結:常温で発酵する愛情

 使命感は時速三百二十キロメートルで移動する。

 新幹線の車内は速度に相応しくないほど穏やかだ。在来線にあるような音も振動もない。走る、というより滑るに近く、窓際に置かれているペットボトルの水面もわずかに揺れ動くばかりだった。

 私はホームで購入したスポーツ新聞を眺めていた。話題に上がっているのは人気沸騰中のアイドル「空ヶ丘キララ」の失踪と、有名ブロガー殺人事件の続報だ。そのどちらも不安を掻き立てるような表現ばかりで、中身などなかった。


「なあ、それ、どう思う?」


 隣に座る仙田は大して興味のなさそうな声でそう訊ねてきた。こう言うところばかりが社会から隔絶された場所で生きる仙人を思わせる。


「お前はこういうのに興味なんてないだろう」

「まあなあ、俺、この世界のことは神通力で全部分かっちゃうし」


 仙田の声量に顔を顰め、私は新聞で顔を隠した。彼は学生の頃からちっとも変わっていない。年上の私を敬おうともせず、コスプレまがいの恰好をして「神通力だ」と喚き立てる。世捨て人のような、服とも言えない服を身につけているせいで車内の視線が私にまで向いている気がしてならなかった。

 なぜ私が今、仙田と行動しているか。それはひとえに偶然が生み出した不幸だった。午前中、東京駅に到着したところでばったり再会してしまったのである。最後に顔を合わせてからもう三年も経とうかというのに、彼は数日ぶりかのような気軽さで手を挙げてきた。聞けば彼も目的地が同じで、車両すら一緒であるらしい。客もそれほどいなかったため、私の隣に陣取っているというわけだ。


「空ヶ丘キララって一ヶ月に一回、じゃんけん大会を開くアイドルだろ?」

「よく知ってるな」

「それで、どう思うんだよ」仙田は私を試すような口調で言う。「探偵見習いさん」

「失礼だな、これでもれっきとした探偵だ」

「どっちでもいいよ。早く答えろって」


 仙田の物言いは、なぞなぞの問題を得意げに出す小学生を彷彿とさせ、私を苛立たせた。そもそも私が掴んでいるネタは新聞にもテレビにも、ネットにすら流れていないのだ。口を噤もうとしたが、彼が諦めるとも思えず、観念して溜息を吐く。


「空ヶ丘キララの失踪とこの事件には関連性がある」

「へえ」

「殺人事件の詳細は知っているな? 江東区のアパート、その一階に住んでいた男が窓から侵入してきた何者かによって殺害された。家が燃えたのは放火か事故かは分からんが……おそらく後者だろう。ヘビースモーカーだったようだしな」

「でも、どうしてそれがアイドル失踪事件と繋がると思ったんだ?」

「空ヶ丘キララが消息を絶ったのは同日だ」

「それじゃ弱いだろ」


 指摘ではなく、催促を思わせる言い方だった。

 私は鞄の中からノートパソコンを取り出し、立ち上げる。スリープモードから復帰した画面に空ヶ丘キララの顔写真が載っていたためか、仙田はおかしそうに笑った。気にせずに操作し、調査ファイルを選択する。


「空ヶ丘キララとこの男は同じ村の出身だ」

「ああ、知ってる、じゃんけん村だろ?」


 空ヶ丘キララが秋田県の沿岸部にある変わった村の出身地であることは有名である。一年に一回住民達が総出でじゃんけんをする。特に賞品があるわけでもない。ただ、集まってじゃんけんをし、勝負が決まると帰って行くだけの行事があるのだ。一時期はテレビでも頻繁に取り上げられていたが、今は昔だ。「謎の風習がある村」と謳い、心理学者や民俗学者が駆り出されたが、最終的に一種の集団ヒステリーと看做され、以降腫れ物を扱うような調子になってしまっていた。


「でも、まだ、繋がりは薄いだろ。確かに同じ村出身の人間が同じ日に事件に巻き込まれているのは確かだけど」

「繋がりならある。この二人は以前、恋愛関係にあった。空ヶ丘キララがまだ芸能活動を始める前のことだ。まあ、その頃は子どもだったからちゃちなものだが」

「驚いた……お前、やっぱり見習いなんて言えねえな」

「ここまで言ったんだ。私が辿りついた結論が分かるだろう」


 正直に言えば、それ以上の情報を与えるつもりなどはなかった。仙田にではなく、他の乗客に、だ。車内は静かで話し声がよく通ってしまう。これ以上のネタを提供し、我が物顔でネットに書き込まれては堪らない。


「つまり、お前は子どもの頃にあった微笑ましい痴情のもつれでアイドルちゃんがブロガーを殺したっていうわけだ」

「さて、な」


 私はそうはぐらかして、イヤフォンを装着した。携帯型音楽プレイヤーを操作して、仙田の追及を遮断する。いつの間にか眠りに落ちていたらしく、肩を叩かれたときには秋田駅に到着していた。慌てて車両から降り、仙田に別れを告げ、レンタカー会社を目指す。

 しかし、ここで予定外のことが起こった。

 仙田が私のあとをついてきたのである。彼は申し訳なさを感じさせない口調で言った。


「なあ、じゃんけん村に行くんだろ? 俺も連れてけよ」

「理由がない」

「いいだろ、ガソリン代とかレンタカー代くらいなら出すしさ。なんならお前がじゃんけんで勝ったら運転もしてやるよ」

「仙人が運転免許証を持っているのか?」

「仙人が持っているのは神通力と運転免許証くらいだよ」


 なるほど、どおりで常識を持ち合わせていないわけだ。

 とは言うものの、別段邪魔というわけでもない。私は了承し、運転役を決めるじゃんけんをしてやった。当然私の勝ちだ。仙田は負けるとは思っていなかったのか、顔を歪め、渋々運転席へと乗り込んだ。

 カーナビの案内に従って車は目的地へと進んでいく。会話のない車内に間が持たなかったのか、仙田がくだらない話をし始めたのは出発してすぐのことだった。


「なあ、どうしてじゃんけん村があんなに真剣にじゃんけんしてるか、知ってるか?」

「専門家は集団ヒステリーと言ってたな」

「それが違うんだよ」仙田は確信があるように笑った。「お前、宇宙人って信じる派?」


 そんなものに派閥があってたまるか。私は呆れながらも返してやる。


「確率的にはいてもおかしくはないな」

「なら、なんで地球には来てないと思う?」

「それは……」


 一度考え始めたところで、我に返った。じゃんけんと宇宙人にいったい何の関係があるというのだろう。繋がりなどどこにも存在するようには思えず、おざなりに「もう来てるんじゃないのか」と答えた。

 しかし、その回答に仙田は顔を輝かせる。


「正解!」

「はあ?」

「そうなんだ、宇宙人は既に地球に来てたんだ」

「可哀想に、やはり頭がおかしくなってるみたいだな」

「いいから聞けって。この前文献が見つかったらしいんだよ。江戸時代の侍の家系とかでさ、宇宙人が来た、みたいな日記が」

「与太話だろう。そういう眉唾な記事はたまに目にする」


 私はそう流したが、仙田はいたって本気のようだった。赤信号につかまり、車が減速を始める。完全に停止すると彼は「ちっちっち」と大袈裟に指を振った。


「江戸時代、水戸のあたりで侍が宇宙人と対決して勝ったんだ。その戦利品として宇宙人の道具を奪ってな……当然、使い方なんて分からないから宝の持ち腐れだ。そのうちに殿様が左遷されて、宇宙人の道具がその村に運ばれたってわけ。で、その道具が発する何かが影響して――」

「――馬鹿馬鹿しい」


 私はそう一蹴して、会話を打ち切った。出来の悪い作り話だ。まるで見てきたように話すのも気に入らない。私は再び音楽プレイヤーに手を伸ばす。その間際、仙田は寂しそうに「本当なんだ、俺の神通力を信用してくれよ」と主張した。

 彼との縁もここまでかもしれない。



 私たちがじゃんけん村へと到着したのは夕暮れ前の時間帯だった。

 話題になっていたから、というわけではないが、私がこの村を訪れた回数は数え切れない。住んでいたと言っても過言ではないほどだ。広がる牧歌的な風景はその記憶の中にある景色と何一つ変わらなかった。

 村民の多くが農家であるため、辺り一面は青々とした畑が広がっている。人口減少の煽りを食っているのだろう、賑やかさは感じられなかった。

 私は車から降り、地図を確認する。横から覗き込んできた仙田は顔に好奇心を滲ませていた。


「で、これからどうするんだ? 空ヶ丘キララの実家にでも行くのか?」

 私は仙田の問いに首を振る。「これから行くのは村に新しく入ってきた者のところだ」

「まさか、そいつが空ヶ丘キララって言わないよな」

「言って欲しいのか? ならばそうするが」


 私は仙田を冷たく突き放し、舗装もされていない道を進んでいく。後ろで不満をぶちまける声が聞こえたが、耳に届かないふりをした。

 村と言っても人口が少ないだけで面積は広く、目的地へ着くまでには二十分近くも要した。比較的新しい平屋建てには岡島という表札がかかっている。私は仙田を下がらせ、インターフォンを鳴らした。


『どちらさま?』年配女性らしき、張りのない声が聞こえた。

「市の方から来たんですが」


 門柱の陰から忍び笑いが聞こえる。「悪徳セールスマンかよ」と詰る仙田を睨み、私は続けた。


「ただいま各ご家庭を訪問しておりまして、ちょっとしたアンケートにご協力してもらえればありがたいのですが」

『すみません』と言いかけたその声を遮る。

「お時間は取らせませんし、家の中にあげてもらわなくても結構です。全員に答えてもらえなければいけないんですよお。ぱぱっと答えてもらえば終わりですのでね、お願いします」


 こういうのは押しが大事だ。そもそもインターフォン越しにこちらの姿は確認しているはずで、面倒なら応答することもないだろう。何度も来ると思わせてしまえば出て来ざるを得ない。しばらく粘っていると溜息が聞こえ、インターフォンが切れた。


「おい、失敗かよ」と仙田が声を潜める。

「まあ、見てろ。今に出てくる」


 私の予言通り、家主が出てきたのはすぐのことだった。高そうな着物を身につけた、穏やかそうな老婦人は不安そうに私に目を寄越し、そのあとで仙田に視線をやった。「おばあちゃん、元気ー?」と彼は馴れ馴れしく、手を振る。警戒心を高めはしないか、と焦ったが、案外効果があったらしい、老婦人は薄く笑みを作った。


「それで調査というのは……」

「ああ、嘘です」

「え」

「岡島さん、東京であった事件はご存じですか? 男性が焼け跡の中から発見された事件なのですが……私、警察から相談を受けてましてね」


 真実ではないが、嘘でもない。探偵をやっていれば客の中には警察に勤めている者もいる。私生活の悩みを打ち明けられるのが探偵の仕事なのだ。


「わたし、知りません」

「いえいえ、ご存じでしょう? 岡島さん」


 そこで、「あれ」と声を上げたのは仙田だった。彼はふらふらと玄関へと近づいてきて、表札をじっと睨んだ。


「なあ、岡島って空ヶ丘キララの本名と同じだよな」

「ああ」

「ってことは、この人が空ヶ丘キララのおばあちゃん?」

「いや」


 私は短く否定し、老婦人へと笑みを向けた。彼女の顔は引き攣っている。かたかた

と震えながら、わずかに後退りしていた。


「彼女が空ヶ丘キララ本人だ」

「は?」

「そうだろう? 空ヶ丘キララ――いや、岡島トシコ。魔法老婆トシコ、だったか?」

「なんで、それを」

「夜の公園で見たのさ。訳の分からない化け物と話し込んでいるあなたをね。初めは何が起こっているか分からなかったが、追ってみたら出てきたのは超有名アイドル、空ヶ丘キララときたものだ。さすがに私も興奮したよ」

「ちょっと待て!」


 仙田が口を挟む。彼は理解し切れてないのか、演技めいているほどの過剰さで手をぶんぶんと振った。その仕草は偶然にも空ヶ丘キララの持ちネタ「プンプン」と酷似していて思わず噴き出しそうになった。

 一瞬、珍妙な沈黙が生まれ、仙田は空ヶ丘キララの顔に目をやる。かすかに面影はあるものの同一人物であるとは誰も考えないだろう。

 私は無言のまま、空ヶ丘キララを見つめた。図らずも仙田と私、二人の圧迫感に負けたのか、彼女は小さなコンパクトを取り出し、何か呪文らしきものを小さく唱えあげた。その瞬間、彼女の着物から光の粒子が舞い始める。どんどん強くなっていく光は飽和点を迎え、私の目を眩ませた。

 そして現れたのは髪を金色に染めた美しい女だった。体型の凹凸がはっきりとしていて、健康的な色気が漂っている。彼女は目を伏せ、小さな声で言った。


「お察しの通り、わたしが空ヶ丘キララ、岡島トシコです……それが知られていると言うことはわたしのしたこともご存じですよね」

「ああ」私は頷く。「以前から交友関係にあった男のもとに訪れ、殺害した。そうだな?」

「……はい、でも、警察に連絡するのは明日まで待ってもらえませんか? 明日、じゃんけん大会があるんです。それに参加しなければわたしは……!」

「どちらにせよ参加などできないよ」

「……え?」

「今この村にいる人間は百十四人……私たちを除いたら百十一人だ。最後の一人と戦うのはあなたではない。そうだな、仙田にでもやってもらおうか」


 私はにやりと笑う。

 空ヶ丘キララが有名ブロガーを殺害した理由は推測がついていた。

 この村で行われるじゃんけんは一対一でなければならない。確実にじゃんけん大会に参加するには一人消して偶数にしておく必要があったのだ。

 つまり、私が空ヶ丘キララを押さえ、仙田が最後の一人とじゃんけんしたならば彼女が村民と戦うことはできない。一部の例外を除けば、この村の人間は一度じゃんけんを済ませると嘘のようにじゃんけんへの情熱を失ってしまうからである。


 それを告げると空ヶ丘キララは絶望的な表情で地面にへたり込んだ。まなじりから涙を溢れさせ、懇願するように私に縋り付いてきている。その姿に嗜虐心が昂ぶり、顔がにやけるのを止めることができなかった。


 ――空ヶ丘キララはこの村においても特異な存在だった。「一部の例外」、そう、彼女は一度じゃんけんをしても欲望を発散することのできない、じゃんけん中毒者であるのだ。だから、アイドルになり、じゃんけん大会を開き続けた。だが、じゃんけん中毒者はこの村以外の人間とじゃんけんしても疼きが残る。それは既に調査済みの事実だった。

 彼女が村の外に出て数年――まがい物で済ませるのはもう限界のはずだ。


「残念だったな、じゃんけん大会には参加できない」

「いや、いや……そんな、わたし、どうすればいいの!」


 興奮が全身を痺れさせる。私は声が震えないよう、細心の注意を払って、一つの事実を告げた。


「安心しろ、私がいるじゃないか。何を隠そう……私もこの村の出身だ」

「え……本当?」

「ああ、私があなたの欲望を満たしてやろう。だが、それには条件がある」

「何でも言って! じゃんけんをしてくれるなら、何でもする!」


 空ヶ丘キララの大きな瞳はまるで神か救世主を見るかのように、潤んでいた。縋り付き、許しを請う姿が私の下腹部に血液を送り込む。


「一生だ」

「……一生?」

「あなたが一生俺としかじゃんけんをしないというなら考えてやろう。私生活でじゃんけんを求められたら絶対に断れ。無理でもなんとかごまかせ。それが約束できるなら毎日でもじゃんけんしてやろう」


 後ろで、仙田が素っ頓狂な声を上げている。まったく、邪魔だ。もう私の計画は終盤を迎えているのだ。水を差されては堪らず、私は犬を追い払うかのような仕草で、「しっしっ」と手をはためかせた。

 それから、空ヶ丘キララを見つめる。


「さあ、どうする?」

「……本当に、わたしと毎日じゃんけんしてくれるの?」

「ああ、勝ったり負けたり、二人で楽しもうじゃないか」

 彼女は一瞬逡巡し、それからゆっくりと頷いた。「わかった……あなたの言うとおりにする」


 その瞬間、私の全身が歓喜で打ち震えた。ついに悲願が成就したのだ。数年前、まだ空ヶ丘キララではない、岡島トシコだったときの彼女とじゃんけんしたときの悲願が! そして、翌年、彼女が懇願する私へと向けた視線を思い出す。あの強気な表情を屈服させることに成功したのだ。

 大学卒業後に出戻りした村から追い出されて以来、私の頭の中にあったのは岡島トシコ、空ヶ丘キララのことだけだった。強気な表情、美しい相貌、女性の象徴とも言える身体。彼女がアイドルになったことを聞いて、様々なグッズを集め、あらゆる手を使って近づこうとした。だが、決して手が届かないことを知り、私は絶望した。私財をなげうち、世界に一つしかない彼女の等身大フィギュアを購入して欲望をごまかすことしかできなかった。


 天が授けた幸福に感謝する。

 彼女が老婦に変身して化け物と戦う姿、殺人を犯す瞬間を目の当たりにできたのは僥倖と言うほかない。そして、今、彼女が私のものとなったのだ。

 これからの生活を想像し、息が荒くなる。


 ――キララちゃん、キララちゃん、ようやく一緒になれるよ。じゃんけんなんてたっぷりしてあげる。でも、ごめんね、きみが勝つことは絶対にないんだよ。


 愉悦が顔面の筋肉を綻ばせる。

 あの日、村民達の卑劣な行いは私に神の力をもたらしていた。じゃんけん、と迫られたとき、手を出さなくてはいけないのは人間だけではない、神々も同様だ。私は神は私との一騎打ちに勝ち、賞品として「絶対にじゃんけんに勝利する力」を授かったのである。だから、彼女が私に勝つことはない。これからずっと、私は空ヶ丘キララをいたぶり続けることになるだろう。


「じゃあ、早速、じゃんけんしようか。もう我慢できないだろう?」

「うん、うん! やらせて、お願い!」


 じゃん、けん――私は頬を緩め、パーを出す。このパーのようにキララちゃん、きみを包み込んであげるよ――ぽん。

 その瞬間、私の精神は千々に切り刻まれた。


 空ヶ丘キララはチョキを出している。


 その鋭利な角度は私の自尊心、愛情、胸の中にあったはずの歓喜をばらばらにしていた。彼女は感動に全身を躍動させている。何が起こったのだ。身体の内側から這い出てくる絶望感に膝が崩れた。なぜ、負けた、なぜ。死に近い落胆に目の前が真っ暗になる。

 仙田が呆れた声を出したのはそのときだった。


「だめだろ、ずるしたら」

「……なに?」

「じゃんけんは心と心のぶつかり合いだ。そうだろ? なら、正々堂々やらなきゃ」

「仙田! お前、何をした!」

「何って……決まってるじゃん。神通力だよ、神通力でお前からじゃんけんの加護を取り去ったんだって。知ってるだろ、俺が仙人だってこと」


 会話が何一つ理解できない。仙田は何か、見慣れぬ物体を私へと向けている。彼がスイッチを押した瞬間、身体から力が抜け、私は地面へと倒れた。漠然とした不安感が胸の奥で渦巻いている。耐えきれず、空ヶ丘キララへと手を伸ばした。


 ――キララちゃん、頼む、ぼくを助けておくれ。ぼくだけだよ、きみのすべてを知ってるのは。CDだって三枚ずつ買ってる。持ってる音楽プレイヤーにはきみの曲しか入ってないくらいなんだ。ね、ね、ね?


 だが、空ヶ丘キララはこちらを振り向かない。彼女は嬉しそうに涙を流し、仙田を見つめていた。


「寛人くん……?」

「ごめんね。きみに相応しい男になるために色々がんばってたんだ、大学の仙人学部を出たりとかさ。そのせいでこんなに遅くなっちゃった。まさかここでおばあちゃんになってるだなんて分からなかったよ」

「寛人くん、わたし、わたし……」

「大丈夫、ここを離れたらきみを脅してた男を復活させるから……そう、神通力でね」


 地面に倒れ伏したわたしの目の前で、仙田と空ヶ丘キララは抱き合っている。いつの間にか仙田は小綺麗な恰好になっていた。それだけではない、顔も声もあの忌々しい少年のものになっている。

 私は夢でも見ているのか。

 愕然とし、動くことができない。思考がぐちゃぐちゃに乱れている。まるで私ではない何かに支配され、意志を改変されているかのようだった。

 名残惜しそうに離れた二人ははにかみながら、「じゃあんけえん」と甘ったるい声を出した。

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