第三話

 東雲は出来る限り『鷹』を軽くするために、右腕のライフル・モジュールと左肩のプレート・モジュールの接続を強制解除した。もとより銃と楯は彼の流儀ではないから、ためらいは全くない。

 同時に彼は敵軍の咄嗟とっさの行動について考える。

 目の前では今まさに、阿倍野ヘリオスが天王寺駅に向かって倒れ込もうとしているところだった。巨大な質量を持つ建築物が頭上から迫ってくるのを映像で見た時、人間は反射的にどのように振る舞うだろうか。

 ――何を考えるかは最初から分っている。

 敵は当然、「直接被害の及ばない安全な場所まで、緊急退避する」ことを最優先事項とするだろう。問題はそれがどのような具体的行動に結びつくかだ。

 まず、倒壊する建物の真下にいる場合。

 逃げなければ建物に押しつぶされてしまうので、当然逃げる。なりふり構ってはいられまい。

 次に、直接下敷きにはならないものの飛び散った破片で機体が損傷し、動けなくなる可能性がある場合。

 これも緊急避難を優先することになるだろう。

 問題は、間接的な被害により安全がおびやかされる可能性がある場合だ。

 例えば、巨大建築物が倒壊した直後は広範囲に盛大に土埃つちぼこりが舞い上がる。それは時間をかけてゆっくりと舞い降りてくるから、倒壊現場付近はいちぢるしく視界が制限されることになるだろう。

 従って、装備品を銃関係に絞っていた機体は意味をなさなくなる。肉眼は勿論のこと、銃モジュールに装備されているセンサーでも、土埃の中にいる敵を識別するのは難しいからだ。

 つまり、今回ラインバッハが大量に従えているはずの「建物の陰に隠れて狙撃するのを得意とする陰湿な連中」は、全員がお払い箱になる。それどころか、急いで視界が確保できるところまで退避しないと、自分の機体の安全すら確保できない。

 そこまで認識出来たところで、果たして彼らはどのように動くだろうか。

 東雲は、画面の右上にある「五十」という緑の数値表示を見た。これは、現時点で稼働することが可能な敵の残存機体数だ。

 彼は、阿倍野ヘリオスの倒壊に直接巻き込まれて、稼働不能になる機体が「少なくとも十は出るだろう」と予測していた。だからこそ、ラインバッハの常套手段を逆手にとって先制攻撃を仕掛けたのだ。出てもらわないと東雲が困る。

 続いて、破片に巻き込まれて身動きが出来なくなる機体が五は出るはずだ。

 問題は、直接被害を受けない範囲にいる機体である。東雲はそこで起こるであろう出来事に期待していた。


 阿倍野ヘリオスが天王寺駅を押し潰す。


 土埃が舞い、建物の破片が飛び散って、天王寺公園までのエリアを危険地帯ホットスポットに変えた。

 それと同時に、国際紛争調停委員会の判定機が提供する敵軍残存機体数の数字が、「緑の五十」から「緑の二十九、赤の二十一」に変わる。これは、二十一機が建物倒壊の直接被害を受けて稼働不能になったことを現わしていた。

 東雲が想定していた以上の成果だ。

 恐らくラインバッハは、短時間で今回の戦闘を終わらせるつもりで、天王寺駅前に集中して部下を配置していたのだろう。もしかすると、阿倍野ヘリオスの中にも何機かひそませていたのかもしれない。

 ――ここまで見事に引っかかるとは思わなかったな。

 東雲は苦笑した。

 交戦中は、国際紛争調停委員会がおのおのの軍に割り当てた周波数帯を使って通信することになっているため、ラインバッハの声を直接聞くことは出来ない。しかし、彼が怒り狂っているのは間違いないだろう。あるいは、

「これは条約違反だ!」

 と叫んでいるかもしれない。

 さらに残った「緑の二十九」が「緑の二十四、黄の五」に変わる。

 東雲はそれを見て、唇を歪めた。これは想定通りだった。

 黄は機体が制御不能になったことを示す。

 ただの制御不能であれば大したことはないのだが、シルフのような汎用人型兵器は国際条約で定められたモードを、標準で装備しなければならないことになっている。

 まず一つ目が、機体を粉々に吹き飛ばすための「自爆バーストモード」。

 そして二つ目が、周囲にある動くものを無差別に攻撃する「暴走パーサーカーモード」。

 前者は機密保持のために必要な機能である。

 条約に定められなくても、最新鋭の兵器ならば当然のように備えているモードだが、おのおのの陣営が勝手に自爆装置を設計して組み込むと、どんどん派手な方向に性能を向上させることになるのは目に見えていた。

 従って仕様が決められており、稼働出来なくなったところでプレイヤーが自主的にスイッチを押せば、機体は爆散する。

 後者は意味合いが全く違う。

 戦闘中に制御不能に陥った機体は、自動的にモード移行するように義務付けられている。そして、システムの判断で「動く者全てを標的とする」ようになる。

 この一見すると不合理なモードは、シルフという兵器の特性から標準装備されたもので、最も安易な手段である「機体を制御不能に陥れる」ことが出来ないようにするためのものだ。


 今回、東雲はその機能も逆手にとった。

 ――厚い土埃によって制御不能に陥る機体は、必ず出る。

 これは東雲の想定内のことだったが、想定外に数が多かった。

「緑二十四、黄五、赤二十一」は、緑と黄が順次赤へと移行する。慌てた機体が退避した先に暴走中の機体がいて、同士討ちになるからだろう。五分ほどで「緑十九、赤三十一」となった。

 この間、友軍は東雲の部隊が砲撃を行なっただけで、他に何の動きも見せていない。友軍の残存機体数は「緑五十」のままであり、画面左上方に表示されていた。

 東雲は『鷹』の左腰に接続していたブレードを鞘ごと解除すると、右手にブレード、左手に鞘を持った。その後、データリンクしている配下の各機に通信を送る。

「東雲部隊は、現時刻をもって解隊する。隊員各位は自身の機体の安全確保を最優先事項とせよ」

(了解)

 シモンの短い返答。苦笑いを含んでいるように聞こえる。

 東雲は『鷹』を脚力だけを使って、新今宮駅ホームまで飛び上がらせた。

 JR環状線の線路は天王寺駅まで真っ直ぐに伸びている。舗装されたアスファルトの道路と近い、線路は枕木と砂利があるのでシルフを走らせるのにちょうど良い。滑らかなアスファルト面は、二足歩行だと滑る。

 東雲は、ブレードと鞘を『鷹』の身体に添わせるように後ろへ流すと、最大戦速で『鷹』を天王寺駅に向かって走らせた。

 前方は土埃で霞んでいる。

 破片のたぐいは既に落ち切っているため、飛び込んでも機体が損傷を受ける可能性はない。しかし、頭部三か所、胸部の前面と背面におのおの二か所ずつ設置されているカメラの視界は、かなり制限されることになるだろう。

 そのほうが好都合だ。

 薄い膜の中へ『鷹』を滑り込ませる。有効視界は半径五メートル程度。

 進むにつれてそれは更に狭くなる。ディスプレイには物質の濃度差によって生成された図形が、初期のゲーム画面に見られるポリゴンのように表示されていた。これはカメラによる実視界ではなく、超音波による補助映像だ。

 奥へと進むに従い、阿倍野ヘリオスと天王寺駅の残骸が横たわる複雑な地形になる。

 瓦礫がれきの下は気にしなくても良いが、その上の気配には細心の注意を払わなければならない。

 東雲自身ならば、土埃の外に飛び出すことはしない。建物を倒壊させた以上、敵がそれを狙っているのは明らかだからだ。それでも「緑十九」が現時点では「緑十五」になっているから、四機は軽率な行動に出たと分かる。

 残りは十五機。

 あえて中に残ることを選んだ者――彼らは手強い。


 次から次へと土埃が舞い降りてくる中を、東雲は進む。

 先程までの大胆な挙動は影を潜め、『鷹』の歩みは熟練した武道家のそれ――り足になっていた。

 ぼんやりとした視界の中、東雲は「機体表面に伝わってくる振動を皮膚感覚に変換する」センサーの感度を、一気に上げる。

 途端に全身を布でなぶられたような感覚が押し寄せてきたので、僅かに感度を戻した。今のは土埃が機体の表面を撫でる振動だろう。

 ともかくこれで、敵軍の機体が迫ってきた時の気配を読みとることが出来るようになる。

 ただ、機体表面に痛打を受けた際、感覚遮断が間に合わなければ卒倒しかねないほどの感度だった。

 それが終わると、今度は聴覚センサーの調整を行なうことにする。

 徐々に感度を上げてゆくと、機体表面を土埃が滑り落ちてゆく音まで聞こえてくるようになるので、それはマスキングした。

 瓦礫が自然に崩れる音もマスキングしたいところだが、流石に敵機の挙動と区別がつかないため、そちらは我慢。

 至近距離で大きな音を出されたら、聴覚に強烈なダメージを受けることになるものの、東雲は躊躇しなかった。

 右手でブレード、左手でその鞘を握り締めながら、彼は天王寺駅前の十字路に立つ。

 周囲は飛び散った阿倍野ヘリオスの残骸が複雑な陰影を作り出しており、土埃で日光が遮断されているために僅かに薄暗い。

 その中に立つ。目はつむっていた。


 左後方に気配。


 皮膚感覚および聴覚センサーを絞り込みつつ、左足を軸として身体をひねる。

 その勢いを太刀に載せながら、同時に上体をかがめて退避行動。

 連続した銃弾が『鷹』の上を通り過ぎた。

 その射線から敵の位置を割り出すと、回転運動を加えた太刀を一閃いっせん

 金属と金属がぶつかりあう重い手応え。

 瞬時にブレードが振動して、金属の表面を切り裂く。

 さらには刃先にプラズマが流れ、触れるものを融解させた。

 そうでもしないと、太刀で金属は切れない。刀身を押し込む。

 そこでやっとディスプレイに状況表示がなされ、敵機の腰を三分の一まで断ち割ったことがわかった。

 即座に太刀を引き、間合いを取る。両断することに意味はない。

 既に下半身姿勢制御系のケーブルは分断されていたから、満足に歩行することもできないだろう。

 となれば、残る可能性は一つ。

 東雲は姿勢を低くしながら退避行動をとる。

 瓦礫の山を挟んで身を隠したところで、敵機は爆散した。

 ディスプレイ上の敵軍残機数が「十四」に変わる。

 再び皮膚感覚センサーを設定感度まで戻す。

 一度、設定値を保存しておけば、そこに戻すのは容易だ。

 機体の爆散で周囲の瓦礫が連鎖的に倒壊しているので、聴覚センサーはそのままとする。


 右斜め後方より産毛をでるような感触。


 振り向くと右上方から、刀身の短いナイフが土埃を切り裂きながら落ちてくる。

 左手に握っていた鞘でブロック。

 ナイフの振動面と直角にならないように鞘を傾ける。滑り落ちる敵の刀身。

 相手が体勢を崩したところで、背中目がけて上から太刀を振り下ろす。

 激しく飛び散る火花。敵機が「くの字」に折れ曲がってゆく。

 人間と同じく背中を通る情報伝達経路を断ち切ったところで、速やかに間合いの外に退避。

 瓦礫の山に身を隠したところで、敵機は爆散した。

 気がつくと残機数は「十二」になっている。誰かが他の敵機をほふったらしい。

 左上にある友軍機の残機数も視界に入る。


 緑の「四十」


 東雲は顔をしかめた。

 ここまでお膳立ぜんだてしたにもかかわらず、友軍機がいつの間にか餌食えじきになっていた。自分が戦場に飛び込んでから相手を二機倒すまでの間、敵は友軍を十機、稼働不能にしている。

 となるとラインバッハだろう。

 彼とその直接の配下にいる四機であれば、確かにこんな化物じみた芸当も可能だ。

 いつの間にか包囲網を抜け出して、思いがけない方向から攻撃を仕掛けてきたに違いない。

 そこで東雲は急に、配下の隊員達のことが気になった。

 戦場でこういう勘が働く時、たいていはそれが現実化しているものである。東雲は友軍の通信回線を開き、彼の部隊に割り当てられたチャンネルで呼びかけた。

「告げる、こちら『鷹』。『ホワイト・デス』、聞こえるか」

(こちら、『ホワイト・デス』。よう、そっちの調子はどうだい。お前が飛び込んでから敵の残存数がいくつか減ったから、順調だとは思うがな)

 シモンの暢気のんきそうな声に、東雲は思わず溜息をついた。

「――無事だったか」

(どういう意味だ? お前のほうが危険地帯にいるじゃないか)

「ベルイマンが包囲網をくぐって逃げた」

(ああ、そのことか。友軍の残存数が勢いよく減っていくから、多分そんなところだろうと思っていた)

「随分と余裕だな。索敵は?」

おこたりないよ。今は『ヘブンズ・ゲート』、『イーグル・アイ』、『ホーク・アイ』とともに四方の警戒を行っている)

「そうか。安心した」

 案ずるまでもなかった。シモンは玄人であるから、さすがに戦況を注意深く読んでいる。悪い勘が外れるのは素直に嬉しい。

 その東雲の思考が伝わったらしく、シモンはさらにのんびりとした声で答えた。

(俺達も素人じゃないからな。気は抜いちゃいないよ。しかし、お前さんが他人の心配をするとは驚きだね。今日は何か変わったことがなければ――)


 通信が途切れた。

 緑の数字が忙しく変わってゆく。

「四十」から「三十九」、「三十八」、「三十七」、「三十六」。

 東雲は粉塵の舞う中で身をひるがえし、JRの線路上に出る。


 友軍を救助するためではない。既に手遅れだ。

 それに、このままやつを放置したら友軍の犠牲者数が増えるだけである。

 ――今ならばまだベルイマンは新今宮駅付近にいる。

 ゲリラ戦を得意とするベルイマンのことだから、狙撃手を現場に配置することはあっても、自身の配下に長距離射撃用の武器を装備させることはない。近接戦闘向けにカスタマイズしているはずだ。

 シモン達は新今宮駅前の太子交差点付近にいたから、できるだけ近づいて襲撃するとすれば駅の北側から接近するのがベストだ。東雲がJRを東進した時、天王寺公園を横切って回り込んでいたに違いない。

 そして、恐らくベルイマンは東雲が接近していることに気がついているはず。なぜなら今回の戦闘における双方の機体数は五十だからだ。

 一隊四機編成では数が合わないし、しかもすべて長距離専門の装備である。残りの一機だけが近接戦闘装備で飛び込んでいったことは明らかで、そんな馬鹿げたやり方をする者は東雲以外にはあり得ない。

 ――すると、どうなる。

 東雲の脳が複数の可能性を即座に割り出す。

「天王寺動物園での待ち伏せ」は、移動の時間が僅かに足りないから可能性は低い。

「西成のビルに身を潜める」にしても、あそこには四メートルの機体を隠せる大規模な建物はないから難しかろう。

「阪神高速に飛び上がる」――これだ。

 見晴らしの良い場所に移動すれば、接近する敵機体を早期に発見することができる。逆に、東雲にとっては最悪の状況だ。


 即座に東雲は、JRの線路上からそのかたわらに見える天王寺動物園の『鳥の楽園』――超大型バードゲージに向かって跳躍した。

 寸前まで彼がいたところを、阪神高速上からの激しい機銃掃射が穿うがってゆく。

『鷹』はつたが絡みついたバードゲージの骨組みを破って、その中に落ちた。

 即座に自動姿勢制御。

 薄汚れた池の真ん中に派手な水しぶきを上げながら着地する。

 有り難いことに周囲が蔦に覆われて、相手に彼の姿は見えない。しかしながら、ここで待ち伏せはぞっとしなかった。

 東雲はバードゲージ本来の出口に向かって、移動を始める。

 すると、落下した地点に向かっておりの外から機銃が打ち込まれた。

 正確な射撃である。おかげで助かった。手当たり次第に撃たれていたら被弾は免れなかっただろう。

 ――さすがだ。

 すばやく退避しながら東雲は感心した。

 いきなり見通しの利かない檻の中に入り込むのは、作戦としては下の下である。それよりも外側から即座に攻撃を繰り出したほうがリスクが少ない。

 ――有難い。

 おかげで東雲も情報をひとつ手に入れることが出来た。

 ラインバッハは十分な弾薬を所持している。そうでなければ、こんな無駄玉が多い作戦はとらない。

 となると、近接戦闘装備しかない『鷹』では不利だ。視界が制限される状況か、相手も近接戦闘装備の場合にしか彼の戦法は通用しない。

 近距離型の自動小銃が複数狙っている前に飛び出すほど東雲は愚かではなかったが、状況は悪化する一方である。動物園の中には遮蔽物しゃへいぶつほとんどなかった。

 僅かに残った建物の壁や、蔦に覆われた檻の陰を伝いながら、東雲は機体を移動させる。しかし、四メートルもある巨体は隠しようがないから、『鷹』の後ろを銃弾がえぐってゆく。

 その様子を冷静に観察しながら、東雲はさらに新しい情報を得た。

 銃弾の角度が地面と平行に近付いている。

 つまり、ラインバッハは阪神高速からの狙撃ではなく、接近して確実に仕留める作戦に変更したのだ。

 であれば、部下を分散させて獲物を追い立てようとするだろう。市街戦の常套手段だ。

 東雲はほくそ笑んだ。

 ――そのまま高所からの狙撃に徹すればよいものを。

 混乱して逃げ回る相手をほふるには最も有効な手段だが、敵の本拠地で使ってよい戦法ではない。相手の霍乱かくらんを受けて、分散した味方が各個撃破される。

 そして、東雲の母方の祖父母は天王寺区に住んでいたから、天王寺動物園にはよく遊びに来たことがある。

 だからこそ阿倍野ヘリオスを有効利用し、阪神高速の存在に即座に気がついたのだが、ラインバッハはその点を見落としているらしい。

 ――そういえば、やつは俺が日本人だと知らないかもしれない。

 同じ部隊に編入されたことはないから、パーソナルデータのやり取りをしたことがなかった。お互い、得意な戦法については熟知しているというのに、素性は何も知らない。

 ――やつが気がつく前に最大限利用させてもらおう。

 東雲は『鷹』を動物園の中央にあるキリンやシマウマの飼育エリアに向けた。そのエリアには背の高い木が密集している。さほど大きくはないエリアだが、東雲には充分な広さである。

 僅かに出力を落としているので、相手からも東雲の姿が見えていることだろう。被弾する危険性があったが、追っ手をいてしまっては元も子もない。

 自動小銃の発射地点が分散されているので、恐らく相手は上手く東雲を追い込んでいるものと判断しているだろう。

 しかし、逆に東雲はその数から敵の機体数を割り出していた。

 発射地点は三箇所。ラインバッハはわざと撃たずにいるだろうから、相手は想定通り四機。

 東雲の運命はラインバッハの位置にかかっている。


 最後に大き目の跳躍。

 頂点で身をよじる。

 着弾の可能性が一番高いからだ。

 案の定、背中ぎりぎりのところを銃弾がかすめてゆく。

 着地と共に小さく跳躍。

 機体三個分の間を空ける。

 最初の着地地点に複数の着弾。


 しかし、そこからの移動は見切れていないだろう。そのための出力抑制である。

 東雲は『鷹』を伏せたままにする。すぐ横に被弾。それでも動かない。一か八かの賭けだ。

 有り難いことに今度は無駄玉をケチることにしたらしい。銃声が途絶える。

 東雲は『鷹』の音声感度を上げる。銃撃があったら鼓膜がただではすまない。

 しかし、敵はまさか彼がそんな危険な賭けをしているとは思わない。

 彼の姿をとらえるまでは、自分が見つからないようにするために撃たないだろう。 

 それに、機体の稼動音を最小限まで押さえ込む訓練も積んでいるはずだ。

 そこに油断が生じる。

『鷹』のセンサが、通常レベルでは決して捕らえきれない音を捕捉する。

 市街戦を想定して調整された足のスタビライザが、飼育エリアに敷き詰められた土に反応して、設定を変える音。

 自動小銃と銃弾を帯同している機体だから、それなりの重量がある。抑えきれない。


 音がした方向は三つ。


 それで充分だった。

 東雲は即座に音感センサを元に戻す。

『鷹』の背中にあるスラスタが最大出力でうなった。

 低い姿勢のまま一番近い音源へ。

 そのまま刀を横にぐ。

 手応え。

 相手の残機数が一つ減る。

 そのまま地面を蹴って跳躍。

 足をしっかり地面につけると動きが鈍くなるからだ。

 第二の音源に向かって落ちる。

 下からのマズルフラッシュ。

 向きがあっていない。

 そのまま刀を振り下ろす。

 手応え。

 また残機数が減った。

 かたわらにある木をる。

 木はぎりぎり持ちこたえる。

 反動で身をかわす。

 前方からのマズルフラッシュ。

 やはり方向がそれている。

 刀を一閃。手応え。

 しかし、今度は残機数を確認するまもなく機体を回転させて、もう一閃。

 手応えがあった瞬間に刀を止める。


 直接接触通信。


(どうして分かった――)

 ラインバッハの音声が掠れてゆく。

「音に微妙なずれがあった。お前のことだ、最後の手段として味方をカモフラージュにすると思っていた」


 通信が途絶し、その後には静けさだけが残った。

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