夏の夜の夢 第2話

俺は会長の行動に頭にきた。あの得体の解らないものとの遭遇、ここから出れないこと、そしてA先輩とチョコが意識がないこと。何かに当たりたかったのかもしれない


俺は穴から出て会長に一発喰らわせようと立ち上がろうとしたとき


「線から出るな」低い声で話、俺の額に指を当てる会長。俺は立てなかった


他の人が呆然とするなか会長は担いでいたリュックから何かを準備する


和紙に米を軽く盛り、小さい小皿には水のようなものを入れ穴の前に置く。その時気付いたが会長は変わったものを持っておりそれからは煙が出ていた。何かをぶつぶつ言いながら鎖でぶら下がった何かを揺らし、同じく穴の前に置く


一通り終わると塩の線を踏まないように穴に入る

「・・・先輩・・・」Y先輩がいきなり大泣きし立ち上がり会長に近づく。


会長よりずっと背が高いY先輩は会長の肩に顔を埋め泣いている。怖かった、チョコが、どうしよう、と泣きながら話す。どうやら今まで気丈に振る舞っていてらしい。


「頑張ったな、泣くな」と会長はなだめながらみんなを確認する「・・・犬?」


会長は知らされていない参加者を見つめる。まだ意識がないチョコを確認し、A先輩の様子をみる


Y先輩は泣きながら経緯を説明する。「私が・・・お守り・・・先輩に・・・私のせいで・・・」


話についていけなかった。会長はX先輩からチョコを受け取り大腿部に指を当てジーンズから懐中時計を取り出して黙る。脈を計っているようだ。その後、A先輩の脈を計る


「席を外すが絶対に線から出るなよ」会長はリュックからビニル袋を出し、煙が出てる何か(香炉)を持って外に出る



俺は疑問に思った。どうして用意がいいんだ。それにA先輩とチョコを見て平然としている。あの得体の知れないものを見ていないのか。いや見てなければ線を出るなというか。何故あの時立てなかったのか・・・


「今は会長を信じるか・・・」俺の疑問を感じるようにB先輩はいう


しばらくして会長は沢山の木の枝を持って戻ってきた。


会長は荷物などを奥に、と指示し入口に自分が座り枝を器用に組む。俺達は静かに見るだけだった

「火は古来より・・・」会長は明るく雑学を話す。途中で何か描かれた紙にぶつぶつ言いながら火を付け枝に点火する「・・・世界中で同時期に火を使うようになった」


チョコを抱え、Xを護ろうとしたんだね、いい子だねと話しながら液体をかけ、香炉の煙を当てる

次にA先輩。チョコと同じ方法だったが口に液体の入った瓶を入れられ無理に飲まされた


「会長、それは・・・」B先輩は聞く


「神酒だ」一仕事が終わってか煙草を吸う会長


会長は渡したお守りを出しなさいと言う。今思えば全くに役に立たない物だった。会長は封を開け中身を確認しぶつぶついい燃やした


時計を確認すると翌日になっていた


気のせいか外が騒がしい

あの引きずったような音やあの笑い声がやけに聞こえた





何時の間にかA先輩とチョコは気が付いていた。突然いた会長にA先輩は驚いたがその声で俺達がびっくりする。X先輩は嬉し泣きしていた。


「よかった無事で」B先輩は安心する「さて帰れるかな・・・」


「言い忘れたけど」会長はまた一服する「今晩は帰れないよ。日が出るまでは」


やっぱり会長は周りの様子に気づいているみたいだ


会長はリュックからおにぎりや飲み物をだし「火の番は私がするから休みなさい」という


みんな会長の意見に従う


一時間がすぎた頃他の人達は寝始めた。微かな寝息が安心感を誘う


会長はコートをYに掛け、じっと火を見ている


「会長、聞いていいですか?」俺は疑問に思ったことを口にする。会長は寝ないのか、話すなら近くによって小さい声で、と言う


「会長、あれは何ですか」会長はあれって?と聞聞き返す。見えていないのか、とB先輩に見せたメモを渡す


「あーこれねぇ」会長は止める暇なくいきなりメモを火に入れる「忘れなさい」


「二匹見ました。外にはまだ沢山いますよね。音が異様にします。ただ臭いはしませんが」


会長は俺見る。溜め息をした「今日の事は忘れなさい。夢だったんだとね・・・今は7月か・・・そうだね。妖精パックが見せる悪戯だとね。まさに夏の夜の夢だ」


俺は引き下がらずに線を消しますよ、と脅す


初めてみる会長の顔だった。片目をあけ蔑むように睨む顔


「好奇心が恐怖心を負かすか・・・」また会長は煙草を取り出した「馬鹿な事をされても困る・・・何だ」


「あの二匹は何です」


「違う」会長は煙を吐く。なにが違う、数か、意味が分からない「柱だ」



だんだん腹が立つ。会長が話したくないのは解るがもう少し会話をしてほしい


「助数詞が違う・・・匹でなく柱・・・これが答え」


いらいらした。どうなってもいい外に出て確認してやる考えたとき。


「もう少し勉学に励みなさい・・・はぁ・・・二匹ではなく二柱と数えるのは・・・神だ・・・」




あのブクブクに膨れ上がった異形が・・・神・・・




ゴビャビャヒャ




神が笑う声が微かに聞こえた




***



あれが神・・・異形が・・・


「神といっても神道の神だし二柱といったが正しくはあれら纏めて一柱の神だ」会長は腹が減ったのかおにぎりを掴んだが俺に渡す「すまんが開けてくれ。コンビニのおにぎりなんて滅多に食べないから開け方が解らない」

会長は俺が開けたおにぎりを両手で掴み食べる。まるで栗鼠のように食べる


「会長、誰に言わないので教えてください」俺は会長に御願いした


会長は面倒臭い顔をするが「嫌だ、というとつきまとう気だろ・・・その前に初めから経緯を話せ。Yから聞いたがさっぱり・・・」


俺は○○に入ってからの話をしたが、会長は何故か駐車場から話せという。会長から何回か質問されできるだけ細かく話した


何時の間にかY先輩も起きていた。眠たそうな顔しており会長からまだ寝ていろと言われたが「私・・・中途半端・・・嫌です」と反論。会長はやれやれ物好きが増えたと煙草に火を点ける


「質問どうぞ」会長は自分から話すと脱線するからと質疑応答にした


「あの神は何ですか?」


会長は漠然すぎるな、と考えた「日本には八百万の神がいる。天津神や国津神、自然の神、これは白山信仰とかかな、他に祀られ神となるものもある。簡単に言えば犯罪者でも鰯でも神になる。

そして神は良いものだけじゃない。災厄を招く神もいる。それは荒ぶる神や祟り神と言われる神。代表が道真公やヤマタノオロチか。○○には神社があるだろ。神社には土地神とあれの二柱が祀ってある」


「あれは荒ぶる神・・・」Y先輩はいう「ならA先輩とチョコは・・・」


「祟りってほどじゃないが触れられて気に当てられたんだろ。まぁお祓いしてもらうが大丈夫」


「会長は霊能者なんですか?」今思えばぶつぶつ言っていたのは呪文のようだ「あれ倒せないんですか?」


会長は黙る・・・いけないことを聞いたのか。会長はY先輩に目で訴える


「えっと・・・先輩は霊能者じゃなくて・・・占いをする人で・・・少し心得があるだけ・・・」Y先輩は曖昧に話す。やっぱり何か知っている



「神を倒せ・・・」会長は睨んだ「死にたいのか?」


睨まれ冷や汗が出る



「神を殺す・・・出来なくはない・・・・・・だが



仏と違い神は・・・祟る



俺ひとりか、ここにいるすべてか・・・一族や子孫か・・・・・・死ぬ・・・ただ死ぬだけじゃない・・・



二度と考えるな・・・」




会長はそういうと黙った。沈黙が重い・・・話題を変える


「それにしても化け物を祀るなんて」俺は率直な感想をいうが会長から驚きの一言が返ってくる


「人間だよ。祀ってあるのは」会長は外を見る「あれは何体かの魂が融合してるみたいだけど、・・・人間だね」



「「人・・・」」俺とY先輩はあれが人間だとは信じられなかった。


「はぁ・・・ここら辺の海はいきなり深くなるんだ。波打ち際から5メートルで深さは160センチ位か。だから毎年のように犠牲者が出る。


今は砂入れして犠牲者が出ないようにしているが。また潮が複雑で流されたら○○近くの磯に叩きつけられたりする。


そんな犠牲者を神として祀りあげ鎮魂しようとしたんだと思う。ただ鎮魂しようにも非業の死に方・・・だから簡単には出来ず土地神をもって封じ込めたんだろうな・・・


お前達ここから出れなかっただろ・・・土地神が○○からあれが出れないようにしてるから・・・入口の鳥居からここは聖域だ・・・」


「会長、なんであんな姿なんです?」俺はズバリ聞く


「すこしは考えなさい・・・」会長は横目でY先輩みる。知りたそうな顔していた「体が水分を吸収する事により肥大する・・・内蔵は腐敗の進行が早くガスが発生する・・・粘膜などの皮膚が薄いところから魚等に食べられるから口や目の周りが侵食される


つまり水死体だ」


そして会長はジェスチャーする。あれは這う為に腕を動かしているのではなく、溺れて必死に浮き上がろうとする腕の動き。


声は笑っているのではなく海水を吐き出す音。・・・気に当てられたA先輩が吐いたのは海水だろう・・・と説明する



Y先輩はあれを思い出したのか気持ち悪そうな顔をする。だから言いたくなかった、と愚痴る会長の横腹を叩いた



「会長はどこまで知ってたんです?」俺の最大の疑問。


会長はやはりそれを聞くのか、溜め息をつく


「昔、クラスメート達がここに来たらしい・・・数日後学校に現れたとき本人は何もなかったと言ったが・・・影を見た・・・案の定しばらくして事故った


どうしてあの時忠告しなかったのか悔やんだよ



それから郷土資料で調べた・・・手こずったよ・・・ここの神社は何十年も無人だから自分で調べた・・・そしてある程度ことの成り行きは理解した・・・」


「俺達を何故止めなかったです」この人は危ないと分かって企画を認めたのか、と怒りが出た


「お前は私が止めたら行かないのか?」会長は火を黙ってみた「忘れろと言っても知りたいというお前が」


「それは・・・」俺は言葉が出なかった。先週、俺達は会長を馬鹿にした。怖がりだ、と。確かにあの時止められていても先輩達とこっそり行ったと思う


「私は人の上に立つ人間じゃない。人をやる気にするなんて出来ない。ただやりたいという人ならば後ろから助けるだけだ。例え何が起きようとも・・・」


重い空気が流れる


「会長は何者何です?」


「ただの大学生さ・・・」会長は静かにいう



普通の大学生が化け物を見ても平然として、倒れた人を救えるかと言いたかったが会長は少しでも休めと言葉を遮った


仕方がなく横になる


そういえばあの御守りはなんだったのだろう。ただの袋じゃないはずだ


どうして駐車場から聞くのか





ちらっと会長を見る・・・ただ火を見ているだけだった










何時の間にか寝てしまっていて起きれば朝


そとは静かで波の音だけだった


さすがにあの神も太陽が出ているから現れないだろう、と安堵した



会長は未だに火を燃やし続けていた


周りはまだ起きていない。もう少し寝ようとした時に会長の声が聞こえた




「・・・いきはよいよいかえりはこわい・・・」




とおりゃんせ とおりゃんせ




***



目が覚めた。時計を見ると6時を指していた


「みんな、少しは休めたかい」会長は相変わらず穴の入口に座り火を見ていた


目をこすり周りを見る。みんな起き始めていた。土の上で寝た為体を伸ばす。


会長がA先輩に体調を聞く。「・・・気持ち悪くはありませんが体がだるいです」


次に会長はチョコを見る。チョコはX先輩に抱きかかえており顔つきはしっかりしていた


「夜言い忘れていたけど・・・」会長はポケットから黒いものを取り出し火に入れる。どうやら炭のようだ「お世話になっている寺でお祓いしてもらうよ。あとA、帰りは車の運転は私がするけどいいかい?」


みんな会長の意見に頷く。A先輩はそのほうが助かりますが先輩のバイクは?と聞く。どうやら後から取りに戻ってくるらしい。


「そうと決まれば後片付けしようか」会長は塩の線から出ても大丈夫と言う


B先輩以外はあの神を見たので恐る恐る出る。目の前の風景は普通の林だった。ただ穴の前に置かれていた和紙や小皿には何も入っていなかった


みんな荷物をまとめ、自分達が出したゴミを集める


穴から全員が出ると会長は塩の線を丁寧に手で払い消し、今は消えている香炉の灰を撒く。最後に火から先ほどの炭を取り出し香炉に入れ、火を始末する。その後香をいれたのかもくもくと香炉から煙が出る


会長は作業中、アメイジング・グレイスを口ずさむ


「忘れ物やゴミはないな?」会長はリュックから御守りといいまた全員に渡す。昨日貰ったのと同じものだ。なぜまた・・・


「さて帰りますか」


どうやら俺達は○○の入口付近にいたらしい。二三分で鳥居が見える


ちょっと待ってくれ、会長に言われ鳥居を抜ける前に止まる。会長は振り返り神社を向く


パン、パン


会長は二拝二拍一拝する


自然とみんなが手を合わせた



「さて行くか」会長はみんなに笑った。俺は笑う一瞬にこれまでに見たことない真剣な表情を見逃さなかった


鳥居から出た。会長は防波堤の海側を香炉を振りながら歩く


「君たち、朝は苦手なのかい」テンション高く会長は喋る「もう少し明るくしなさい」


みんないくら寝たとはいえ野宿、疲れていた。徹夜のテンションについていけなかった(助けてもらってなんだが)


会長は時事ネタを話しながら歩く。俺達はへぇー、そうですねと返事するだけ


防波堤の半ばの時だった。一番後ろにいたY先輩が突然「えっ」と叫ぶ。俺は先輩どうしました、と振り返る。Y先輩は会長に支えられていた


「全く休めっていうのに起きてるから寝ぼけて足がおぼつかないんだよ」会長はどうやら転びかかったY先輩を支えていたらしい「・・・・・・いいな」


先輩気をつけてくださいよ、と俺は前を見る。Y先輩は低血圧なのか顔が真っ青だった





駐車場に着いた。駐車場には会長のバイクもあった。みんなやっと帰れる実感がしたのか元気になっていた


「・・・おい・・・なんだこの跡?」B先輩はワゴン車の周りに異様な跡を見つける。砂地の駐車場に止められたワゴン車が足を引きづった跡で囲まれていた


「それ・・・私だ」会長は煙草を取り出した「このワゴン車、君達のかな~てぐるぐる回って見たから」


会長はこんな風にさ、と実演した。ざっざっと奇妙な足取りだ。それにまたぶつぶつ言っている。不思議なことに会長自身のバイクにも同じ跡がある


「いつでも行ける準備してね」会長はまだ車の周りをぐるぐる回っている。


荷物を車に乗せ、会長以外車に乗り込む


ぐるぐる回るのを止め香炉の火を落とした会長は運転席のドアを開けるがまだ座らない。どうやら車の上で頬杖しながら○○みているようだ


「Y、リュックからドライビンググローブ取ってくれるかい」会長はまた煙草を吸い出したみたいだ。「あと黒い封筒も」


Y先輩はびくん、と反応し言われた通りにする


会長はなかなか出発しようとしない


俺は早朝会長が話していた独り言を思いだす


・・・いきはよいよいかえりはこわい・・・


他の人も会長早く帰りましょうよ・・・、と口々に話す


Y先輩は会長にいわれた通りリュックの中を探している。まだ顔色が優れない


俺は会長と同じものを見る


あの非業のなれの果ての神を思い出す・・・会長じゃないが夏の夜の夢の心地だ




『駐車場に停めろ』・・・会長はルールに五月蠅かったから防波堤から離れて停めたんだ・・・



『たしかこの辺から出るらしいが』・・・B先輩が防波堤で話していたな・・・


『駐車場から話せ』・・・別に何もなかったが会長は聞いてきたな・・・



『あれって』・・・会長は見えていたのに惚けたな・・・



『鳥居からは出れない』・・・土地神で封じられてるからあれは○○からは・・・



『クラスメートがここに来て』・・・会長のクラスメートもあれをみたのかな・・・



・・・・・・俺は気付いた・・・・・・


「・・・・・・Y先輩、さっき何を見たんです・・・・・・」

Y先輩は何も見てないよ、と言うが明らかに動揺していた


「莫迦だね・・・Y」会長は社内を覗き込む「転びかかったら・・・何も見なかったじゃなく・・・何もなかっただ」


社内が騒然とする


「以外に頭の回転いいんだね」会長は明るくいうが顔は怖い


「朝、いきはよいよいかえりはこわいって言ってましたね」


会長は聞かれてたのかと煙草を吸う


「B先輩、防波堤から幽霊が出るんですよね」B先輩はそうだ、と頷く「あれは鳥居から出れない。つまり別の幽霊」


会長は静かに頷く


「穴の中で荒ぶる神について聞いたときあれってと会長は聞きました。複数いたんですね。俺達に見えなかったやつもいた」

夜寝ていた人達は置いてけぼりだった


「クラスメートの話、成り行きが解ってるなら荒ぶる神にやられたと言えばいいのに会長は言わなかったですよね。原因は別・・・○○の外」


会長は煙草の煙のせいか目を細める「理由を付けて防波堤から離れた所に車を止めるように指示した。そして事の経緯を駐車場から聞いた・・・導かれる答えが」




「防波堤にいるのが厄介なもの」Y先輩がドライビンググローブと黒い封筒を会長に渡しながらいう




会長は煙草を消し運転席に座る「出発したらどうせバレるのにな・・・すまない。黙っていて。無事に帰すから信じて欲しい・・・」



「厄介なものってなんです」俺は○○の神より厄介なものがあるのか疑問に思った



会長は黒い封筒から取り出したものを全員渡しながら小さくいった「・・・怨霊の塊・・・」



会長が渡したものは般若心経だった




エンジンがかかる

「いいか、決して見たり言葉に耳をかすなよ・・・」




夏の夜の夢はまだ覚めていなかった




***



しばしの無言


会長は車を発信させる気配はない


「・・・君達・・・信じてないだろう?」会長はハンドルに頭を乗せ、バックミラーで全員の顔を確認する。ひとりY先輩だけが首を振る


今は朝。恐怖とは縁遠いほど明るさが広がっていた。出ると言われてもあまり恐怖が感じられない


「なぁY、さっき何があったん?」X先輩が聞く

一度、会長の様子を見るY先輩。会長はどうぞ、と手を出す「防波堤で転びかかったでしょ・・・あの時・・・地面から出た手に・・・足掴まれたの・・・会長が支えてくれて転びはしなかったけど・・・会長に・・・ここで騒がれると厄介だから黙っていなさい・・・いいなって」


会長はまたドアを開けて煙草を吸う


「会長!開けたら入ってくるんじゃ・・・一席空いてるし・・・」A先輩は叫ぶ。昨日に今日だ、怖さに敏感になっている。そして、七人乗りの車だ・・・この手の話だと。いくら荷物があって狭いが一人座れる


だが、俺は感じていた。周りが静かすぎる。何かいる気配がしない


「大丈夫・・・車には入ってこれない。ある程度近づく事も。それに今は大丈夫だ・・・」


先ほど会長の奇妙な行動・・・何か意味があるのだろう。発進したらバレる・・・ここから移動したら何か起こるのだろう


「四十年前・・・○○には吊り橋がかかっていた」会長は車に寄りかかりながら煙草を吸う「当時○○は海女の信仰の地だった。まぁこの周辺の磯の土地神が祀ってあるからな。だが吊り橋の老朽化が進んでいた。そこで公僕が考えた。元々考えられていた海岸整備を利用しよう。吊り橋の代わりに防波堤から行けるようにしたんだ」


みんな会長の話を聞き入る


「その為、波の流れが変わり海が澱むようになる・・・そしてこの周辺は・・・元々気の流れが悪いんだ・・・裏鬼門だという事もある・・・そして莫迦な人間がここを死地に選ぶ奴がいる・・・自殺者だ・・・


同じ水死でも○○に祀られている存在ではない。事故ではなく故意だからな・・・○○は土地神に護られた土地・・・故に自殺者の魂は○○には入れず周辺に漂う・・・かつては波である程度浄化されて成仏しなくても悪さはしなかった


だが海岸整備後・・・波は無くなる・・・海が澱む・・・そこに魂が集まり・・・穢れていく・・・」


みんな黙っている


「私が車を出さないのはお前たちが決心するのを待っている・・・想像以上にあれは手を出してくる・・・私が夜に帰らなかったのはあれの方が有利だからだ・・・


丑三つ時・・・生気が死気に負ける時・・・過ぎれば死気が弱まる・・・・・・霊が出ないから朝を待ったわけじゃない」


会長は見せてやる、と言う。車内の全員が一瞬固まる・・・。俺は怨霊を?と聞くと違うと会長は笑った。


会長は黒い封筒からあの御守りを出し封を開ける。中から薄い和紙で出来た和服を着たような人の形の紙が出てきた。紙には文字が書かれている


会長は紙を口元にもっていき、ぶつぶつ何かを言い、息をふぅとかける


「今は大丈夫だから見てなさい」会長は紙を離し、風に乗せる


紙はひらひら飛んでいく

突然だった。会長が奇妙な歩き方をしていた場所まで紙が飛んだときだった。




一瞬、紙が黒くなったと思うと・・・散った・・・





「近くにいるのは解ったな・・・」会長はまた煙草を吸う「覚悟が出来たらいくぞ・・・」


会長はあることを提案する。全員に渡した般若心経を順番に読経すること。そして読経する順番を決めた。


会長は煙草を吸いながら静かに待つ。


車内に重い空気が包まれる。会長の様子から本当にヤバいのだろう。


「会長ひとついいですか」俺は聞く「神じゃないんですよね・・・やっつければ・・・」


今、狙われているのは神じゃない。なら倒しても祟ることはない


会長は意外な答え言う


「嫌だ・・・面倒だし・・・こっちがもたない・・・」




エンジン音が鳴り響く



車内では何気ない会話をする。気持ちを抑えようとした。会長は未だに外だ



五分がすぎた頃だろうか。


B先輩があるもの見つける「あれ・・・黒猫・・・かな。縁起悪いな・・・」


全員が黒猫探す。こんな時に黒猫とは本当に縁起悪い


「黒猫は魔女の使いとされ忌み嫌われた」会長は黒猫がいると思われる方向に背中を向けている「一方イギリスやイギリス領・・・オーストラリア等では幸福の象徴として重宝された。日本もかつては黒猫は幸福の象徴だった。新撰組の沖田が願掛けで・・・」



「違う・・・猫じゃない・・・頭だ」B先輩はそれを指差した「近づいてる・・・」


会長は反応する。破る気か?俺は会長のこぼした言葉を聞く


会長は慌てていた。黒い封筒を逆さにし全て出す。中から藁人形や鋭利な石等が出てくる


「B・・・もう見るな」会長は石で自分の髪を切る「・・・覚悟なしですぐに出す」


切った髪を藁人形に入れる。そして御守りの人の紙を二枚だし何かを言い息をかけ、一枚を藁人形に入れ、もう一枚を俺に持たす


「会長・・・すげー勢いで来てる・・・笑って」B先輩はまた見たのだ


会長はB先輩を止めず藁人形に何かを唱える


車内は全員が体を低くする。X先輩とY先輩は会長から渡された般若心経を唱えているが止まり止まりだ。俺も読むがどんなふうに読めばいいのか解らない。とりあえずルビをひたすら読む


「きた!!」B先輩が叫ぶ


同じ時だった





「・・・・・・日は東・・・ず・・・これすなわち我が身の写し身なり!!」会長は藁人形を投げた





ぴちゃ


窓に水滴がつく・・・雨か?いや晴れている





「消えた・・・」B先輩は安堵する



「ちっ、やられた」会長は運転席に座りドアを閉めた「不浄の水で反ぱいが汚された・・・まさか・・・桔梗印を・・・」



俺は横目で会長を見る・・・驚いた。会長の左目が真っ赤に充血して涙が出ていた。右目は普通だった



Y先輩が会長を心配し声をかけたがリュックから神酒と眼帯を出し、眼帯に神酒をかけ渡してくれ、と頼む



「般若心経を読んだことないな・・・一回で覚えろ・・・」




会長は車を出す



澄んだ読経が車内に響く


途中、Y先輩が眼帯を渡してきた。一旦車を停める。だが読経は止めない・・・。会長は左目に眼帯をすると再び車を出す



もうそろそろ読経が終わる、次は俺だ。手元を見る




先程渡された紙・・・


少しだが端から黒くなっていく・・・





無事に帰れるのか




いきはよいよい・・・かえりは・・・



夢であってほしい



いつの間にか読経が終わっていた


俺は慌てる


「慌てるな・・・」会長は俺の頭に手を乗せる。俺よりずっと低い会長・・・運転もしているので姿勢が辛いようだ「覚めない夢なんてない・・・」



安心した。深呼吸をして読経を始める





まもなく夏の夜の夢から覚めようとしている




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