第12話 女の子の部屋にいきなり入るのはやめましょう

「ゆんゆん入るぞー……って、なんだよ鍵かかってんじゃねーか」


 朝。ゆんゆんを迎えに来た俺は鍵のかかった扉にそれを阻まれる。


「中でなんかバタバタしてるみてーだし、起きてるのは起きてるみたいだな」


 なんか『ハーちゃん開けちゃダメ!』とか言ってるゆんゆんの声が聞こえるし。


「さて……どうするかね」


 俺が取れる選択肢は――



1:ジハードにお願いをして鍵を開けてもらい部屋に入る

2:扉を蹴飛ばして部屋に入る




「――てわけだ。ゆんゆん入るぞ」


 少し考えた俺は扉を蹴飛ばして部屋へと入る。いくら俺に懐いているとはいえ主人のゆんゆんに開けるなと言われていたら、ジハードも鍵を開けることはないだろう。となればアンロックも解錠スキルも使えない俺には扉を蹴飛ばして部屋に入るしか方法はない。


「きゃっ!? な、なな……何が『――てわけだ』なんですか!? 女の子の部屋にいきなり入ってこないでください!」


 着替え途中だったのかゆんゆんは小さな悲鳴を上げた後、服で体を隠すようにして文句を言ってくる。


「はっ、守備範囲外のクソガキがいっちょ前に色気づきやがって」

「だったら私の事そんないやらしい目で見ないでください!」

「まぁ、それはそれ、これはこれ。お前身体はエロいし顔は悪くないからな」


 実際に手を出す気にはなれないが、目の保養にはなる。それにサキュバスサービスで頼む夢の内容の参考にはなるし。


「それに俺は入る前に入るぞって声かけただろ。いきなりでもなんでもないぞ」

「問題はそこじゃないですよ! 扉を壊して入ってきたのが問題なんです!」

「はぁ? 鍵がかかってるなら俺が入るには扉壊すしかないだろ。俺は盗賊でも魔法使いでもないんだぞ」

「いえ……そもそもなんで入らないって選択肢がないんですかね……?」

「せっかく人が迎えに来てやったってのに部屋にも入れず外で待たすつもりなのかお前は? 常識知らずにも程が有るぞ」


 ゆんゆんが今日ジハードと一緒にクエストやりたいと言ったから俺はわざわざ早起きしてやってきたと言うのに。

 ……けして俺がドラゴンと一緒に戦うのが楽しみで待ちきれずに来たわけじゃない。年上の男としての甲斐性ってやつだ。


「とりあえず世間一般的な常識では女の子の部屋に許可もなく扉を蹴飛ばして入ってくるような男性は問答無用で留置所行きだと思います。なので常識知らずなのはダストさんの方ですね」

「ちっ…………しゃーねーな。だったら今回はどっちも常識知らずだったってことで手を打ってやるよ」


 こんなことで喧嘩してる時間がもったいない。俺としては早くジh……ゆんゆんとクエスト行って金を稼ぎたいんだから。


「…………この人なんでこんなに自信満々で上から目線なんですかね?」


 俺としてもゆんゆんみたいなぼっちが年上の男相手に遠慮なしに色々言ってくるのは謎なんだがな。






「とりあえず無駄話はこれくらいにして、さっさと着替えろよ」

「だったら早く出て行ってください」


 着替えを急かす俺にゆんゆんはジト目でそう返してくる。


「おー、ジハードは今日もかわいいな。よしよしっと」


 そんなゆんゆんはどうでもいいので置いとくとして。俺の回りを嬉しそうに飛び回るジハードを捕まえて頭をなでてやる。きゅぅんと鳴く声が可愛い。

 あー……やっぱドラゴンはいいよなぁ……かっこいいし可愛いし。俺もジハードと一緒に添い寝とかしてーなぁ。


「人の話聞いてくださいよ! 着替えられないから早く出て行って!」

「あんまり大きな声出すなよ。ジハードが怖がってる」


 主人の大きな声にびっくりしたのか、少しだけビクついているジハードを宥めながら俺はゆんゆんに注意する。


「………………ダストさん、ハーちゃんには甘いですよね。チンピラのくせに」

「そりゃ、ジハードはかっこいいし可愛いからな」


 猫可愛がりするのも仕方ないだろう。ジハードの可愛さに触れれば誰だってそうなるはずだ。ならないやつは折檻してやらないといけないレベル。


「というかハーちゃんもハーちゃんで私よりダストさんの方に懐いてるような……」


 訝しげというか不満げな表情でゆんゆん。……ったく、そんなことも分からないから俺みたいなチンピラにダメ出しされるんだよ。

 ダチに対してもそうだが、ゆんゆんはそういうところに対する自信が圧倒的に足りない。そこさえどうにかなればダチももっと出来るだろうしジハードの主としても及第点上げてもいいんだが…………。


「んなこたーねーよ。俺とゆんゆんどっちを選ぶかって言われたらゆんゆんを選ぶだろうさ」


 俺はジハードの祖父みたいなもんでゆんゆんはジハードの母親みたいなもんだ。甘やかしてくれる方によく懐いているように見えても本当に自分を大事にしてくれてる方はちゃんと分かってる。

 …………俺がどれだけ今のゆんゆんが羨ましいか、こいつはきっと全然分かってないんだろうな。





「で? お前はいつになったら着替え終わるんだ? グズグズしてると俺が着替えさせるぞ」

「いいからさっさと出て行ってください! 『カースド・ライトニング』!」


 ゆんゆんから放たれた黒い稲妻に吹き飛ばされて俺の体は部屋から押し出される。バタンと鍵の壊れた扉もしまり、閉めだされてしまった。


「いてて……相変わらず容赦ねぇなぁ」


 ゆんゆんと出会ってからもう1年以上経ってるってのに、あのぼっち娘は出会った頃と全然変わらない。ダチは多少増えたみたいだけどぼっちな雰囲気がなくなる様子は全然ないし、俺に対しては口を開けば憎まれ口ばっかりだ。未だに俺のことをダチじゃなくてただの知り合いだって主張してるし、出会った頃と俺とゆんゆんの関係はほとんど変わってない。


「……っと、いつもわりぃなジハード」


 ぺろぺろとジハードが舐めたところの傷が綺麗に消えていく。ジハードの今の治癒能力じゃ大きな怪我はなおせないだろうが、これくらいの傷なら十分な効果がある。

 もちろん、上級魔法をくらってこれくらいの傷で済むのは、俺がどっかの変態クルセイダーほどじゃないにしても魔法抵抗力が高いことと、一応あれでもゆんゆんが手加減して撃ってくれてるわけだからだが。…………ただ、ジハードに回復魔法の固有スキルがあるって分かってから微妙に手加減が雑になってる気がするのは俺の気のせいだろうか。


(…………ま、変わったとしたら、やっぱジハードが生まれたことか)


 俺とゆんゆん二人の関係は特に変わってはいない。けど今はジハードがいる。ジハードを含めた3人(二人と一匹)の関係はそもそも前までなかったものだから、それに関してはある意味大きく変わったと言ってもいいのかもしれない。


「ダストさん? いつまで寝てるんですか? そこで寝てたら宿の人に邪魔ですからさっさとクエストに行きましょう」


 着替え終わったらしいゆんゆんは部屋から出てきてそういう。


「……誰のせいで寝るはめになってんだよ」

「ダストさんの自業自得だと思いますけど」


 否定はしない。しないが…………やっぱこいつ可愛げないよなぁ。少しは年下らしく年上を敬う気持ちとかみせてくれないもんかね。


(…………いや、そうなったらそうなったでなんか気持ち悪いな)


 こいつが可愛くなった所で守備範囲外なこいつに手を出す訳じゃないし。エロい身体を見て楽しむ分には今のままでも特に問題はない。

 そう考えれば今まで毒舌ばっかだった相手からいきなり敬われる方が違和感がすごい気がした。


「まぁゆんゆんの毒舌は今更だしいいか。今日もリーンに返す金を稼ぐために(ゆんゆんが)頑張りますか」


 そんなことを考えながら俺は治癒をしてくれたジハードを撫でて、そのまま立ち上がる。


「……なんか小声で酷いこと言いませんでした? ……そういえばリーンさんとこの前ショッピングに行った時ダストさんがお金を返してくれないって嘆いてましたよ?」


 歩きだした俺の横に並ぶゆんゆんの顔は少しだけ楽しげだ。リーンと一緒にショッピングに行ったときのことを思い出してるのかもしれない。


「一度はちゃんと全部返したというのにあいつは…………まぁその後すぐ借りたけど」


 まさか税金でリーンに返した後に残った金を全部取られるとは思ってなかった。


「ちなみにダストさん。私は一度もダストさんにお金返してもらった覚えがないですからね」

「………………ジハードは今日もかっこいいなぁ。よしよし」

「ハーちゃんを誤魔化すのに使うのはやめてください。誤魔化せてませんし」


 誤魔化してなんてないぞ。そんなことより俺にとってはジハードを撫でることのほうが大事なだけだ。けして返す気がないわけじゃない。


「…………とりあえずクエストに行こうぜ。お金の話はまた今度な」

「まぁ……ダストさんですし(期待してないんで)いいですけど。今日はアクアさんとウィズさんの店で紅茶を飲む約束してますし」


 やっぱりなんだかんだでこいつもダチが増えてるのは確かなんだよな。アクアのねーちゃんやらイリスってロリっ子やら。金髪碧眼の暴走プリーストとか。


「ま、それなのにぼっちな印象が全然なくならないからぼっち娘なんだけどな」

「なんでいきなり私ぼっち娘とか言われてるんですか? 喧嘩売ってるんですか?」

「売ってねぇからさっさと行くぞ凶暴ぼっち」


 俺は事実を確認しただけだしな。


「売ってます! どう考えても喧嘩売られてます!」


 なんか喚いてる凶暴なぼっち娘と可愛くてかっこいいジハードと一緒に。俺達はひとまず宿で朝食を取ってからギルドへ向かうことにした。






「へっへ……嬢ちゃん、エロい体しt……エロい体はしてないな」

「エロい体はしてないが可愛い顔してんじゃねぇか。一緒にいい所行こうぜ」


「喧嘩売られてるのかな? というかあたし忙しいからキミたちのナンパには付き合ってられないよ」


 ギルドへの道。早道をしようとちょっとした路地へと入った所。ジハードを可愛がる俺たちになんだかチンピラみたいな声と呆れた声が聞こえてくる。


「ダストさんダストさん! ナンパです! ダストさんみたいなナンパしてる人がいます!」

「失礼なこと言ってんじゃねぇよクソガキ。俺はあんなチンピラ見てぇなナンパはしねぇ。ここで颯爽と助けに入って惚れさせるナンパならするが」


 何事かと見てみればどうやら男二人が盗賊風の格好をした女をナンパしているらしい。

 あんな風に絡んでも女に煙たがられるだけだって分からないのかねあのチンピラたちは。ナンパレベルが低すぎるな。


「それはナンパじゃなくてマッチポンプだって何回言えば認めるんですかね。とにかく助けに入りますよ!」

「おう、確かにここで助けに入れば彼女にはならなくても一発くらいならやらせてくれるかもしれねぇしな」


 いつものマッチp……ナンパと同じような状況だ。上手く行けばもしかするかもしれない。


「……いえ、それはないと思いますよ?」


 夢くらい見させろよ。



「というわけでそこまでです!」


 ゆんゆんの台詞とともにナンパ二人とナンパされてた女の子の間に入り込む俺たち。

 俺はなんかやる気が削がれて適当だが、ゆんゆんはなんだか格好つけて女の子を守るように立っている。なんだかんだでこういう場面で活き活きしてるのはこいつが紅魔族の血が流れている証拠なんだろう。


「あん? なんだ? 可愛くてエロい子とチンピラっぽい金髪と…………ドラゴン?」

「お、おい、もしかしてこいつら冒険者ギルドで注意するよう言われた『レッドアイズ』じゃねぇか?」

「黒髪紅眼の紅魔族に金髪紅眼のチンピラ……最近飼いだしたって言う黒い体に赤い目のチビドラゴン…………確かに言われたとおりだ」


 ん? なんだこいつら。俺らのこと知ってんのか。


「あの……ダストさん? なんですか?『レッドアイズ』って」

「俺が知るかよ。お前がこういうことに首突っ込んでばっかだから悪評が広まったんじゃねーか?」


 むしろ俺が聞きたい方だっての。


「詐欺だろうがマッチポンプだろうが自分の目的のためなら手段を選ばない奴ららしいぜ」

「もしかして俺達のナンパを利用してまな板の子を口説くつもりなんじゃ……」



「完全にダストさんのせいの悪評じゃないですか!」

「それに毎回付き合ってるからゆんゆんも共犯にされてんだな」

「付き合ってません! 私は毎回止めようとしてるだけです!」


 止められてないけどな。……ま、ギルドで俺のこと気をつけろって新人冒険者とかに喚起するのなんて今更だし、爆裂娘にバニルの旦那といったこの街でもあれな連中とよく絡んでるこいつが注意を促される方になっててもおかしくはない。……というかゆんゆんも街中で上級魔法を結構な率で使ってるし普通に問題児だしな。


「じょ、冗談じゃねぇ! この紅魔族の子は魔法で人をボコボコにするのも厭わないって聞いた! 命がいくらあっても足りねぇよ!」

「あ、待て! 俺を置いてくな!」


 そう言って二人のナンパ男は一目散に逃げていく。


「待って! 私がボコボコにするのはダストさんだけですから! 他の人間の人ならちゃんと手加減しますから!」


 ……うん。やっぱりこのぼっち娘はいろいろおかしいわ。




「ってわけでお嬢さん無事か?…………あん? なんだよパンツ剥かれ盗賊じゃねーか」


 ナンパ撃退してお楽しみの助けた女の子とご対面してみれば。いつぞやのカズマにパンツ剥かれて泣いて帰ったまな板盗賊。名前は確か……クリスとか名乗ってたか。


「その呼び方はやめてくれないかな!? ラ…じゃなかった、ダストは相変わらずチンピラやってるんだね」


 ………………


「そうでもないぞ。最近の俺は大人しいってことでルナに心配されてるくらいだ」


 まぁ、捕まったらどっかの残念プリーストと留置所に会う羽目になりそうだし、捕まってる間はジハードに会えないから極力犯罪ごとは控えてるだけだが。


「こんなこと言ってますけど、ダストさんのチンピラっぷりは全然変わってないですよクリスさん。相変わらず口は悪いですし、他の人に迷惑かけることが少なくなっただけで私に迷惑かかることが増えてるだけです」


 否定はしない。


「……ゆんゆん? なんでキミはそんな人と一緒にいるの? キミはこの街でも数少ない常識人なんだから友達は選んだほうがいいよ」


 こいつが常識人になるとかこの街はもう駄目かもしれない。…………というか、このクリスも言うほどじゃない気がするんだがな。


「……っと、こうしちゃいられないんだった。早くカズマに会いに行かないと。それじゃまたね、ゆんゆん、ダスト」


 そう言って手を振りながら走ってカズマの屋敷の方へいなくなるクリス。忙しせわしないやつだな。


「えへへ……『またね』って言われちゃいました」

「……それくらい誰でも言うから喜ぶなよボッチー」


 喜び顔のゆんゆんと呆れ顔の俺を見てジハードは不思議そうに顔を傾げていた。


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