっ……ふわっ、へっくち! へくちっ! うぅ……」


 ううん、ちょっと体冷えちゃったかな。そろそろ食べられるだろう。早く食べて体を温め――


「よびましたー?」

「よんでないです」

「うひゃーはみさんつれないですっ! せっかく運命の出会いの場面を再現してあげたのにー。そんなんじゃいか釣り漁船でやっていけないですよっ」


 こらこら、誰が漁師になると言った。そりゃ『ダライアス』シリーズはやったりするけど。

 ……ふむ、そうか。いつものが出てきたんだ。ふーん。

 えすこは『大盛りいか焼そば』の妖精さん。派生商品だからもしかしたら……と思っていたけど、やっぱり同じ子が出てきた。

 ひとりでジャンクフードを食べていると出てくる妖精さんたち。未だにその生態はよくわからない。


「ほらほら、ちょっと衣装も替えてみたんですよっ」


 どれどれ。ああ、確かに。

 とんがり帽子はいつも通りなんだけど、体はスクール水着になっているのか。水分スープが増えたから、泳ぎやすいように……なのかな?

 色もいつも通り薄汚れた白。調理済みっぽいいかカラーだね。

 あざとくくるっと回ってみせるえすこ。


「かわいい白スク水で殿方を悩殺ですよっ」

「いや、えすこちゃん、私の前にしか姿現さないですよね?」

「はわっ!? そ、そうでした……ワタクシのこの努力の意味って……」


 さすがにそこは気づこうよ、えすこ。うっかりさんだな。

 あ、とぼとぼ歩いていって……ドーナツ屋さんでもらったお気に入りのマグカップに入っちゃった。

 まあいいや、早く食べよう。のびちゃう。



 いただきます。

 ふたを開け、後入れの液体スープを投入。

 う、おお!? ソースの香りマシマシ!

 大丈夫かこれ……。

 おそるおそる麺をすくい、ズズッと音を立ててすする。

 ……お? なにこれ、いける。

 スープも一口ごくりと。

 おおぉ、確かにソース味なんだけど、これちゃんとラーメンとしても成立している!

 ちょっと酸味がある感じもすごくマッチしている。

 おいしい。これ、おいしい。

 ああ、ちゃんといかも入っているね。いつものいか焼そばのアレ。安定のくにくに。

 えーなんだこれ、内心絶対地雷だろうなと思っていたとこからの落差もあるのかもしれないけど、かなり完成度高いよ。

 これ定番化しないかなあ……いやしないだろうなあ……。

 おいしいけど、なんといっても商品としてのイロモノ感が強すぎるよね。

 ま、いいか。こういうのは期間限定に限る。ゲームキャラの夏バージョンのコスチュームだって期間限定だからいいんだ。そういうものだ。

 なんて思いをめぐらせていたら、いつの間にやら完食。

 焼そばのときと比べてあっさり味に仕上がっているから、大盛りでもするっといけちゃったみたいだ。

 ふー、ごちそうさま。



 よし、ちょっとスープ余ったから、これをこうして、こうじゃ。


「うわっぷ! ぷはっ! な、なにするんですかはみさんっ!」


 えすこの入っているマグカップにスープを投入してやる。えすこは突然のことに慌ててバタバタしている。


「えーいいじゃないですか。せっかくのスク水なんですから。スープにつかるのも乙なものですよ」

「な、なんか慣れなくて落ち着かないですっ」


 などといいながらも、まんざらでもない様子で、黒いにぷかぷか浮かんでいる。

 ……あ。ひらめいた。

 PCのロックを解除して、テキストエディタを立ち上げ、キーボードをカタカタ。


 ここで一句。



 つゆ入りや 汁もしたたる いいえすこ   はみ


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