EX ゆんゆんとジハード 後編

──ゆんゆん視点──



「うーん……ダストさんがハーちゃんと一緒にいなくなってもう一週間ですか。流石に少し寂しいですね」


 ダストさんに相談したあの日。バニルさんから何か聞いてきたらしいダストさんはハーちゃんを連れてどこかへ行ってしまった。すぐに帰ってくると思っていたけど、予想に反してもう一週間も経った。

 ダストさんとハーちゃんとミネアさんがいないだけで冒険はリーンさんたちと普通に続けてるし、夜寝る時もめぐみんやリーンさん、ロリーサちゃんと一緒に寝させてもらってるからそこまで寂しくなかったけど、一週間ともなると流石に寂しい。


「……早く帰ってこないかな、ハーちゃん」


 大切な使い魔のドラゴンが早く帰ってくるのを祈って私はベッドに横になり布団をかぶる。今日はめぐみんはカズマさんに夜這い仕掛けるから無理と一緒に寝るの断られたし、リーンさんも今日は実家の方に帰るらしいので一人で寝ないといけない。……流石にロリーサちゃんを呼ぶ勇気はまだなかった。




「起きてるかーゆんゆん」


 そんな煩悶とした思考の中に漂っていると、バンというドアが蹴飛ばされて開く音と一緒に、聞き慣れてしまったチンピラの声が届く。


「……ダストさん、朝はまだ許せますけど夜にそれは警察に突き出されても文句言えないですよ」


 大きなため息を付きながら私は起き上がって魔道具の明かりをつける。壊れた扉の所には少しだけ懐かしさを感じる金髪のチンピラさんと黒い髪に赤い目をした幼い女の子の姿があった。




 …………幼い女の子?




「ダストさん!? あなたはロリコンじゃないところだけが美点だったのにどうして幼女を誘拐してきちゃったんですか!? しかも紅魔族とか…………親に見つかったら殺されますよ!」

「誰も誘拐なんかしてねぇよ! それに……紅魔族? 今の俺はただの人間なんか怖くねぇぜ」


 そう言ってなんか虚ろな笑いをするダストさん。…………よっぽど怖い存在とでも会って来たんだろうか。


「誘拐じゃないって……ならどこからそんな可愛い子を連れてきたんですか?」

「んだよ……まだ分かんねぇのかよ。……ほら、察しの悪いご主人様のとこに行ってやれ」


 そう言ってダストさんは女の子の背中を優しく押す。

 背中を押された女の子はそのままトトトと少しおぼつかない足取りでベッドに座る私の所に走ってきて──


「あるじ、ただいま」


 ──そんな言葉とともに私の胸に飛び込んできた。


 ……あるじ?


「もしかして…………ハーちゃん?」


 艶やかな黒い髪は確かにハーちゃんの鱗の色に似てる。その赤い瞳も紅魔族の紅い瞳よりも深みのある赤だ。


「はい、じはーど…です」

「本当にハーちゃんだなんて!」


 きゃーと私は喜びハーちゃんを抱きしめる。肌も白いしぱっと見れば紅魔族の女の子にしか見えないから気づかなかった。


「あるじ……くるしい……」

「あ、ごめんなさい。……大丈夫?」


 抱きしめる力を緩めてそう聞くとハーちゃんはこくんと頷いた。…………可愛い。


「気をつけろよー。今のジハードは魔力こそ変わらねぇが硬い鱗も無ければ爪や牙もない。身体能力は見た目よりちょっと上なくらいだ。上位種の人化ならそんなことねぇんだろうけど、下位種を俺が人化させてるからな。高レベル上級職のお前が本気で抱きしめたら潰れるぞ」


 ダストさんはそばによってきてそう言う。


「流石にそんな馬鹿力じゃないですよ!…………でも、一応気をつけます」


 魔法職だから大丈夫だとは思うけど…………確かに普通の一般人より力が強いのは確かだ。


「そうしてくれ。……それでジハード。ご主人様に言いたいことがあるんじゃなかったか?」


 そうなの? と私は胸の中にいるハーちゃんに首を傾げる。



「あるじはわたしがまもる。たとえあるじがしんでもそのしそんまで……わたしがしぬまでずっといっしょにいる。…………あるじ、だいすき」



「ハーちゃん……」


 純粋で真っ直ぐな好意。私の回りには素直な人が少ないせいかその好意は私に大きな衝撃を与える。


「なんだよゆんゆん。泣いてんのか」

「泣いてなんか…………いえ、こんなの泣くに決まってるじゃないですか。大好きな使い魔にこんなに愛されてるって知れば」


 誤魔化せないくらい涙が流れてることに気づいた私は開き直る。


「ほんと……お前は泣き虫だな」


 そう言ってダストさんはぽんぽんと私の頭を撫でる。


「ありがとうございます、ダストさん。…………苦労しましたよね?」


 ダストさんの格好を見ればその苦労は分かる。鎧はボロボロでもはや原型を留めてないし冒険者服もあちこち千切れてる。ドラゴンと一緒に戦うダストさんの強さは認めてるだけに、そんなダストさんがここまでボロボロになる苦労となると想像を絶する。


「ま、少しだけトラウマ出来ちまったのは否定しねぇが…………手に入れたもんに比べりゃ安い苦労だよ」


 そうため息混じりに笑ってダストさんは私が泣き止むまで頭をなでてくれた。




「さてと……俺はそろそろ下の馬小屋借りて寝るか。店主のやろう起きてるかね」


 一つ伸びをしてダストさんはそう言う。


「大丈夫じゃないですか? さっき煩くしてたから多分イライラして起きてますよ」

「それもそうだな。…………じゃ、ジハード、今日からはゆんゆんと一緒に寝ることになる。ちゃんとこいつを守ってやってくれ」


 そう言ってハーちゃんの頭をなでてダストさんは部屋を出ていこうとする。


「?……おい、ジハード。服を放してくれ」


 ダストさんの服をハーちゃんは掴み、放してと言われても放さない。


「…………らいんさまは、いっしょじゃないの? いつもはさんにんいっしょ」

「な……!?」


 ハーちゃんの言葉に私は慌てる。ダストさんとハーちゃんが寝てる所に私がお邪魔してるのは内緒なのに……!


「あー……ジハード? それは寂しがりやのお前のご主人様が一人寝に耐えられなくて潜り込んできただけでお前が一緒に寝てやったら俺は必要ねぇんだよ」

「って、あれ!? ダストさん私が潜りこんでるの気づいてたんですか!?」


 そんな様子全然見せてなかったのに!


「…………一番最初で気づいてるっての。お前が気づかれてないと思ってるみたいだから調子合わせてただけで」


 普段察しが悪いくせにこんな恥ずかしいことは気付くなんて…………!


「てわけだ。ジハード、服を放してくれ。…………ジハード?」


 ダストさんの言葉を受けてもハーちゃんは服を放そうとしない。


「らいんさまもいっしょがいい。らいんさまもわたしがまもりたい。…………だめ?」


 うるうると涙目で言うハーちゃん。


 ……………………



「ダストさん、仕方ありません、一緒に寝ましょう!」

「簡単に懐柔されてんじゃねぇよ! このダメご主人様が! 使い魔のしつけもご主人様の仕事だろうが!」

「それを言ったらダストさんだってドラゴンナイトとしてハーちゃんと契約してるんだから一緒ですよ! それに私にはこんなに可愛いハーちゃんのお願いを無下にすることなんて出来ません!」


 ただでさえ大切な使い魔なのに幼い女の子の姿でお願いされるとか反則です。


「気持ちは分かるけどよぉ……。……ま、いつものことと言っちゃいつものことか。床で寝るからなんかかけるもん寄越せ」

「? 別に床で寝なくてもいいんじゃないですか。私のベッド大きいからちっちゃなハーちゃんを含めた三人なら余裕ありますよ」


 一緒に寝てたのを気づかれてたことと比べれば恥ずかしがることでもない。私が恥ずかしかったのは黙って潜り込んでたことだし。


「…………お前、俺のこと全然男だって思ってねぇだろ?」

「え? 何を今更なことを。というかダストさんだって私の事女の子だって思ってないですよね?」


 ダストさんは男とかそう言うの以前に『ダストさん』ってグループに入っちゃってる感がある。


「まぁどんなに可愛くてもクソガキじゃ守備範囲外だからなぁ…………ま、お前がいいならいいか。ジハード、一緒に寝ようぜ」


 ダストさんの言葉にハーちゃんはコクリと頷く。…………しぐさがいちいち可愛い。抱きしめて眠りたい。






「うぅ……ハーちゃんがダストさんの方に寄って行ってしまいました」


 私、ハーちゃん、ダストさんの順番でベッドに並んで寝ているけど、ハーちゃんは明らかにダストさんの方に寄って眠っている。


「お前があんだけ言ったのに強く抱きしめるからだろうが。自業自得だっての」

「うう…………ダストさんに正論言われた…………死にたい」

「ジハードが寝てなきゃ表に出させてるとこだぞ毒舌ぼっち」


 顔は見えないけど、ダストさんがどんな顔して言ってるか分かってしまい私は笑う。


「……そういえば、今私とダストさんが喧嘩したらどっちが勝つんですかね?」


 戦士で長剣を使って戦ってたダストさん相手なら負ける気がしないけど、ドラゴンナイトとして槍を持って戦うダストさんに勝つビジョン思い浮かばない。


「どっちでもいいだろそんなもん。……どっちが勝っても俺とお前の関係は変わんねぇよ」

「……それもそうですね」


 ダストさんは私の悪友だ。ただの知り合いが友達を経て変わってきた大切な。強いのがどっちかだなんてことで変わるような関係でもない。


(…………でも、ここから変わらないのかな?)


 私とダストさんの関係。それはきっと簡単には壊れないものだと思う。でも、不変のものかと言われたら首をかしげる。

 だって、私は知り合いだった時も友達だった時も、ダストさんとそれ以上の関係になるなんて夢にも思っていなかったのだから。



 壊れないし、壊れてほしくはない。けど、変わらないし、変わってほしくはないのかと聞かれたら分からない。

 ただ、分かるのは……


(……今はこのままでいいかな)


 未来がどうかは分からないけれど。少なくとも今はこの距離感が心地いい。死ぬまでずっとこの関係を続けてもいいと思えるくらいには。





「ところでダストさん。一つ質問いいですか?」

「んあ? なんだよ、俺はもう寝たいんだが」


 少し寝ぼけた声のダストさん。でもこれだけは聞いとかないといけない。




「ハーちゃんって、元のドラゴンの姿に戻れるんですか?」




「………………………………あれ? そういやドラゴンハーフは竜化を覚えないとドラゴンの姿になれないんだっけ?………………もしかしてそれもスキルなのか?」

「ダストさん、とりあえず結論をどうぞ」

「多分、このままじゃ戻れない」

「どうにかする方法は?」

「人化のスキルを覚える方法と同じ手順踏めば大丈夫……のはずだ」

「よかった…………大丈夫なんですね」


 ハーちゃんのかっこいい姿も好きなだけに私は安堵する。


「全然大丈夫じゃねぇよ! それってつまりもう一度あれと戦うってことだろ! しかも今度はジハード抜きで! 無理! 絶対無理!」

「…………一体全体なにと戦ってきたんですかダストさんは」


 ドラゴンと一緒に戦うダストさんに勝てる相手なんて私はバニルさんくらいしか知らない。ダストさんが本人が言うにはカズマさんにも多分負けるって言ってたけど。そんなダストさんがここまで半狂乱になる相手って……。


「『エンシェントドラゴン』…………地獄にいるバニルの旦那の本体と同格の相手だよ。…………なぁ、ゆんゆん。ジハードが今はまともに戦えないから背に腹は代えられねぇ。お前も一緒に……」


『エンシェントドラゴン』……? エンシェントドラゴンってあの……?


「無理ですよ! 私もあれからいろいろ調べましたけどエンシェントドラゴンに人間の魔法なんて効くわけないじゃないですか! 効くとしたら爆裂魔法ぐらいでそれも一発食らっただけじゃ全然ダメージのうちに入らないないっていう!」


 上位種以上のドラゴンと魔法使いの相性は最悪だというのにその中でもさらに歳を重ねて強くなったエンシェントドラゴンとか…………うん、無理。


「大丈夫だ! 相手はすげぇ手加減してくれるし! ゆんゆんが囮になってくれたらなんとかなる! 大丈夫だ。ちょっと爆発魔法クラスのブレス攻撃を連発するだけだから魔王討伐メンバーのゆんゆんなら避けられる!」

「それを聞いて大丈夫じゃないのを確信しました!」


 手加減してそれとか…………もう普通の人間が戦う相手じゃないですよ。それこそ伝説に残るくらいの人じゃないと。



「んぅ……あるじ、らいんさま、うるさい。……はやくねよ?」


 私達が騒いでたせいか先に寝ていたハーちゃんが起きたらしい。


「……とりあえず、ダストさん。この件は明日の朝起きてからしましょう」

「おう……多分こうなること気づいてたバニルの旦那にも文句言いてぇしな」


 多分あの仮面の悪魔さんは『極上の悪感情大変美味である』とか言ってさらに私達から悪感情絞りとると思いますけどね。


「それじゃ……ハーちゃん、ダストさん。おやすみなさい」

「おやすみ、あるじ、らいんさま」

「おう、おやすみ」



 ハーちゃんとダストさんのおやすみという言葉を聞き届けて私は目を瞑る。ただ……大切な使い魔と言葉をかわすことが出来たという興奮は私を簡単には寝かせつけてくれなそうだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る