第11話

 その後は進展も無くただ時間が過ぎて行き、気が付けば姉さんがお見合いする当日である。

 結局、あの後も姉さんとは会う機会は無く、何も話さないまま来てしまった。

 お見合いか。もし、このまま縁談が上手くいき、結婚までいったらどうなるんだろうか。

 やっぱり、向こうに嫁ぐ訳だから家は空けるんだろうな。それとも、こっちに住むのかな? 部屋は結構空いてるから問題ないしな。そうなると、毎日三人分の料理を作らないといけないのかな? まあ一人増えた位では負担は変わらないと思うけど。

 それとも姉さんが専業主婦でもやってくれるのかな。あんまり家事は出来なかったとは思うけども覚えないといけないことだしね。僕も何時までも居る訳じゃないんだから。

 そう何時までも姉さんとは一緒に居られない…。

「おい、康一。コーイチ!」

「あっ、はい」

 考えことをしていて友則に大声で呼ばれた。

「はい、じゃねえよ。さっきから呼ばれているぞ」

「呼ばれてる? 誰に?」

 友則が無言で教室のドアの方を指さす。

 そこに立っていたのは生徒指導の佳織先生だった。

「山田君。ちょっと良いかな」

「あっ、はい」

 何だろう。佳織先生が僕に用って。

「ここで話すのはなんだから、生徒指導室に行く。着いてきなさい」

「はい」

 僕、何かマズいことでもしたかな。怒られるようなことはしてないけども。

 でも、先生の表情。結構、険しかったしな。

 結局、思い当たることを思い出すことなく指導室まで来てしまった。

「すまないな、急に呼び立てて」

「あっ、いえ。別に構わないのですけども、一体何の用でしょう?」

「昨日、初めて聞いたんだが。真由美がお見合いするって本当か」

 何だ、その事か。自分の事じゃなくて良かった。

「ええ。今日がその日ですよ」

「その事について山田は何か聞いてないのか?」

「一か月前くらいに聞きました。相手は部長さんの甥だったかと。銀行の支店長さんで、確か姉さんより五つ年上だった筈です」

「そういう事ではないんだが、他には聞いてはいないか?」

「後は聞いてないですね。最近では殆ど顔を合わせないので」

「そうか。ちなみに真由美は無理矢理お見合いさせられる訳ではないんだな?」

「いいえ。むしろ、結構ノリノリで話してましたよ」

「まさか、そんな訳ないだろう」

 その事を聞くと険しい表情を浮かべる佳織先生。

「真由美のやつ、昨日の遅くに連絡してきたんだぞ。その時、泣いていたんだ」

「えっ?」

「明日、お見合いをするって、泣きながら話していたんだ」

「泣きながらですか?」

「ああ。突然の事でよく分からなかったので訳を聞いたら、真由美は弟の為にも出来ないと話してな」

「そこで何で僕が出てくるんですか?」

「私に聞かれても分からん。けど、真由美も真由美に考え有るんだろう。自分の幸せとか弟である君の幸せとか」

「泣きながら話していたのにですか?」

「大人には時にそう言った決断を迫られる事もある」

「そんなの納得いきません」

 僕の為に姉さんの幸せを犠牲にするなんて間違っている。僕だって姉さんには幸せになってもらいたいもの。

「全くだ。私も真由美の弟に対する愛情はおかしいと思う。あいつはもう少し自分のことを考え直すべきだ。

 だから、君から伝えるんだ。自分の思いを姉さんに」

「先生…分かりました。僕、姉さんと話し合ってきます」

「ああ、頼むよ。私も親友として真由美の幸せを願っているんだ」

「はい。では、学校の方は早退させていただきます」

 僕は指導室を飛び出した。


 学校を抜け出し走った。

 確かお見合いの会場は郊外の旅館って言っていたけど、何処にあるか分からない。

でも、とりあえず向かわないと。向かって姉さんの思いを聞かないと。

「そうだ、バスに乗れば!」

 途中で見えたバス停で時刻表を見る。

「次の到着は…ダメか一時間後だ」

 となると、タクシーを使えば…そんなお金は持ってなかった。これではワンメーター乗って終わりだ。

 こんな時に車や原付の免許を持っていたらどれだけ良いか。まあ、まだ取れる年齢じゃないんだけども。

 そんな風に思いながら通り過ぎる車を眺めていると、一台の軽自動車が目の前で止まる。

「あれー? 少年じゃん。どったの?」

 ウィンドを開けて現れたのは藍さんだった。

「今の時間は学校のはずだろう? こんなところで何をしとるかね」

「それがですね…」

 藍さんに事情を話す。

「はあ、なるほどねー。そう言う事情なら良いさね。そこまで私が連れてってあげるよ」

「本当ですか!」

「ついでさ。調度、あの辺に魚を届ける所だったからね。さっ、乗りな」

「ありがとうございます!」

 お礼を言って助手席に乗る。

「で、どこに向かうんだい?」

「それが分からなくて。郊外の旅館としか聞いてなくて」

「ふーん。まあ、郊外でお見合いの席が設けられそうな旅館と言うと琥珀園かね」

「じゃあ、そこまでお願いします」

「あいよ。じゃあ少し飛ばすよ!」

 そう言うと藍さんはハンドルとしっかり握りしめ、アクセルを踏み込む。

「えっ、ちょっ!? 藍さん、飛ばし過ぎじゃないですか?!」

 外の風景がもの凄く速く流れていく。メーターを覗くと時速80キロを超えている。

「大丈夫、この辺は取り締まりもなく、車も少ないから」

「そう言う問題では無くてですね」

「喋ってると舌噛むよ」

「うわあぁぁぁーっ!」

 僕の叫び声が響かせながら、軽自動車は行動を激走して行った。


「毎度! 鮮魚の種類なら何処にも負けない氏家でーす!」

 そう言って琥珀園の厨房へ入っていく藍さん。

「おや。藍ちゃんじゃないか。どうしたんだい、今日は何も頼んでないけど」

 白い甚平姿の板前さんが現れて対応している。

 僕はその様子を壁に隠れて聞いてる。

「ちょっとした挨拶周りですよ、板長。どうです景気は?」

「そうだね。GWも終わって大分落ち着いた感じかな。まあ、それでも土日はそこそこ部屋は埋まるよ。夏季休暇の予約もボチボチだね」

「そうですか。いや、お得意様ですからね。ここの入り具合でウチも経営も左右されるもんで。これからも何卒スーパー氏家をよろしくお願いしますね」

「ウチこそ良い魚を卸してもらって助かってるよ」

「そう言ってもらえると励みになります。あっ、今度南の方に行くんで、珍しいのお送りますね」

「おっ、もうそんな季節かい。そろそろ行くのかい?」

「ええ。今回は沖縄に行ってから宮崎に渡って、最終的には鎌倉まで行くつもりです」

「サーフィンをするのも楽じゃないね。移動費だけでも大変だ」

「ですから、売り上げで私の生活も左右されるんで。なるべく極貧旅は避けたいので」

「じゃあ、貢献の為に何か頼んでおこうかな。今度の日曜に団体入ってるし、何か良いのあるかい?」

「そうですね。この時期だと鱧なんてどうでしょうか? 宮崎の知り合いに頼めば直送できますよ」

「おっ、良いね。じゃあ、二十尾程頼めるかな」

「毎度有り。お安い御用ですよ」

 凄いな、これが商売人のやりとりか。これも藍さんの人柄と話術がなせる技か。

「ところで、小耳に挟んだですが。ここでお見合いの席を設けているとか」

「ん? ああ、そうだよ。部屋に空きがある時期だけね。食事付きで提供してるよ」

「へえー。結構あるんですか?」

「そうだね。月に二、三回位かな? 今日も一組有ったよ。仲居達の話だと結構なイケメンと眼鏡を掛けたカワイイ女性とか言ってたな」

 眼鏡を掛けたカワイイ女性と言うとやはり姉さんなのだろうか。

「なるほど。そうなんですか」

「どうした、遂に見合いでもさせられるのかい?」

「ええ、親父が結婚しろとうるさいくてね。サーフィンと結婚出来る訳ないでしょと返したら、お見合いをさせるとか言い出すので」

「そうかい。藍ちゃんも結婚していてもおかしくない年齢だものね」

「そうですね。俗にいう結婚適齢期って言うものですかね。でも、まだまだ行きたい所もやりたこともあるんで、もう少し先ですかね。ただ、お見合いの方は気になったもので。どんな所でやるんだろうかと。普通の客室でやるんですか?」

「いいや。西館にある大客間だよ。庭が一望できるし、晴れた日は見栄えが良いんだ」

「へえー、そんな場所があったんですか」

(だってよ少年。早く行ってやりな)

 小声で僕に話しかけてくれる藍さん。場所まで聞き出さしてくれて感謝の限りである。

(ありがとうございます)

 僕はそう言い残し、急いで西館の方へと走った。

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