第1話 坂之上剣

キーンコーンカーンコーン

チャイムが鳴り響くのと同時に俺は教室に滑り込んだ。

「剣。お前相変わらずのギリギリ登校だな。」

池永仏いけながほとけがからかうように言う。

「うるせぇ。早く席につかねーと時雨ちゃんに怒られるぞ?」

「あんなに可愛い怒り方の先生もそうそういないが、お前の言った事はブーメランだぞ?」

「そうだな。」

言ってることは間違えてはいないから肯定して俺は席に着いた。それと同時に担任の川中時雨かわなかしぐれ、通称時雨ちゃんが教室に入ってきた。


次の休み時間。俺は時雨ちゃんに呼び出され職員室に向かった。

「坂之上くん。もう諦めてよ。諦めて部活しようよ?私が顧問してる所に入って来れば少しは待遇するよ?」

やっと名前が出揃ったので簡易な自己紹介をしておく。

俺の名前は坂之上剣さかのうえつるぎ。頭はあまりよくなく、偏差値48の学校にギリギリで受かって通っている。人格とその他諸々がクズな人間。好きな物や好きな事等はなく、逆の嫌いな物や嫌いな事は飽きれるほどある。その中には人間が嫌いで信じる、信じられるのが嫌で、ハッピーエンドや幸せな物事を見るととてつもなく殺意が湧いてくる。

だが、そんな面を出すと確実に中学時代の二の舞を食うことは分かっているのでもちろん隠している。

「ここじゃあ、けんくんって言わないんだ。」

ちなみに時雨ちゃんは俺の名前を勝手に剣くんと呼んでいる。何度言ってもこうなるので名前の説得は諦めたが。

「そりゃ、ここは職員室だもん。って話を逸らそうとしないで」

半泣きになりながら、可愛い反応を見せるから、余計にからかいたくなるが、職員室というとてつもなく空気の重い場所なのでここら辺で打ち切っとく。

「だからね、部活入ってよ。」

もう一つ言えば、この学校は家庭事情がない限り全員部活に入らなければならないらしい。なのに俺は2ヶ月も帰宅部だった。

「だから、嫌だって。」

「なんでよ!!私の所に入ってくれれば本当に……嬉しいなぁ。」

元々身長差があるのにそんな上目遣いと甘えるような目、声で言われるとついうっかり「はい」と言ってしまいそうだが、そんな手には引っかからない。

「可愛いですけど嫌です。」

「えぇー。じゃあ、なんで入りたくないの?私の事嫌い?」

質問が切り替わった。明らかに俺を探りに来ている。

「人と戯れるのが好きじゃないんだって。それで昔嫌な思いをしたからね……だから、本当の事を言えば今すぐここから逃げ出したいよ。それと、時雨ちゃんは先生としては好きかな。」

それにこの学校の人間を信用してない上にこの学校が嫌いだからって事は言わないでおく。

「じゃあさ、なんで学校に来てるの?」

「学歴欲しさと大学への内部推薦目当て。最悪でも、高卒さえしてれば専大ってのもあるからね。」

これは本当だ。というより、嘘を吐く意味が分からない。

「へぇ〜。じゃあ、私は捨てられたってことか……」

「彼氏に振られたみたいな表情しないでよ!俺が反応し辛いじゃん!」

「えへへ。」

「テヘペロ辞めて。あんまり好かんから。」

「まぁ、おふざけは置いといて、それなら部活してる方が内部推薦とか専大に有利なのは分かってるはず。だったら、絶対部活はやるべきよ。」

「それぐらい分かってるよ。でも、やるとしても今じゃないって。在学中には絶対部活するから。それじゃあ、もうそろそろ授業始まるから。じゃあね〜。」

これ以上話してても多分同じ事の繰り返しだろうからさっさと職員室を後にした。


そしてその日の授業は進み、5時間目の体育の時間になった。

「昼休みの後の体育は腹痛くなるし、普通にここの体育キツイから嫌だよなぁ、剣?」

「そうだな。」

短い言葉で返したが、正直体育は私怨がある。いや、体育よりその教師にという方が合っている。


それは入学してから2週間が経った時の話だ。

「おい、お前等。こんなしょうもない事をしたのは誰だ?」

体育担当の山川が授業が始まったのと同時に切り出した。内容は本当にしょうもない事だった。単純に仏の体操服を盗んで近くの溝に捨てたというとてつもなくしょうもない事だった。

「誰がこんな事したんだ?」

徐々に語気が強くなっていく。というより、早く出てきて欲しい。周りからすればとても暇でつまらない時間だ。

沈黙が続き、誰も話せない状態になりかけた時だった。俺が覚えてない1人のクラスメイトが切り出した。

「さ、さ、さ、坂之上がやってるのを見ました。」

周りがざわつく。俺はいきなり自分の名前を言われ、キョトンとする。そして、事の大きさに気付く。仏はそれが嘘だという事を見抜いていた。だが、周りは俺がやったと思っている。

するとクラスメイトは続けた。

「さ、坂之上がき、教室で仏のロッカーを開けて、体操服をほおり投げるところを見ていました。」

更にざわつく。

俺はやってない。てか、やる意味がない。その時確かに俺は教室に居たが、読書をしていた。ラノベを読んでいた。その事件が起こる直前、俺は仏に読んでる本の事等を聞かれて話し、その後仏はトイレに行った。その間、俺はずっと本を読んでいた。完全に冤罪だ。

ざわつきの中、先生はとてつもなく低い声で

「坂之上。お前後で職員室な。」

と言った。横暴だ。事実確認もしないで犯人呼ばわりかよ!絶対に訴えてやる。

そう思いつつ俺は恨みを持ちつつ小さな声で

「はぃ。」

と、肯定するしかなかった。

その日の放課後、俺は無罪を勝ち取ったが山川はまだ俺が犯人だと思っているらしい。2ヶ月も経つのに未練がましい奴だ。


そして、嫌な体育が始まった。

だが、この時には想像もできなかった。




この体育が人生を変えることになるとは……

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