第15話 壊れる崩れる終わる

美桜ちゃんが来るまでの間、今回の計画の話をしていた。

「それで。今日脱出するの?」

「いいえ。明日よ。」

「なんで?」

即実行の方がバレる可能性は低い。だが、時間が経つにつれ、バレる可能性は高くなる。

それは沙っちゃんも分かってるはずなのに。

「理由は2つあるわ。」

取り敢えず、沙っちゃんの理由を聞いて、反論できるなら、反論しちゃお。

「まず一つ。この家の人間の服には発信機が仕掛けられてる可能性が高い。高い地位の人間の使用人なら、何かを持ち逃げしてもおかしくないし、実際にあった話だから、つけられてる可能性が高い。」

「それって、沙っちゃんの服を貸せば終わりなんじゃ……」

「えぇ。もちろん貸すつもりよ。でも、美桜ちゃんはこの家の、もっと言えば、この家の鍵を握ってると言っても過言じゃないぐらいの秘匿人物。なら、体内に発信機を仕掛けられててもおかしくはない。だから、私の特別な服を貸すんだけど、その服がまだ完成してないから、無理かな。」

多分、電波を妨害する類のものを付けてるのだろう。

「2つ目。有り得る物で1番高い確率のものだけど、美桜ちゃんが来れなくなる可能性がある。」

「来れなかったら、このまま逃げればいいじゃん。」

もちろん、そんな事は思ってもいない。だって、美桜ちゃんが可哀想だし、まず第一に、

「この家の全体図が分からないままどうやって逃げるのよ?」

「そりゃ、そうだね。」

そんなの当たり前じゃん。俺の記憶が戻ってる訳じゃないし。それに、この家の人物のアルゴリズムが分かってないからバレる可能性が高い。まぁ、バレるだろうけど。

「でも、嫌な予感がしてるのに、急いで脱出しなくていいの?」

「そんなの!脱出したいに決まってんじゃん……でも……」

沙っちゃんはやっぱ何かを隠してる。

「沙っちゃん。何を隠してるの?教えてよ。俺の事が信用出来ないの?」

「信用出来るから言えない事もあるんだよ?」

それは分かる。でも、その何かが非常に怖い。今後に何か響きそうで怖い。

「そうだね〜。もし、この作戦が完了したら、絶対に全部教えるよ。絶対にね。」

「分かったよ。でも、絶対だからね。言質は取ったからね。」

録音バッチリだしね。

「あざといな〜。相変わらず。」

俺と沙っちゃんの間に少しの笑いが生じた。が、空気が悪い事に変わりはなく、余計に美桜ちゃんが早く来てほしいと願っているしかなかった。

そんな事を思っていると、ドアノックの音がし、急ぎ足でドアに向かった。

「は〜い。今開けますよっと。」

ドアを開けると、そこには何故か我妻氏が立っていた。

「沙奈江ちゃんと話させてもらえる?」

「えぇ。俺は構いませんけど……」

後ろを振り返ってみると、沙っちゃんも首を縦に振っていたのでら良いと判断した。

「それじゃあ、入らせてもらうね。それと、聡夫は少し席を外しててくれるかしら。」

どうせ、俺の事を話すのだろうと思い込んでしまい・・・・・・・・、そのまま片道50mはあるのではないかと思える廊下を往復して待つことにした。変にどこかに行けば、美桜ちゃんと入れ違いになるかもしれないと思ったからだ。

「分かりました。」

そう答え、有言実行と言わんばかりに片道50mはあるのではないかと思える廊下を何往復もし始めた。




10往復は超えたかなというあたりで、美桜ちゃんが部屋の前にやってきたので、状況を話し、共に待つことにした。

それから10分が経った頃に、ようやく我妻氏が出てきて、次は美桜ちゃんと話したいと言い出し、俺だけが部屋に戻った。

「我妻氏と何を話してたの?」

そう聞いても何も反応が返ってこない。

「我妻氏と何を話してたの?」

再び聞いてみる。が、また何も反応が返ってこない。

「我妻氏と何話してたの?」

次は、沙っちゃんの耳元で、少し大きめの声で呼びかけてみると、

「わっ!!ビックリした〜。いきなり耳元話しかけないでよ〜坂之上君。」

ん?

「今、俺の事なんて呼んだ?沙っちゃん。」

「沙っちゃんって。いっつも沙奈江さんって呼んでるのにどうしたの?坂之上君。」

沙奈江……さん……坂之上……君……

俺と沙っちゃんの仲を知っている人なら、その呼び方に違和感を覚えるだろう。だって……だって……だってだってだってだってだってだってだってだってだってだって!!




その呼び方、こっちで出会って間もない時の呼び方じゃん……




「どうしたの?坂之上君?」

「あは……」

何もかも否定された気分だ。

「あはは……」

こんなのおかしいだろ……

「あははは……」

今まで遊んだり、相談し合ったりした時間はなんだったんだよ……

「あはははは……」

さっきのキスはなんだったんだよ……

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」




そっか……奪われたんだ……我妻千代子に……今まで積み重ねてきたものを。思い出を。何もかも。

「お兄ちゃん!!どうしたの!?ねぇ!!しっかりしてよ!!お兄ちゃん!!」

アレ?美桜ちゃんの声が聞こえる……どーでもいいや。どーせ奪われるんだし。

「……兄いち……いち……ち……」




どうやって残りの日程を過ごし、家に帰ったのかを覚えていない。だけど確実に変わったものがある。

一つ目は、神橋沙奈江と完全に縁が途切れた。なんでだろうな〜。

二つ目は、美桜ちゃんが俺と一緒にいること。あぁ。君は君の夢を果たせたんだね〜。

そして最後。三つ目は……




俺が俺でなくなったこと。






第15話 壊れる崩れる終わる 完

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