山本光正 ~呉越同舟

「『アテナの執行者』に会って来たでござるよ」

 拠点のマンションに戻ってきて開口一番、光正はそう告げる。目の前には名目上のリーダーである。輝彦がいた。

「ほう。どうだったかな、噂の無敵の盾アイギスは?」

「生憎とそれを見る時ではなかった故に。あくまで顔合わせだ」

 残念そうに肩をすくめる光正。輝彦もそれは残念、とため息をついた。ここで執行者を倒すか傷つけてくれれば、少しは楽になったのだが。

「そろそろ腹を割って話そうではないか、尾崎殿。共に我らは神統主義者テオクラート、互いの親神の為に邁進する者同士、隠し事は許されぬ」

「吾輩が嘘をついているとでも?」

「いら、尾崎殿は嘘はついてはおらぬ。この地に『極寒の絶界アイランドを生み出す怪物を求めてやってきた』……と言うのは事実であろう」

 光正は一泊置いて、断言するように問いかけた。

?」

「やれやれ。まさか山本クンが最初に気づくとは。その通りだよ」

 ここに至って隠し事はできぬと輝彦は向き直った。頃合いと言えば頃合いなのだろう。虚空に浮かぶ運命の輪。それを見ながら、時が来たのだと目をつぶる。

「『アテナの執行者』と接触したと言ったな。彼女が教えたのか?」

「かの執行者は何も喋ってはおらぬ。刃を重ね、拙者が察しただけだ。怪物は二人いることと、それが前橋殿の親神に関係していることを」

「早々に執行者を退けておれば、最後まで隠し通せたかもしれないわけか」

 つくづく運がない。輝彦は大仰に肩をすくめる。

「その通りだ。氷の絶界を生む怪物は二種類いる。そして私が求めているのは前橋クンの方だ」

「では前橋殿は神子アマデウスではなく……怪物に取り憑かれているという事でござるか?」

「いや。彼は確かに神子だ。正確に言えば、彼の親の影霊エイリアスに取り憑かれたことで、神子に目覚めかけている。どちらに転ぶかは、まだわからぬよ。吾輩の目的はその影霊と化した怪物。前橋クンごとその怪物を我が陣営に加え、強化するのだ。

 まったく、羨ましい限りだとも思わぬか? 我らが親神は、吾輩達の助力を無用と突っぱねる。だが前橋クンの親は、それがこの世界に悪と知りながら、影霊という助けをよこしたのだ」

 神統主義者テオクラートは現世を去った神々からすれば、排他したい勢力だ。神々は人間にこの世界を任せた。その決断は誤りであり、神の再臨を願っている神子達。その子供たちに対する感情は、様々だろう。

「……いや、拙者はそうは思わん。そういう事でしか接する事が出来ぬ親子に、哀れみを感じる」

 首を振って嘆く光彦。京一は親と言う存在を知らずに生きてきた。だが、この神話災害クラーデを通じて親の存在を知ることができた。それは奇妙な縁だが、確かにそれは親子の絆なのだ。それがどのような結末を告げるのか。それはまだわからない。

「願わくば、その絆が優しく結ばれることを祈るのみでござるよ」

「ロマンチストだな。ならば吾輩とは相対する、という事か?」

 輝彦の目的は『京一に憑いている怪物』である。それは最悪の場合、京一を処分してでも怪物を優先するという事だ。輝彦にとって京一の価値は『怪物に憑かれている』事であり、京一の状態は二の次と言えよう。

 それは京一が神子にならず怪物に飲み込まれても構わない、と言う意味でもあった。それを理解して光正は、

「いや。拙者はヘルを斬ることができればそれでいい」

 あっさりとそう言って話を終わらせる。光正の目的はヘル。それが輝彦の目的と相対することはない。そう言外に告げて。

「これは忠告だ。あの男、簡単に御する事ができると思わぬほうがいい。芯の一本通った男は、思わぬことをやってくれる。尾崎殿の策通りにいくとは限らぬよ」

 その裏には、京一に対する信頼があった。彼は京一が怪物に飲み込まれるとは思っていない。悩み、苦しみ、そして答えを出してくれる。その信頼があった。

「……まあいい。利害関係が一致しているという事が分かれば問題はない。精々女神ヘルの血を啜ってくれ」

 感情をできるだけ顔に出さないように努めながら、輝彦が言葉を返す。これで会話は終わりだ、とばかりに二人同時に背を向けた。


(我が親神、ヒノカグツチよ)

 光正は誰もいない部屋に入り、座禅を組む。瞳を閉じ、無音の部屋の中静かに思いをはせる。

(貴方が己が身の不幸を受け入れ、それでもなお嘆かぬ気持ち……少しばかりですが理解できた気がします)

 親を知らずとも強く生きようとする京一。それは一つの強さを示していた。どれだけ不幸であっても、前を見て生きる。真っ直ぐに行動できる強さ。

 どれだけ自分が不幸でも、それを嘆かず生きること。それは諦めではない。傷を負っても前に進むひたむきな気持ちだった。

(ですが、まだ納得は出来かねます。貴方を不幸と嘆く拙者の心。此れもまた真理。故に拙者はまだ我が道を突き進みます。……その先に、答えがあると信じて)

『我が子、光正よ……それでいい。お前はお前の信じた道を行け』

 魂そのものに伝わってくるのは、ヒノカグツチの声。

『大事なのは道を進む意志。その先が修羅道であったとしても、その道を称えよう』

(たとえ拙者の行為が、貴方様の意志に沿わぬとしてもですか?)

『我が子を愛さぬ親がどこに居ようか。愛ゆえに正道を進み、愛ゆえに邪道を進む。これは天地開闢から続くサガ。人も神も同じこと』

 それは親の一つの形。たとえ世間から見れば悪と呼ばれても、それでも子を愛する。子を信じ、その進む道を見ていたい。たとえその道が歪んでいても、そこに子の信念があるのならその先を見てみたい。

 それが親というモノだから――


 光正は座禅を解き、静かに立ち上がった。

 外は寒く、氷の絶界が少しずつ形成されていくのが分かる。

 刻限は近い。それを感じ取り、戦場に向かって歩み出る。

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