異能を繰る者(3)
「散々な目に合ったな」
「自業自得だろ」
キッチンに立ち、ぼやくガルムに、鋭い合いの手を入れる。魔法を解かれて早々、俺の指示で見物人全員に金を返し終えた後だ。
まったく。自分の手は汚さず、ヒトを使って金儲けしようだなんて虫が良すぎる。根っからの金儲け主義じゃないことくらい、周囲の反応を見れば分かるが、調子に乗りやすいタイプなのは確かだ。大方『金を払うから』と誰かに言われて、そのまま勢いに流されたのだろう。
「まだ怒ってんのか? 隼人」
料理が乘った皿をテーブルに置きながら、ガルムが俺の顔色をうかがってくる。
「当然だ。金儲けのだしに使われたなんて、考えただけで腹が立つ。それに、起き抜けでしかも飯も食わずに魔法を使う、ってのは結構キツイんだ」
皿を自分の方へ引き寄せ、棘のある言葉と視線を返してやった。
家の中の獣人達には、金を返すと同時に引き上げてもらった。しかし窓の外は相変わらず、黒山の人だかりだ。彼らにとっては食事ですらイベントの一つらしく、今も四方八方からの視線が降り注いでいる。
少しでも変わったことをすれば、ざわめきが上がる。何も変わったことをしているつもりが無くとも、指をさされる。皿を持っただの、水を飲んだだの、肉ばかり食っているだのと、
ただ、昨日のように魔法コールが起こったりはしなかった。珍獣というよりは賓客扱いだ。たった一日で随分な格上げをされたようだが、他人の注目を無闇に浴びるのは、やはり気分が悪い。今後、これ以上に見物人が増えるかも知れない、と考えただけで、胃が痛んだ。
駄目だ。内も外も敵だらけじゃ、先に参るのは俺だ。不本意ながら、朝の事件に関しては早々に終止符を打たざるをえなかった。もう怒っていないと伝えた時の、ガルムの能天気な笑顔には、一発殴ってやろうかという思いが湧きあがったけれど。
「ガルム。何か良い考え無いか」
食事の後。テーブルに頬杖をつきつつ、正面でまだ食べ物をほおばっているガルムに助けを求めた。
「何の話だよ」
「この観衆。毎日これじゃ、流石に精神がもたない。でも口で言った所で、聞く耳持たないだろ?」
「そうだな」
ガルムは口許の汚れを、親指の腹で拭った。
「良い考え、か」
呟き、さして考えた様子も無いのに、何か思いついたような笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んでくる。
「無い――こともないんだよな」
「え?」
思わず、頬杖を外した。
「人間が珍しいとは言っても、皆が皆、初めて見るって訳じゃない。 調査だか何だかってこの大陸に入ってくる命知らずな奴もいるし、気に入っちまったとかで街に住み着きだす奴もいる。要するにあいつ等は、人間を見にくると言うよりは、お前を…… はっきり言っちまえばおまえ自身じゃなく、お前の魔法が見たくて来てる訳だ」
ガルムは、いつになく
「前にも言ったけど俺達の社会では、力がある、という事実こそが、 何より尊ばれる。いわゆる町や村の権力者も、高い戦闘能力を買われたからこそ、その地位についていられるんだ。魔法ってのはそもそも、見世物じゃないだろ? トランス能力と同様、戦闘を前提とした一つの技術だ。だからこそあいつ等は、魔法にあれだけの興味を示す。 トランスした相手を倒すほどの、強力な力に。それはお前も、分かってるはずだ」
実にまともだ。そして、もっともだ。内心驚きながら、頷く。
確かに、獣人達の力に対する執着は、強い。人間の常識を大きく外れるほどに。力がある、ということが、この地においてそれ程の意味を持つのなら、昨日と今日の俺への対応の違いも納得できる。
ガルムは不敵な笑みを返した。何か裏があるような、いわく付きの笑みだ。
「だったら、戦いの中で使われる魔法を見せてやればいい。その方があいつ等も納得するし、お前だって力を発揮しやすいだろ」
「……戦いを挑んでくる奴を、片っ端から相手しろってのか?」
「そうじゃない。ほら。あるだろ? お前の力を最大限に発揮できて、観客も満足するようなイベントがさ」
見覚えのある紙片が、目の前に差し出された。趣味が良いとは言えない趣向の、全時代的デザイン。でかでかと銘打たれた、赤字のロゴタイプ。 多数の折り目がつき、いくらか色あせた、イラスト付きのあのチラシ。
掲げた紙の向こうから、ガルムがひょいと顔を出す。
「武術大会」
呆気に取られ、言葉を失った俺に向かって、今度は屈託の無い笑顔が咲いた。
「今は四の五の言ってる場合じゃ無いだろ? 厄介払いもできて、上手く優勝すりゃ舞台の上で、アピールだってできるぜ。『誰かこの玉――オーブに心当たりはありませんか』ってな。街中で聞き込みするより安全だし、確実じゃないか?」
「そりゃ、そうだけど……」
昨日も今日も、他人の視線に振り回されるだけで疲れ切っている。本来の目的である、オーブ捜索の目途は立っていない。状況を打破したいのは、確かだった。
けど大会出場だなんて、自ら見世物になりに行くようなものだ。俺が人間で、しかも魔法という特殊能力を持っている限り、ここで注目を浴びるのは仕方ない。目立たないようにオーブを探したい、なんて我侭は言わない。でもちょっと、突飛過ぎるだろう。何かもっと、賢明な方法があるんじゃないのか。
『武術大会に出場する』という選択肢以外で、群がる獣人達を平和的に処理し、かつ、この大陸でのオーブの所在を明らかにする手段。それと同等か、それ以上に迅速で、確実な方法。
「……くそっ」
早々に、屈した。考えを巡らせてみたが、名案の欠片さえ思いつかなかった。悔しいが、ガルムの言い分にはきちんと筋が通っているだけに、代案どころか、上手い反論の一つすら思いつかない。
「分かった。それでいい」
渋々ながら承諾し、大きく溜息をつく。ガルムは満面の笑みを浮かべ、チラシを掲げ持ったまま勢い良く立ち上がった。
「おーい! みんな! 隼人は今度開かれる武術大会に出るんだってよ! だからコイツの勇姿が見たかったら、大会の会場に来てくれ! 面白い試合が見られるぜ!」
周囲から、ざわめきがあがった。女子供は甲高い歓声を発し、男達は口々に声援を投げてよこす。反射的に作り笑いで返してしまう、己の小心さが恨めしかった。自分が賞賛を浴びているような顔で、堂々と胸を張れるガルムが羨ましくさえ思えた。
内心不服でしょうがなかった俺の耳に、聞き捨てならない台詞が届くまでは。
「でも申し込みって、一昨日までじゃなかったか?」
瞬間的に静まり返る獣人達。みな一斉に発言をした男を見、息を飲む。俺だけではなく、ガルムも当然、表情を無くした。しかし彼のそれは、申し込み期日を忘れていたという顔ではない。俺の顔色をうかがうようにこちらを見たガルムの視線と、冷えきった俺の視線とが、かち合った。
「馬っ鹿お前! それをここで言うなよっ!」
慌てたガルムは窓の側に寄り、問題発言をした男を制するが、時既に遅し。
「ガルム」
怒りのままに、名を呼ぶ。後姿だが、今どんな表情をしているのか、手に取るようにわかる。
「お前、俺に無断で申し込んだな?」
「一昨日出かけた時に、一応それだけでも……と、思って」
成る程。これでやっと繋がった。知り合い一人に俺の存在を話したとして、翌日にあそこまで人が集まるのはおかしいと思っていたんだ。
大会の申し込みをしたなら、俺の存在も、戦闘技術も、受付の者に説明しなければならない。獣人と渡り合える程度の魔法を使える人間など、例外中の例外。受付だけでは処理しきれず、本部にまで話を通した上で、やっと参加承諾を得た、そんな考えも大袈裟ではないはずだ。
想定以上に話が大きくなり、その上どこからか情報が漏れて、魔法を使える人間がいる、という噂だけが一人歩きし、珍獣見たさに人が押しかけたとなれば。全ての辻褄が合う。
「俺がチラシの文字を読めないのを良いことに、『開会一時間前まで受付してる』なんて嘘までついて。何とか言いくるめて会場まで引っ張り出そうとしてたのも、そういう魂胆があったからか」
席を立ち詰め寄る俺の気配を感じたのか、ガルムはゆっくりと振り返った。
「いや……だって、ほら。出たくなかったら、 当日に『出場辞退』ってコトで、登録を取り消せば、良いじゃないか」
窓脇の壁にぴたりと背をつけ、ひきつった笑みを浮かべる。言葉遣いも、酷くたどたどしい。頭上の両耳は、怯えた子犬のように伏せっている。『百戦錬磨』が、聞いて呆れる。
尋常でない殺気にあてられたのか、窓辺にひしめき合っていた獣人達は一斉に退散した。それでも流石に騒ぎ好きの種族。離れた場所から、状況を見守っている。
俺はガルムから三歩ほど離れた所で立ち止まった。そして優しく、呼びかけてやる。灼熱の砂漠さえ凍てつかせる殺気を、甘く柔らかな気配で包み込んで。
「言いたいことは、それだけか?」
魔法を使える人間が今度の武術大会に出場する、というニュースと、 朝と比べて数段厚い氷で覆われた氷像の話を手土産に帰った獣人達は、その日以来、一人として窓の外に現れなかった。
to be continued...■|
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