わたくし、家庭を脅かす存在に立ち向かいます(6)
わたくし、剣士さまと対峙いたしました。
彼はじろりと睨みつけると、鋭い声でけん制いたします。
「てめえは引っ込んでろ」
「いいえ。そういうわけにはまいりません」
家庭の危機を黙って見過ごしているようでは、旦那さまから家を預かる身として失格ですからね。女だって戦うときはちゃんと戦うものでございます。
「あなたさまが勝てば、わたくしなんでも言うことを聞きましょう」
「ゆ、勇者よ……!」
魔王さま。止めないでくださいませ。これはわたくしの戦いなのです。剣士さまがこうなる前に気づけなかったわたくしの罪なのです。
剣士さまが、ゆっくりと確認しました。
「二言はねえな?」
わたくし、しっかりとうなずきました。
「勇者どの!」
「僧侶さま。申し訳ございませんが、ここは引くわけには……」
「いえ。そういうことではなくて、勇者どのの剣は?」
あら。
そういえば魔王さまを討伐した際に、女神さまの武具一色はある王国にすべて返却したのでした。兜が粉々になっていたのは魔王さまに責任を押しつけて事なきを得ましたが、それ以外は国宝として王宮の地下深くに封印されてしまったのです。
大変です。わたくし場の雰囲気に流されて、うっかり丸腰のまま勝負を挑んでしまいました。さすがに素手で戦うわけにはいきません。剣士さまの剣は見た目こそ野暮ったいものですが、かつて火の精霊王が鍛えた伝説の逸品でございます。町のごろつきがナイフを持って襲ってくるのとはわけが違いますもの。
なにか武器になりそうなものはないかしら。とはいえ、こんな草原に都合よく剣が転がっているわけもないのですけれど……。
あっ。
「ちょ、ちょっとお待ちください」
剣士さまが無言でうなずきましたので、わたくし慌てて豚小屋に入りました。中ではお父さまがのんびりと煙草を吸いながら、猟銃のお手入れをなさっております。
見ないと思ったら、こんなところに隠れていらっしゃったのですね。まったく、ご自分の豚がピンチだというのに、頼りないったらありませんわ。
それはそうと……。あ。ありました。
わたくしそれを持って、剣士さまのもとに戻ります。
「さあ、勝負です!」
わたくし、それ――農業用のフォークを構えました。
あら。どうしてみなさま、しーんと静まり返っていらっしゃるのかしら。
「……舐めてんのか?」
「失敬な。わたくし、いつでも大真面目ですわ。これで威嚇されたら、狼だって近づけませんのよ」
剣士さまのこめかみが、ぴくぴくと痙攣いたしました。
「てめえの、そういうとこにイラついてんだよ!」
怒声を張り上げると、彼は豚彦をぽいっと放り投げました。豚彦はきれいな放物線を描き、草原に着地します。さすがはうちの豚。運動神経もそんじょそこらの豚とは違いますね。
と、豚に気を取られている隙に、剣士さまが音もなく眼前に迫っておりました。大剣が躊躇なく振り下ろされます。とっさに、それをフォークの爪の部分で受け止めました。
キーン、と鋭い音が響きました。
ふう。精霊の力を降ろしておいて正解でした。しかし、この力は凄まじいですね。もともと、剣の腕はわたくしよりも上でした。一年の修行でそれに磨きがかかり、そしていま、その力だけならかつての魔王さまに匹敵するかもしれません。
キリキリと鍔迫り合いが続きます。いえ、徐々にですがわたくしが押されております。このままでは、わたくしといえども危ないです。なによりもフォークが耐えられそうにございません。
だからお父さま、はやく新しい農具を買うように日頃から言っていたではありませんか!
「わ、わたくしにイラついているとは、どういうことですか。わたくし、あなたさまに恨まれる覚えはございません!」
「あぁ、そうだよ! てめえはなにもしちゃいねえ。ぜんぶおれが悪いのさ!」
剣士さまの真っ赤な目から、大粒の涙がこぼれたのを見ました。
「おれがてめえよりも弱かった。師匠にてめえを紹介されて、いっしょに修行しながら旅してたころからさ。おれは肝心なとき、いつもてめえに守られてばかりだった。そうさ。これはただの八つ当たりだ!」
さらに暗黒の力が増していきます。
「おれはてめえが背中を預けられる男になりたかったんだよ! 対等な男になって、てめえに認められたかったんだ! 好きな女ひとりも守れねえ男になんぞ、生きている価値はねえ!」
このままでは、剣士さまの命も危ういです。いえ、すでにそのこころは闇の精霊に囚われているのでしょう。もはや自我を保っているのも辛いはずです。
「てめえを超える! それを認めさせて、おれはてめえを、てめえを……!」
わたくし、かちんときました。
「そんな自分勝手な理由で戦うひとになんて、わたくし負けません!」
勇者とは、常に誰かのために戦うものでございます。そんなこともわからないひとに負けたとあっては、自分で自分が許せません。
腕にすべての精霊の力を降ろします。わたくし、かつて魔王さまと対峙したときぶりに全開の力を放出いたしました。
それを受けて、剣士さまもさらに力を上げます。その腕が暗黒のオーラの負荷に耐えられず、ぼきりと骨が折れる音がいたしました。
それでもなお、彼の剣は止まりません。その意識はすでにないようでした。ただ闇の精霊に操られる
「しっかりなさい。あなたさまはわたくしの剣なのですよ!」
最後の力を振り絞り、わたくし精霊の力を撃ち出しました。それは巨大な光線となって、剣士さまのお身体を吹き飛ばします。
辺りが眩い光に包まれ、やがてそれが収まったとき――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます