水車

笹山

水車

 まずは湯の栓を捻る。寒い時期だとそうしてしばらく待ってないと、なかなか熱い湯が出てこない。湯が出てくるまで僕は考え事をする。やっぱり朝にシャワーを浴びるのが一番気持ちいいんだ。そういえば、今日は帰ってくるときにトイレットペーパーを買い足しておかなくちゃ。


 さて、湯が出てきたし、今度は冷水の栓も捻る。丁度いいあんばいの湯に調節するのはもう慣れてる。シャワーなんてのは、ぼうっとしてる時間と同じだ。やることは変わらない。小さい頃からそうだから、いつの間にか体系化されて、何も考えなくってもシャワーを浴びられる。いや違う。何も考えなくてもできるから他に色々なことを考えちゃう。


 髪を濡らしてシャンプーを手に取る。手で泡立ててから頭をごしごし洗う。髪じゃなくて頭皮を洗う感じ。気持ちいい。そうだった、サラダ油も買っておかないと。サラダ油と言えば、あれは一体どこにサラダ要素があるんだろう。お菓子なんかでもサラダ味ってのはあるけど、あれはサラダ油味ということらしい。ということは、サラダ油味の元であるサラダ油のサラダは一体なんだろう。最近野菜食べてないし、やっぱりサラダも買っておこうかな。ここでいうサラダってのは、サラダ油じゃない方、野菜の方。


 髪をすすぐ。雪ぐと書いても「すすぐ」と読むんだよな。昔国語の授業で知った時はなんて美しい言葉だろうと思った。雪だなんてなんだか素敵だ。素敵と索敵ってなんか似てる。考えてみればそういう言葉の綺麗さが、僕が国語を、つまり小説とか詩とかを好きになったきっかけだったんじゃないか。いまだに「筆者の気持ちを答えよ」なんて聞かれてもピンと来ないけど、「この言葉は美しいか」と聞かれれば即答できる自信がある。


 垢すりで石鹸をこすって泡をたてる。腕から洗う。首、胸、腰。でも言葉の美しさなんて所詮は主観的な範囲にしか収まらない。「雪ぐ」と書いて、僕が綺麗だと思っても、他の人にはそうでもないかもしれないんだし。言葉に限ってじゃない。文章もだ。でもそれでいいし、それがいい。僕は僕なんだって感じがする。僕は海外のSF小説の長ったらしい邦題が結構好きだったりするんだ。たまに本編とはなんも関係ない題名になってたりするけど、僕みたいなやつはその題名の美しさだけで本を手に取ってしまう。そろそろ新しい小説も買い足しておかないと。


 髪にトリートメントを撫でつける。オールバックにして放置している間に顔を洗う。最後に顔を洗うのは、顔を洗うのが一番気持ちいいからだ。僕はショートケーキのイチゴを最後までとっておく人なんだ。横取りされたりなんかしないさ。僕はいつも、自分の取り分だけはちゃんと確保するようにしている。実は僕には行きつけの本屋さんがある。いや、本当は本屋じゃなくて雑貨屋さんなんだけど、マニアックな本ばかりおいてあるから、僕はよくそこで本を何冊も買う。多分店の人は僕のことを覚えているだろうけど、話したことはまだない。僕は恥ずかしがり屋なんだ。恥ずかしがり屋ってのは本当に生きづらい。もちろん僕は好きで恥ずかしがり屋になったんじゃないけど、これがなかなか直らないんだ。周りの人にも、恥ずかしがり屋だった人はたくさんいるんだろうけど、なんだかどんどん皆変わっていく。僕が気の置けない友人と二人で旅行したときに、滞在先のホテルのフロントにいた綺麗な女の人に話しかけにくくしていると、友人は何事もないようにその人に話しかけたんだ。あれ、こいつも恥ずかしがり屋なんじゃなかったっけ。僕とこいつは、恥ずかしがり屋同士で気が合ったんじゃなかったっけ。そう僕は思うと、もうその日一日は、なんだか友人との間に透明な壁ができたみたいで、なんだか僕からは話しかけづらかったんだよな。


 髪と顔をすすぐ。雪ぐは綺麗。漱ぐは夏目。恥ずかしがり屋の僕は、恥ずかしがっている自分自身が、また恥ずかしくなって、余計に恥ずかしがり屋になっちゃう。よく「失うものなんて無い」みたいなことを言う人もいるけどそんなのは成功した人しか言わないからさ。成功してない人は世に出てない。結局何か失っている。それはきっと人間性だ。失うものが本当になくなったら、それは人間じゃなくなってしまう気がする。だからそういう失った人間は、家にこもっていつの間にか死んでるか、野性的な欲求とか本能に駆られて罪を犯してる。社会の中で生きてるくせに、社会的な責任を果たすための人間性を失った人間は、追い出されるんだ。

 僕は死にたくない。だから今日もシャワーを浴びて、頭を回してる。シャワーを浴びながら、頭の中の体操をするのが僕の日課。こうして頭を回していると、まだまだ考えたいことが出てくる。まだまだ生きていたくなる。僕は考えるために生きている。これは持論だけど、考えない人間なんて死んだほうがましさ。いや、考えなければその時点で人間としては生きていないんだ。僕は人間に生まれて良かった。おかげで綺麗な言葉に出会えたし、きっとこれからも綺麗な言葉を目にする。その感動に浸っているときは生きていることが楽しくてしょうがない。恥ずかしがり屋は地道に、計画的に克服するさ。それを考えるのもまた楽しいかもしれないしね。


 顔をタオルで拭く。今日も一日が始まる。

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