第4話

 買い物から帰宅。早速、夕飯の準備に取り掛かろう。

 まず、イカの切り身に包丁を斜めに切れ目を入れていく。間隔は一㎜位。それを両面に施す。その後に食べ易い大きさに切って置く。

 パプリカやニンジンもイカと同じく位の大きさに切る。ブロッコリーは一口で入る形で。

 中華鍋で沸かしていたお湯に野菜とイカを湯通しする。イカは身が開く位。野菜は色が鮮やかになる位に火を通す。

 湯通しした食材は一旦ザルに移して水分を切って置く。

 再び中華鍋を強火で温める。煙が上がってきたら、サラダ油を流し、みじん切りにしたニンニクと生姜を入れて香りが出るまで炒める。そこに先ほど湯通した食材を入れていく。

 強火で一気に炒める。野菜の食感が損なわれないように、あくまで油を馴染ませる感じで。

 味付けは市販の顆粒中華スープの素とブラックペッパーでスパイシーに。

 最後に温めておいた大皿に盛り付けて完成。

 鯛のアラは水でよく洗って塩を振り、臭いを取る。三十分程置いたらまた水で洗い、霜降りをしておく。

 後は昆布出汁でアラを煮て、塩と薄口醤油で味を調える。盛り付けには白髪ネギを添えて。

 ご飯も炊き上がってるし、後は姉さんが帰ってくるのを待つだけ。

「たっだいまー」

 タイミングよく帰宅を告げる声が聞こえてくる。

「うわー。良い匂い。お腹空いたー」

 リビングに駆けつけてくる姉さん。

「お帰り、姉さん」

「ただいま、こーちゃん」

「どうする。先にご飯食べる? お風呂も沸いてるけど」

「先にご飯にする。暖かいうちに食べよう」

「分かった。じゃあ、直ぐに準備するから着替えてきなよ。脱いだ物は脱衣所に置いてて」

「あいあい」

 姉さんが二階に上がるのを見て、僕は食卓に料理を並べる。

 大皿は真ん中に。それぞれに席にご飯と汁物。取り皿と箸を置く。後、常備菜の浅漬けも出しておく。

「お待たせー」

 姉が着替えて戻ってくる。

 灰色のスウエットを着て、髪は後ろで一本に束ね、カジュアルな格好をしている。

「ではでは、いただきます」

 すぐに席に着くと両手を合わせてお辞儀をする。

 嬉しそうに野菜炒めに箸を伸ばす姉さん。

 僕も席について食事を始める。

「それにしてもどうしよう。今度から別なスーパーに行こうかな」

「ん? どうしたの、こーちゃん。難しそうな顔をして」

「いや、今日さ。買い物してたら学校の先生に指導されてさ。当分は行き辛いかなと思って」

「ふーん。そうなんだ」

「その先生って言うのが気難しい人でさ。真面目なのは良いけど、少し堅物気味と言うか」

「ふーん。そうだ、こーちゃんの学校に佐藤先生って言う人は居るよね?」

「えっ、そりゃまあ居るよ。何人か」

 佐藤なんてありふれた苗字の人は日本の何処にだって居るよ。

「じゃあ、佐藤佳織先生は知ってる?」

「まあ知ってるよ」

 と言うか、今日指導されたのがその人ですが。

「生徒指導担当だからね。厳しいで有名だよ」

「うん、知ってる知ってる」

「知ってるって、まるで見てきたみたいに言うね」

「だって私のクラスメートで友達だもん」

「マジで!」

「いやー。あの頃はよく叱られたよ。佳織ちゃんが委員長で、遅刻する私を何時も怒ってたよ」

「はあー、そうなんだ」

 どうしてだろう。真由美姉さんと佳織先生は同い年なのに、こんなに差が出来るものなのか。

 その後、他愛ない会話をしながら食事は終わった。

 僕は食器を片付け、姉さんはお風呂に入る。

「しかし、未だに信じられない」

 まさか、本当に姉と佳織先生が同級生だとは。全然、同い年に見えない。

 確かにウチの姉さんは幼い顔付きで若く見られるけど、ここまで差があると思うと愕然とする。もっと大人っぽくならないかな、姉さん。

「こーちゃん。シャンプー切れてるー。新しいのちょーだい」

「本当、残念でならない」

 脱衣所に向かい、棚にしまってある詰め替え用のシャンプーを取り出す。

「はい」

 それを風呂場の戸を少しだけ開けて渡す。

「あーん。眼鏡を外してるから、よく見えないー。こーちゃん、詰め替えて」

「はいはい」

 僕は姉さんから容器を受け取ってシャンプーを注ぐ。

「はい」

「えっ、どこどこ?」

「扉の前だよ」

「扉って・・・きゃっ!」

「いっ!」

 姉が扉から飛び出してくる。

 無論、全裸で。

「うわぁぁぁぁっ!」

 そして、僕に圧し掛かるように倒れてくる。全裸で。

「いたたた」

「うわっ、うわっ! 姉さん、早く退けて!」

「どうしたの、こーちゃん? 慌てて」

「この状況を慌てずにいられるか!」

 現在の状況。

 僕は姉に押し倒される形で床に仰向けになる。

 そして、その上には、一糸纏わぬ姿で僕の体に埋める姉さんがいる。

 健康的で張りのある肌が目の前にある。お湯で濡れたそれは、瑞々しさと光沢感があり、湯気が上がる。体中に点在する無数の水滴が滴り落ち、僕の衣服を湿らしていく。

 濡れた髪も、普段の栗色よりも濃く、光に反射して綺麗に見える。

 しかし、何よりも目が行ってしまうのが、体に似合わずたわわに実った二つの乳房だった。

 顔や身長に反してやや大きいそれは、まるで水風船でも提げているかのように揺れる。触れれば安易に割れてしまいそうな、そんな柔さだ。

 それが今、僕の下腹部に押し付けられていた。

 もう、大変とかのレベルじゃない。下手すると大惨事である。

 落ち着け、僕。まだ大丈夫だぞ。

「大丈夫、こーちゃん? 怪我はない?」

「全然ないから! 大丈夫だから!」

 本当はあまり大丈夫な状況でもないけど。

「あー。服びしょびしょだね。風邪引くと大変だから脱いで脱いで」

 そう言って何故か知らないけどズボンを下げようとする。

「いや、いい! こんなの平気だから! 全然平気だから!」

「けど、風邪を引かれると私が困る」

「自分が困るんかいっ!」

「こーちゃんにご飯を作ってもらわないと飢え死にしちゃう」

「しないから! このご時世に飢え死にするような事は滅多に無いから!」

「けど、こーちゃんに起こしてくれないと遅刻するし」

「自力で起きろ!」

「もう、ついでだから一緒にお風呂入ってこ」

「全力で拒否させてもらいます!」

「えー、昔は一緒に入ったじゃない」

「昔でしょう! 今は無理だって!」

「大丈夫だよ、姉弟だし」

「何が大丈夫なんだよ!」

「こーちゃんにだったら、私の初めてあげてもいいのに」

「何の初めてだよっ!」

 僕は這うように姉さんの体からすり抜け、距離を取る。

「もー、そんなに恥ずかしがる事なのに。お姉ちゃんならどんとこいだよ」

「来ないでって! てか、服を着て!」

「いやー、まだお風呂入ってる途中だし」

「じゃあ、早く風呂場に戻って!」

「えー。一緒に入らないのー」

「入らないって言ってるだろ!」

「はあー。何時からだろうか、こーちゃんと一緒にお風呂に入らなくなったのは。あの時はショックだったな。もう一緒に入らないって言われたのは」

「早く風呂入れ!」

「『お姉ちゃん。お風呂一人で入るの怖いから一緒に入ろう』って言っていた時が懐かしい」

「嫌な事を思いださすな!」

「涙を溜めて、上目遣いで私を見る姿が可愛かった小学四年生のこーちゃんが懐かしい」

「嫌な事を細かく覚えているな!」

「あっ、今のこーちゃんも可愛いから心配しないで」

「褒められても嬉しくないよ!」

 僕は姉に背を向けて、脱衣所から急いで出て行く。

「風邪引く前にちゃんと入ってよ!」

「ぶー、分かりました」

 不満そうな返答をすると、風呂場の扉が閉まる音が聞こえた。

「はあーっ」

 その場にへたり込む。謎の疲れが体全体を襲う。

 今日の自分はどうしたのだろうか。本当に変だぞ。それもこれも友則が妙な事ばかり言うからだ。あーもー、イライラする。

「そうだ、寝よう」

 きっと、風邪を引いたに違いない。それなら何か変なのも理由になるし、体が疲れているのにも頷ける。うん、そう言う事にしよう。

 僕は自室に戻り、布団に潜り込む。

 寝ていればこの気持ちも忘れるだろう。そんな事を思いながら目をつぶり、眠りについた。

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