トランペット吹きの事情③

 前に好きだった女子にこの手の相談をしているのもどうなのかと思われないわけではないだろうけれど、相談をするなら姫さんか、あるいは姫さんの彼氏に限る。というのは、うちの学年でひそかに常識となっていることである。

 姫さんの彼氏である鈴木すずきミントは聞き上手で、人の相談に乗ることが多く、そして適格なアドバイスを返すことから「カウンセラー」と呼ばれている。そしてその鈴木ミントが対応できない、たとえば彼女からなぞなぞじみたメールが送られてきた、などのなぞ解きを要する相談に対応するのが姫さんである。

 今回の俺の相談は、どちらかというとミントに相談すべき事柄なのだが、ミントに相談するのは気が引けた。桜坂を振ったから、桜坂を振ったその言葉が気に食わなかったからと、あいつと殴り合いの喧嘩をしたことがあったからだ。


「ミントが桜坂さんを振ったとき、漣君は怒ったって聞いた」

「桜坂が相手じゃなくても多分キレてたと思う」


 俺が桜坂からミントの言葉を聞いたのは、姫さんに俺が恋に落ちそうになったあたりだったから。恋に落ちそうになって、姫さんの目にはミントしか映っていないと確信して、ミントも姫さんを大事にしていると、この二人に割って入ることはできないのだと諦めた直後。ミントは「岡里よりは大事にできないけれど、付き合ってやることはできる」という風なことを言ったのだそうだ。だから俺はキレた。というだけの話。

 

「ともあれ、桜坂さんと今後どうするべきかは決めておくべきだと思う。桜坂さんがそういう話を適当に流せる人間じゃないと一番わかっているのが君なら、なおさら」

「そうだな」

「ボクはミントと違って、当たり障りのないことしか言えなくてごめんね」

「いや、いいよ」


 ミントに相談しても多分帰ってくる言葉は同じだっただろうから。

 というよりも、誰に相談しても結局のところ同じ答えしか返ってこないのだろう。

「お前次第だ」。一番最初にこのことを相談した俺にだってそう返されたのだから、誰にだって言える言葉は少ないだろう。


「厄介なことになった」


 俺は小さくつぶやいて、それから図書室を後にした。

 トランペットのつたない音がどこかから聞こえてくる。「ああ、音葉だな」なんて考えながら、その音の場所へと向かう。途中で鈴木ミントと前からぶつかりそうになった。

「よぉ、これから姫さんと放課後デートか?」

 ミントが図書館に向かうときの服装は、通常体操服のことが多い。

 しかし今日は、制服だった。つまりそれは彼の所属しているバスケ部の練習が終了したことを示している。


「うーん、どうかな。オレとしてはしてもいいんだけどね」

「爆発しろ」


 晴れてリア充となった彼ら二人の行動に、以前と大幅に変化があったかといわれれば否、らしい。「幼馴染」という関係がただ「恋人」に変わっただけだと、二人はほとんど同じ言葉を用いて説明してきた。仲良きことは睦まじきかな。


「ねえ、ゆーいち」

「なんだ」

「桜坂さんって何かあった?」

「……あった。というか続いてる、だな」

「十代特有の、「仲いい男女はくっつくべき」みたいな問題?」

「知ってんじゃねえか」


 たまたま聞いたんだ。と笑うミント。

 笑い事ではない。


「ゆーいちと、桜坂さん……オレもお似合いだと思ってるって言ったら、ゆーいちにまた殴られるかな?」

「別に殴らないけど」


 怒りはするかもしれない。

 だって、お前が、桜坂を選んでいれば――。

 いや、違う。なんて最低なことを考えたんだ、俺は。


「殴られるべきは俺かもしれないな」

「何、どういうこと?」

「最低なこと考えただけ、気にせず姫さんとデートしててくれ」


 気にするよ。と呆れた声で言われたけれど、俺はそれに答えずその場を去った。

 誰が見てもお似合いになってしまうのだろうか、俺達は。

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