武士の命

「あ、これがその惑星? 青くてきれいじゃないか」

「なにが綺麗だよ、辺鄙へんぴな未開の星だっつうの……ったく、誰のせいでこんなとこに飛ばされる羽目になったんだか」

「私に言うな。元はと言えば上のごたごたなんだから」

「なんでそんなのに俺たちが巻き込まれなきゃいけないんだよ。お前、ちゃんと抗議したのか」

「何回も連絡したよ。でも、返事は来ない」

「気が滅入って仕方ねえな……で、どうする? どこから侵略する?」

「あそこにするか、あの大陸からちょっと離れてるやつ。大して広くないし、練習にはちょうどいいんじゃないか」

「いいけど、お前が行けよ。攻撃されないように俺は船を守ってるから」

「この星にそんな技術なんてないって!」


      〇


 狸とはまったくぴったりな渾名である。

 関ヶ原の戦いが終わり、一年。巷では勝利を収めた徳川をそう呼ぶ人もいるそうだ。抜け目なく己の思い通りに人を動かすその狡猾さは確かに人を化かす狸と言っても過言ではなかった。

 尾張の織田、豊臣とは異なり、徳川は手にした天下を守る策を固め、素早く国作りに邁進していた。協力した者には褒美を、そうでない者には監視を、そして、敵となった者は徹底的に罰を与えたのだ。


 そのため、常陸国(水戸)、佐竹義重さたけよししげに仕える侍、彦四郎は戦々恐々としていた。関ヶ原において佐竹家は最後まで徳川軍につくことがなかったからである。

 ――いや、そうではない。

 彦四郎は奥歯を噛みしめる。

 ――おやかたさまは徳川につくべきだと仰っていた。だだをこねて血迷ったのが徳寿丸とくじゅまるだ。あの男が周囲の意見に耳を傾けていれば今頃おれたちは徳川のもとで太平な日々を過ごせていたはずなのに。


 まことしやかにではあるが、領内では「転封されるのではないか」との噂が流れていた。徳川が敵とも味方とも分からぬものを江戸の近くに置いておく理由などない。ましてや佐竹家が抱える鉄砲隊は関東随一だ。いくら現当主佐竹義宣よしのぶ――彦四郎は意地でも「おやかたさま」とは呼ばず、「徳寿丸」と幼名で呼んでいた――が取り入ろうとしたところで無駄の極みというものである。

 義宣は頻繁に徳川への書状を送っているとのことだったが、彦四郎にあるのはもはや諦念だけであった。上杉との密約が表に出れば徳川も黙ってはいない。下手をすればお家の取りつぶしまでもあり得る。


 ――転封で済めば御の字なのだが……しかし、国替えさせられるとしたら北だろうか。まさか北陸奥(青森)や北出羽(秋田)などといった辺鄙な場所にはなるまいな。

 不安は募るが一介の家臣である彦四郎には吐き出すべき場所もない。できることといえば剣を振り己を鍛えることくらいであった。

 そうして明くる日の朝、彦四郎は陽も昇りきらぬうちから寝床を這い出て、屋敷のそばにある林へと向かった。手に持っているのは主君から賜った命にも等しい刀である。


 剣とは心である。いざという時にものを言うのは何事にも動じない心だ。それを鍛えるためには邪魔をされることなく、精神修養に励まねばならない。

 とはいうものの、まさか奇っ怪な銀色の生き物と遭遇するとは露ほども考えていなかった彦四郎は珍妙なわめき声を上げることになった。


      〇


「あ、どうもどうも」


 できるだけ友好的に接したつもりだったのに目の前の非文明生物はこちらが心配になるほどに取り乱している。叫んで、転んで、忙しそうなオスだ。私は溜息を吐きながら、しかし、安心する。やはり、事前にスキャンしたとおり、大した科学技術はないみたいだ。この生物の戦闘レベルを測定したらさくっと侵略して、さくっと星に帰ろう。


「怪しい者じゃないですよ、落ち着いてください」

「なっ、なっ、何だ、貴様は! あやかしか、それとも妖怪変化か!」

「まあまあ、とにかく落ち着きましょう」


 ふむ、状況への適応力が低い、どうやら知能指数は低いようだ。手に持っているものは武器だろうか。武器であるならさっさとそれを使えばいいのに。怪しければ攻撃する、それが宇宙を支配する鉄則である。

 しかし、私にはその武器の材質がどうにも分からなかった。少なくとも思念兵器の類ではない。歴史を学ばなかった私にとってその未開の武器はなんとも奇妙なものだった。


「あのう」

「なんだと聞いておるのだ!」


 しばらく時間を与えたというのに、非文明生物のオスは未だに狼狽えていた。いっそのこと消してしまおうかとも考えたが、他の個体とこのやりとりを繰り返すのも面倒だ。手っ取り早く済ませるために私は携帯型の思念兵器を取り出す。想像した事象を引き起こす優れものである。ボタンを押すと例に漏れず、目の前のオスにも効果があった。


「さて……何から聞こうかな。とりあえず、その手に持ってるの、何?」


 オスは今までの態度が嘘のように従順に答える。


「これは、俺の、命だ。これを失ったら、俺は、死んでしまう」


 途切れ途切れの返答に思わず噴き出してしまった。

 この惑星の動物はどうなっているのだ。命の外部保存などあまりに愚かだ。奪われたらそれでおしまいじゃないか。私は腹の底から笑い、呆れた。それでよくここまで生きてこられたものだ、その生命力だけには拍手を送っておこう。


「よし、じゃあ、貸せ」


 オスは何も言わず、命を手渡してくる。どうやら身体から離れてもいいらしく、受け取っても死ぬことはなかった。

 私は光を反射するその物体を眺める。スキャンしてもやはり登録されていない物質だった。しかし、それはままあることでもある。気にせず、調べていく。

 指先に痛みが走ったのはそのときだった。

 思考が混乱し、私はオスの命を放り投げた。指からは血が流れていて、寒気がした。生命保持に影響はないか、急いで自分の身体に装置を当て、調べる。痛覚値はひどいものだったが、生命に影響があるほどではなく、安心した。


「驚かせるな! 防衛機能があるのなら初めから言え!」


 しかし、オスは何も言わない。知らなかったのだろうか。

 私は舌打ちをし、オスの命を拾い上げる。

 まあ、想定しておくべきことではあったか、油断した。この非文明生物もそれなりの過程を歩んできたと考えよう。

 そう言い聞かせたものの、冷静でいられるはずもなかった。今までこんな事態などなかったのだ。こちらの生命を脅かしたのなら相応の報いを受けてもらわなければならない。私は嗜虐心に胸を震わせながら思念兵器を操作した。オスの目に光が宿る。そして、オスは自分の命が握られていることに気がつくと激しく狼狽した。


「い、いつの間に取ったのだ! 盗人め、それを返せ、私の命だ!」

「バーカ、返すわけないじゃん」


 私は嘲りながら、思念兵器をオスの命へと当てた。物質の結合事態は単純なもので、解析は済んでいる。思念兵器から放出されたエネルギーはいとも簡単にオスの命を破壊した。

 だから、私には何が起こったのか、まったく理解することができなかった。

 命を破壊されたというのにそのオスは倒れもせず、掴みかかってきているのだ。思念兵器に間違いはない。このオスの唯一無二の生命は壊されたはずであるのに。


「おのれ、貴様、ふざけるな! おやかたさまに何と申せばいいのだ!」

「や、やめろ、野蛮生物! 近づくな!」


 私は必死に逃げた。この生物は危険だ。近づいてはならない。すぐさま船に信号を送り、身体を転移させた。最後の瞬間まで野蛮生物は私に追いすがってきていて、その獰猛さに身体が震えた。

 何も知らない同僚は私の姿を見て笑う。


「なんだよ、現地の生物に襲われたか?」

「黙れ! この星はやめだ! さっさと船を出せ!」

「はあ? なに言ってんだよ、侵略しようぜ!」


 馬鹿が、なぜ分からない! 私は同僚の目の前へと指を突き出した。その瞬間、彼の顔色も変わる。おそらく生まれて初めて肉体の損傷を目にするのだろう、がたがたと震えながら船の操作を開始した。


「おいおいおい、いったい何があったんだよ! どんな化け物が住んでるんだ!?」

「分からない……でも、だめだ、この星は接触禁止指定に挙げておこう。宇宙経路も封鎖だ、こいつらが外に出てきたら最悪の事態が起きるぞ」


 同僚は何も言わず、頷く。思念兵器を落としたことに気付いたが取りに戻ろうとは思えない。

 ――以降、太陽系第三惑星に至る経路は閉鎖され、誰も訪れることはなかった。

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