第9話 この健気な娘に友達を!

「てわけでルナ。その緊急クエスト受けるからよこせ」


 クエスト板に緊急クエストと手描きで書かれた紙を貼ろうとしていたルナに俺は手を出す。


「…………なにか悪いものでも食べましたか? ダストさん」

「どいつもこいつも俺を何だと思ってんだよ! いいから胸揉まれたくなければさっさと寄越せ」


 ゆんゆんといいルナといい。そんなに俺が金にならないクエスト受けるのがおかしいのかよ。

 …………自分でもおかしいと思うけど。


「誰も受けないようなクエストですから特に断る理由はないからいいんですが…………似合いませんよ?」

「大きなお世話だ。……一応、アクアのねーちゃんは俺の命の恩人だ。困ってんなら助けねーと俺のモットーに反するんだよ」


 ひよこをドラゴンだって言い張ってるのに思うところはあるが、あのひよこをアクアのねーちゃんが大事にしてるのには変わりない。

 ただでさえ俺はそういう話にだけは弱いってのに、それが命の恩人が大事にしてるペットだって言うなら助けるしかねーだろ。


「そのモットーかなりガバガバですよね。――はい、クエストの受注処理完了しました。冒険者『ダスト』さん、ご武運をお祈りいたします」


 ルナの社交辞令な応援の言葉を受けて、俺はギルドを出てアクアのねーちゃんの報告があった場所へと向かった。





――サイドA:ゆんゆん視点――



「ダストさん、本当にどうしたのかな?」


 アクアさんの緊急クエストを受けるだけでもおかしいのに、一人でいこうとするなんて。いつもなら私が行きたくないと言っても無理やり連れて行こうとするのに。


「……本当に悪いものでも食べたんじゃないかなぁ」


 目の前に広がる美味しそうな料理を前にしながら私はそんなことを呟く。

 そう疑ってしまうくらいには今日のダストさんは色々とおかしかった。


「…………一人で料理に手を付けるのもなんだかさみs……もとい申し訳ないんですよね」


 本当に珍しく、あのダストさんが奢ってくれると……一緒にご飯を食べようと言ってくれた。それなりに交友のある相手に奢ってもらいごはんを一緒に食べるというのは私にとってうれs……もといほんのちょっとだけ楽しみだった。…………いやいや、別に楽しみでもないけど。相手に不満がありまくるけど。


「……どうしたの? えーと……ゆんゆんだっけ? いきなり頭を振り回したりして」

「べ、別に自分が流石にちょろすぎるとか思ってなんかないですよ!?」


 いきなり声をかけられたことにびっくりした私は言わなくてもいいことを口走ってしまう。


「って、え? リーンさん? 私に話しかけてくれたんですか?」

「そ、そうだけど…………話しかけちゃまずかった? なんだか悩んでるみたいだったし」


 ……傍から見たら私って独り言喋って頭をブンブン振り回してたおかしな女だったんじゃないだろうか?…………リーンさんに話しかけてもらえてよかった。あのままだったら私はめぐみん並に頭のおかしい紅魔族として有名になっていたかもしれない。


「ありがとうございます……リーンさん。リーンさんのお陰で私は救われました」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない」


 ごめんなさい。恥ずかしすぎてちょっと混乱してます。


「……けど、あたしの名前覚えててくれたんだ。一度しか話したことないよね? それにしてもほとんど話してないのに」

「リーンさんのことならよくダストさんに話を聞いてますし………………わりと衝撃的だったので」


 ゆんゆんと友達になってくれ→え? やだよ、何言ってんの? のコンボは正直きつかったです。


「…………ごめん」

「い、いえ! いいんですよ! 私だってダストさんの紹介で友達になれって言われたら警戒しますし! それより、リーンさんもよく私の名前覚えてくれてましたね。すごく嬉しいです」

「ああ、まぁ最近のダストの話はゆんゆんのことばっかりだしね。……ゆんゆんが金貸してくれたらお前に金返せるだの、ゆんゆんは凶暴だの、ゆんゆんはぼっちだの…………ほんとそんな話ばっかだよ」


 今度ボコボコにしてもいいですかね。


「それよか、ゆんゆんってたくさん食べる系なの? なんか二人分くらい並んでるけど」

「あ、実は――」


 私はリーンさんに珍しくダストさんが奢ってくれると言って一緒に食べるところだったこと、そしてダストさんは食べる前に一人でアクアさんのクエストに行ったことを説明する。


「ふーん……てことは、もしかしてゆんゆん、ダストが帰ってくるの待ってるの?」

「えと……その…………まぁ、一応」

「健気だねぇ…………じゃあさ、ダストが帰ってくるまで少し話しない?」


 ダストさんが座るはずだったはずの場所にリーンさんが座ってそう言う。


「あ、はい。私なんかで良ければ」

「そ、よかった」


 そう言って可愛く微笑むリーンさん。


(可愛い人だなぁ…………でも私よりはやっぱり『大人』って感じがする…………)


 年はそう変わらないと聞いているけど、確かにこの人と比べたら私は『クソガキ』かもしれない。……って、あ。


「ん? どしたの? あ、もしかしてこれゆんゆんが食べる予定だった?」

「い、いえ、私の注文したのはこっち側なんで大丈夫です」

「そっか。なら良かった」


 …………ダストさんの食べる予定だった料理だけど、きっとそういうことが許される仲なんだろう。


「なにか聞きたいことでもあるの?」


 マジマジと見てしまっていたのかリーンさんがそう聞いてくる。


「あ、いえ…………そ、そうだ。どうしてダストさんはアクアさんのクエストを受けたのかなって」

「あー……まぁダストは一度アクアさんに助けられてるからね。ほんとに意外だけどダストってそういう恩は忘れないのよ」

「意外すぎて信じられないんですが…………」

「気持ちは分かる。でも実際あれで自分が受けた恩は返そうとする奴ではあるのよ。金貸してたらちょっとだけ優しくなるし。…………ほんとちょっとだけだけど」


 話を進めながらもリーンさんはダストさんの頼んだ料理をどんどん平らげていく。…………いいのかなぁ。


「……ほんと、ゆんゆんって優しい子だね。あんなダメ男待ってるなんて。食べててもいいんだよ? あいつって口では文句言っても実際は気にしてないし」

「あ、いえ……その……」


 言い返そうにも言葉がでない。いや、出なくて正解か。もしも言葉が出てもそれはきっと言い訳にしかならなかっただろうから。





「…………うん。この子ならあのバカの言葉関係なく、なってもいいかな」


 何かに納得したのだろうか。柔らかい笑みを浮かべたリーンさんが一つ頷き続ける。



「ねぇ、ゆんゆん。あたしと友達になろっか」



「はい。……………………はい!?」

「? どったのゆんゆん。そんなに驚いて」

「だ、だだ…だって! と、友達って……!?」

「うん。友達になろうって言ったんだけど。…………とりあえず深呼吸でもして落ち着きなよ」


 え? 本当に? 私の聞き間違いじゃないの?

 そんなことを考えながら、すぅはぁと何度も深呼吸してから私は口を開く。


「なんで私なんかと……」

「なんでって…………じっくり話してみたらゆんゆんがいい子だったからだけど」

「いい子だなんてそんな…………私なんて里では変わり者扱いでしたし…………良くて普通だと思うんですけど」


 めぐみんとかと比べれば確かにいい子な自信はあるけど……それはあくまで相対的でしかないと思う。


「んー……本当に聞いてた通りの子だなぁ。……ん、やっぱりあたしは友達になりたいな。ゆんゆんが嫌だって言うなら諦めるけどさ」

「そ、そんなわけありません! 私もリーンさんとと、友達になりたいです!」

「そっか……なら良かった。それじゃ、今からあたしとゆんゆんは友達ってことで」


 こくこくとリーンさんの言葉に私は強く頷く。

 …………これ夢じゃないですよね?





「それじゃ、あたしはそろそろ帰ろっかな。もう少しゆんゆんと話したい気もするけど……それはいつでもできるしね」


 ごちそうさまと綺麗にダストさんが頼んだ料理を平らげたリーンさんはそう言って席を立つ。


「あ、はい。リーンさん、話し相手になってもらってありがとうございました」

「ううん、こっちこそ。…………今度は一緒にご飯食べようね」


 そう言って手を振りギルドを出ていくリーンさんを私も手を振って見送る。


「『今度は』……か。えへへ…………」


 その言葉の意味に頭を溶かされた私は自分でも顔が緩みきってるのが分かった。






――サイドB――


「……あれだな」


 くすんだ金髪を持つチンピラ――周りからはダストと呼ばれている青年――は得物の長剣に手をかけて呟く。

 クエストの目標、自称女神が大事にしているひよこを盗んだ集団が、ジャイアントトードを引き連れて街道から外れた場所をゆっくりと移動していた。


(相変わらずバニルの旦那の占いは正確だな。……んじゃ、行くか)


 頭のなかで手順を確認しながら目標へと迫る。手順と言っても策と呼べるものは何もない。今のダストに遠距離攻撃手段はないし、気配を消す手段もない。夜に紛れて奇襲する……突撃するだけだ。


「まずは一匹」


 集団の1番外側を跳ねて歩くジャイアントトードの後ろ足の筋を切る。その動きが止まったのを確認した瞬間に次の目標へとダストは動いていた。


「て、敵襲だ!」


 ダストの存在に気づいた男が叫び、その動きを止めようと武器を構えながらその前へと出る。


「準備も終わってないのに前に出てくんじゃねーよアホ」


 ダストは男の存在に足を止めることなく、勢いそのままに男の顔を殴って横を駆け抜ける。


「2匹目」


 駆け抜けた先、目標である2匹目のジャイアントトードを1匹目と同じように無力化したダストは少しだけ状況を確認する。


(まだ、俺の存在に混乱してるな。今のうちにカエルを全部やっとかねぇと)


 駆け出し冒険者のカモとして知らられるジャイアントトードだが、それは対策さえしていれば危険がほぼないからだ。ジャイアントトードは基本的に鎧など堅いものを着込んでいれば飲み込もうとしない。だから駆け出しであってもジャイアントトード相手なら一方的に攻撃することが出来る。

 ダストも軽鎧ではあるが着ているため、本来であればジャイアントトードに飲み込まれることはほぼないが、今回のジャイアントトードは変な魔道具で操られているということだった。したがって鎧を着込んでいても飲み込まれる可能性は十分以上にあり、複数のジャイアントトードに囲まれた時の厄介さは前にゆんゆんが証明している。


「てめぇ! 俺らが天下に轟く『八咫烏』だって――」

「――知らねーよ。そんな名前」


 『八咫烏』だと名乗った男をさっきと同じように殴り飛ばしたダストは、またジャイアントトードを無力化するために動き出した。







「良くもやってくれたな…………ジャイアントトードをやったことといい俺らを殴ったことといい……高く付くぞ」


 八咫烏の男。この集団のリーダーは後ろにメンバーを並べてダストに相対する。そのメンバーの半数くらいはダストに殴られた跡か、顔が腫れたり青くなってるのが月明かりの中でも見えた。


「別にジャイアントトードは殺してねーぞ。生きてるから治療したらまた戦えるだろうよ」

「治療? なんでそんな面倒なことをするんだ。この魔道具があればカエルどもはいくらでも言うことを聞かせられる。手間だが治療するよりも安く済むし簡単だ」


 石のようにも見える怪しげな光を放つ魔道具をダストに見せつけながら、八咫烏のリーダーは侮蔑の笑みを浮かべて言う。


「あー…………やっぱ殺さないで正解だったのか」

「? 何を言っている。俺の話を聞いていなかったのか? 俺たちの報復を恐れて殺さなかったんだろうが、そんなことよりも殴ったことを後悔するんだな」

「てめーらみたいな奴らに操られて死ぬなんて可哀想すぎるからな。本当殺さなくてよかったぜ」


 これが魔獣使いの操る魔獣であれば、ダストは必要なら殺したかもしれない。けれど、今回の相手は魔獣使いではなく、魔道具でジャイアントトードを操っているという話だった。それを聞いた時から、ダストはジャイアントトードを殺さないと決めていた。……この集団が恐らくは自分が最も嫌う手合だと想像していたから。


「いいこと教えてやるよ。俺はお前らみたいな自分のために戦ってくれるやつを道具扱いする奴らが貴族と同じくらい嫌いなんだよ」

「ちっ……正義の味方気取りか。お前ら相手は一人だ! やっちまえ! 警備屋の本領を見せてやるぞ!」

「正義の味方ねぇ…………俺には似合わねーことこの上ないな」


 自嘲気味に笑って、ダストは迫りくる八咫烏の男たちに長剣で応じた。




 一閃。ダストの剣撃に腹を切られて八咫烏の男が一人倒れる。致命傷ではないが、治療をするまではまともに動けないだろう。

 だが、それと同時にダストの身体のあちこちに無数の刃物傷ができる。


(……やっぱり、意地はらねーでゆんゆんでも連れてくるんだったか)


 そうすればどっかのまな板がうるさいだろうと思いながらも、ダストはそう考える。命には代えられないと。


 すでに八咫烏の半数はダストの手によって倒されている。けれどダストの身体にも数え切れないほどの矢傷や切り傷が出来ている。致命傷となる傷は一つもないが、致命傷でないだけで放置すれば危ないような傷は多々見られた。


(ちくしょう……目が霞んできやがる……)


 痛みと血を流した影響か。ダストの視界が光に関係なく点滅する。それでも、迫ってくる敵の剣から目をそらすことはなく、返しの刃でまた八咫烏の男を倒した。


(……よえーな、俺)


 一人で十数人を相手にして戦う。それが出来るだけでも十分強いという意見はあるかもしれない。実際、八咫烏の男たちは目の前の金髪の男のしぶとさに怖さを覚えてきている。

 けれど、それくらいは出来て当然なのだ。このダストという青年はレベルだけはこのベルゼルグの国でも上から数えたほうが早いほど高い。高くてもレベルが20~30ほどの八咫烏の男たちなら十数人相手にできるくらいのステータスは当然ある。


(避けるだけなら幾らでもできるんだ……でも、攻撃すればやっぱダメだ)


 それだけのステータスがあるのにこうして死にかけているのは、ダストという剣士がレベルに比べれば弱すぎるからだ。剣士としての技量を見るならそれこそ八咫烏の面々と同じくらいだろう。ゆえに、数の差で少しずつだが傷を増やしていく。


(……下手に槍なんか使うんじゃなかったな)


 思い出すのは世界最大のダンジョンに挑んだときのことや、駆け出しの槍使いに槍を教えてやったときのことだ。あの時の感覚に引っ張られて長剣での戦いの感覚がズレてしまっている。


「こ、こいつ何を笑ってやがるんだ……」


 ダストの様子に八咫烏のリーダーは気味悪がって距離を離す。


「? 俺は笑ってんのか?」


 ダストにはそんな自分の様子はわからない。傷の痛みと血を多く失った影響は体の感覚を鈍らせている。


「くくっ……そっか、俺は笑ってんのか」


 今度は自覚してダストは笑う。ダストが後悔だと思っていた考えは全く逆の感情だったらしい。それを気づいたダストは危機的な状況にも関わらずなんだか楽しくなってしまった。


「こ、こいつマジで頭おかしいんじゃないか。……おい! お前ら引くぞ! 倒れてる奴ら回収して馬車に乗れ!」


 ダストのしぶとさといきなり笑いだした不気味さに相手していられないと思ったのか。八咫烏のリーダーは部下にそう命じて撤退に移る。


「待て、お前ら……その前にひよこを……っ」


 逃げる相手を追おうと足を前に踏み出すが、ダストの足はその体重を支えることが出来ずに倒れる。

 血が抜けすぎて力の入らない身体をやっとのことで立ち上げたときには八咫烏の姿はどこにもなかった。



「くそっ……クエスト失敗かよ。情けねぇ……」


 大きな岩にその身体を預けながらダストは毒づく。


「アクアのねーちゃんになんて言えばいいんだ……」


 自分の大切にしてるものを奪われそうになる苦しみをダストは強く知っている。それが完全に奪われてしまった苦しみになる所をダストは見たくなかった。


「ポーション飲んで回復したら追わねーと……って、あ…れ……?」


 カランと音を立てて地面に回復ポーションの入った瓶が落ちる。ダストはそれを拾おうと腕に力を入れるが、手のひらを向けて地面に落ちたまま動かない。


「…………やっぱ、意地なんてはらなきゃよかったなぁ」


 腕が動かず回復ポーションが飲めない。その事実にダストの意志は折れてしまった。ここでなんとしてでも生きてやると強い意志を持っていたのならおそらくダストの腕は動いた。けれど、もともとダストというチンピラはそういった意思が弱い。適当に生き、自由に生きるだけの存在だ。死に対してもそれは同様で死んでしまうならそれでもいい、むしろ――




「――あなたに女神アクアの祝福を『ヒール』」


 薄れ行く意識の中で、ダストは自分に回復魔法が掛けられていることに気付く。誰だと閉じてしまっていた瞼に力を入れて目を開く。そこには、


「…………なんだよ、留置所のなんちゃってプリーストじゃねーかよ」

「流石にここでその反応はお姉さん傷ついちゃうんですけど。留置所の金髪のお兄さん?」


 留置所でよく会うダストの顔なじみの姿があった。


「それより、どう? お姉さんの『ヒール』は? 結構効いたでしょ?」

「おう……割りとびっくりしてる。お前本当にプリーストだったんだな」


 細かい傷が多かったからか。なんちゃってプリーストの『ヒール』によってダストの傷はほとんど治っている。失った血こそ回復していないが、体に力は入るし危ない状況は一気に脱していた。


「今まで信じてくれてなかった事実にお姉さんびっくりなんですけど」

「むしろ留置所の常連になってる自分の行動鑑みて信じられてると思ってるお前に俺がびっくりだよ」


 ダストがこの残念プリーストに会うのは留置所の中でばかりだ。そんな状況で信じろと言われる方が難しい。……アクシズ教徒ということも知ってるので、ありえるかもしれないと思ってもいたが。


「ま、いいや……助けてくれてありがとよ。礼はまた今度留置所の中で会ったらするぜ」


 回復ポーションを口にしながらダストは力を入れて立ち上がる。全快とは言えないが、八咫烏を追ってひよこを取り戻さないといけない。


「礼はこちらがするほうよ、金髪のお兄さん。……アクア様の大事にしているひy……ドラゴンを助けられたのはあなたの助力のおかげです。この場では教団を代表して感謝を。近日中には最高司祭ゼスタ様からの感謝状と御礼の品が届くでしょう」


 なんちゃってプリーストはいつものふざけた様子を潜めて、アクシズ教団アクセル支部の支部長として恥ずかしくない作法で感謝の念を伝える。

 下げたその頭の上にはこの場では誰よりも大きな魔力と態度をしたひよこ……キングスフォード・ゼルトマン、通称ゼル帝の姿があった。


「…………やっぱお前らもアクアのねーちゃんの正体に気づいてんのか」


 ゼル帝が助けられている事実に安堵の息をつきながらダスト。


「さぁ? 何の話かお姉さんには分からないわね。……でも、気づいてるのはお姉さんや金髪のお兄さんだけじゃないでしょ?」

「…………そうだな」


 自称女神の正体についてはダストだけでなく勘のいい冒険者であれば大体気づいている。それだけあの自称女神のアークプリーストはアクセルという街に馴染んでいた。


「ま……感謝状とかそういう堅苦しいものはいらねーよ。……俺も受けた恩を返してるだけだしよ」


 この程度のことですべての恩が返せたとダストは思っていない。だから、これからもあの自称女神が困っていれば力を貸すだろう。

 恩は忘れず、仲間は大切にする。それがどうしようもないチンピラでクズを自認するダストの譲れないものだから。


「お姉さんも金髪のお兄さんがまともなこと言っててびっくりなんですけど。お兄さん変なものでも食べちゃったの?」

「そのネタはもーいい」


 普段の自分の行動を考えればそう思うのも当然だとはダスト自身も分かってはいるが。だからといって会う人全員に同じ反応されれば辟易もしたくなる。


「……ま、とにかくだ。感謝ってんなら傷を治してもらっただけで十分すぎんだよ」


 むしろ、借りを作ってしまったとダストは思っていた。形はどうあれ、このプリーストにも命を救われた。その恩はどこかで返さないといけないと。


「いいえ、アクア様のために命をかけたあなたの功績はこの程度で済まされるものではありません。名誉アクシズ教徒になってもおかしくない……それほどの貢献です」

「頼みますからそんな恐ろしいものに俺をしないでください」


 思わず敬語になってしまうダスト。


「…………では、私が出来ることを一ついえ……いくらでも聞くというのはどうでしょう? お姉さん、わりとお兄さんのこと気に入ってるから、体を捧げろという命令とかでも大丈夫よ?」

「悪いが14歳以下のクソガキとアクシズ教徒は守備範囲外なんだ」

「おかしい……金髪のお兄さんからちっとも照れ隠しの気配を感じないんですけど」


 照れ隠しなんてしてないから当然だとダストは思うが、それを言ったら面倒なことになるだけなので話題を変えることにする。


「あ、そうだ。なんでもいう事聞くんだったらお願いがあるんだけどいいか?」

「なになに? お姉さんアクセル支部の支部長になってから結構自由に使えるお金あるからどんな願いでも叶えられるわよ?」


 それは本当に自由に使って良いお金なんだろうか。そんな疑問がダストの頭のなかに浮かぶが、スルーしてお願いを口にする。


「ゆんゆんってぼっちの冒険者知ってるか? そいつのダチになってやってくれねーか? 悪いやつじゃねーのは保証するからよ」

「? ゆんゆんさんってあの紅魔族でぼっちのゆんゆんさん? もうお姉さんあの子と友達なんですけど」

「…………アクシズ教徒ともダチとかあいつの交友関係どうなってんだ」


 ゆんゆんの友達を思い浮かべてダストは少し苦い顔をする。……根っからの悪人はいないがどいつもこいつも色物ばかりとか本当にどうなってるのか。


「まぁ、友達だって言うなら話は早いか。……あいつに自分たちがダチだってこと確認したことあるか?」

「? え? 友達って確認するようなものなのかしら? お姉さん疑問なんだけど」

「普通はそうなんだろうけどなぁ……あいつにとっちゃそういうもんらしい」


 ダストから見ればゆんゆんはそれなりに友達がいる。けれどゆんゆんからみればゆんゆんに友達はほとんどいない。


「ってわけだ。今度あったときにでも『おねえさんたち友達だよね』とでも言ってやってくれ」

「それはもちろん大丈夫なんだけど…………やっぱり金髪のお兄さんおかしいわよ? もっと『ヒール』かけてあげようか?」

「おう、なんでも言う事聞くって言ったよな? お前ちょっと服脱げ。ウィズさんの店で外れない首輪買ってきて街中を散歩してやる」

「ちょっ……流石のお姉さんもそんな上級者プレイは無理よ? ゼスタ様なら喜んでやるかもしれないけど、私はまだその域には……!」


 街へ向かって逃げるプリーストを追いかけてダストもまた走っていく。馬鹿騒ぎが出来るくらいにはダストの体には力が戻ってきていた。




――ゆんゆん視点――




「なーにをふやけた顔してやがんだぼっち娘。こっちはわりと疲れてんのに」


 頭に何か温かいものが載ったと思ったら聞き慣れてしまった声がかけられる。


「あ、ダストさんお疲れ様です。クエスト大丈夫だったんですか?」

「おうよ。お前の頭の上にいる奴がその証拠だ」


 頭の上からはぴよぴよという鳴き声からは卒業しつつあるひよこの声。……うん。アクアさんの大事にしてるひよこのゼル帝だ。


「てわけで、ゆんゆん、俺は疲れたから飯食って…………って、俺の飯がねぇんだが…………」

「わ、私は別に食べてないですよ?」

「あー誰も疑ってねぇよ。ゆんゆんがそういうことできる奴じゃねぇのは知ってるし…………ん、ちゃんとリーンのやつ来たみたいだな」

「? ちゃんと?」


 まるでリーンさんがくることが予定通りのようなダストさんの言葉に私は首を傾げる。


「まぁ、リーンのことは置いといて…………ゆんゆん、お前に頼みがあるんだが、いいか?」

「……ダストさんの頼みとか言われると身構えるんですけど、一応聞くだけはします」

「別に悪いことじゃねぇよ。俺は疲れたしアクアのねーちゃん相手する元気はねぇからよ。そのひよこをアクアのねーちゃんに返してやってくれ。そろそろアクアのねーちゃんがカズマの説得を失敗して泣きながら来る頃だろうから」

「それくらいならまぁいいですけど……」


 ダストさんの頼みの中じゃまともなほうだし、奢ってもらってる手前それくらいならいいと思う。


「ああ、後、そのひよこを取り戻したのはゆんゆんってことにしとけ」

「……え?」

「アクアのねーちゃんはそのひよこ溺愛してるらしいからな。そのひよこを助けたって言えば友達にくらいなってくれるんじゃないか?」

「え? え?」

「ほら、アクアのねーちゃんが案の定涙目で来たぞ。…………大丈夫だ、あのねーちゃんは俺と似たようなチンピラだが根は素直で単純だ。……きっかけさえあればお前ならすぐ仲良くなれる。……ちゃんと友達になりましょうって言うんだぞ?」


 ほら、とダストさんは私の背中を押してアクアさんの前に立たせる。アクアさんは私の頭の上にいるひよこに気づいて――




――ダスト視点――



「ったく、リーンのやつ。人の飯全部食いやがって」


 遠慮なしにも程が有るだろう。


「まぁ、今回は許してやるか」


 俺は手元にあるリーンの置き手紙を見る。


『ゆんゆんと友だちになった。貸し一つだからね』


 俺の視線の先ではアクアのねーちゃんに抱きつかれて困ったような嬉しそうな顔をしてるゆんゆん。


「一日でダチを二人……いや三人も作るとかぼっちのくせに生意気だな」


 俺は冷めたゆんゆんの飯を下げてもらい、新しく3人分の飯を――




「ねぇねぇ、金髪のお兄さん。私の分のご飯も注文してほしんですけど」

「…………お前の分は奢らねーぞ。むしろアクアのねーちゃんの分もお前が払えよ」



 ――もとい、いつの間にか隣にいたプリースト含めて4人分の飯を注文するのだった。

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