第3話クラリスII

【サイド・クラリス】

 お金持ちだというから期待して損したわ。ワインはおいしかったけれど、音楽が最低。おまけに酔いまかせに口説こうっていうんだから、ムードもなにもありゃしない。押しのけついでに水をひっかけてやったわ。

 熱いスープじゃなかっただけマシと思って、もう誘わないでよね。

 次は誰を狙おうかしら。

 あら、髪型が崩れそうよ。きつく巻いてって言ったのに、あそこの理容院かえようかしら。こないだもちょっと文句を言ったら、順番を間違えたフリして待たせに待たせたし。おかげで彼氏に苦笑いされちゃったわ。

 明日の土曜日は誰と食事をするのだったかしら? もおう。この忙しさったらないわ。洗濯女のローラはいいわね。いつもあそこの仕立て屋の男のひとにちやほやされて。たった一人のひとだけで満足できるのも幸せよ。

 ねーえ、私のダーリンはどこにいるの?

 夢見るだけで終わるのかしらこの人生……。

 でも大丈夫。雨の降るこんな夜は服に刺繍を入れて、この前映画で観た女優みたいに胸元に香水をつけて、ちょっと気取って歩くの。……部屋の中を。

 時々下の階から文句が来るけれど、いいの。どうせ奥さんとうまくいってないだけだから。

 細い姿見に一通り体を映して、女らしいポーズを研究する。ガリガリの肩や鎖骨は少し恥ずかしい。

 だけど、コサージュをつけると映えるわ。思い切って胸元を出してみる。だぶついたドレスも、刺繍で華やかに見えるでしょう。

 お金持ちが私にご飯をおごってくれるのは当然よ。これだけ努力して手間暇かけて、いい女たれと頑張っているのですもの。

 はあ、また朝は黒パンと豆のスープか……。

 

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