‐3‐ 探し人は誰ですか

中年の男が立ち去って一瞬の静けさが空間を支配した後、腹の底まで響くような轟音が始まった。一発目は遥か遠くのどん!という漫画の爆弾のような音、それに落ち着く暇も無くズン!!という巨大な太鼓を響かせたような爆音。次の一発は擬音など考えることが出来ないぐらい大きな音のあと、腹に響くくらいの空気と地面の衝撃が一秒前後に満たない短い時間でウィルを揺らした。

 そのあまりにも大きな衝撃と衝撃波に内臓の奥深くまでシェイクされた少女は断片のひとつ食らっていないのに体のバランスを崩した。

 それと共に千頭分の牛の断末魔のような対空砲火の音が断続的に、そして複数響いた、ついこの間までは人他人事だった対空機関砲の音を何も見えない洞窟の中で聞かされた少女は増幅された孤独による不安で一杯になった。

 その攻撃と対空砲火の音がその後も断続的に二回、うち一回は大きな爆発音……撃墜されたのだろう……が聞こえ、そして静かになった。

 最後の対空砲音から数分が経った時まで少女は動けなかった。訳の無い申し訳なさと怖さ、そして、何もできない自分へのもどかしさで一杯だった。

 心臓の鼓動が落ち着きを見せたのは数分後だった。当たりは静まり返り、どこかで整備員が整備をしている金属のこすりあう音以外何も聞こえなくなった。

とたんにくしゅん、とくしゃみが出た。東北の五月がまだ寒い。しかも洞窟みたいな格納庫とあっては冷蔵庫の中の様だ。

 よりによってウィルは学校指定の濃い緑のジャージー姿だった。そんな姿だからこそ、寒さがすぐ体中に回って来た。その辛さ故か、中年の男がやけにでかいモノを持って帰ってきた事も、爆撃で「用事」を足せなかった妖精が後ろにいつの間にか立っていたことも、妖精に肩を叩かれるまで気付かなかった。今更ながら目の前の大人のエルフの呼び名がウィルは気になった。それを問うと妖精は妖精で「呼びにくかったらフィーヤでいい。」と付け加える。

彼と彼女の優しさに感謝しながらも、ウィルは何かが脳裏で気づけ!!と言っているような気がしてたまらなかった。脳裏で何かが繋がろうとしていたが、それが何なのか、全く分からなかった。

「代わりの服なんだけど……こっちはどう?気に入るかい?」

 妖精が差し出してきたのは、緑の服だ。

 ウィルはそのデザインをどこかで見たことがある気がして頭の中の記憶をかき回した。そして記憶をほじくり返した末、少女は思い出した。確か、ネットでも市販されているJ-フォースのフライトジャケットだ。

「ありがとうございます。」

 少女は迷うことなくジャケットを拝借した。大きさを見ると彼女には少し大きめでであったが、着心地は悪くなさそうだと思った。

「似合うと思うよ。」

 素直にありがとうございます、と感謝するとウィルはフライトスーツを着る。妖精はその初めてにしては異様になれた手付きに違和感を覚えた。

「もしかして、君も飛行機が詳しいのかな?」

 首肯。ウィルは肯定した。その時妖精はどうやら自分の打った大博打の結果の予想外の終わり方になるのかも知れないという可能性に直面していることを理解した。

「どこで戦闘機を知った?」

「中学校の終わりごろにフライトシムを部活の顧問の先生から教わりまして。」

 フライトシム?と妖精は不思議がる。フライトシューティングの間違いじゃない?とも言った。それに対してウィルは「いいえ、本物そっくりのフライトシムです。」と首をぶんぶん振ってこたえた。そして、ゲーム名を聞かれたウィルはタイトルを顔色一つ変えずに答えた。

「ダイナミック・フライト・シュミレーション、通称、DFSです。」

 妖精もそのソフトの名前は知っていたし、J-フォースに来て以来オンラインでは日本のサーバーで常連だった。が、その名前を聞いて違和感があった。確かにそのタイトルは一般流通しているので知っていておかしい話ではない。が、大方飛行機のシムというのは少女の趣味というものから最も遠い所にあるものだ。

「そこで、Su-37で随分と飛びました。ネット中のいろいろな人とも戦いました。結構強かったですよ。」と彼女は笑った。

 妖精は、表面だけ笑っていた。それでもまだ半信半疑だった。まだ、「彼女」と決まったわけじゃない。

「そして、その中で、本物のパイロットさんと出会って、その人と一緒に毎日飛んでいたんです。戦争が始まる前には……。」

 妖精は、もう笑っていない。

 固定の僚機を持っている女子高生のデジタルエース、そんな人間が世の中に二人いるだろうか、否。まさか、まさか、という妖精の驚きを他所に、ウィルは鞄の中をがさがさと漁る。やがて彼女は小さな水筒のような金属円柱を筆箱の中から取り出した。30ミリ機関砲の薬莢だった。

「これ、そのエースさんがくれたんですよ。『ピクシー』って言っていた人です。」

妖精はそれを借りて隅々まで眺める。そこには『わが友ソード・ワンへ、ピクシーより愛をこめて。』とはっきりとしたキリル文字が魔法で刻印されていた。

(馬鹿な……。)

博打は大当たりだった。目を見開き、唖然とした様子の妖精は、出来すぎた展開だ、と心の中で悪態をついたっきり、固まったしまった。

「あの、もしかして、ピクシーさんと知り合いですか?」

「ああ、それはな……。」

「空襲やんだぞ!!飛べる機体は上がれ!!」との声が響き、答えは遮られた。二人が話している間にも周りは大きく動いていた。

「ねぇウィル……ちゃん?私、少しの間上がってくるから、それまでここでいい子にしていてくれる?」

 意味が少しの間分からなかったが、それが戦闘機で上空に上がるということだと気づいて、ぎこちなくわかりました。と返答する。

「よし。」妖精はそう言うと暗い洞窟に向けて叫ぶ。「出るぞ!準備は出来てる?」

 準備完了、いつでもどうぞとだけ返答が聞こえる。その瞬間、洞窟の入口の扉がゆっくりと開き出し、洞窟に潜む整備兵達と、彼らに飼われ、牙をむく時を待っている洞窟の主達をまばゆいばかり照らし出した。

 そこに居たのは竜だった。いや、これは比喩的な表現だ。本物のドラゴンが居ると言うわけではない。

 首を伸ばした竜に長く伸びた機首、異世界出身者が語る洞窟の奥にいる洞窟の支配者のようにそこに鎮座している機体、そしてさらに白く飛び出るミサイルはまるで竜のツメのように白く照り輝き、黒いタイヤは邪悪なドラゴンの脚を思わせるように黒く照り輝いている。

 エンジン後方には竜の尾のようなテイルコーンが突き出していて、主翼の前には「カナード翼」とよばれる竜の髭のような補助翼がついている。

 ウィルは吸い寄せられるように「竜」に近づいて、その金属製のひやっとした「皮膚」に愛しそうな顔をして手を当てる。少女はその「竜」の名前を知っていた。

「Su-37、テルミナートル……。」

「よく知ってるね。本当にマニアなんだね?」

「まあ、少しは……そんな感じです。」

鱗の様に書き込まれた無数の警告や模様を愛でながら機体を触る少女はそう答えた。

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