第二十一章 アルカナ・メディアナ

 道明寺かすみに頼まれて警視庁を訪れた天翔学園高等部の教師である新堂みずほは、公安部の森石章太郎と対面していた。みずほは自分が知っている事を包み隠さず森石に語り、現在かすみが危機的状況にある事を伝えた。森石は腕組みをしてしばらく考えていたが、

「わかりました。現在私達も天翔学園を別件で内偵中なのです。道明寺には借りがありますので、力になりましょう」

 みずほは森石が怖い顔で黙り込んだので断わられると思っていた。そのため彼が承諾してくれると、大袈裟とも思えるくらい喜んだ。

「良かったです、道明寺さんは私の命の恩人なんです」

 みずほが涙ぐんで微笑んだので、森石もつい、

(可愛いな、この人)

 勤務中とは思えない事を考えてしまった。実際みずほは美人であるが、それ以上に森石が若い女性に弱いのも作用しているのかも知れない。

「あいつは自分の命の恩人でもあるのですよ」

 森石は微笑み返して言った。みずほは目を見開いて、

「そうなんですか? 偶然ですね」

 この人、天然か? 森石は苦笑いして思った。

(道明寺に俺を頼れと言われたはずなのに、偶然て……可愛いけど残念な人かも知れない)

 結構失礼な事を想像する森石である。

「でも、学園には怖い人が何人かいるみたいですよ。その中でも教頭の平松は凄い力を持っているみたいです」

 みずほは不安そうに森石の顔を見る。森石は以前、発火能力パイロキネシスの使い手である坂出充が正体不明の異能者であるロイドとの戦いで起こした火災の件で高等部を訪れている。そして、坂出のアリバイを証明したのが平松だったのを思い出した。

(奴が? あの時は全くそんな力を感じなかったが……)

 彼のその時の目的は坂出ではなかった。政財界に太いパイプを持ち、裏社会ともつながっていると噂がある理事長の天馬翔子に会いたかったのだ。別に彼女が美人だからではない。いくら森石が若い女性が好きでも、翔子に惚れる事はあり得ない。

(何の証拠もないが、あの女こそ、俺を殺そうとした黒幕に違いないんだ)

 しばらく前、天翔学園の裏の顔を探ろうとして聞き込みをしていた森石を何者かが襲撃した。持ち前の運動能力で衝撃者を撃退した森石だったが、襲撃者を追いかけていた時、全く殺気を感じなかった方向からいきなりテニスラケットを持った高校生男子に殴りかかられたのだ。不意を突かれ、頭を強く殴られた森石はその男子高校生に滅多打ちにされそうになったが、かすみが現れて男子高校生を回し蹴りで倒してくれたのだ。

(道明寺の回し蹴りは鮮やかだった)

 回想しながら、かすみのムチムチな太腿ふとももにニヤけた。そしてその時見えたかすみのスカートの中……。

「あの……?」

 森石が黙り込んだ上、ニヤつき始めたので、みずほは怖くなって声をかけた。

「あ、はい、すみません!」

 森石は垂れかけたよだれを拭い、みずほを見た。みずほに自分のいけない妄想を気づかれたのではないかと心配した森石であったが、

「貴女は我が公安部で保護します。事態が落ち着くまでこのままこちらにいてください」

 真顔になって告げる。みずほは森石の真剣な表情にドキッとしてしまい、頬を赤らめた。

「はい。よろしくお願いします」

 彼女はソファから立ち上がって深々と頭を下げた。そして顔を上げると、

「でも私、着替えも何も持って来ていないんですけど?」

 潤んだ目でとぼけた事を言われ、森石は項垂れそうになった。

「お宅の鍵を貸していただければ、誰かに取りに行かせますよ」

 何とか堪えて言い添えた。みずほはまた目を見開き、

「ええ!? そんな、申し訳ないですよ。私が取りに行きますよ」

 また森石は項垂れかける。

(この人、状況がわかっているのか、本当に?)

 森石はみずほが出歩くのは危険だという事を説明し、ようやく理解してもらえた。

(道明寺、もっとまともな人を寄越してくれ……)

 かすみに当たりたくなってしまう森石であった。


 その頃、手塚治子との戦いを終えたかすみは、坂出に協力してもらって、気絶した治子を保健室に運んでもらった。治子がいつ意識を回復して反撃して来るかわからないので、彼女の両手と両足を近くの教室から拝借した布きれで縛り、坂出がお姫様抱っこをしている。治子を実質的に倒した功労者である片橋留美子はかすみと坂出の後をションボリしてついて来ている。治子の言動に激怒し、彼女に攻撃をした留美子だったが、かすみに諭されて怒りを収め、今では治子の身を心配しているほどだ。だが、かすみにも恩を感じているので、もう敵対するつもりはないらしい。かすみと坂出はそれ以上に平松教頭の出現を警戒していたが、彼は保健室に到着するまで姿を見せる事はなかった。

「中里先生、大丈夫ですか?」

 保健の教諭である中里満智子が治子の力で動かされている生徒会副会長の安倍秀歩に服を脱がされている事を感知していたかすみは、坂出を廊下で待機させ、留美子と二人で中に入った。

「おう、道明寺。あんたのお陰か、この変態ヤロウが動かなくなったのは?」

 かすみの心配は必要なかった。治子が気を失ったせいで、彼女に操られていた安倍も気を失い、身体の自由を取り戻した中里に拘束されていたのだ。

「良かった、無事で」

 かすみは留美子と顔を見合わせて微笑んだ。中里が留美子に気づき、

「何だ、片橋、まだいたのか? 早く医者に行けよ」

「は、はい……」

 留美子はバツが悪そうに俯いて頷いた。かすみはそのやり取りをキョトンとして見ていた。

 続けて坂出が治子を運び込んで来たので、勘のいい中里がニヤリとした。

「なるほど、やっぱり手塚が噛んでいたのか」

 かすみはハッとして中里を見上げ、

「生徒会長が関係していたのをご存知なんですか?」

 中里はフッと笑ってチラッと留美子を見ると、

「片橋の血の臭いが手塚の上履きからしていたのさ。だから関係者だって思った」

 かすみはまた留美子と顔を見合わせた。

(中里先生って、能力者なの?)

 そんな風に思ってしまう。

「職業柄、血の臭いには敏感なのさ」

 中里は嬉しそうに言った。それを聞いて、坂出だけが顔を引きつらせた。

(やっぱりこの先生は怖い人だったな)

 坂出もまた、中里を能力者と疑っていたのだ。

「先生は生徒会長と副会長を連れて学園から逃げてください。いよいよ大きな戦いが始まる予感がします」

 かすみが真剣な表情で告げる。中里は右の眉を吊り上げて、

「どういう事だ?」

 かすみはこれまでの経緯とみずほを警視庁に行かせた事を話した。中里は腕組みをして、

「平松がねえ……。怪しさ満点で、返って関係ない気もするんだが……」

 どこまでも鋭い中里である。


 平松の拘束を解いて服を着させて隠し部屋から出て来た翔子は、治子の力が感じられないのに気づいた。

(やはり負けたか、治子。愚か者め)

 すでに翔子にとって治子は何の役にも立たない存在になっていた。その時、彼女の上着のポケットで携帯が振動した。

「はい」

 翔子は微笑んで通話を始めた。

「道明寺かすみは貴方の想像以上の商品です、メディアナさん。ええ、必ず満足していただけますわ」

 翔子はそう言いながら、右の口角を吊り上げた。電話の相手は国際テロリストのアルカナ・メディアナであった。

「では、今夜改めて」

 彼女は携帯を切り、ポケットにしまった。

「平松」

 翔子は平松を見た。平松がビクッとして身を縮める。

「な、何でしょうか、理事長?」

 翔子は平松を見てニヤリとし、

「警視庁の森石章太郎を始末しろ。それが私と対等な立場になれる唯一の方法だ」

「し、始末ですか?」

 平松は目を見開いた。すると翔子の目が怪しく光る。その瞬間、平松の顔に狂気が宿った。

「畏まりました、翔子様」

 彼は深々と頭を下げて応じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る