ゾンビが大量発生中だけど、三尾森美緒は狙われない

ゴッドさん

第1話 ゾンビが大量発生した世界で一人生き残った三尾森さんの食生活はカップラーメンが中心となっており、そろそろ自分で料理を作ろうと思うがなかなか手がつかないという悠々自適スタイルマイバッグ戦闘

「ハァッ……ハァッ……!」


 暗くなった街を一人の女性が息を切らしながら駆け抜けてゆく。

 彼女は何日も洗濯されていないようなボロボロの服を着ていた。背中には非常用食料の入ったバックパックがかけられている。


「ァア……アァ……グァ……」

「ウァ……ァ……」


 彼女の周囲から聞こえるのは、何十もの呻き声だ。その呻き声の一つ一つが、ゆっくりだが確実に彼女を追っている。

 街には窓から漏れる明かりすらなく、彼女が頼れるのは手元の懐中電灯の光だけ。女性は震える手で懐中電灯を使い、周囲の様子を窺う。


「ウァ……!」

「嘘でしょ……! こんな数……!」


 光に照らされたのは、青白い肌、血まみれの口、そして溶けかけた虚ろな目玉……

 歩く死者たちである。

 彼らは暗闇の中で彼女を取り囲んだ。涎を垂らし、歯を剥き出しにし、彼女との距離を縮めていく。


「だ、誰か助けて!」


 彼女は叫ぶ。しかし、その声に振りかえる者はいない。歩く死者たちは全方位から、ゆっくりと彼女に迫っていた。


     * * *


「……朝か」


 2016年9月10日。

 とある6階建てマンションの最上階の一室、遮光カーテンが閉められた薄暗い部屋で三尾森美緒は目を覚ました。

 ベッドで横にながら、近くに置いてあった目覚まし時計で時刻を確認する。


「また8時だ」


 特に目覚まし時計のアラームをセットしていたわけではない。しかし、最近は三尾森さんは決まった時刻に目を覚ますようになった。


「生活を縛るものがないから自ずと規則的になるんだろうねぇ」


 三尾森さんは起き上がり、カーテンを思いっきり開放して外の天気を確認する。雲ひとつない快晴だ。窓から見える清清しい景色に、思わず三尾森さんは笑顔になる。


「いや~……いい天気だわ、今日は」


 彼女の生活が規則的になっていくのに伴って三尾森さんの独り言も多くなったのだが、本人は気づいていない。


     * * *


 彼女はキッチンに向かい電気コンロのスイッチを入れ、鍋で湯を沸かし始めた。


「きょ・う・は・ど・れ・に・し・よ・う・か・な」


 三尾森さんはコンロの下にセットされている棚を開け、保存してあるカップラーメンの個数を確認する。棚の中に保存してあったカップラーメンは5個だった。


「だいぶ少なくなってきたなぁ、晴れてるしラーメン食べたら補充に行こうか」


 三尾森さんは5個の中から適当に味噌味のカップラーメンを選び、それに湯を注いだ。

 カップラーメンの補充のため外出しようと決意した三尾森さんは、麺が食べ頃になるまでの間、身支度を整える。ピンクのパジャマを脱ぎ、櫛で髪を梳かし、お気に入りの洋服に着替えた。再びキッチンに戻り、箸で塞いであったカップラーメンの蓋を開けると湯気とともに味噌の香りが三尾森さんの顔にふわっと飛び出す。


「いただきまーす」


     * * *


 三尾森さんの住む街は田舎でもなく都会でもなく、その中間にあるような発展状況である。鉄道駅や幹線道路を中心に商店街や学校が並び、街の周辺は山林で囲まれていた。

 三尾森さんはウサギの刺繍が入ったマイバックを右肩にかけ、カップラーメン補充のために近所のコンビニエンスストアへ向かう。

 夏も終盤になっているがまだまだ蒸し暑く、あちこちで蝉が鳴いていた。


「晴れてるのは嬉しいけど、あっつい……」


 三尾森さんは自室からコンビニエンスストアまでの中間地点にある幹線道路に差しかかった。幹線道路の上には歩行者用の橋が架かり、橋の下には何百台もの車が並んでいる。三尾森さんは橋の上を渡り、目的地へ足を進めていた。


 そのとき、


「ちょっと、そこのあなた! 助けて!」


 橋を渡り終わろうとしていたところ、三尾森さんは助けを呼ぶ声を聞いた。


「え、誰?」


 三尾森さんは周辺をキョロキョロと見回したが声を発する存在は見当たらない。


「橋の上のあなた! あなたよ!」

「『橋の上』……?」


 わざわざ「橋の上」と言うくらいなんだから橋の下の幹線道路にいるのだろう。

 そう考えた三尾森さんは橋の転落防止柵に寄りかかって声の主を探した。


「ここよ、ここ!」


 声の主は若い女性で、小さなリュックサックを背負い、泥だらけでボロボロの服を着ていた。長くさまよっていたのだろうか、かなりやつれている。若い女性は停車していた大型トレーラーのコンテナの上で、三尾森さんに向かって救援を求めていた。


「お願い、私を助けて!」

「助けてって……そう言われても……」


 


 老若男女大中小様々なゾンビが若い女性を見上げ、口を開いて彼女に手を伸ばしている。


「ごめんなさい、私には無理です」


 これは自分の手には負えない事態だと判断した三尾森さんは、深く頭を下げ、その場を立ち去ろうとした。


「ちょっとぉ! 私を見捨てるの!?」

「そんなこと言われたって……」

「こんな世界じゃ、助け合っていくことが生存に繋がるのよ! 私もきっとあなたの役に立つわ!」


 若い女性は必死に三尾森さんを説得しようと声を張り上げた。


「だから、助ける手段がないんだってば……」


 低身長の三尾森さんは、相手に自分には助ける方法がないことを伝えるため、大きく身振り手振りをして「助けることはできない」とジェスチャーを送った。手を頭上でクロスさせ、顔をブルブルと振る。

 こんな無駄なやり取りをしている間に、トレーラーを包囲しているゾンビのうちの一匹がコンテナの上に登ってきた。それは若い女性の背後であり、彼女はゾンビの接近に気づいていない。三尾森さんは橋の上から彼女に向かって警告する。


「あの! 後ろ! 後ろ!」

「え、後ろ?」


 バグッ……!


 三尾森さんの警告も虚しく、上がってきたゾンビは若い女性の背後から首筋へ喰らいついた。


「あっ……」


 そのままゾンビは彼女の首を噛み千切り、女性の体はトレーラーの下へ落下した。下で包囲していたゾンビたちが一気に彼女の死体へと群がり、三尾森さんから彼女の姿を捉えることはできなくなった。


「厳しい世界だわ、ここは」


 三尾森さんはゾンビが群がる光景をしばらく眺めてからコンビニエンスストアへの道へ戻ろうと、橋の手摺から何歩か後退したとき、背中に何かがドンッとぶつかった。


「え……」


 三尾森さんが振り返ると、そこにはゾンビが立っていた。生前は体格のいい男性だったのだろうか、背が高く、がっちりとした個体だ。


「あなたも声を聞いてここへ来たの?」


 彼女の問いかけに、そのゾンビは何も言わず(死体なので当たり前だが)、三尾森さんを無視するように橋の手摺へ直進した。そして先程亡くなった女性の死体を喰らおうと、手摺を乗り上げ幹線道路へ落下した。


「食糧不足はゾンビも一緒か……」


 三尾森さんは再びコンビニエンスストアへの道へ戻った。


     * * *


 ここまでの三尾森さんの日常を見て分かるように、彼女の住む世界ではゾンビが大量発生している。


 そして、なぜか三尾森さんはゾンビに狙われない体質を持っている。


 三尾森さんはその体質を使って他の生存者を助ける、ということもせず、目の前で襲われていく人間を放置しながら悠々自適な生活を送っていた。


 今日も三尾森さんは自宅でカップラーメンを食べながら、救援されるのを待っている。果たして救援の必要があるほど切羽詰った状況なのかは分からないが。


 この物語は、主人公の三尾森さんが自堕落な生活から脱出するまでを描いた、「孤独ヒューマンドラマ」かつ「サバイバルストーリー」である。

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