ババヘラアイス

 車で国道13号線を進み、大きなアミューズメント施設のある交差点から秋穂駅前方面へ入っていく。

 休日の秋穂市内のこの時間は交通量が少なくてすいすいだ。

 市の中心部を流れる川を左手に眺めつつ、ここ数年あまり変わっていないような、やっぱりちょっと変わったような街並みをゆうゆうと流していく。

 昔は映画館があった――シネコンに押された今はもう一軒も営業していない――通りを抜けると、やがてビルが立ち並ぶ駅前の大通りへ。

 首都圏に出ていくまでは、このあたりはすごく都会だなあと思っていたのに、いざ上京後に戻ってみるとこの感。

 やっぱりビルの高さがないからかな?

 そんなことを思っているうちに、お堀の目の前の新しい県立美術館に隣接する商業施設の立体駐車場が見えてくる。

 やはりここも、まだ早い時間なので駐車されている車は少ない。

 一応、商業施設の駐車場なので、買い物をすれば駐車チケットをもらえたりするのだが、元々の駐車料金が一時間100円。

 市の中心部の駅前だというのに、安いよなあ。

 これなら時間を気にせず、お堀の内側の万秋公園散策を満喫できるというものだ。




 駐車場に車を停め、商業施設を抜け……ようと思ったところで、足を止める。

 ふむ、カフェがあるのか。

 ランチとかもやってるのね。

 まあでも今はコーヒーだけかな。

 コーヒー片手にお花見、いいね。


「すみません、ブレンドコーヒーひとつください」

「ブレンドですね、かしこまりました。お砂糖とミルクは後ろのカウンターからお取りください」


 チェーン店ではなさそうな気がするけど、なんかちゃんとしているな。意外意外。

 お代を払ってカップを受け取り、店員のおねえさんに言われたとおりに後ろのカウンターへ。

 基本的に、こういうコーヒーを飲むときは砂糖オンリーだ。コーヒーフレッシュはあんまり好きじゃない。体にも悪いそうだし。

 あと、砂糖だけなら、元々のコーヒーの味をそんなには壊さないような気がするしね。




 商業施設を出て、お堀へ向かいながら、コーヒーを一口。

 おっ、これは……珍しい味。

 苦みはあまりなく、酸味が強いけど、あっさりしている。後味も悪くない。

 うーん、なかなかこれは好みかも。また来る機会があればリピートしちゃうかも。


 思いのほかおいしいコーヒーを味わいつつ、お堀を抜けて坂道を登っていく。

 ここが万秋公園。

 元々は城跡で、持ち主であった城主がそこの本丸と二の丸を公園として開放したのだそうだ。

 ちなみにそのお殿様の末裔が、今の秋穂県の県知事だというのだから、たいしたもんだと思う。


 それはさておき、坂道を登りきると、まずは二の丸。

 周囲が木で囲われ、その内側は広々とした空間が広がっている。

 んー、もう桜は散ってしまったか……?

 いや、ちらほらとは見えるが、やはりほぼ終わりの様子。

 少し遅かったかー。残念。

 でも逆に考えると、なんかこんなに人のいない万秋公園を散歩できるってのもいいな。

 桜の時期だと本当に人がごった返しているからね。


 少し奥へ進んで広い池を抜けると、本丸への階段が現れる。

 澄んだ空気を目一杯吸い込みながら、階段を一歩一歩踏みしめて上がっていく。

 上がりきったそこは、二の丸とは打って変わって、木が一面に生い茂っている。

 今日は雲一つない快晴なので、木々の隙間から陽光がきらきらと差し込み、神秘的だ。

 桜は……ああ、少し散りかけているけど、まだまだ残っているか。

 あたり一帯に敷き詰められた、薄いピンクの絨毯を歩いていく。

 そして立ち止まり、まだ残っているコーヒーを一口。

 うん、おいしい。

 ……ん、桜を見ながらコーヒーって、こないだとまったく同じパターンじゃない。

 花見酒ならぬ、花見コーヒー。

 新ジャンルとして、普及させてもいいかも。




 その後、公園内の神社にお参りしたりして、ひととおり公園散策を満喫した私は、お堀の道を戻っていく。

 しばらく歩いていたし、日も多少高くなってきたので、暑くなってきたな……。

 と、少し汗ばむ体にシャツの胸元をぱたぱたとして風を送り込んでいたところ。

 お堀を渡りきる途中に、カラフルなパラソルを差し、ステンレスの保冷缶を携えた農作業風の服装のおばさん、いや、おばあちゃんを発見。

 キタコレ! 名物キタコレ!!


「ひとつくださいー」

「はーいー、ちょっと待ってけれ」


 ちょっと方言混じりで応えるおばあちゃんは、おもむろに逆三角のコーンを取り出し、保冷缶の中身を金属のヘラで手際よく盛りつけていく。

 そして私の手に一輪のバラを握らせる。

 花びらの色は、赤と黄色。

 俗に言う『バラ盛り』の『ババヘラアイス』だ。

 普通ならばヘラで適当に山盛りにしてくれるものなのだが、きれいなバラの形で盛れるということは、このおばあちゃん……ババヘラ名人か!


「うわー、きれい!」


 お代を渡しながらストレートに感想を伝えると、おばあちゃんは少し照れた様子で「ふふっ」と笑い、そのまま定位置のパラソル下のイスに戻った。

 この、奥ゆかしいシャイガールめ。




 さっそくお堀のそばのベンチに……おや、先客が。白黒ハチワレのねこ。緑の瞳でじっとこっちを見ている。


「お隣、失礼しますね」


 一言声をかけてから座る。「んー」と、口を開かず返事をしてくれた。


 いただきまーす。

 花びらに口をつける。

 しゃりっとした食感と、ひんやりとした甘さが口に広がる。

 うわあ、これこれ! この味、懐かしい!

 昔、運動会とかあると必ず校門の前で売ってたんだよなー、『ババヘラアイス』。

 見た目はきれいに盛られているけど、味はほんとにあのまんまだ。

 赤がイチゴで、黄がバナナだっけ?

 あんまりそういう感じがしなくって、私的にはこれは『ババヘラ味』なんだよね。

 少し火照った体に心地いい。

 ん、なんか、『体が火照る』ってちょっとエッチだな……。


「うめえか?」

「どわわっ」


 あーびっくりした。変なこと考えているときに声かけられたもんで、変な反応しちゃったよ。

 まあ、来るよね。妖精さん。周りに人いないし。ねこならいるけど。

 一応、私はお堀側を向いているわけで、膝の上に出てくる分には他の人には見えないんだろうな。

 結構きわどい線を狙ってくるな。名人か!


「ほら、ひゃっこい冷たいうちに食べなさい

「はーい」


 パラソルを左手に、ヘラを右手に持った、さっきのおばあちゃんをそのまま小さくしたような妖精さんがせかしてくる。

 まあ、私だって溶けないうちに食べたいともさ。

 しゃりしゃり。

 あまーい! つめたーい! おーいしー!


「うめえか?」

「はい、おいしいです」


 また妖精さんに聞かれたので、食べるのを中断して答える。


「ほら、ひゃっこい冷たいうちに食べなさい

「はーい」


 しゃりしゃり。


「うめえか?」

「はい、おいしいです」


 三度目。


「ほら、ひゃっこい冷たいうちに食べなさい

「黙って食べさせてくださいっ」

「あやー」


 おばあちゃん妖精さんをかばんの中に突っ込む。

 ふう、おとなしく味わわせてよね。


 まあ、おばあちゃんって同じこと何回も言うものかも。

 ボケてるとかではなく、素で。

 あと、やたらと食べさせたがるよね。

 どっちも全然、私的にはオッケーなんだけどね。

 小さい頃はちょっとめんどくさいとか思っていたけど、それを受け止められるようになったというのは、大人になった証拠なのかなあ、なんて。

 今手に持っているのは、子供の頃と同じモノなのにね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る