第30話 この優しい娘に親友を!

――ゆんゆん視点――



「はぁ…………こうなる気はしてたけどよ…………本当お前らはしょうがねえな…………」

「もう、ダストさんその台詞何度目ですか? もう少ししたらクエストの現場なんですからいい加減気持ちを切り替えてくださいよ」


 私の少し前を歩いて愚痴っているダストさんに私は少しの気まずさを感じながらそう返す。


「そうよ、ダスト。今更言っても仕方ないんだから」

「…………はぁぁぁぁぁ。ゆんゆんはまだ悪いと思ってそうだがリーンは開き直りすぎだ。お前クエストが終わったら折檻だからな」


 私の隣を歩くリーンさんの言葉にダストさんは大きすぎるため息をつく。


「べーっ。ダストなんかに折檻されてやるもんですか」

「おっし、いい度胸だ。クエストが終わったらなんて悠長なこと言わず今すぐ折檻してやる」


 そうしてくるくると私の周りを回って追いかけっこをする2人。…………やっぱりこの2人仲良いなぁ。



 ダストさんが持ってきた塩漬けクエスト。ダストさんは私とハーちゃんだけを連れて行くつもりだったみたいだけど、この場にはリーンさんの姿もある。……まぁ、私がダストさんが秘密にしていたクエストの集合場所をリーンさんに教えちゃったからなんだけど。


(一応謝ったけど…………ダストさんには今度何かお詫びしないといけないかな……)


 ダストさんがリーンさんやテイラーさんを連れて行こうとしなかったのは危険な目に遭わさないためだってのは分かっている。それなのに連れてきちゃったのはリーンさんが私に頼んできた時凄く真剣な様子だったのと、私のテレポートでリーンさんを逃がせば最悪の事態は避けられると思ったから。

 ……そのあたりのことをダストさんに言ったらお前は何も分かってねえってため息つかれたんだけど、一体私は何を分かってないんだろうか。ただ、その後は不機嫌そうにグチグチ言いながらもリーンさんの同行許してくれたし、私の考え自体は間違ってはいないんだと思う。その上で私が気づいてないことがあるんだろうけど。


 なにはともあれ、ダストさんに悪い事しちゃったのは確かだから、今度ご飯でも奢ってあげようかな。…………なんか、最近ダストさんと一緒に食べる時は奢ってばっかりな気もするけど。




「ふぅ……やっと追い払えた。ほんとダストってしつこいんだから……」


 ダストさんとの追いかけっこを終えて。リーンさんはまた私の隣を歩き始める。


「それだけダストさんにとってリーンさんが大事なんじゃないですか? ダストさんって自分が興味あるもの以外は凄くあっさりしてますし」


 どうでもいいことでもすぐ怒るダストさんだけど、その怒りはわりとあっさりとしていることが多い。反面、ドラゴンのこととかダストさんが本当に大事にしていることについては執着を見せる。


「…………ゆんゆんもダストのことだいぶ分かってきたね」

「これだけ一緒にクエストとかやってたら流石に分かりますよ」


 ハーちゃんのことでもお世話になっちゃうこと多いし。迷惑をかけられっぱなしだった出会った頃と比べればダストさんがどういう人間かは大体分かってきていた。

 どうしようもないろくでなしのチンピラなのは間違いないけれど、ドラゴンのこととか意外と良いところもある。

 いい部分で悪い部分が挽回出来るかって言われたら違うけど、それ言ったらめぐみんやバニルさんもあれだしね……。


「でも、ダストさんって私が初めてであった頃と比べたら大分大人しくなりましたよね」


 私と出会った頃のダストさんはすぐ喧嘩売ったり無銭飲食してわざと留置所に潜り込んだり……本当ろくでなしを極めていた。それがハーちゃんが生まれた頃くらいからだろうか。そういったことがなくなったとは言わないけど、段々と少なくなっていったのは間違いないと思う。…………その分私と喧嘩する頻度や私に奢らせる頻度は上がってる気がするけど、それ含めても前よりは少なくなっている。


「ん……やっぱりゆんゆんもそう思う? でも、ゆんゆんと出会った頃もマシになってたほうなんだよ。カズマと出会った頃なんてもっと酷かったんだから」

「…………もしかしたら、その頃のダストさんのこと知ってるかもしれません。私がめぐみんと初めてアクセルに来た時ダストさんみたいな人を見た気がします」


 最近思い出したけど、ダストさんみたいなチンピラがどこかの誰かに因縁つけて喧嘩して返り討ちに合ってた覚えがある。

 …………そういえば、あの頃は『ライン=シェイカー』さんの噂話も聞いていたような…………なんで忘れてたんだろう。


「悪魔騒ぎ解決したのゆんゆんたちだったっけ。……うん、その頃のダストが一番酷かったね。それがカズマとパーティー交換して酷い目にあったり、ゆんゆんにたs…ゆんゆんや仮面の人と出会ったり、ジハードちゃんが生まれたり……そんなこんなでわりとまともになったね」

「まともになってあれって酷いですね……」

「それは言わないでゆんゆん……」


 多少まともになったと言っても相変わらずお金や女性関係は酷いからなぁ。



「……本当不思議ですよね。リーンさんみたいな可愛くてまともな人がダストさんみたいなろくでなしとパーティー組んでるのって。テイラーさんも不思議といったら不思議なんですけど」


 キースさんはまぁ…………うん。なるべくしてなったというか類は友を呼ぶってやつだと思うけど。


「テイラーはキースの幼馴染で冒険者やるために2人でこの街に来たみたいだからね。キースがダストと意気投合しちゃって成り行きで一緒にパーティーに入ってもらったのよ。それなのにリーダー的なこともやってもらって…………本当テイラーには頭上がらないわ」


 まじめなテイラーさんだからなぁ。ダストさんとキースさんに囲まれたらリーンさんが大変だと思ってパーティーに入ったんじゃないかな。


「それで、リーンさんはなんでダストさんとパーティーを組んでるんですか? 話を聞く限りキースさんやテイラーさんより先にダストさんとパーティー組んでるんですよね」

「…………聞きたい?」

「はい」


 割と凄く。


「えーと……そうね…………。あたしが冒険者するために魔法学校行ってたのは知ってるよね?」

「はい、1年位通ってたんですよね」


 そこで中級魔法を覚えたという話を前に聞いたことがある。


「そそ。一応卒業はできたんだけど先生に冒険者やるにはまだ実力不足だから実力のある経験者とパーティー組めって言われちゃってさ。それで一人で冒険者やってて一応凄腕だって噂になってるダストがギルドで紹介されたのよ」

「…………よく、その紹介でダストさんとパーティー組もうと思えましたね」


 確かに実力があるのは私も認めているけど。そんなものを台無しにするくらいには中身が酷いし……。


「ギルドにも泣きつかれたからねぇ……問題ばっかり起こすダストに首輪つけたいって」

「ああ、なるほど……」


 リーンさんいい人だから、ギルドに頼まれたら断れないか。

 …………新人の女性冒険者にダストさんの面倒頼むとかギルド追い詰められすぎじゃないですかね。


「……納得した?」

「はい。そういう流れなら仕方ないですね」


 私もルナさんに泣く泣く頼まれたらダストさんみたいな問題児でもパーティーにするの断れない気がするし。


「ほっ……ならよかった」

「んー……でも、もう一つ質問いいですか?」

「な、なに?」


 ? なんかリーンさんが焦ってるようなきがするけど気のせいかな。


「いえ、そもそもなんでリーンさんが冒険者になろうと思ったのかなって」


 冒険者なんて仕事は基本的に儲からない。何故かこの街じゃ大物賞金首を討伐する機会があってその原則に当てはまらないけど。

 それこそギルドの職員でもやってるほうが堅実だし、リーンさんみたいな器量良しの優しい人がわざわざ危険な冒険者になる理由が思いつかない。


「あ、そっちか。ん……一言で言うなら好きな人のためかな。そのために魔法学校まで行って冒険者になったんだ」

「リーンさんの好きな人って言ったら……ライン=シェイカーさんですか?」


 最年少ドラゴンナイト。隣国の英雄である凄腕の槍使い。私も何度か探したことのあるライン=シェイカーさんをリーンさんが好きという話は、この前テイラーさんたちに聞いている。


「そ。ライン兄。ライン兄の冒険についていけるくらいに強くなりたかったからあたしは冒険者になったの」

「『ライン兄』? もしかしてリーンさんってラインさんと知り合いなんですか? その話し方だと単純に憧れてるってわけじゃないんですよね?」


 ライン兄と呼んでるってことはそれなりに交流があったんだと思う。


「そだね。一応ライン兄が死にかけてたのを助けたのがあたしだったんだ」

「命の恩人ってわけですか……」


 なんだろう、そんな出会から恋が芽生えるとか凄いロマンチックな気配がする。


「そうなるのかな? でも、ライン兄には『炎龍』を倒してこの街を守ってもらってるし、とっくの昔にその恩は返されてるんだけどね」

「炎龍って、あの『炎龍』ですか!?」


 火の大精霊が数年前に倒され現在不在なのは知っていたけど、まさかそれを倒した人がラインさんだったなんて……。もしかしてラインさんは上位種のドラゴンと契約してるんだろうか。それなら確かに大精霊相手でも負けないかもしれない。


「あたしとライン兄の関係はそんな感じかな」

「……確かに、そんな凄い人の冒険に付き合うなら強くならないと難しいですね」


 『最凶』を冠する四大賞金首の一角を倒すとか……噂でも凄いというのは分かっていたけど、こうして実績を聞いてみればもはや化物みたいな人だ。

 ……どんな人か会ってみたいなぁ。最凶の大精霊を倒した竜騎士とか紅魔族の琴線に凄い触れる。お姫様との話やリーンさんとの話も聞いてみたいし。



「……ねぇ、ゆんゆん。話は変わるんだけどさ」


 陶酔していた私に少しだけ言いにくそうな感じでリーンさん。


「自分のせいで好きな人に辛い想いさせてるとしたらどうする?」

「えっと……ごめんなさい。質問の意味が抽象的すぎてなんて答えたらいいか……」


 ラインさんのことで悩んでいるのだろうとは思うけど。


「あー……じゃあ、例えばの話なんだけどさ。自分が好きな人と一緒にいたいって言ったせいで、好きな人が自分の生きがいを我慢して辛い思いをしないといけないとしたらどう思う?」


 ? あれ、今度は質問の意味はわかるけど、誰のことを言ってるか分からなくなった。ラインさんの話だと思ってたけど……ラインさんはリーンさんと一緒にはいないし、違う人の話なのかな。それとも本当に例えばの話なだけなのか。


「えっと……一つ聞きたいんですけど、好きな人と一緒にいたいというのは自分の願いでも、その願いを叶えるかどうかは好きな人自身に決められるんですよね?」


 リーンさんの質問の意図はよく分からない。けれどその表情は真剣そのもので……その気持ちに少しでも誠実に応えるため、私は頭を悩ませる。


「それは…………そう、かな」

「……だったら、私はきっと嬉しいと思います」

「……どうして?」



「だって、好きな人は生きがいよりも自分を選んでくれたってことじゃないですか。……すごく大切にされてると思いますよ」




 めぐみんで例えるなら一緒にいるために爆裂魔法を我慢してくれるってことだ。私のためにそうしてくれると考えれば凄く嬉しい。

 もちろん、めぐみんに我慢させていることへの後ろめたさはあるけど、爆裂魔法よりも私を選んでくれたことに変わりはないのだから。

 後ろめたさばかりを気にして嬉しいと思わないのは何か違うと思う。


「そっか…………そうだよね」


 胸に手を当てて小さく頷くリーンさん。…………私の答えでよかったのかな? 少しでもリーンさんの悩みが晴れていればいいんだけど。


「ありがとう、ゆんゆん。ゆんゆんと出会えて、友達になれて……ほんとに良かった」

「そ、そんな! 私こそリーンさんと友達になれて本当に良かったです!」


 リーンさんがいなければ私はまだダストさんに振り回されてる気がするし。そんなことを抜きにしてもリーンさんのように優しくてな人が私の友達なのは今でも夢じゃないかと思っているくらいだ。


「そっか。お互いそう思ってるならあたしたちは親友だね」

「親、友……」


 かつてここまで誠意を持って私を親友と言ってくれた人がいただろうか? いや、いない。…………めぐみんは素直じゃない恥ずかしがり屋だからしかたないけどね。

 ダストさんは言うまでもなくあれだけど。


「……ごめん、もしかして嫌だった?」

「そんなことないですよ! 私とリーンさんは親友です!」



 というわけで私に二人目の親友ができた。





「なーにを変な話をしてんだよリーン」

「わっ、こらダスト! あたしの髪をぐしゃぐしゃにすんのやめなさいっていつも言ってんでしょ!」


 前を歩いていたダストさんがいつの間にかリーンさんの横に立って、頭を回すようにして髪を撫で……てないですね。リーンさんの言うとおりぐしゃぐしゃにしている。


「わるいわるい。どうもお前の髪をぐしゃぐしゃにするのは気持ちよくてな」

「悪いって思ってるならやめなさいよ馬鹿ダスト!」


 あーだこーだ言ってる二人。リーンさんは怒ってる様子だけど、なんだか楽しそうで……。


(やっぱりダストさんとリーンさんってお似合いだよなぁ……)


 でも、リーンさんはラインさんが好きで…………やっぱりダストさんが可哀想だな。今回のこともだけど、ダストさんはリーンさんのことすごく大事にしてるのに。



 ……でも、あれ? そういえばさっきのリーンさんの話って――




「――ゆんゆん! 気を抜いてんじゃねえ!」


 強く私を呼ぶダストさんの声。その声に私は思考を戦闘に切り替える。


「『カースド・ライトニング』!」


 無詠唱で発動させた黒い雷撃はダストさんたちを襲おうとしていたモンスターを貫き、4つある足の一つを抉る。

 モンスターはそのダメージに黒い翼を羽ばたかせてダストさん達から距離を取った。


(間に合った……。でも、あの魔物なんなんだろう? 見たことのないモンスターだけど)


 私が気を抜いていた間に奇襲してきたモンスター。ぱっと見た感じだとグリフォンのような姿をしている。けれど少し気をつけてみればその異常さはすぐに分かった。


「ダストさん、あのモンスターなんなんですか? その……いろいろ混じってるように見えるんですけど」


 少し離れてしまっていたダストさん達のもとに駆け寄り、私は気味の悪いそのモンスターについて聞いてみる。


「……あの混ざりようはグロウキメラだろうな」

「グロウキメラって……魔王軍幹部だったシルビアと同じ?」


 紅魔の里を襲った魔王軍幹部シルビア。『魔術師殺し』を吸収し紅魔族を追い詰めたあの幹部の種族も確かグロウキメラと言われていた気がする。


「シルビアみたいな強い意志と理性を持ってるわけじゃないみたいだがな。ただあらゆる生物を吸収して力にする存在って意味じゃ同じだ。……見てみろ、再生能力持ちのモンスターも取り込んでるみたいだぞ」


 ダストさんの指差す方を見てみれば、千切れかかっていたはずのグロウキメラの足が見る見るうちに元に戻っていく。


「見た感じグリフォンやマンティコアを取り込んでそうだし、再生能力まで持ってるなら最低でもA-ランク……下手すりゃAランクもありえるぞ」


 ダストさんのその言葉を聞いて私はすぐに詠唱を始める。


「――――ごめんなさい、リーンさん。『テレポート』!」


 最強ランクの魔獣であるグリフォンですらBからB+ランクのモンスター。A-ランクとなれば今の私でも一対一じゃ苦戦するだろうし、Aランク相手じゃ負ける可能性のほうが高い。

 そんな相手だとするならリーンさんを守りながら戦う余裕はない。リーンさんの気持ちを考えれば苦しいけれど、命には変えられない。



「…………やっぱ、こうなったか」

「すみません、ダストさん。リーンさんを危険な目にあわせてしまって」

「リーンが危ない目にあったのはリーンのせいだろ。謝ることじゃねえよ」

「でも…………ダストさん、今怒ってますよね?」


 いつものチンピラらしい底の浅い怒り方ならなんとも思わないけど、今のダストさんは深く静かに怒ってる。


「確かに怒っちゃいるが…………どっちにしろ謝ることじゃねえよ。……で、どうする? 下手すりゃAランク相当のモンスターだ。一旦撤退するのも手だぞ?」


 Aランクのモンスターと言えば中位ドラゴンや、上級悪魔クラスのモンスター。かつて私が手も足も出なかったアーネスと同格の相手だと思っていい。


「……戦います。今ここで逃がせば別の冒険者の人達が危険です」


 でも、私もあの頃と比べれば強くなった。たとえアーネスが相手でも善戦は出来ると思う。ハーちゃんもいるし勝てる可能性もあるんじゃないだろうか。


「…………そうかよ。ま、お前ならそう言うだろうと思ってたが」

「? あの……、ダストさん? 私変なこと言っちゃいましたか? さっきより怒ってるような気がするんですけど」

「そうかもしれねえが、今は気にすんな。……つーより、そろそろくるぞ」


 こちらを警戒して動いていなかったグロウキメラが、翼を広げこちらへ向かってくる準備をしている。

 ダストさんの言うとおり、悠長に話している余裕はなさそうだ。


「ダストさんは下がっていてください。私とハーちゃんで戦います」


 相手をAランクのモンスターだと考えるならダストさんに前衛をやってもらうのは危険だ。自分の身を守るくらいなら大丈夫だろうけど、私を守りながら前衛をやってもらうのは厳しいと思う。


「…………やっぱお前はそう言うよなぁ…………はぁ」


 ……本当なんなんだろう。ダストさんはなんだか怒りを通り越して呆れたような顔をしている。


「ま、俺は死なねえように頑張るから、ゆんゆんも頑張ってくれ。今回あのモンスターに止めをさせるのはゆんゆんだけだろうからな」

「? ハーちゃんのドレインバイトじゃダメなんですか?」

「あのレベルのモンスターになれば流石に抵抗されるだろうし、抵抗されてる間にジハードがグロウキメラに喰われる可能性あるぞ」


 ダメみたいですね。……これは本格的に私一人でどうにかしないといけないか。




「『カースド・ライトニング』!」


 先手必勝。今にも飛びかかって来そうになっていたグロウキメラに向かって私は黒い稲妻を放つ。

 先程と同じように雷撃はグロウキメラに風穴を開けるが、その穴は瞬く間に閉じてしまう。


(さっきより回復が早い……。思った以上に再生能力が高いんだ)


 こうなってくると『カースド・ライトニング』等の点の攻撃は有効そうじゃない。『ライト・オブ・セイバー』等の線での攻撃でも止めはさせないと思う。

 そうなってくると『インフェルノ』とかの広範囲攻撃だけど……Aランクのモンスターに止めをさせるほどの威力があるかは自信がない。


「なら……『ライト・オブ・セイバー』!」


 私が使える魔法に決定打がないのなら、それらを組み合わせて決定打にするしか無い。

 『ライト・オブ・セイバー』で出来るだけ細切りにして、至近距離からの『インフェルノ』で焼き尽くす。


「っ……この距離じゃ浅くしか切れないんだ」


 『ライト・オブ・セイバー』は伸びる光剣だ。術者の力量次第でなんでも切り裂くと言われる威力を持った魔法だけれど、距離が伸びるに比例して威力を落としていく。今の私の実力じゃグロウキメラを切り裂くにはもっと近づかないといけないらしい。


 いくつもの魔法を受けて私が敵だと完全に認識したのか。グロウキメラはダストさんの方には目を向けずに私に一直線に向かってくる。

 私もグロウキメラに向かいながら、『ライト・オブ・セイバー』を放ち、その有効範囲を見定める。


「切れた……っ! この距離なら……いける!」


 三度目の『ライト・オブ・セイバー』がついにグロウキメラの翼を切り裂く。グロウキメラが走れば2秒もかからない距離だけど、この後『インフェルノ』を至近距離で放たないといけないと考えればちょうどいい。私は四度目の『ライト・オブ・セイバー』を縦横無尽に走らせてグロウキメラの身体を切り刻む。

 切り刻まれたグロウキメラは動きこそ止まっても再生をすぐに始めている。10秒もしないでまた襲い掛かってくるはず。



 私はその再生が終わる前に焼き払おうと、詠唱をしながら近づき、灼熱の炎を――


「『インフェルノ』!」




 ――解き放てなかった。





「…………え?」


 再生するグロウキメラを前にして私は呆けてしまう。


「魔力切れ…………?」


 冷静に自分の中に残る魔力を探ってみれば、確かに『インフェルノ』を発動させるには魔力が足りない。

 『カースド・ライトニング』2発。『ライト・オブ・セイバー』4発。そして『テレポート』1回。

 上級魔法を無詠唱や詠唱省略で連発したり、上級魔法よりも消費魔力が多いとされる『テレポート』を使っていれば魔力切れになるのも考えてみれば当然だ。

 勝つことを……ハーちゃんやダストさんを守ることだけを考えていた私は、そのことに今の今まで気づくことが出来なかった。



 呆けていても時間は過ぎていく。再生を終えたグロウキメラは無力となった私を喰らおうと大きな口を開ける。

 残った魔力や持っているマナタイトで反撃しようかと考えるけど、それで出来る反撃はせいぜい中級魔法。グロウキメラを一瞬止められるかどうかも怪しい。

 ……どうせ止められないのなら、グロウキメラに食べられたところでありったけの魔力とマナタイトでグロウキメラの体内から魔法を放ったほうがハーちゃんやダストさんを守れるよね。

 近づいてくるグロウキメラの恐怖に私は目を閉じる。それでも必ず一矢だけは報いようと心のなかで『ライトニング』の詠唱を唱え続けその時を待った。



 けど、いつまで経ってもその時は来ない。



「――ったく、お前は何でもかんでも自分でやろうとしすぎなんだよ」


 呆れたような、けれど、どこか優しさを感じる声。


「ダスト……さん?」


 その声に目を開けて広がる風景は、怖いグロウキメラの姿ではなく、見慣れてしまった金髪のチンピラさんの後ろ姿。

 けど……なんだろう? その姿に何処か違和感を覚える。


「お前はもっと自分を大切にしろ。友達のために頑張るのはお前の美徳だが、行き過ぎたらただの自己犠牲だ。……お前はもっとわがままになっていいんだよ」

「…………あ、分かった。ダストさん、なんで槍なんか持ってるんですか?」


 いつもの長剣じゃなくて槍を構えてるから違和感覚えたんだ。


「お、おう……俺、今ちょっといいこと言った気がするんだがそれはスルーか?」

「はい。そっちは後でリーンさんに教えて一緒にからかうので今はスルーです」

「お前割と余裕あるな!」


 余裕あるのは多分ダストさんがまともなこと言ったおかげですよ。似合わなすぎて冷静になっちゃったとかそんな感じです。


「それで、なんで槍持ってるんですか? 割りと構えが堂に入っててイラッとするんですけど」


 槍を構えてるダストさんの姿は隙きがなく、不覚にもかっこいいと思ってしまった。ダストさん相手にそう思ってしまうのは負けたような気がするので本当にやめて欲しい。


「助けに入った相手にその反応はおかしいよなぁ!?」


 助けに…………って、あれ? グロウキメラが細切れになってる。なんか私がライト・オブ・セイバーで切ったときよりも細かい気がするんだけど。


「…………手品ですか? ダストさんいつのまに大道芸人にクラスチェンジを……」

「してねえよ! なんでお前この状況でいつもよりボケてんだよ!」


 いえ、ボケないとなんか本当に負けた気分になっちゃうんですよ。だから悪いのは無駄にかっこよく助けに入ったダストさんです。


「そんなことより、本当、どうしたんですか、その槍。さっきまでは持ってなかったですよね?」


 槍なんか持って歩いてたら流石に気づくと思うんだけど。


「あー……そのあたりはあんま気にすんなよ。ちょいと通りすがりの悪魔に槍を借りただけだから」

「通りすがりの悪魔に槍を借りるってどんな状況ですか。絶対ウソですよね。そもそもなんでダストさんが槍なんか使って――」

「――待て、ゆんゆん。話は後だ。分かっちゃいたがこのキメラ死んでねえ」


 見れば細切れになっているグロウキメラがまた再生を開始している。それもさっきよりも早い……というよりこれ再生するのどんどん早くなってないかな?


「これ、どうやって倒せばいいんでしょう……。ここまで細切れにしても再生するならもう手のうちようがないですよ」

「お前がやろうとしてたことを実践すりゃなんとかなるだろう。細切れにするのは俺がしてやるから、お前は『インフェルノ』で焼き払え」

「えっと私は魔力切れで……って、そっか。ハーちゃんがいるんだ」


 ダストさんが前衛で守ってくれるならハーちゃんに魔力を分けてもらえる時間がある。


「そういうこった。さっきの戦いもジハードに魔力分けてもらいながら戦ってたら勝ててだろうにお前は……」

「むぅ…………分かってたなら教えてくれれば良かったじゃないですか」

「いや、流石にジハードの力も借りずに戦うとは俺も予想してなかったし。もしもの時の準備で俺も忙しかったしな。……実際はちゃんとお前が気づいときゃそのもしももなかったんだが」


 確かにこのグロウキメラは再生能力は凄いけど他はA-ランクで落ち着いてる。私が冷静にハーちゃんと一緒に戦えば勝てない相手ではなかったと思う。…………こわいのは、グロウキメラは急成長する種で、時間が経つたびに手に負えない化物になっていくことなんだけど。



(けど……本当にダストさんの槍の腕はいったい……?)


 ハーちゃんの魔力を分けてもらいながら私はグロウキメラを細切れにし続けるダストさんを観察する。

 それで分かったのはダストさんの槍の腕は相当高く、グロウキメラを細切れにしたのは槍を持ったダストさんで間違いないということ。普段長剣で戦っている時より数段動きがいいということが分かった。


「行きます、ダストさん離れて下さい!」

「おう、……って、離れる前に撃ってんじゃねえよ!」


 今度はちゃんと『インフェルノ』が発動し、その炎が細切れになったグロウキメラを灰に変えていく。その端っこでダストさんが炎に追われて文句言ってる気がするけどスルー。……というか、この人今『インフェルノ』を槍で切ってませんでした?





『その少年は素晴らしいドラゴンナイトの才を見せ、槍を使わせれば王国一、――』



「ふぅ……流石にもう再生はしないみたいだな。このレベルの相手に実戦で戦ったのは久しぶりだから緊張したぜ」



『そして、生まれながらにドラゴンに愛され、――』



「お、ジハードもお疲れ。――っっ、こら、ジハード、くすぐったいからそんなに顔を舐めんな」




『――その方は古くから続く貴族に見られる金髪だそうです』







 ………………………………



(いやいや、流石にそれはありえないよね……)


 確かにだとすればいろんなことに説明がつく。けどそうだとしても私の知ってるこのチンピラさんが、イリスちゃんやリーンさんの話の中のあの人とはどうやっても繋がらない。


「……ん、お前の髪引っ張るのなんか面白えな。リーンの髪の毛ぐしゃぐしゃにしてる時みてえだ」


 そんな私の葛藤をよそに、びよんびよんと私のおさげをひっぱって遊んでいるチンピラさん。


「…………うん、やっぱりないですね」

「なんかよく分かんねぇがお前に今凄いバカにされてる気がするんだが」

「気のせいですよダストさん。むしろ馬鹿なことを考えてたのは私なんですから」


 このどうしようもないチンピラさんが最年少ドラゴンナイトの天才だなんて…………本当に私も馬鹿みたいなことを考えてしまった。

 金髪で凄腕の槍使いでドラゴンに好かれてるのは確かだけど、それだけで繋げてしまうのは安直に過ぎるというものだよね。


「人の顔見ておっきなため息ついてんじゃねぇよ! てかやっぱお前さっきから俺を馬鹿にしてんだろ!」


 いつものように怒るチンピラさんを見て私はもう一つ大きなため息を付き――


「だから気のせいですって。それより、早く帰りましょうよ。きっとリーンさんが心配して待ってるんですから」



 ――何故か広がる不安な感情を飲み込んだ。


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