第32話 リア充襲撃計画

「ねえちょっと。そこの中学生」

 うあ。やだな。もしかしなくてもあたしのことだよね。

 威嚇以外の意図が全く感じられない声。

 タイミング悪いなあ。中等部の部活が早く終わって、哉太待ってる時に。こんなことならわざわざ外に出ないで、部室で待ってればよかったかも。

 菜摘と加奈は気を利かせたつもりなのか、さっさと帰っちゃうし。てか、一体何に気を遣ってんのよ彼女たちは。

「シカトしてんじゃねえよ。聞こえてんだろオイ」

 女の子の声なんだけど。まだ今のところ、特に荒げてないんだけど。

 バカっぽく声を荒げてくれたほうがまだ恐くなかったかも。声の方へ顔を向ける勇気も出ないよ。やだもう、あたしの足震えてるし。

「さすがにかわいそうだよ。足震えてんじゃんこの娘」

 少し優しそうな声。あたし何もしてないよね。でもひたすら謝ろう。そして背を向けて走って逃げるんだ。

「恐がらせたのは悪かったよ。でも取って食おうってんじゃないんだから」

 げっ。背中側からもう一人きたああ。

【問題が発生したようだね】

 アルガー、じゃなくてお兄ちゃん。

 あ、でもでも大丈夫。肌ちりちりしないから普通の人たちだし。

 佳織が集めた不良さんたちの犯行予定は週末だから、この人たちとは多分無関係だと思うし。

【そうか。それなら——】

 ん。あれ?

【……——————……】

 おーい。途切れた?

 ま、いいや。携帯を使わずに会話できたってことは、どんなに遠くても学校から一キロ位の場所にいるはずだ。

「あのさあ。先輩が話しかけてんだから。返事くらいしようよ。あんた口あるんでしょ」

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

 弾かれたように顔を上げたら——。

 あれ。想像してたのと違う。普通にかわいい先輩たち。

 あ、正面の二人のうち片方の人知ってる。

 あたしより長いツインテール、あたしより短いスカート。

 高等部一年四組の自己紹介の時に見た。……名前覚えてないけど。

「あんた名前は」

「御簾又潤美、中等部一年四組です」

 ほっ。ツインテさん、優しそうな声のほうだった。

 そのツインテさん、少し目を眇めて睨み付けてきた。

 ごめんなさい、やっぱり恐いです。

「ああ、わりぃ。たしか同じクラスにあんたと同じ名前の奴がいたな、って。そいつ男だし、ずっと休んでるけど」

「……それ、兄です。先輩、一年四組の方ですよね?」

「あぁ、あんたあいつの妹かぁ。……え? 兄妹で同じ名前?」

 まあそうなるよね、うん。

「両親が再婚で、あたし連れ子なんです」

「なんだ。あんたも苦労してんじゃん。見た目めっちゃかわいいから苦労知らずのお姫様かと思ってたよ」

 どんな理屈ですか、それ。

名塩なしお詩奈しな。あーしの名前だよ。実はうちら、あんたに伝えたいことがあってさ。この写真を手掛かりに探してたんだ」

 こちらへ向けられたスマホの画面。それを覗きこみ——

「にゃっ!?」

 ——赤面した。

 よりにもよって、哉太と腕を絡めているあたしの画像だなんて。こんなのいつの間に。

「はっ、かわいいね。でもあんたの境遇聞いた後だから、いくら見せつけられてもムカついたりはしねえよ。好きなだけバカップルしてな」

 他の二人の先輩たちも頷いてる。これ、あたしからくっついて行っただけで相手にされてないんだけどね。でもなんか、否定しても聞いてもらえなさそう。黙っていよう。

「あの、その写真いつの間に……」

「あーしの元カレが写メ送ってきたんだ。別れたくせにメール送りつけるとか頭おかしいんじゃね? 速攻で着拒したけどさ。メールのタイトルがやべえのさ」

 言いながら名塩先輩はスマホを操作し、再び画面をこちらに向けた。

 一目見て、絶句。だって、そのタイトルは。

『リア充襲撃計画』


 しばらく固まっていると、靴音が聞こえてきた。

「き、きみたち。ち、中学生をいじめているのか」

「ああっ!?」

「ひいっ!」

 振り向くと、瓶底眼鏡の男子高校生。あ、この人も高等部一年四組にいたな。

「あーしとマスミンは友だちだしぃ。ふざけたこと言ってるともぎ取るぞコラ」

 名塩先輩が肩を組んできた。

 マスミンですか。まあいいけど。

 彼女が誤解されてしまうのはあたしとしても本意ではないので、こちらからも腰に手を回して微笑んで見せた。そのまま瓶底眼鏡先輩に目を向ける。

 あーあ、股間をおさえてるし。……気持ちはわかるけどね。そんな彼と目が合った。

「ぴゃっ!」

 え!?

 紫の人魂。ワームキャリアだ!

 げ、足速い。股間おさえたまま走って逃げちゃった。

「逃げんのはいいけどよ。ぴゃってなんだよぴゃって」

「……今の先輩は」

「ん、ああ。同じクラスだけどね。あーし、あいつの名前覚えてない」

 そっか。でも特定できた。


「こうして友だちになったことだし、警告しとく。でもその前に謝っとく」

 身体を離すと、名塩先輩は殊勝な態度で頭を下げて見せた。突然の謝罪に首を傾げてしまう。

「謝るって、何をです」

「着拒する前にさ、あーしのクソな元カレに聞いてみたんだ。てめえら、こんな胸糞悪いこと、今までにもしてきたのかって。そしたら」

「ごめん!」

 他の二人の先輩まで頭を下げてきて、あたしは目を瞬かせた。

「奴はこういうことすんのはこれが初めてらしい。でもあのクソの知り合いなんだが、そいつらは前に似たようなことをしたって。その知り合いってのがこいつらの元カレでな。あんたの兄貴への襲撃事件に関わってたらしいんだ」

 あー。この学校の不良って数が少なそうだし。必然的に佳織が、というか矢井田先輩と関わりそうな人脈なんて限られてくるよね。

「あんたが訴えるってんなら。その時に証言とか必要だってんなら」

 名塩先輩はあたしをまっすぐに見つめると、両肩に手を置いた。

「あーしら、全面的に協力するからな」

「ありがとうございます。あの事件は悔しいことだらけですから、親とも相談しますけれど。先輩がたにご迷惑がかかるようなことは——」

「迷惑とか考えるな。あーしら、もう友だちだかんな!」

 うは。名塩先輩、マジ男前。

「それで、名塩先輩」

「詩奈」

 その笑顔もイケメン顔。

「詩奈先輩。さっき言ってた、警告って何のことです?」

「今度の金曜日な。あんた、早退するか休むかしろ。さっきのメール本文にな、決行日が書いてあったんだ」

 お兄ちゃん。あたし嫌な奴かもしんないけど、どうしても思っちゃう。

 矢井田先輩、他のワームだけじゃなくて、不良仲間からも人望がない奴でよかったって。

「あーしのクソな元カレが、あんたら二人を襲うために何人に声かけてるのかわかったもんじゃねえ。下手に対抗とか対策とか考えるんじゃねえぞ」

「田中にも教えてやりたいんだけどな。別にあーし、クラスで浮くのが嫌ってわけじゃねえんだけどよ……」

 イケメンな先輩から乙女な先輩に雰囲気が変わっている。目を伏せ、頬を染めてもじもじと俯いてしまう。

「……詩奈先輩?」

「事件を起こすようなクソが元カレだったなんて、やっぱクラスの奴らに知られたくなくてな」

 なんですかそのギャップ。可愛すぎます詩奈先輩。

「わかりました。詩奈先輩から聞いたってことは伏せて伝えます」

「あ、でもよ。どっから聞いたとかって、情報源がわかんねえと、信用してもらえないよな。そん時ゃ遠慮無く、あーしから聞いたって言ってくれ」

「だいじょぶです。その時は帰り道をうんと遠回りしちゃいますから!」

「ああ、それでいい。じゃ、確かに伝えたからな」

 詩奈先輩は背を向けると、こちらを見ないまま片手を挙げて歩き去っていく。


 もうこちらに視線を向けてくることはなかったが、一応お辞儀してから見送っていると、聞き慣れた声がかけられた。

「お待たせ潤美」

「哉太兄」

 一度校門の方を見てから、あたしを見下ろす。

「どうした。名塩になにか因縁でもつけられたか」

「哉太兄ってば、詩奈先輩のことそんな目で見てたんだ。あんなに可愛いのに」

「可愛い?」

 声が裏返ってるし。それ、さすがに失礼でしょ、クラスメイトに対して。

 まあ、うん。あたしだって最初は足、震えてたんだけどね。

「……ってか、いつの間に知り合ったんだ」

「ついさっき声かけられて。そしたら何か、話が弾んじゃってね」

「へえ。ちなみに、何話したんだ」

「哉太兄のえっち」

「は?」

 哉太ったら三つも違うのに、中学生男子と同じ反応してる。……かわいい。

「なんてね。ファッションとかお菓子の話だよ」

「なるほど」


【潤美!】

 お兄ちゃん?

【よかった、一キロ以内にいるはずなのに声が聞こえなくなって心配した】

 ほんとに一キロ以内にいた? 道はまっすぐじゃないのよ。あとで朝北学園周辺の地図、調べた方がよくないかな。

【……そうしよう】

 やだな。アルガーってば、倍巳の身体を使うようになってからドジ属性に目覚めたとか言わないでよ。


「名塩って普通の女子だったのか。偏見を改めないとな」

「その通りだよ」

 並んで帰り道を歩き出しながら、あたしは提案した。

「それでさ。詩奈先輩においしい洋菓子店のことを聞いたんだけど」

「おう」

「金曜日の返り、寄り道につきあってくれない?」

「もちろん」

「ありがと」

 微笑みながら哉太の腕を掴んだ。

 初めてやったときよりもどきどきしてる。

 なんでかな。

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