山本光正 ~刃

「警邏に捕まっているとは予想外ござるな」

「……すまなかった」

 光正はちょうど警察署から出てきた京一と合流する。家宅不法侵入と器物破損。あまり軽いとは言えない犯罪なのに苦労なく出てこれたのは、輝彦がいろいろ手を回したのだが、まあそれはともかく。

「いや、経緯は来ている。己の義に反せぬ行為とあらば拙者としてはそれでよい」

「……そんなのじゃない。ただあの親が許せなかっただけだ。結局、警察の世話になったし」

「前橋殿には、その親に対し怒るだけの正当な理由があったのでござろう? それが世間に反するとはいえ、その信念を貫き正しいことをしようとした。それが『己の義』でござるよ」

 義。それは正しい道を進むという事。それは世間一般の道徳も含む。確かにそういう意味では光正の言葉は誤りだ。だが自分で考え、その上で間違っているというのなら善し。光正はそう言っているのだ。――もっとも。

「尾崎殿は言っておったよ。もう少し冷静に行動してほしい、と。その親に罰を下す方法は、他にもあるのでござるから」

「あんたら変わってるな……」

 てっきり責められると思っていたが、むしろ感心されたことに驚く京一。

 妙に尾行慣れした則夫。良識的と思っていたがそうでもない輝彦。変わっていると言われれば反論はできない。

「変わってるで言えば……すぐに切りたがるアンタもか。刀が命を得た神子アマデウスはみんなそうなのか?」

「いや、拙者がかの少女を斬ってでもあの影霊エイリアスを廃したいのには理由がある」

「理由?」

 少しはぐらかすように光正は言う。怪訝に思った京一は眉を引止めて問い返す。

「ヘルが黄泉国よもつくに……北欧神話ほくおうしんわでいう所の死者の国ニブルヘイムを管理していることは知っているな?」

 京一はその問いに頷く。うろ覚えの神話知識だが、聞いたことはある。

「ヘルが氷の絶界アイランドを作り出し、暫しした後……刻限で言えば明日の朝日が昇るクライマックスフェイズ終了時頃、その死者の国の門を開くという。そうなれば死者がこの世界にあふれ、この世は阿鼻叫喚に陥るであろう」

 それは光正の親神であるヒノカグツチから聞いた話。死を司る親神だからこそ察することのできた未来。それを不肖とはいえ親を強く思う息子に託したのだ。

「……つまり、明日の朝が来るまでにヘルをどうにかしないと……」

「死者がこの街にあふれかえることになる。そうなれば我が親は深い悲しみに包まれるであろう。母神である伊邪那美の悲劇もかくや。それだけは防がねばならぬのだ」

 故に、草間を殺してでもヘルの降臨を止めねばならない。そう確固たる決意を示す光正。その言葉の圧力に、京一は何も言えないでいた。ただ神子の戦いに巻き込まれ、そしてそのまま流されている京一に何が言えよう。

「……とはいえ、その刻限までにはまだ時間がある。それまでに解決せねばならぬ問題はあろう。

 そうであろう『アテナの執行者かみやま・しおり』」

 光正の視線の先に、一人の女性が立っていた。ネイビーのブレザーの下には白いシャツ。。首には赤いリボンをつけて、膝までのチェックの入ったスカート。この近くではないだろう学校の制服姿。

「『三ケ月光正』……それと貴方が前橋京一君ね。初めまして、神山詩織と言います」

 女性の瞳がこちらを見る。丁寧な自己紹介だがその声は硬く、鋭い。こちらを『敵』とみている瞳。

「彼女が尾崎さんがいっていた『アテナの執行者』……アンタも草間さんを殺してでもこの神秘災害クラーデを止めるつもりなのか?」

「そうね。否定はしないわ。ヘルの暴挙は止めなくちゃ」

 澱みなく神山は答える。それがこの世界の為だと断ずるように。

「どうだろうな。口ではそういうがその心、嘘か真か。拙者は問答は好かん故、これで聞かせてもらおうか」

 言って抜刀する光正。驚く京一をよそに、神山は静かに睨み返す。

 睨みあう二人の神子。時間にすれば数秒程度だったのかもしれない。だが京一はそれが男十秒にも思えた。言葉を挟むことができず、いつの間にか溜まっていた唾を飲み込――

 キィィィィィィィン!

 踏み込み、大上段から刀を振るう光正。それをいつの間にか持っていた槍で防ぐ神山。僅か一秒、二人は互いの呼吸音が聞こえるほど近く顔を合わせて睨み合い、

「……成程、その心は知れた」

 引いたのは光正だった。僅か一合。武具を重ねただけで神山の心は知れた、とばかりに背を向ける。神山もその背に攻撃することはなく、槍を納める。

「用は済んだ。前橋殿、戻るそ」

「え……? あの女はいいのか?」

 光正の言葉に京一は納得できない顔をしながら追いかける。今度はその背中に向けて、神山が言葉を投げかけた。

「前橋君、貴方が親神の事を知らないことは知っている。だけど忘れないで」

 聞く必要はない、とばかりに京一は歩を進める。少しずつ遠のいていく神山の声。注意しなければ聞こえないほど小さな声。

。それは確かなのよ」

 なのにその言葉は、強く京一の心に残った。

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