未知なる力(3)

 更に、半年の月日が流れた。

 季節は既に冬の盛りだが、赤道に近いこの島では、一年を通じて気温がほとんど変わらないようだ。初めて来た頃と比べても、言われなければ分からないほどの差しかない。

 うっそうと茂った常緑樹の森の中、ぽっかりと開けた一種奇妙な空間では、ほとんど毎日のように乾いた金属音が鳴り響き、ますます異様な雰囲気を演出していた。


 その日もキン、と甲高い音が上がった後、何かが空に弧を描きながら舞った。向かい合って立つ俺達から随分離れたところで地に付き、突き刺さることも無くころころと転がる。


「見事じゃ」


 先端部分を失った剣を下におろし、師匠が口の端を釣り上げた。俺も体制を立て直し、剣を持ち替えて腰にいた鞘に静かに納めた。鞘口につばが触れ、かちんと軽快な音を立てる。


 剣技は、五回に一回は師匠を打ち負かすほどに上達していた。魔法を使わないという師匠のハンデを考えれば、 魔法併用でやっと倒せている俺はまだまだだが、右も左も分からずただ強さを求めていた頃に比べれば、格段の成長ぶりだと、自分でも思う。

 覚えた魔法はブレイズ他数種にのぼり、威力もまた上がっている。契約したもの全てを自在に使いこなすには至っていないが、師匠曰くそれは上位魔法で、追い追い身についていくから心配ないということだった。


「今日発つのか」

「ああ。随分時間食ったからな。ずっとここで、模擬戦ばっかりやってるわけにもいかないだろ。その辺の使い魔位なら倒せるレベルにはなってるし、残りの魔法はそのうち身につくっていうなら出発は早い方がいい」


 すでに小屋の脇に用意しておいた荷物を、背負った。俺がこの島に来た時持っていたバックパックだ。中身も非常用の食料品と人間界のオーブをのぞけば、ほとんど変わっていない。


「今までありがとう。師匠。じゃあな」

「礼には及ばぬ。達者で暮らせよ」


 軽く頷き、目を伏せる。地面に視線を落としながらも、その実どこも見てはいない視点で、精神を集中させていく。

 頭の中には、宇宙から撮った衛星写真に似た映像が展開されている。広範囲が映し出された画像から目的地を見つけ出し、徐々に範囲を絞っていく。自然と、開いた自分の目も細くなる。実際の視界に映る光景も、だんだんと狭まっていく。瞼がほとんど閉じかかった辺りで、目的の地点へと照準が合った。


「『止め無く流るる時よ! の時彼の地へ我を導け!』トランスファー!」


 叫ぶように、唱える。呪文に呼応して、周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。軋むような軽い耳鳴り、そして総毛立つ感覚が、全身を包む。

 姿が消える直前に、俺は師匠に向かって笑ってみせた。一瞬視線が合う。師匠が力強く頷く。そのままお互い何も言わず、周囲の景色は微かな残像とともに、俺の視界から消え失せた。



*  *  *


 シムルグは隼人が旅立ったのを見届けてなお、 今や誰もいなくなったその場所から視線を離せずにいた。


「これで良かったのか……。いや、これしか方法は無い。全てを断ち切るには」


 顔をしかめ、呟く。自問自答するかのように。後悔の色を帯びた己の瞳には、自身で首を横に振る。

 そう、これでいい。 真に世界を憂うならば、当然の処置だ。例え自分の行いが、結果的に大きな不幸を呼び込んだとしても。構わない。


 思考を断ち切るべく、目を閉じる。時をおいて、再び開いた視界の先に、先ほど失った剣の切っ先が映った。隼人の華麗な剣閃、それに見据えるような強い瞳が、脳裏に浮かび上がる。

 たった半年で、よくも、上達したものだ。やはり生来の反射神経の良さと、頭の回転の速さに起因しているのだろうか。それに、必ず冥王を倒すという激しい想い。あれが無くば、あるいはブレイズ契約の時点で命を落としていたのかもしれない。

 かろうじて命を拾い、自らに課した使命を果たすために旅を続けることは、隼人にとって必ずしも良いとは言えないだろうが。


 ――それにしても。


 シムルグの手が、自然と自分の髭に伸びる。

「じゃあな」……か。

 隼人の最後の言葉を思い出し、口許に笑みが浮かんだ。シムルグは隼人の礼にはきちんと返答をしたが、別れの言葉に対しては、あえて明確な台詞を口にしなかった。それは別れを惜しんだためではなく、当然言い忘れたためでもない。あの場で言うべきでは無い、と判断したからだ。

 人目をはばかる必要も無いのに声を殺し、喉の奥でくぐもった笑声を漏らす。ひとしきり笑った後、かつて隼人がいた場所に向かって声をかけた。


「達者でな、隼人。


 言葉があたりに反響した時、既にシムルグの姿はその場に無かった。後には主を欠きすっかり静まり返った小屋と、風にさざめく森林、それから陽光に光る折れた切っ先だけが、残されていた。




  to be next phase...■|


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