真夏の夜の夢

 夜空に大輪の花がいくつも咲いては散っていく。

『一緒に花火、見に行こうね』

 そう、約束していた。だから、わたしと彼女は二人でその大輪の花を見上げている。いや、彼女は悲痛な面持ちで俯いている。見上げていたのはわたしだけだった。

「約束、したのに……」

 小さく、彼女は呟く。

 おそらくは、今日のために用意したのであろう、黒い生地にたくさんの花を彩った綺麗な浴衣。普段は下ろしているその、濡れ羽色の美しい黒髪も今は結い上げている。そして、うっすらと施された化粧。

 それら全てが今日を楽しみにしていたことの現れに思えて、胸が締め付けられた。

「ごめんね……」

 そう言って、彼女に触れようとする。けれど、その手は彼女に触れることはなく、すり抜けてしまった。

 わたしは、辛そうな彼女を見ていることも、そんな彼女に何もできない自分にも耐えられなくなり、その場を立ち去ろうとした。

「玲ちゃん、いるの?」

 彼女がわたしを呼んだ。わたしに気付いているはずがない。だって、、彼女はわたしに気付いてないんだから。

「ねぇ、いるんなら、返事してよ……」

 声は震え、瞳からは今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。しかし、それでも、しっかりとわたしの方を見つめていた。だから、届かない、そう思っていてもわたしは……

「ここに、いるよ」

 返事をしていた。

「玲ちゃん、来てくれたんだ……」

 わたしの声が届いた……?

「わたしの声、聞こえてるの?」

「聞こえてるよ。玲ちゃん、わたしね、ずっと言いたかったことがあるの。わたし、玲ちゃんのこと、好き。大好き!」

「ありがとう。わたしも、好きだよ。でも、わたしは、もう……」

「うん、分かってる。わたし、玲ちゃんの分まで幸せになる。だから、見守っててね?」

 彼女は夜空を彩る色とりどりの花より、浴衣に咲き誇る花より、美しい笑顔でそう言った。その瞳から零れ落ちる一筋の涙、それは彼女を彩る装飾品かのようだった。

 そして、わたしは自分が消えていくのを感じた。もし、この世に未練があって幽霊となっているのなら、その未練はきっと、彼女だった。彼女に幸せになって欲しい、ただそれだけだった。でも、彼女は幸せに向かって歩き始める決意をした。だから、わたしは……

「うん、見守ってる。幸せにね」

 笑顔と共に彼女に言った。そして、わたしは……




 玲ちゃんがいなくなったのを感じた。最後、笑顔が見えた気がした。

 きっと、わたしが心配で、幽霊になって会いに来てくれたんだよね……?でも、ごめんね。さっきはあんなこと言ったけど、わたしは玲ちゃんと一緒じゃなきゃ幸せになんてなれないんだよ……。

 だから、わたしも、今からそっちに行くね。待っててね、玲ちゃん。

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