第3話 桃の節句の庭で

一也はそう言いながら、さっとそこで家人に目配せをしたようだった。そして、その先、目立たない先にある、桃の林を指差した。あちこちに美しいのの華がさりげなく配置され、良く手入れされていて、まるで屏風のようにきらびやかな庭だった。


あそこで一休みしましょう。。。


まるでトンネルのような桃の樹々を抜けると、その下には、赤い毛氈を敷いた席が設置されていた。寒くないように、2ヶ所に大きな火鉢があり、そのまわりが薄い白い布が幾重にも重なって囲まれた部屋のようだった。大きな白い布は、チュールにしては柔らかく、オーガンジーと上質なコットンとが2枚重なっているのかもしれない。見ていて飽きないように何故か静かなドレープは不思議な方向に旗めいた。目に見えない風が地面の方から天井に吹いて揺らしているのか知れない。近くに来て眺めると、地中に何か風の吹く仕掛けが施してあるようだった。


ちょっとした秘密基地みたいだろう?一矢は心なしか、もっと憂に近づいたように思えた。何故だか知らないけど、一矢の呼吸が、まるで白く旗めく薄い布のように思え、まるで催眠術にかけられたように憂は急激にぼんやりとした。素直に、綺麗。。。と思わずつぶやいた。


今日は所々に、こうやって、おもしろい趣向を凝らしているんです。。。


一矢はそう言った。


せっかくの桃の節句だから。。。。是非憂様も、心ゆくまで楽しんでいって下さい。。。



そう言ってから一矢は、憂ちゃんと呼ぶんだったね。。。と独り言のように言った。


まだ慣れないね。。。。高崎と話す時見たいに、敬語じゃなくていい。。。?


家人がさっと、赤いお盆に白い甘酒を持って来た。美しい金銀の貝細工に漆塗り。。。高台に小さな菱餅、ひなあられ、和三盆の紅白の干菓子だろうか、薄い白い紙に包まれたお菓子をひょいとつまみ上げると、一矢は透かすようにそのお菓子を憂に見せて、てのひらをだしてごらん、と憂をそこに座らせて杖を置いた後で、そっと何もしたことがないような真っ白で柔らかい憂の右手を開いた。


憂は、あまりに一矢が自分に気のあるような素振りをするので、どうしていいのかわからず、黙ったまま、一矢に従った。


一矢は、憂の手のひらの上で、その薄紙に包まれた丸い干菓子をそっとゆっくり開く。


憂は、くすぐったい、と思うのと、誰もいない場所にいる自分が、急に不安になり、大きく目を見開いて、思わず一矢を見た。


一矢はその憂の顔を見て、耳元で、そんな瞳で見つめるのは危ないんだよ、今日はお兄さんがいないんだから。。。


そう言った。

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