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― SS-515「ひりゅう」―

《発令所、ソナー》相原が報告した。《2本目の魚雷がM17に命中しました》

 沖田は天井をじっと見上げる。外殻を通して敵艦の動きを捉えようとしているように見える。指を1本、鋼鉄製のフレームに押し当てる。水中の振動を感じ取った。普段は感じることのない振動が伝わってくる。沖田は小さくうなずいた。

「ソナー、M17の様子はどうだ?」山中が言った。

《タンクをブローする音が聞こえます。浮上するみたいです》

「やりましたね」山中が言った。

 しかし、問題はこれからだ。

 行動不能に陥ったキロ級はまもなく味方に救難要請を送るだろう。自国の潜水艦を行動不能にされて大人しくしているはずはない。敵の水上部隊は少なくとも2~3日は捜索が続ける。

「大陸棚の上に出る」沖田は言った。「大陸棚に沈座して、敵を待ち伏せしよう」

 尖閣沖の海底地形は大陸側が台地状になっているが、太平洋は沖縄トラフにより急に深くなっている。北西に数千メートルも進めば、大陸棚の浅くて広い海底―大陸棚が広がっている。海底に沈座すれば、エネルギーと乗組員の疲労が軽減される。また、水中に漂っているより海底にいた方が探知される危険も少ない。海流に流されることもない。

「機関室」沖田が言った。「ディーゼル機関運転やめ、AIP運転開始」

《発令所、機関室。AIP運転開始、了解》

「操舵、測深儀の表示を見ながら大陸棚の傾斜に注意して航行せよ」

 測深儀は高周波の音波を出して、その反響から水深を測る装置である。「ひりゅう」に搭載された最新式のタイプは一定の面積を立体的に精確に把握し、カラー3Dで海底地形を表示できるようになっている。

 操艦を山中に任せた後、沖田は艦長室に引き上げようとした。その時だった。

「左舷のハイドロフォン・アレイが反応しています」電測員が大声で言った。「本艦の周辺からです!」

「距離と種類は?」

 山中が尋ねた瞬間、天井のスピーカーからソナーが叫んだ。

《発令所、ソナー!水中に魚雷あり!すぐそばです!》

「各部、衝撃に備えろ!爆雷衝撃準備!」沖田が叫んだ。

 発令所内にけたたましい警報音が鳴り響いた。黄色い回転灯が回り出す。

 周囲の海がごうっと唸った。魚雷が「ひりゅう」の真下で爆発した。艦体が勢いよく上に持ち上げられた。身体が宙に舞うような感覚があり、爆発の衝撃で視界がぼやける。本条はとっさに海図台に掴まった。轟音が響いて、艦体は左右に揺さぶられた。加速度計が「ひりゅう」の艦体全体が上下にしなっていることを示していた。

「機関室」沖田が大声で言った。「AIP運転やめ、ディーゼル機関、全速前進!」

《発令所、機関室。ディーゼル機関、全速前進、了解》

「一番発射管にデコイを装填。発射準備を進めてくれ」

 沖田が柘植に、対抗手段の準備を命じる。続いて、操舵員に命じた。

「面舵いっぱい。全速、針路105に取れ」

「面舵いっぱい」志満が答える。「針路105」

「ソナー」沖田が呼んだ。「いま私たちを攻撃した艦をM18と指定する。M18の方位を教えてくれ」

《できません!》相原が言った。《いまの魚雷は低速で航行していたらしく、進入針路のデータは取れませんでした!》

「各部、こちら発令所」沖田は言った。「被害対策報告を送ってくれ」

《発令所、発射管室》水雷科の海曹が報告した。《渡辺三曹が脚を折りました》

「衛生士官」沖田が命じた。「発射管室へ行ってくれ。急患だ」

 本条は天井にある戦術支援用モニタの画面をじりじりしながら見つめた。

「ひりゅう」は速度を徐々に増加させている。これまでのところ深度とトリムに急激な変化は起きていない。艦内は数か所で漏水が発生したが、すでに応急処置がされている。

「残りの発射管に魚雷装填。作業速度を上げるために、無音は無視してよい」

「了解しました」柘植が答えた。

「船務長、曳航アレイを100メートルで展張する。探知範囲を広げる」

「100メートル、了解」森島が答える。「曳航アレイ、展開します」

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