肉食退廃‐2

被害者の名前はアサクラ。

キノシタと家が近くて、昔から仲良くしていたらしい。

キノシタが学校に来なくなった後も、自分のとったノートを店に行ったり、プリントを家に届けたり、何かと彼女を気にしていた。

校内で流れる噂は上辺ではその会話を禁じられていながらも、テレビで流れる情報なんかより少しだけ詳しい話を知ることができた。

アサクラがキノシタの家に通っていたという話を聞いたのもそのためだし、発見当時アサクラがどんな惨状だったのかも、その噂話の一端で知った。

「綺麗に食べられていた」

惨状を表すのに不似合いな言葉だったが、アサクラはそれは綺麗に食べられていたらしい。

腕、足には肉がなく、綺麗にそぎ取られていて真っ白な骨が露出していた。

腹部と背中も大半の肉がなく、内臓も腸と子宮以外をすっかりとられてしまい、発見された当初はまるで中途半端に組み立てられた組み立てブロック玩具のようだったらしい。

俺は最初その話を聞いて『綺麗』という言葉に違和感を持ったが、しかしよく考えてみればなるほどと思う。

『食すのに適した部位』から優先的に食べられていたのだ。

肉となってしまえば手足というのは家畜とほとんど変わりはない。

胸、腹、背中なんていうのも切り取ることは易しい。

胃や食道、心臓や肺などはまだしも、腸は処理が難しい、子宮は同じ女性だったから食べられなかったのか、それとも時間がなかったか。

もちろん人体を捌くのが簡単なはずはないけれど、何か憎悪をこめて死体をめちゃくちゃにしたり、獣のように骨ごと肉にかぶりついたような食べ方ではなかったのだ。つまり、キノシタはあくまでも『綺麗な食事』したのだった。

この話を聞いた時、俺はやはりあの言葉を思い出していた。


――ねえ、ヤマウチ君。カニバリズムって知ってる?――


彼女は自分が人肉嗜食だからあんなことを聞いたのだろうか。

だが、そうだとすると、俺には大きな違和感ができしまう。


――たとえば自分が好きな人を食べたくて食べたくて我慢できない人間だったらどうする?――


あの時聞かれた質問に何か意味があるのだとしたら、彼女はただ綺麗に食事をする人間じゃないはずだった。好きで好きで、どうしてもその人を食べたい。

そんな感情的な部分があるんじゃないだろうか。そう考えていた。

 だがどれだけショッキングな事件も、数か月と引きずることはない。

俺のクラスはやがて受験一色となり、誰しもが忘れられない記憶として事件を心の奥に覚えていながら、誰も語らなくなり、そしてまるで何もなかったかのように日常を過ごす。

俺も高校を卒業して、大学を卒業して、社会人になっていた。

編集業界に入ったものの、転職に失敗して三流ゴシップ誌の記者に甘んじている今日この日まで、心の奥底でその事件のもやもやが消えることはなかった。

むしろそのふんぎりがつかない疑問が、俺をこの記者という職業に縛り付けていたのかもしれない。


 あれから、もう十五年が経っていた。

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