小さな役者に五分の魂②

「あ、岡本先輩、こんちわっす」


 翌日の放課後、演劇部の部室に行くと、久遠寺さんが既に居た。

 今日の部活動はミーティング、おそらく今の舞台に久遠寺さんを上げるか上げないかの問題で話し合うのだろう。

 反対意見は多分出ない。どうせ娯楽のうちの一つ、皆本気でやろうなんて思っていないんだから、きっと久遠寺さんが良ければ、という雰囲気になって、本来の王子役は体よく勉学に集中できるという構図になる。


 私は別にどちらでもいいから、早く背景を完成させたい。

 そのため、ミーティングが始まるより先に来た。


「俳なら先に来てましたよ」

「え?」


 別に聞いてもいないことを、どうして久遠寺さんが答えるのか。


「何か、「センパイが背景完成させたがってたんで~」とかなんとか」


 久遠寺さんが存外物まねが上手かった。というか、えっと、ちょっと待って。


「え、あいつ、背景やってんの、今?」

「? はい。今っす、道具一式持って行ってることを伝えてほしいって言ってました」

「ふうん、あいつまた……。まあ、いっか。あいつなら」


 あいつ以外の人間は、とりあえず言われないとやれない人間ばっかりだ。

 本当に言われたことしかできないから、「空、青く塗っといて」と指示を出して、絵の具の青のまま塗られたときは本当に驚いた。理由を尋ねたら「だって青だって言うから」と、それだけ。以来指示なしで私以外の人間に背景を回すことはしていない。

 ただ、オギは普通に私が思っている色を塗ってくれるし、細かいこともできるので、あいつのそういうところは信頼している。


「ねぇ、久遠寺さんは、演技の経験あるの?」

「えっと、親に子供の劇団とか連れてかりとか、芸能事務所に履歴書送ったりとかはしてましたんでそれで。なんか一芸秀でてる子供がいいとかで」

「じゃあ、演技歴結構長いんだ」

「そんなことはないです。どれも劇団も長く続かなかったし、芸能事務所も途中で落選しちゃって」

「へえ」


 その芸能事務所は惜しいことをした。

 きっと、売り出していればすぐさま人気が出たことは間違いないだろうに。

 とはいえ、女性か男性かわかんないから役が限られるだろうか?


「そっちの方面に進んだりはしないの?」

「いや、普通に公務員とかやりたいっす」

「そっか」


 まぁ、そうか。この学校に来ているということはそういうことになる。

 でも、惜しいな。私の欲しいもの全部持ってるのに。


「コスプレも演技の道って言ったら演技の道ですかね?」

「コスプレ……」


 コスチュームプレイ、だから。あの変わった衣装着るやつ、でいいのよね?


「執事の服でも着るの?」

「ああ、えっと、アニメとかのコスチューム着る方です」


 アニメのコスチュームってそもそも売っているの?

 というか、久遠寺さんアニメとかみるの?

 私は「役者が身振り手振りを使って演じていることを、声ひとつで表現しているから」と、オギに言われて最近はちょくちょく見ている。


「久遠寺さん、アニメ見るの?」

「友達がオタクで、その関係で少々」

「そう」


 それから少し話をした。

 コスプレは意外とお金がかかることとか、見ているアニメやドラマの話。


「そういえば、岡本先輩って、男役やりたかったって本当ですか?」

「え」

「この間、おれが王子役演じたとき様子が変だったから、部長に聞いたらそうだって」


 あの部長。おしゃべりな。

 まぁ、おしゃべりも娯楽の一環ということなのかもしれないけど、そんなことを言わなくたっていいのに。


「それは、男の子とかじゃダメなんですか?」

「ダメなの」


 私がやりたいのは、あくまで「男性」だ。

 紳士的で、情熱的で、格好いい男性。


「そうですか……。先輩だったらいいショタやれそうなのに」

「それ、褒め言葉じゃないからね?」


 久遠寺さんの言葉に少し笑うと、ケータイがメールの着信を告げた。


『センパーイ。背景塗れたっス! どうっすか?』


 オギからだった。写真つきで送られてきたのは、完成された背景だった。

 確かに最終段階入ったところくらいで止まってはいたけど、こんなに早く出来上がるなんて。

 返信を打とうとすると、さらにメールが送られてくる。


『久遠寺さん、結構いい人でしょ?』


 全部見透かしてるのかと思った。

 私の久遠寺さんに対する思いとか何から何まで。やりたいことも、やりたかったことも、全部。


「本当に、オギって」

「俳がどうかしました?」

「ううん、なんでもない。それにしてもミーティングなのに、皆遅いわね」

「ですね」


 こうも遅いとちょっと不安になる。

 オギに聞いてみようか。オギにメールで「ミーティングは?」と聞いたら、


「皆まだ来てないんスかー?」

「ぎゃあああああ!!」


 部室の扉が開かれて、オギが現れた。


「なんスかなんスか!? あ、Gでも出ました?」

「あんたが急に出てきたからよ! だって、さっきメール!」

「あ、すぐそこで送ったんス」

「紛らわしいことしてんじゃないわよ!!」


 その五分後くらいに皆が到着して、王子役が久遠寺さんに決まるまで三分と掛からなかった。何のために集まったんだかよくわからず、今日は解散という形になった。

 けど、私とオギはそのまま残って作業をすることにした。まだ背景の色塗りが終わっただけで、その他こまごました作業が残っていたので。


「あの、おれも残っていいっすか」

「え、久遠寺さん勉強しなくていいの?」


 私が言われるべき言葉だけど、つい言ってしまった。この学校の生徒は勉学が最優先なので、二年生は私よりも勉学に対して真面目に取り組んでいる。

 私は別に卒業ができればいいので、最低限の課題と予習復習しかしていない。オギも多分そう。


「勉強より、岡本先輩と話してる方が楽しそうなんで」

「……美仔でいいよ。久遠寺さん」

「おれも奏でいいです」


 久遠寺さんと少しだけ、仲良くなった。

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