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阿井上夫

終わりの始まり

 その年に起きた出来事を語りたがる日本人は、一人もいない。


 ある者は、その年の一月に結婚したかもしれない。

 ある者は、その年の四月に就職したかもしれない。

 ある者は、その年の七月に出産したかもしれない。

 ある者は、その年の十月に昇進したかもしれない。

 そんな喜ばしい出来事が、ちまたにはあふれていたのかもしれない。


 しかし、その年の十二月に日本を襲った「大災厄」により、全ての喜ばしい出来事は跡形あとかたもなく消されてしまった。

 あるいは、復元出来ないほどに別な出来事で上書きされてしまった。

 だから、「辛い年だったけれど、こんな良いこともあったんだよ」と言える日本人は、一人もいない。


 いや、もっと正確に言う。

 今や「日本」という国家は、地図上にしか存在していない。

 そして「日本人」という括りは、過去の事実を示しているにすぎない。


 その基礎となるものは、永遠に失われてしまった。

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